〖act.9〗魔法使い、検証実験に臨む
「良く来てくれたね」
久しぶりにA・C・Oメディカルセンター地下3階の研究区画を訪れた栗栖とルーツィアを歓迎するシモーヌ・ヘルベルク博士。
「シモーヌ、お久しぶり!」
「久しぶりだなシモーヌ、俺とルーツィアを呼び出したと言う事は──魔法術の検証の準備が出来たと言う事なのか?」
「そうなんだよクリス、ルーツィアさん! 漸く準備が整ったんだ! 何しろ我々の概念には無い【魔法術】と言う現象を我々の科学技術で解析しようとしているんだからね、やりたい事が多過ぎて絞り込むのに時間が掛かってしまったよ!」
栗栖の疑問に勢い勇んで答えるシモーヌ。ルーツィアの挨拶などお構い無しである。それに対して苦笑いを浮かべるしかないルーツィア。
「……それで具体的には何をルーツィアにさせるつもりなんだ?」
「とりあえず計測機器は準備万端だし、ルーツィアさんには実際に魔法術を使ってもらって様々な計測をしたい! もちろん超能力との類似点と相違点も併せて調査したいんだけどねっ!」
栗栖の更なる問い掛けに目を爛々と輝かせ力説するシモーヌ。その目にはルーツィアが若干引いている事すら見えていないみたいである。
(本当にシモーヌは夢中になると周りが見えなくなるタイプだな……)
栗栖はシモーヌに改めてそう言う評価をすると、気を取り直してルーツィアに話し掛ける。
「ルーツィア、凄く気になるかもしれないが、シモーヌはこう言う奴だから割り切った方がいい」
「う、うん、何と言うか引くわね……」
そう言われたルーツィアはただ苦笑せざるを得なかった。
別棟の室内射撃場に場所を移し、シモーヌは魔法術の解析を開始する。検証実験は最大100mの射撃場を利用して行われる事になった。
ブースには様々な計測機器が置かれ、その間を研究員達が忙しく動き回り些細な異変を見逃す事無く見守っている中で、被験者のルーツィアは脳波測定器やバイタルサイン測定器を身体に付けながら実験開始を静かに待っていた。
「大丈夫か? ルーツィア」
「ええ、少し気が散るけど大丈夫よ」
傍にいる栗栖は心配して様子を聞くが、それに曖昧な笑顔を返すルーツィア。やがて準備ができシモーヌが声を掛けてくる。
「よし! こちらは準備完了だ! ではルーツィアさん、向こうに見える標的人形に対して魔法術を使ってくれたまえ。距離は10m取ってある」
「わかったわ。先ず何から使えばいいかしら?」
「なんだい、それ?」
ルーツィアの台詞に疑問を投げ掛けるシモーヌ。
「えーっと、魔法術には属性と言うのがあって、炎・水・風・雷・土・光・闇が基本属性としてあって派生属性は氷と雪と金属があるの。また魔法術自体にも系統自体でも今から使う攻撃魔法術以外だと、防御魔法術・治療魔法術・補助魔法術・次元魔法術・生活魔法術があるわ。更にその一系統の中でも細かく分かれているの」
「結構細分化されているんだな」
「それは当然、科学と言う学問がベースにあるからだけどね」
主には物理学や化学だけどね、とルーツィアは笑って話す。
「それはそれで実に興味深いが、今日は魔法術そのものを解析検証する事が目的だ。とりあえずルーツィアさんのお勧めの魔法術でお願いするよ」
ルーツィアの話を聞いてそう頼んで来るシモーヌを見て、良く興味本位に走らなかったと感心する栗栖。シモーヌに話を振られたルーツィアは
「それなら……炎属性の魔法術で良いかな? あれなら状態変化もわかりやすいし」
と人差し指を唇に当て、頭に思い浮かべながら答える。
「ならそれでお願いするよ」
「わかったわ──それじゃあ──」
シモーヌの返事を聞き頷くと、右手を標的人形に向かって差し出す。そして── !
