14 『…あー、ダメダメ!エッチすぎますよ!?』
「大丈夫だよ、花子ちゃん。『王斗神拳』は一子相伝の暗殺拳だから」
アイギスさんは右手を胸の前に軽く突き出し、左手は顔を覆うように構えた。右足を半歩をほど前に出し、半身の姿勢だ。正体不明の悪漢たちに囲まれても、アイギスさんに焦燥はなかった。
「花子ちゃんは大船に乗ったつもりでいてくれ。『王斗神拳』の神殺奥義は、百八式まであるんだ」
「え…あ、はい」
アイギスさんはワタシを安心させてくれようとしているのかもしれないが、こちらとしてはやや困惑気味だった…なんだよ、『王斗神拳』って。初耳にもほどがあるよ?ただ、不思議と安心感はあった。ナナさんに守られてる時みたいで。
「ええ、花子さんは私たちが守りますので何の心配もしないでください」
「クレアさん…」
今度は、クレアさんが悪漢たちと私の間に割って入る。そして、振り向きながら言った。
「こう見えても、私だって『エクソシストシスターズ』の端くれですので」
「この土壇場でまた妙な属性を盛ってきましたね…」
…なんだよ、『エクソシストシスターズ』って。
エクシーズな召喚とか得意なのかな?
まさか、二万人いる方の妹じゃないよね?
「さあ、花子さんには指一本たりとも触れさせませんよ」
「ああ、どこの馬の骨とも知れない不審者なんかに、花子ちゃんをどうこうさせるわけにはいかないな」
クレアさんもアイギスさんも、その背中でワタシを匿ってくれた。ワタシも、この異世界に来てから多少の修羅場には直面しているし、猛者と呼ばれる人たちの背中も見てきた。だから、この二人の強さに疑いはなかった。二人の背後で、ワタシは安堵の息を吐いていた。
…ただし、ワタシとしては気になることがあった。
「でも、あの人たち、狙いがワタシだとは言ってませんでしたよね?ワタシの名前は呼んでいませんでしたよね?」
背後からのワタシの声に、クレアさんもアイギスさんも小さく肩を震わせた。
「あの人たち、ターゲットが『胸の小さな女』だとしか、言っていませんでしたよね?」
また、二人とも小さく反応していた。
「どうして、あの人たちの標的がワタシだと思ったんですか…クレアさんも、アイギスさんも」
ワタシの言葉で、アイギスさんとクレアさんは硬直していた。期せずして挟み撃ちのような形になっていたが、その瞬間、向こうにも動きがあった。
「え、おい、なんだと?あの女…『邪神の魂』の反応がないって言うのか!?」
黄色い装束の狼藉者たちの一人が、突如としてそう叫んだ。
そして、そこからの展開は急転直下だった。「じゃあ、意味ないじゃねえか!」「誰だよ、そんな偽情報を持ってきたヤツは!?」「うるせえ、さっさとずらかるぞ!」と、あれよあれよという間に黄色い装束たちは逃げ帰って行く。蜘蛛の子を散らすという表現そのままのとんずらだった。
「…………」
というのが、先ほどの顛末だ。
結局、あの黄色い装束たちとのチャンチャンバラバラには発展しなかった。命拾いをしたのかどうかもすら分からなかったけれど、ワタシは無事に街に戻ることができた。途中で『念話』を飛ばし、慎吾に迎えに来てもらったけれど。
「…………」
そして、慎吾と帰路につきながら、考えていた。
黄色い装束を着ていたあの狼藉者たちは、『源神教』という新興宗教の信徒だ。
その信徒たちが崇める神とは、『邪神』だった。
だから、あの人たちがワタシの中の『邪神の魂』を狙って来たことも、理解ができないことではない。
「…あの人たちが源神教徒だとすると、齟齬が生まれるんだ」
ワタシは、誰にも聞こえない小声で呟く。
あの黄色の装束たちは、ワタシの中の『邪神の魂』を狙って襲って来た。
ワタシの中からは、既に『邪神の魂』は失われていたというのに。
「あの人たちは、そのことを知らなかった」
だから、先ほどワタシを狙って来た。
「…となると、ワタシの中から『邪神の魂』を奪ったのは、『源神教』の人たちじゃないことになる?」
ワタシが『邪神の魂』…それと、おばあちゃんの記憶を奪われたあの夜、『源神教』の信徒があのイベント会場に仕掛けをしていた。全ての照明を落とし、会場を混乱に陥れた。
「あの時、ワタシの中から『邪神の魂』を奪ったのは、『源神教』ではなかったってこと?」
もし、奪ったのがあの人たちだとするなら、知っていたはずだ。
ワタシの中には、既に『邪神の魂』が存在していないことを。
それなのに、あの信徒たちはワタシを標的にしてきた。
最終的には、ワタシの中に『邪神の魂』がないことを察知して退散していった。
「…ワタシから『邪神の魂』を奪ったのは、ダレだ?」
確証はなかったけれど、あの件には源神教徒が関わっているのではないかと、ワタシは密かに疑っていた。
けど、そうではない可能性が、ここで浮上してきた。
…だとすれば、ワタシからおばあちゃんの記憶を奪ったのは、ダレだ?
