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転生者なんか送ってくるな! ~看板娘(自称)の異世界事件簿~  作者: 榊 謳歌
case1 『転生者なんか送ってくるな!』
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10 『繭ちゃーん!繭ちゃん繭ちゃん繭ちゃん!くんかくんか!すーはーすーはー!』

「ソプラノよ、拙者は帰ってきたぁ!」


 雪花さんは、声を張り上げた。

 その声は、ややかすれていた。

 乾いたその声は、室内の四隅に染み入るように消えていく。


「…………」

「…………」

「…………」

『…………』


 ワタシも慎吾も、繭ちゃんもシャルカさんも、全員が無言だった。

 そんな中、三刻館のラウンジの柱時計だけが、静かに針を進める。


「あれぇ?これは違ったでござるかぁ?間違っちゃったでございますかぁ?ええと、それなら…拙者には、まだ帰れる場所があるのでござる!とかで、しょうかな?」


 普段よりもふざけた口調で、雪花さんはとぼけた台詞を口にする。

 その声は、か細く震えていた。

 その指先も、震えている。

 いつもと同じようで、これっぽっちも、いつもと同じ雪花さんではなかった。それぐらいの変化に気付けるくらいには、ワタシたちは一緒に暮らしている。


「ええ、これも違うでござるかぁ?別のがいいのでござるか?みんな欲しがり屋さんでござりまするなぁ…それじゃあ」


 言いかけていた雪花さんを遮り、そこで、繭ちゃんが雪花さんに抱きついていた。両手でぎゅっと。雪花さんが、どこからも零れ落ちたりしないように、丁寧に。


「はは、どうしたのでござるか、繭ちゃん殿…そんなに拙者のおっぱいが恋しかったでござるか?」


 雪花さんは、乾燥した笑いを浮かべていた。

 その唇にもその瞳にも、力はない。


「…し、た」

「繭ちゃん、殿…?」

「心配…したあっ!」


 雪花さんに抱きついたまま、繭ちゃんは叫ぶ。声の限りに。


「心配した!心配した!心配した!ボクも花ちゃんも慎吾お兄ちゃんもシャルカさんも!みんなですっごく心配したぁ!」

「心配をかけたのは謝るでござるが…少し大袈裟では、ござらぬか?」

「大袈裟なんかじゃないよ!」


 誘拐されてたんでしょ!


 繭ちゃんの叫びは、室内で反射を繰り返す。

 その残滓(ざんし)は、しばらく空気中を漂っていた。


「昨日、雪花お姉ちゃんがいきなり消えて…今朝になって、帰ってきてくれた、と思ったら、『誘拐されてた』なんて聞かされて、ボクたち、は…」


 繭ちゃんは、そこで言葉に詰まる。

 涙があふれ、嗚咽おえつにせき止められ、言葉がうまく出てこない。


「いやだ、よ!やだや、だやだやだやだ、やだやだ…絶対にいやだぁ!」


 駄々っ子のように、叫ぶ繭ちゃん。

 けど、これはわがままなんかじゃない。


「みん、なで、この家にいなきゃダメな、んだ…雪花、お姉ちゃんは、どこにも、行っちゃダメなんだぁ!」


 繭ちゃんは、さらに雪花さんの胸に顔を埋める。

 繭ちゃんの涙が、そこから雪花さんに染み込む。


「いやいや、誘拐されていたとは言いましたが?脱出とか、よゆー?でしたぞ?拙者は月ヶ瀬雪花でありますからなぁ?こう見えても?護身術的な技とかも教わって、いましたからな?それに、アルテナさまからもすんごいスキルとか?もらって、おりましたし?それを、使えば?だから、逃げ出すこと?くらい?けど、でも…」


 雪花さんの瞳からも、涙があふれ始める。

 それをせき止めることなど、できない。


「…怖かった、よぉ」


 雪花さんは、思いの丈を、吐露した。


「怖かった!怖かった!怖かったよおぉ!死ぬかと思った!殺されるかと思った!もうみんなに…会えないかと思ったよおおぉ!」

「ボクそんなの絶対いやだああああぁ!」

「私だっていやだよおぉ!もっとみんなといたい!みんなと一緒じゃなきゃいやだあぁ!」


 繭ちゃんが泣き叫ぶ。

 雪花さんが泣き叫ぶ。

 ラウンジは、二人の泣き声で埋め尽くされた。

 ワタシたちは、転生者だ。元の世界で、ワタシたちは、死んでしまった。

 死は、ワタシたちからたくさん奪った。命を奪った。未来を奪った。過去だって奪った。

 そして、死は、ワタシたちから、一番大切にしていた家族まで、奪った。


「…………」


 家族?

 会いたいに決まってるだろ!

 慎吾だって!雪花さんだって!繭ちゃんだって!

 家族に会いたくないヤツなんて、ここには一人もいないんだ!

 …でも、もう会えないんだよ!

 だから、みんな怖いんだよ!平気じゃないんだよ!

 誰かがいなくなることが! 

 そんなワタシたちから、もうこれ以上、誰も奪うなぁ!

 生きていけなくなっちゃうだろぉ!


