65歳まで出られない駅 ~出口はいつも隣に~
気が付いたら、歩いていた。
周囲に目を向けると沢山の人が同じように歩いていた。
階段をのぼったり、おりたり。
どこまでも続く道を歩いていた。
誰かがつぶやいた。
ここは、どこだろう。
誰かが返事をした。
駅に決まっているじゃないか。
そうか、駅なのか。
随分と広い駅なんだね。
そろそろ疲れた。休みたい。
誰か教えてくれ。出口は、どこにある?
返事はない。
いつまで待っても聞こえてこない。
きっと誰も出口の場所を知らないのだ。
それでも休まずに歩くのは、どうしてだろう。
みんなが歩く先に出口があるからだろうか。
このままみんなと一緒に歩いていれば、出口に辿り着けるのだろうか。
ならば、もう少し歩いてみよう。
歩き続けて……やっぱり、出口は見えない。
もう疲れた。少し休もう。
腰を下ろすと、無数の人が左右から通り過ぎて行くのが見えた。
悠々と歩く若者。
杖をついて歩く老人。
いろいろな人がいる。
みんな疲れた顔をして歩いている。
ふと右側を見るとエレベータがあった。
特別なカードを手にした人だけがエレベータを使っている。
エレベータは遥か高いところまで続いている。
そこに何があるのかは、分からない。どれだけ見上げても、先が見えない。
あの先に、出口があるのだろうか?
ぼんやりと上を見ていた。
ふと、空に浮かぶエスカレータに気が付いた。
気が付いた瞬間、エスカレータは透明になった。
小さな子供が、立派なスーツを着た親と手をつないで、のぼっていく。
エスカレータの隣には階段がある。二十歳くらいの青年が、年老いた親を背に、同じくらいの速さで、必死にのぼっている。
みんなが上を目指している。
出口はきっと、上にあるのだろう。
気が狂うほどのぼり続けた先に、出口はあるのだろう。
足を止めて、座り込んで、考えていた。
立ち上がるのは億劫だ。歩くのは疲れる。
だから、このまま座っていよう。
――ドドドド、ドドド。
音が聞こえて、振り向いた。
背後には道があった。今まで歩き続けた道が、続いていた。
遠くの方、道が消えていくのが分かった。
――ドドドド、ドドド。
崩れた先には闇がある。
落ちたら、きっと助からない。
闇はどんどん近付いてくる。
どんどん、どんどん近付いてくる。
怖くて飛び上がった。
前を歩く人の肩を掴んで、かき分けて、上を目指した。
体が重い。つらい。くるしい。
いつまで歩いても出口は見えない。
見えるのは同じような景色。
朝も夜も、春も冬も、ずっと変わらない。
だけど、立ち止まれば闇に飲み込まれる。怖い闇に飲み込まれる。
だから、歩き続けるしかない。悲鳴をあげそうなくらい重たい身体を引きずって、歩くしかない。
もう無理だ、もう疲れた。
出口はどこ。出口はどこ。
ふと光が見えた。
光は、直ぐ隣にあった。
目をこする。
やっぱり、見える。
出口だ。出口だ。
気が狂うほどに求めていた出口が、直ぐ隣にある。
おいみんな、ここに出口があるぞ!
周りに声をかける。
誰も振り返らない。みんな疲れた顔をしているのに、歩き続けている。
聞いてくれ! ここに出口がある!
みんな疲れただろ? あんたなんて、もうボロボロじゃないか。
なあ、どうして無視するんだよ?
ほら見てみろ、ここに出口があるじゃないか!
誰も目を向けない。
肩を掴んでも、迷惑そうに振り払われる。
……もしかして、自分にしか見えていないのか?
そうか、これは自分にしか見えていないんだ。
自分だけに用意された、特別な出口だ。
……やっとだ。
ようやく、ここから出られる。
やっと、楽になれる。
笑みを浮かべて、出口に足を向けた。
――またか。
とある駅員は、呟いた。
駅員が見下ろす先には青色のシートがある。
っち、ふざけんなよ。
すみません、時間に間に合わないかもしれません。
SNSにアップしよ~。いいね増えるかなあ?
誰も、シートの先には興味がない。
誰かが手足が千切れるほどの苦痛の果てに辿り着いた出口には、興味がない。
――何分かかる?
――二十分くらいですね。
やがて青いシートは消えた。
何もかも元通り。まるで最初から何もなかったかのように。
また誰もが、出口を求めて歩き始める。
そしてまた誰かが、すぐ隣にある出口に気が付いた。
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