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異世界~果てなき迷宮と記憶の系譜~  作者: トキア
一節【異世界より】
9/12

【7】



センシェルの身体が一瞬痙攣したのが伝わって来た。耳の上の方で小さく「うっ」と唸った気がして、見えていないけれど顔をそちらに向けてしまう。



「大丈夫・・?」



「どうかな、噛まれたみたいだ」



恐らく杖を振りながらだろう、センシェルはさらっと答えた。



「ええっ!?噛まれたって大丈夫・・なの?」



「ああ、どうしてか殆ど痛みが無い。もしかしてキミの・・さっきの魔法の効果なのか?」



妙に落ち着いているのは、そうか、聖なる光の加護が効いていたからだ、と納得する。加えられた攻撃の威力によっては加護に限界が生じてしまう場合があるけれど、痛みを殆ど軽減してしまっているなら、それなら虫生物の攻撃はセンシェルには然程驚異にならないのかもしれない。



「ありがとう」



と、本当に微かな声でそう言われたような気がした。気のせいかな。気のせいじゃなかったら、ちょっとだけ嬉しい。呑気な事を考えている場合じゃ無い筈なのに、少なからず役に立てたのが本当に嬉しかった。



『キュイイイイイッ』

『キュッ、キイイ』

『キイキュウウウ』



立て続けに三つ虫生物が鳴いた。そして何かが地面に落ちる音。近くでがさがさ立てていた移動音も止んだみたいで、辺りが急に静かになる。



「終わったの・・?」



すううっと、白い球体が自分達の方に移動してきた。通路を照らす光もそれに併せて着いて来るから、ようやく暗闇から解放される。【そのまま】近くに視線を落としてみると、虫生物がきっちり四匹死骸となっていた。壁に叩き付けられて頭の甲殻が潰れた個体がひとつ、残りの三つは首の後ろの関節──人間でいうと脊椎辺りにナイフが突き刺さって絶命している。ナイフ・・で覚えがあるのは男性だけだから、これはもしかして・・もしかしなくても彼が仕留めてくれたのだろうか。ちょっと信じられない。



「終わったみたいだな」



センシェルがかなり間を置いてから答えた。余計な無理をさせてしまったから、疲れた顔をしているのかもしれない。杖を地面に落とすと、ゆっくりと息を吸って吐き出して、額の汗を拭った。



「んっ」



ローブの袖を使って、頬に付いた汚れを軽く擦ってあげた。ちょっと恥ずかしそうに気まずそうに視線を外したセンシェルが、ぼそりと呟く。



「いいよ、それくらい。余計な気遣いはいらない」



「気遣いじゃないよ。これはその・・なんだろう。えっと・・いいからっ、ほら、こっちも」



ついでに反対側もごしごし擦ってあげた。これは照れ隠しとかじゃない。絶対に違うから、とか自分に言い聞かせながら。


嫌がる弟に強引なお節介をする姉みたいな感じを続けていると、いつの間にかキティカや赤髪の女性が傍にいる事に気が付いた。最初の虫生物達は全て何処かに逃げてしまったのだろうか、二人とも武器を鞘とホルスターにそれぞれ収めている。


明るみの下に全員が集合していた。



キティカは「あっはっはっ」と笑っていたし、赤髪の女性は「破廉恥な」とか言いながら顔を掌で覆っている。


決して破廉恥では無いと思うけれど、センシェルと二人して顔を見合わせる。お互いに苦笑い。そして直ぐに身体を離した。



ちょっと気まずい。別にセンシェルを男性として意識したわけじゃないと思うし、ただ流れというか性格というか・・そんな感じだったし。そもそも・・じゃない。違う。今はそんな【呑気な話題】にうつつを抜かしている場合じゃないんだ。



「いやーいやー」



気を改めようとしたら、今度は呑気な声が近付いて来た。男性だ。猫みたいな小さな黒目を細くして、頭の後ろを掻きながら口端を吊り上げている。目の前で立ち止まると、凄く背が高い。


センシェルも見上げないと駄目なくらい身長があったけれど、此方はもっとだ。百九十センチくらいはあるのかもしれない。ただ、細い。凄く細い。やっぱりひょろっとしていて頼り無い感じがする。