「さっきから何を唸ってるんだよ、花子」
隣りを歩く慎吾が、声をかけてきた。
「え…ワタシ、そんなに唸ってた?」
「ああ、締め切り前の雪花さんぐらい唸ってた」
「それは重症だね!?」
あの人、漫画の締め切り前は大体いつも唸ってるからね。しかも、臭うんだよね。お風呂をさぼりがちになるから。
そんなワタシに、慎吾は続けて言った。
「それから、妙な遠慮とかはするなよ」
「遠慮って…何が?」
「何か悩んでるなら、オレに言えってことだよ。変に隠し立てとかせずに、な」
「それ、は…」
確かに、ワタシはまだ話していなかった。
先ほど、襲われかけた、ということを。
「もし、花子に何かあった時、オレがそれを知らなかったら…それで、花子が手遅れになるようなことになったら、オレがどれだけ後悔すると思ってるんだよ」
慎吾の声は、ワタシの心の中に、すとんと落ちた。
ワタシの心が、その言葉を異物として阻害しなかったからだ。
「確かに、騎士団長のナナさんやティアちゃんたちと比べればオレは頼りないかもしれないけど…」
「そんなこと、ないよ!」
慎吾の言葉を、ワタシは遮った。そして、続ける。
今度は、ワタシの言葉を慎吾の中に残したかったから。
「いつだって、慎吾はワタシを助けてくれたよ!辛くて全部を投げ出したくなっても、慎吾はそんなワタシごと抱えてくれたよ!最初にワタシと出会ってくれたのが、慎吾で本当に良かったんだよ?」
これは、本当なんだよ?
「だから、慎吾はワタシにとって…」
『わらわ様もおるんじゃがな?』
そう言ったのは、ティアちゃんだ。慎吾とは二人きりではなく、この地母神さまも一緒にいた。そして、ティアちゃんはワタシの手をずっと握ってくれていた。多分、ワタシに何かあったと察してくれていたんだ、この子は。
「そうだよね…ワタシには、慎吾だけじゃなくてティアちゃんもついててくれてるんだよね」
『暑いんじゃが…』
いきなり抱き着いたワタシにティアちゃんは抗議の声を上げていたけれど、振り払ったりはしなかった。そうだ、ティアちゃんもワタシがしんどい時には、一緒にいてくれたんだ。
…そんな二人が、ワタシの傍にいてくれてるんだ。
「あのね…」
だから、ワタシは先ほどの出来事を語った。
大事には至らなかったけれど、それでも、それはただの紙一重の幸運だったかもしれない。下手をすれば、それは取り返しのつかない大事に転化していたかもしれない。
「…そんなことがあったのか」
ワタシの話を聞いた慎吾は、考え込んでいた。
そんな慎吾に、ワタシは話しかける。
「だよね、ちょっと妙だよね。どうして、狙う必要がないワタシを標的にしたのか」
「なあ、花子…」
慎吾がワタシを呼んだその時、ワタシの視界に見慣れた尻尾が目に入った。
「ねえ、慎吾…あれ、白ちゃんじゃない?」
街中の往来の…その隅っこの方で、白ちゃんが困った顔をしていた。このソプラノとは違う異世界から来たという、犬耳と犬尻尾を持った男の子だ。繭ちゃんに感化されて、女の子の格好をしているけれど。
『あのね、喧嘩はよくないんだよ?』
白ちゃんは、三人の子供たちの間で右往左往していた。なんだか、犬耳と犬尻尾もしょんぼりしているように見える。それでも、白ちゃんは子供たちの喧嘩を止めようと必死だった。
「でもさ、お姉ちゃん…コイツがさぁ!」
「うるさい…お前の言うことなんて信じられないんだよ!お前とはもう遊ばないからな!」
「ねえ、やめようよ、二人とも…」
二人の子供は男の子で、一人は女の子だった。それも、かなり小さな少年少女たちだ。ピカピカのランドセルが似合いそうな年のころの。そして、言い争いをしていたのは男の子二人だった。
『本当に、喧嘩はやめようよ…あのね、喧嘩をするとね。その後がとっても辛いんだよ?』
「けど、お姉ちゃん…」
少年の一人は、白ちゃんをお姉ちゃんと呼んでいた。まあ、白ちゃんは繭ちゃんとお揃いがいいということで女の子の服を着ているんだけど。
そんな白ちゃんは、優しい声で少年たちに言い聞かせる。
『それとね、もう会わないとか、言っちゃいけないよ?お友達に会えなくなることはね、何よりも辛いんだよ?』
白ちゃんは、必死に子供たちの喧嘩の仲裁を試みる。
