5 『呼ばれてとび出て、リリスちゃーんですねぇ』
『世界に蓋がされたようでした』
アルテナさまは、簡潔にそう説明した。
苦悶にも似た表情を、浮かべていたけれど。
ワタシが見たことのない、女神さまの深刻な表情だった。
SNSが大炎上したと嘆いていた時も、ここまで追い詰められた声ではなかった。
無理もないのかもしれない。
アルテナさまは、天界に戻れなくなってしまったのだから。
「世界に蓋…ですか」
ただの人間であるワタシには、その感覚はよく分からない。だが、要するに、天界に戻るための『道』みたいなモノが塞がれた、ということのようだ。
『…ええ、天界とのアクセスができなくなっています』
「原因とかは…分からないんですか?」
門外漢のワタシでは想像もできないけれど、『蓋をされた』という理由が分かれば対処の方法などもあるのではないだろうか。
けど、アルテナさまは首を横に振った。
『無理ですね。何が原因でこうなってしまったのか、まるで分かりません…ワタクシとしても初めてのことですので』
というやりとりをしたのが、二日前だった。
戻れなくなったアルテナさまは、とりあえず、ワタシたちの家で共に過ごしている。戻れないと分かった直後は焦燥した様子だったアルテナさまも、今では少し落ち着いていた。
表向きは、かもしれないが。
「…………」
女神とはいえ、不安はあるはずだ。
理由が分からず、自分の世界に戻れなくなった、となれば。
おそらく、ワタシなら恥も外聞もなく混乱する。最悪、誰かに理不尽な八つ当たりなどをしてしまうかもしれない。それなのに、アルテナさまは落ち着いていた。さすがは女神さまと言うべきかもしれないが、ソファでお腹を出したまま高鼾のお昼寝をしていた時は緩み過ぎではないだろうかと思ったけれど。
『どうされたのですか、花子さん?』
「あ、いえ…少し考え事をしていました」
不意にアルテナさまから声をかけられ、ちょっと焦ってしまった。
そんなアルテナさまは、途中の屋台で買ったイカ焼きを頬張っていた。ほっぺに醤油のタレとかついている。
…ホントに余裕あるな、この人。
まあ、今日がある種のお祭りといえばそうなのだけれど。
夜にもかかわらず、この場所は煌々と魔石の明かりが灯されている。
現在、ワタシとアルテナさまは『センザキグループ』の新商品発表会の会場を訪れていた。
その発表会に、ワタシとアルテナさまは冒険者ギルドの代表としてこの場に参加している。センザキグループは、魔石を組み込んだ商品…『魔石機』を数多く開発、発売していて、冒険者御用達の一大企業となっていた。
とはいえ、本来ならワタシとシャルカさんの二人がここに来るはずだった。けれど、先日の『シャルカさん寝ゲロ事件』のこともあり、シャルカさんは今日はお休みという名の謹慎だ。
「…だって、お酒とかも振舞われてるからね」
新商品の発表会とはいえ、ほぼほぼパーティの雰囲気だった。料理やお酒も用意されているのだ。だから、絶対に呑むよね、あの人。
繭ちゃんに禁酒の誓約書とか書かされてたけど、我慢できるわけないからね、あの人。
というわけで、ワタシとアルテナさまだ。
『何か仰いましたか、花子さん?』
「いえ…何でもないです」
ワタシの独り言が、アルテナさまにも聞こえていたようだ。
そして、そんなアルテナさまは普段の女神ドレスではなく、今日は雪花さんのワンピースを借りて着ていた。さすがに、普段のあの薄手のドレスでは目立つからだ。ほぼマリリン・モンローみたいなものだからね。今日のようなパーティ会場だと寧ろそっちの方が正しいのかもしれないけど。ただ、アルテナさまは『あの、このお洋服…ちょっと匂いが』と難色を示していた。
まあ、雪花さんちょっと匂いがキツイ時あるからね…同人誌の締め切り前とか、特に。
けど、同情はしないのだ。だって、ワタシの服を貸そうとしたら、この人『あの…胸元が窮屈すぎて着られないのですが』とかぬかしたからね!