「…………」


 ワタシも、いつの間にか泣きながら二人に抱き着いていた。

 そこには繭ちゃんの体温があった。

 雪花さんの体温もあった。

 ワタシの体温も、二人のぬくもりと混ざりあった。

 そのまま、三人で泣き続けた。

 どれくらい泣いていたのか分からないほど、泣き続けた。


『少しは落ち着いたか?』


 ワタシたちが泣き疲れた頃を見計らい、シャルカさんは温めた牛乳を雪花さんに手渡した。


「…はい、辛うじて、ですが」


 涙でぐちゃぐちゃのまま、雪花さんはカップに口をつける。


『とりあえず…雪花が無事に戻ってきてくれて、本当によかった』


 シャルカさんは、雪花さんの肩に手を置いた。

 静かに、そっと。


『…何があったか、聞いても大丈夫か?』


 シャルカさんは、あえて何気ない声で聞いていた。


「そうで、すね。けど、ですが…」


 雪花さんは言葉を紡ごうとするが、上手くまとまらない。


『すまない、雪花。ちょっと性急すぎたか』

「いえ、シャルカさん…みんなにも、知っておいてもらった方が、いいでしょうから」


 そして、雪花さんはぽつぽつと語り始めた。

 昨夜、店を出た後、ワタシたちと離れて一人でトイレに向かったこと。

 トイレを出た後、いきなり何者かに腕を掴まれ、暗がりに連れ込まれたこと。

 その後、ズタ袋のような袋をかぶせられ、助けも呼べず、そのまま町外れの廃屋のような場所に連れ去られたこと。

 隙を見て、辛うじてその場所から抜け出せたこと、などを。

 ワタシと繭ちゃんは、ずっと、雪花さんの手を、二人で握っていた。

 ワタシたちはその手を、離さなかった。雪花さんの手が、まだ、震えていたからだ。


『話を聞いた限り、その連中、手慣れているようにも感じられるな』

「はい…複数の人間が、役割を分担しているようでした」


 そう語る雪花さんに、ワタシと繭ちゃんは寄り添う。

 何があっても、ワタシたちは雪花さんの味方だからだ。


『雪花を攫って奴隷商にでも売るつもりだったか?それなら、誘拐する相手は誰でもよかったということになるが…いや、王都では奴隷は認められていないし、よその国に売り飛ばすにしても奴隷を連れたまま王都を出ることはできないはずだ。城門で絶対にばれるし、他に抜け道もないはずだ』


 シャルカさんは呟き、思考を走らせる。

 この人も、徹夜明けで疲れているはずなのに。


『なら、その連中には、王都の外に雪花を連れ出す意図はなかったということになる、か…?だとしたら、その目的はなんだ?この王都の中で、誘拐なんかして何をするつもりだったんだ?』

「私なんかを(かどわ)かしても、何のメリットもないですけどね。身代金とか取れるわけでもないですし…それに、確証はないですけど、性的な目的で誘拐した、という感じでもなかった気がします」

『それなら、何らかの怨恨…という線も、雪花の場合は考えにくいか』


 シャルカさんは雪花さんの話を聞き、頭を搔きながらラウンジの中を歩く。


『できるだけ早く、何らかの対策を立てたいところなんだが、どうするべきか。憲兵に連絡をするのはもちろんだが、アルテナさまとも相談して…それに、また、連中が雪花を狙ってくる可能性も捨てきれないか』


 そこで、繭ちゃんが立ち上がった。


「ボクが守る…雪花お姉ちゃんは、ボクが守る」


 繭ちゃんは断言した。確固たる意志を持って。


「雪花お姉ちゃんだから、ボクが守るんだ…絶対に、どこにも行かせないから」

「繭ちゃんにばっかり、いい格好はさせられないな…オレもだ」


 そこで、慎吾も名乗りを上げた。

 雪花さんを守るナイトとして。


「慎吾お兄ちゃんのことも、ボクが守るからね」

「オレのことも守るのかよ?」

「大丈夫だよ、ボクにはバリツがあるから」

「繭ちゃんどこでバリツ習ったの!?」


 ワタシにも教えてくれない!?


「ありがたいけど、オレも自分の身くらいは守れるし…」

「ダメだよ。慎吾お兄ちゃんもボクの大事な家族なんだ…だから、ボクに守られないとダメなんだ」

「そうか…繭ちゃんに守られないとダメ、か」


 慎吾は、苦笑い半分、微笑み半分の笑みを浮かべていた。さすがの慎吾も、繭ちゃんには勝てない。それが、この家のルールでもある。


「本当にいい子でござるな、繭ちゃん殿は」


 雪花さんの口調が戻っていた。表情も、普段の雪花さんに戻っていた。

 ワタシたちの日常が、戻りつつあった。繭ちゃんのおかげで。

 すごいな、繭ちゃん効果。繭ちゃんイオンとでも呼ぼうか。


「あー、もう、本当にいい子過ぎるでござるよ、繭ちゃん殿は…あー、もう、繭ちゃーん!繭ちゃん繭ちゃん繭ちゃん!くんかくんか!すーはーすーはー!」

「繭ちゃんで怪しいコピペ実演するのやめてもらえます!?」


 普段の雪花さんに戻ったとは思っていたけど、本調子になるの早くない!?