その言葉は、白ちゃんが口にするからこそ重みを帯びていた。
…この子は、たった一人でこの異世界に飛ばされたんだ。
家族や友達を、元の世界に置き去りにして。
「けど、お姉ちゃん、コイツが言ったんだ…「神さまが助けてくれるって!」なのに、うちの母さんの怪我が、いつまで経っても治らないんだよ!」
少年の一人が、悲鳴に近い声で叫ぶ。
「それは…でも、神さまは見守ってくれてるんだよ?」
「見守ってくれてるって…なんでそれなのに母さんの怪我が治らないんだよ!」
「ええと、だから…」
少年は、言葉につまっていた。
そこで、また白ちゃんが子供たちに語りかける。
『あのね、君がそんな風に叫んでたらね、お母さんが安心できないよ?』
「お姉ちゃん…」
『お母さんもね、安心できた方が怪我も早く治ると思うよ』
「そうかも…しれないけど」
『だから、仲直りしようよ。お母さんもね、自分のことで君たちが喧嘩になったって知ったら悲しいと思うよ』
「…分かったよ、お姉ちゃん」
語気を荒くしていた少年は、そこで白ちゃんの言葉に頷いた。きっと、この少年も不安だったんだ。お母さんの怪我が治らなくて。
「ごめんな、キツイこと言っちゃって…」
「ううん、僕こそごめん…君がどれだけお母さんを心配してたか、知ってたのに」
少年二人は、そこで気恥ずかしそうにしながらも謝っていた。
『よかった、仲直りできたみたいだね…じゃあ、仲直りのご褒美に僕の尻尾をさわってみる?』
白ちゃんは、そこで軽くお尻を突き出して尻尾を軽く振っていた。
少年少女たちは目を輝かせて白ちゃんの尻尾に飛びつき、思い思いにモフモフしていた。
…あー、ダメダメ!エッチすぎますよ!?
と思ってしまったのは、ワタシの心が汚染されているからだろうか。感染源は主に雪花さんだけれど。
「じゃあね、お姉ちゃん!」「バイバーイ!」「またねー」と、子供たちは晴れやかな笑顔を浮かべて家路についていた。
「すごいな、白ちゃん」
慎吾が白ちゃんに話しかける。
白ちゃんは慎吾の姿を見かけると尻尾をパタパタと振っていた。
『あ、慎吾お兄ちゃん』
「あの子たちの喧嘩をあんな風に収めるなんて、やるじゃないか」
『えへへ、ありがとー』
慎吾が白ちゃんの頭を撫でると、白ちゃんはさらに強く尻尾を振っていた。
…何気に仲がいいんだよね、この二人は。
慎吾は日本にいた頃は犬を飼ってたって言ってたし、白ちゃんともすぐ打ち解けたんだよね。
だから、完全にワタシとティアちゃんは置いてけぼりだったよ。
「喧嘩の原因って神さまだったの?」
なんとなく寂しさを感じたワタシは、白ちゃんに問いかけた。
『うん、なんだかそんな感じだったよ』
白ちゃんは、ワタシのそう答えてくれた。前はあんまり白ちゃんはワタシには近づいてくれなかったんだよね、にんにくの匂いが苦手だってらしくて。だけど、最近はにんにくも食べてないからか、普通にお話してくれるようになった。というか、前のワタシはなんであんなににんにくばっかり食べてたのかな。
「神さま、か…神さまでも、怪我は中々、治せないよね」
ワタシも…いや、ワタシよりも、お母さんたちの方が祈ってくれてたかな。ワタシの病気が治りますようにって。ただ、そのお願いは神さまにも叶えられなかったみたいだけど。
そして、白ちゃんが説明をしてくれた。
『一人の子がね、言ったんだよ…「神さまはどんな願いでもかなえてくれるんだ」って』
「それは…中々、難しいんじゃないかな」
神さまといえど、荷が重いはずだ。
だって、神さまに縋りたい人間なんて、それこそ雲霞のごとくいるのだから。
けれど、白ちゃんは続ける。
『でも、あの子は話してたよ。「『邪神さま』は世界を助けてくれるすごい神さまなんだよ!」って』
「『邪神』…さま?」
が、世界を、救う?
壊す、じゃなくて?
今回も最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
予報ではGWの天気が微妙なんですよね、昨日も雨でしたし…まあ、地域によるのでしょうけれど。
それでは、次回もよろしくお願いいたしますm(__)m
皆さまが楽しい休日を過ごせますようにー。