「…………」
けど、不思議な感じだった。
こうして、アルテナさまと二人で並んで立っていることが。同じ場所で、同じ空気を吸っていることが。
生きてきた時間がまるで違うワタシたちなのに、アルテナさまと一緒にいることが、なぜだか、すごく自然に感じられた。そして、胸が軽く弾む。鼻歌とかも歌っちゃいそうになるのだ。
『ところで…今日は何の発表会なのですか?』
「さあ、ワタシも魔石関連の新商品としか聞いてないんですよね」
とりあえずは、発表会までは秘密ということらしい。けど、冒険者ギルドにも声がかかるということは、冒険者たちにも関係する商品なのだろうか。だとすれば、ワタシも「要チェックや!」というスタンスで挑まねばならない。『看板娘』としては、きちんと仕事ができるというところもアピールしないとね。
『招待されている人たちもけっこう多いのですね』
「そうですね。センザキグループって王都で一番、有名な企業だと思いますよ」
『なるほど、それほどの企業だからこそ格式のあるパーティなのですね』
「…そうですね」
確かに、格式はありそうだ。一目で王宮の魔術師と分かるレアな人たちもこの場には呼ばれているし、高名な冒険者ともさっき挨拶を交わした。
…そんなパーティ会場に、途中の屋台で買ったイカ焼きを咥えながら入って行くアルテナさまはさすがというべきなのだろうか。入り口で警備員さんに止めなられなかったのが不思議なくらいだ。
「なんか、空気が変わりましたね」
会場に設置された壇上の方が騒がしくなってきた。どうやら、そろそろ主役が登場するようだ。壇上に降り注ぐ魔石の光が、さきほどよりも強くなっている。
『あ、どうしましょう…花子さん』
隣りで、アルテナさまが焦った声を上げた。ワタシとしても、何事だと身構えてしまう。
「…どうしたんですか、アルテナさま?」
『大変です…イカ焼きのタレをお洋服にこぼしてしまいました』
「…とりあえず、このハンカチで拭きますか?」
イカ焼きのタレとか、絶対にハンカチじゃキレイにならないだろうけど。
でも、本当にどんな時でもアルテナさまはアルテナさまだな。
『あー、先生じゃないですか』
そこに、慣れた声がかけられた。
「え、リリス…ちゃん?」
慣れた声ではあるけれど、まさかこんなところで会うとは思っていなかった。
『そうですよー。呼ばれてとび出て、リリスちゃーんですねぇ』
「…呼ばれてもとび出てもないけど、今日も元気だね」
リリスちゃんは、やけにメロディアスに名乗りを上げていた。この子もこの子で、どこにいてもこんな感じだ。
『どうして先生がこんな場所にいるんですか?』
「…ギルドのお仕事だよ」
リリスちゃんはワタシを先生などと呼ぶが、そこに敬意は欠片もない。この子の中のワタシの位置づけとしては、探偵ごっこの探偵役がワタシというだけのことだからだ。いや、それも内心ではどう思っていることか。リリスちゃんがワタシを呼ぶときの発音だって、ほぼ『センセー』だからね。当然、今だってそうだよ。
「リリスちゃんこそ、なんでここにいるの?」
『なんだか事件の匂いがしました』
「さすがに不謹慎だよ」
この子もやっぱりブレないな。
『けど、先生。センザキグループっていえば、いくつもの魔石の商品を販売している最大手ですよ。今や、飛ぶ鳥を落とす勢いですよ。その影響力はこの王都でも絶大ですよ』
「そうだけど、やけにテンション高いね、リリスちゃん」
『そんなセンザキグループの新作発表会なら、何らかの事件が起こっても不思議じゃないですよね』
「さすがに不謹慎だよ!?」
興味本位にしても行き過ぎでしょ!?
「というかリリスちゃん、ここに来るのに招待状が必要だったはずだけど?」
ワタシたちはギルドに送られてきた招待状があったからこの会場に入れたが、それがなければ門前払いを喰らうはずだ。
『招待状なんて必要ありませんよ?入口の警備員さんにセクシーポーズをとったら通してくれました』
「リリスちゃんじゃ無理でしょ!?」
かわいいのは認めるけど、セクシーさはないでしょ!?
『ありますー。センセーよりはセクシーさはありますー』
「ありますー。ワタシの方がセクシーですー」
思わず張り合ってしまった。余談ではあるが、争いというのは同じレベルの者同士でなければ発生しないのだそうだ。
…だから、分かっていた。
これが、悲しいどんぐりの背比べだということは。
よし、アイサツ代わりの茶番は終了だ。
「で、本当のところはどうやって入ってきたの?」
『招待状ならこの人からもらったんですねぇ』
リリスちゃんは、後ろにいた人物を指差した。
そこにいたのは、スーツに似た服装の青年だった。いや、青年というには少し年を重ねているだろうか。
「ええと…そちらの方は?」
ワタシは、恐る恐る尋ねた。本来、ワタシは人見知りするタイプなのだ。初対面の人とか緊張するのだ。しかも、この青年(?)は目鼻立ちがくっきりしていて、美形という言葉がぴったりの人物だった。平たい顔族のワタシとはかなり対照的だ。
そして、リリスちゃんはその人物のことをこう紹介した。
『この人は、リリスちゃんのフィアンセですねぇ』と。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本当に今さらなのですが、今回の章のタイトルは『ペル〇ナシリーズ』などの原典になっているあのゲームです。いえ、あのゲーム自体が小説のゲーム化らしいのですけれど。
それでは、次回もよろしくお願いいたしますm(__)m