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第四話




 再び、平和な日々が戻ってきた。俺は堅実に仕事をこなし、段々に領主様からの信任も篤くなる一方だった。任される仕事も重要性を増し、ご家庭内の差配にも関わるようになっていった。幾度か近隣との勢力争いで、戦場に駆り出されたりもあったりしたのだが、それももはや日常の一部となっていた。相対的に見れば、俺の人生は穏やかで安定した状態を保っていた。

 それが一変したのは、打ち明け話があると領主様に呼び出された時だった。厳重に人払いをと申し付けられ、二人きりで対面したのだが、何事にも果断を持ってする領主様にしては珍しく、いつまでも口をつぐんだままだった。


「なんでもお申しつけ下さって構いません。私の身は、領主様にお仕えするために在りますので」

 非礼を承知で、こちらから話を切り出してしまった。領主様はそれに怒るどころか、ほっとした様子だった。

「お前には一つ、役目を与える。とても重要なものだ」領主様は、軽く目を閉じたまま、話し始めた。

「その前に、末の娘が生まれたことは知っていたかな?と言っても妾腹だが」

「離れにお住みの御方がお産みになったとか。ご実家の者たちがお世話をしているとのことで、お会いしたことはございませんが」

「それがね、くれぐれも他言は無用に願うんだが。その者たちを処断しなければならなくなってね。内々に」

「はぁ!?」思わずすっとんきょうな声を上げてしまい、慌てて口を押える。聞き間違いであることを願ったが、領主様の眼差しはそれが真であることを告げている。吐く息すら毛ひとつほどにも乱れておらず、先ほど話を切ためらっていたのと、同一人物だとはとても思えない。

 そうなると、俺の方も覚悟を決めざるを得ない。正直気は進まないが、俺に任せると仰るのならば、手を尽くすのが俺の有り様である。

「かしこまりました。やってみましょう。あまり手際よくやれる自信はありませんが」

「そう言ってくれると、助かる。いくら私の家来が多いといっても、お前ほどに気が利いてお前ほど口の堅い人間は、お前を除いて他におらぬからな」

 俺は黙って頭を下げた。なんと、そこまでに俺のことを買って下さっているとは。これまで赤心でお仕えしてきたことが、一瞬で報われたように思えた。


「長い役目になるだろう。離れの方に詰めることになるから、出世の道も閉ざされかねないが。なにより、男手一つで女児の世話をするのだ。慣れないうちは苦労も絶えないに違いない」

 ……ん?とうとうと続くお館様のお言葉に、どことなく感じる違和感。

「あの、どういったことでしょうか。私は、その、お屋形様に仇なす輩を成敗すればよいのですよね?」

「いや、そうではない。そちらの方はもっと適任がいる。その手の仕事ができる者はいくらでもおるしな」

 お屋形様はふうっと息をつくと、茶碗を手に取った。

「いくら母親が不埒なたくらみを持ったからと言って、その赤子にまで手をかけるのは忍びない。できれば人目につかぬよう、育て上げてやりたい」

 わかるか?と問いかけるような視線で見上げられる。俺は慌ててこくこくと頷く。

「仰ることはごもっともですが。え、まさか、私がその役目を……?」

「だからそう言っているだろう。お前、話を聞いておったのか?」

「聞こえておりましたが、こればかりは!何分私未婚の男でございまして!」

 俺は慌てて言い訳にかかる。お屋形様の下さるお役目に異を挟むなどと情けないことこの上ないが、とても俺の手に負えるとは思えない。

「子育ての経験もありませんし、職能も違いすぎます。正直、お役に立てますかどうか……」

「そこをどうにかしてくれんか!」

 なんと、驚いたことに。お屋形様は俺に向かって頭を下げた。

「私の下で内々で働く者たちの中でも、お前ほど口が堅く、お前ほど気が利く者は見当たらん。お前を置いて、他に頼める者がおらんのだ!」

 わけのわからない感情で胸が一杯になって、身じろぎできなかった。刀を突きつけ恫喝される方が、よっぽど平静を保っていられるに違いない。


「娘の存在はしばらく隠しておきたい。館の外にも、館の内にもだ。お前は数年の間、離れで子育てに専念してもらう。必要なものがあれば、こちらから届けさせる」

 無言のまま立ち尽くすのを、了承ととらえたのだろうか、お屋形様は次々に話を進めている。

「数年の間が肝要だ。それだけあれば後始末を済ますには十分だ。それまでの間、どうにか娘のことを頼めないだろうか」


 不安はあった。むしろ不安しかなかった。しかし、跪いて頭を下げているうちに、俺の胸に何かが熱く込み上げてくるのを、感じることができた。おそらく、忠誠心がなせる業なのだろうと思う。そして、その忠誠心こそが、俺の心の迷いまでも燃やしてしまったかのようだった。


「かしこまりました。このことがご恩を少しでも返すことになるのでしたら、一命をもちまして」





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