 …まあ、ワタシたちを気遣って、無理に明るく振舞っているのだろうけれど。


「よし、繭ちゃん殿はうちの子にするでござるよ!」

「ダメだよ!繭ちゃんはうちの子なんだよ(予定)!」


 こうして、雪花さんとワタシによる繭ちゃんの親権争奪戦の火蓋は切って落とされたが、この場は引き分けに終わった。ただ、これ以降も、ワタシと雪花さんによる繭ちゃんの親権争いは第28次まで続く聖戦となるのだが、それはまた別のお話。


『もう少し、話を聞いてもいいか?雪花も徹夜だろうし、誘拐のストレスも半端じゃないことは分かっているんだが…』


 シャルカさんが、雪花さんにそう言った。


「その前に…ちょっと、トイレに行ってもいいでござるか?少し、頭の方も整理したいので」


 雪花さんはラウンジのソファから立ち上がり、トイレに向かおうとする。さすがに、その足取りは重かった。そして、繭ちゃんも腰を上げる。


「ボクも行くよ」

「繭ちゃん殿もおトイレでござるか?」

「ううん、雪花お姉ちゃんの護衛だよ」

「…ん?」

「だって、雪花お姉ちゃんはトイレに行ってる時に誘拐されたでしょ」


 そして、本当についていく繭ちゃん。

 その後、トイレの方からは「繭ちゃん殿!トイレに二人は入れないでござるよ!」とか、「大丈夫、ちょっと狭いけど二人でも入れるよ」とか、「男の子に見守られながらオシッコはさすがに!そこまで女子を捨ててはおりませんので!」とか、「拙者そろそろ限界ですし、せめて!せめてトイレの外で待っていてくだされ!」とか、「後生ですから耳を塞いでおいてもらえるでござるか!」とか、「ダメだよ、聞こえなかったら何かあっても分からないでしょ」とか、トイレ前での攻防が筒抜けで聞こえてきた。


「女装美少年にトイレの音を聞かれるとか、どんな罰でござるか?それとも、これご褒美なのですかな?」


 トイレから戻ってきた雪花さんは、さっきよりも憔悴していた。その後ろを歩いていた繭ちゃんはいつの間にか必勝ハチマキを巻いていて、フライパンで武装をしている。


「拙者の中でまた新しい真理の扉が開こうとしているのでござるが…これ、どうすればいいでござるか、花子殿」

「それ真理の扉なんかじゃないから、さっさと閉めて厳重に鍵をかけておいてください」


 これ以上、雪花さんに新しい性癖とか獲得されたら手に負えなくなる。


「けど、出すものも出してスッキリしましたし…紙と書く物、ありますかな」


 雪花さんにそう頼まれたので、ワタシはラウンジの机から紙と筆を取り出し、雪花さんに手渡した。


「腐っていても、こちとら同人作家なのでござるよ」


 言いながら、雪花さんはさらさらと描き上げた。

 幾人かの似顔絵を…いや、これは人相書きだ。


『雪花、これは…』


 シャルカさんも、その精巧さに目を(みは)る。


「拙者を誘拐した人間たちでござるよ…全員ではないですし、暗い上にフードまでかぶっていましたから役には立たないかもしれませんが」

『いや、これはすごいよ。こいつがあれば、すぐにでも犯人たちを捕まえられそうだ…ただ、残念なことに私はこいつ等に見覚えがないな』


 シャルカさんはその人相書きをワタシたちにも見せたが、ワタシたちの誰も、その人物たちに心当たりはなかった。


「あと、あの連中はこんな刺青を手の甲にいれていたのでござるが…」


 雪花さんは、そう言って二匹の蛇…いや、細長いドラゴンだろうか?その二匹の竜が絡み合い、お互いののど笛に食らいつくイラストを描き上げた。


『これも、見たことがないタトゥーだな…これが連中のシンボルだとしたら、ソイツらはやはり組織立って動いていたことになる』

「でも、そんな目立つ刺青をしてたら、すぐ捕まえられますよね」


 雪花さんの描いたマークを見たワタシはそう言ったし、そう願った。


『どうだろうか…連中のバックにいるのがそれなりの組織なら、その刺青がマジックタトゥーという可能性もある』

「マジック…タトゥー?」


 聞いたことのない言葉だった。


『普段は見えないんだよ、そのマジックタトゥーは。けど、魔力を込めた時だけそのタトゥーが浮かび上がる。つまり…』

「このタトゥーで犯人捜しをしようとしても見つからない、ということですか」

『そういうことだ』


 シャルカさんはため息をついていた。

 その横で、繭ちゃんが呟く。


「…ボク、このマーク見たことある気がする」


『本当か!?』

「どこで!?」


 シャルカさんとワタシは、同時に反応していた。


「ええと、どこだろ…確かに、見たことあるはずなんだけど」


 繭ちゃんは考え込んでいたが、すぐには思い出せなかったようだ。

 けれど、少しした後、口を開いた。


「あ、そうだ…このマーク、日本にいたときに見たんだ」

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