「ありがとねー。助かったよーほんっとにさー」



にこにこしながら、そう言って手を差し出して来た。腕も指も細くて長い。それにしても、お礼を言うべきなのはセンシェルとキティカの方だと思うんだけど。


案の定、近くのセンシェルが鼻を鳴らした。真っ先に自分にお礼を言わなかったのが不服みたいに。



「俺はレオねー。レ・オ。フルネームはさー、もーっと親密なあれになってから教えてあげるからさー。ね、ね、おねーさん」



語尾がちょっと伸びる、やっぱり喋り方も見た目も軽薄な男性って印象に当て嵌まる気がする。小さい頃村のおばさんに逐一言い聞かされた、話し方も動きもひょろひょろくねくねしてる男には着いて行くなって。あの時は妹と一緒にぽかんとしていたけれど、今ならそれがよく解る気がする。



男性──改めレオは、気付いていないのか知らんぷりをしているのか、気分を損ねたセンシェルの方を見向きもしていないかった。ずっと此方を見ている。じいっと見られている。



「おい、余計な迷惑を掛けてくれるな。一緒にいたいなら、私の家格が下がるような事はしないと約束したな?言葉と行動には気を付けろ」



「大丈夫ー。ただの挨拶だってー。いきなり手にちゅーしたりしないってー。信用無いなー俺」



確かレオがロザリーと呼んだ女性が、背後から彼に注意する。しかし振り返りもせずに、やっぱり軽薄な動きでひらひら手を振るだけだ。じいっと此方を見ながら、何故だか少しだけ表情が緩んでる・・?



しない、とか言っていたけど、ちょっと身の危険を感じた。改めて差し出して来た手をはね除け・・はしないまでも、無理に微笑みながらゆっくり下がろうとした。



着いて来る。歩幅を合わせるようにゆっくり、一定の距離を保って。「おいおいおい。ちょっと待てよ、キミ」。流石にセンシェルも何か感じ取ってくれたのか、レオの肩を掴んで引き留めようと手を伸ばした。



「いやー、もう、ね。ごめーんロザリーちゃん。やっぱり俺、こんなに近くで見ちゃったら我慢出来ないかもー」



ごめーんに謝罪の気持ちなんて全然込められていない気がする。なんとセンシェルの手をひらりと身を翻してかわすと、急に目の前十センチくらいまで接近してきた。細いけどやたらと背が高いから【そういうの】は心臓に悪い。怖い。



「ふひゃあっ」



と、変な声を上げて逃げようとしたら後ろは壁だった。「ちょっと、あんた」「おい馬鹿者、いい加減にしないか」と、キティカとロザリーの二人も助けに入ろうとしてくれる。


っていうか、早く助けて。



「やっぱり綺麗だ」



と、唐突にレオが言った。目が宝物を見付けた少年みたいにキラキラしている。



「・・はい?」



「いやーほんっとに、美しい。素晴らしい。最高だよーお姉さんは最高だよー」



「あ、そう・・かな。うん・・わかったから、取り敢えず離れて・・」



「いやいやもう、ほんっとにもう魅力的過ぎてさー。本能なんだよねー。俺の遺伝子がさー求めちゃってるんだよー」



あ・・れ、

なんだか・・此方の顔を見ていないような、なんだかもっとこう・・少し下の方の何かを見ている気がするんだけど。



「あの・・」



「もう無理っ!!俺の理想のおっぱいちゃ─────ん!!」



一瞬、何が起こったのか解らなかった──



はっとして気が付くと、いきなり胸に何かが押し付けられていた。何かっていうか──レオが顔を胸に埋めて幸せそうに目を瞑っている。



「う、わあああああああああああああああ」



途端に顔中真っ赤に染まって、火が付いたみたいに熱くなった。悲鳴なのかなんなのか、とにかく叫んだ。通路一帯に響き渡るくらいに叫んだ。目眩みたいな症状に襲われて、頭の中がぐわんぐわんして、熱気が頭の天辺から噴火するみたいな感覚を覚える──



次の瞬間には、ばっちいいいんと、これでもかってくらいの威力で軽薄男の頬に平手打ちしていた。



















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