「【猛炎弾】」
ルーツィアの発言と同時に差し出した掌の先に突然円環が浮かんだかと思うと、黄色い炎の球が生まれ標的人形に向かい撃ち出された! 炎の球は一直線に標的人形に向かって飛び、当たった瞬間標的人形の表面で爆散する! 突然の出来事に呆然とする栗栖とシモーヌ達。
いち早く立ち直ったシモーヌは研究員達と共に、標的人形にセットされている各種センサーのデータを見て更に息を呑む。
「今の炎の温度は1,003℃?! 爆発エネルギーは約2,000ジュールだって!? そもそもどうやって空中にあんな炎を作り出せるんだい?!」
興奮気味に捲し立てて来るシモーヌに対し
「今のは魔力で空気を急激に圧縮して熱源にして、空気中の水素の混合比を少し増やして着火させたの。いわば燃える空気の塊ね。これは炎属性の基礎なんだけどね」
判り易く淡々と説明をするルーツィア。それとは対象的に更に興奮したみたいに何度も頷くシモーヌ。
「つまりディーゼルエンジンに使われている圧気発火器と同じと言う訳か! なるほどなるほど、魔法術とは便利な物だね! 同じ炎系で他にはあるのかい?!」
「そうね……こんなのはどうかしら? 【蒼炎徹甲槍】」
シモーヌのリクエストに答え、再び右手を標的人形に向けて言葉を発する。すると今度は約1メートルの長細い青白い炎が形作られた! そして手元から放たれた蒼炎は標的人形を深々と穿つとその躯体を爆散させた!
先程の炎弾とは違う激しい現象に言葉を失う栗栖とシモーヌ達。その中でいち早く再起動した栗栖は
(い、今のは正しく【槍】そのものだな……)
と評価し、少し遅れて正気に戻り慌てて標的人形のセンサーのデータに目を通すシモーヌ達はその測定結果に驚愕する。
「?! 炎の温度が1,909℃、エネルギーは20,000ジュール超!? そんな馬鹿な!?」
「! 20,000ジュール超と言ったら対物ライフル並みじゃないか!?」
シモーヌが測定されたデータを驚きのまま読み上げると、今度はその結果に驚愕の声をあげる栗栖。
「んー、そのあんちまてりあるらいふる? と言うのが何なのかわからないけど、今のは燃焼させる空気の水素の混合比を更に増やした結果、蒼い炎になったのよね。それとあとは圧縮した空気を錐状に形状を変化させて貫通力を高めたものよ」
一方のルーツィアは飽くまでも淡々としている。そんなルーツィアを見て、これは予想していた以上の結果が出そうだな、と計測機器の間を右往左往するシモーヌ達を横目で眺めながら密かに溜め息をつく栗栖だった。
その後も標的人形との距離や条件を変えながら引き続き実験は行われた。魔法術と言う事象やその威力の全ては栗栖達を驚嘆させるものであったが、一番驚かされたのは標的人形を使った長距離実験の時であった。100m先に置かれた標的人形を魔法術で攻撃する実験だったのだが、ルーツィアは何の苦もなく成功させたのだ。
この時使用されたのは【猛炎陣】と言う魔法術で、対象の足元のマナを励起させ点火源とし、対象の周囲の空気の水素の混合比を魔力で増加させ、対象の狭小範囲を文字通り炎の海に化すものであった。この魔法術は「【猛炎弾】や【蒼炎徹甲槍】より魔力の消費が激しい」とはルーツィアの言葉である。
そして特筆すべきは約200km離れた場所にある標的への遠隔実験であった。これは距離も方角も判らない場所にある標的人形に対しビデオモニター越しに魔法術を行使できるかの実験だったのだが、ルーツィアはこれもまた難なく成功させたのだ。
(これは下手に扱うととんでもない事になりかねないな)
テロや犯罪行為に魔法術が万が一にも利用されたらかなり厄介な事になりかねない、と実験を眺めながら栗栖は思うのであった。
「よし、今日はこんなモンだろう!」
一連の検証実験を終え、シモーヌが終了を宣言する。
「このあと研究区画を総動員して今日の計測結果を精査して結論を出すつもりだけど、今の段階でも幾つか判明した事があるよ」
研究員達に撤収作業の指示を出しながらシモーヌが話し掛けてきた。
「判明した事ってなんだ?」
栗栖はルーツィアに繋がれていた計測機器を外してやりながら疑問を口にする。窮屈さから漸く解放されたルーツィアは大きく溜め息を吐いている。
「先ず魔法術の発動に関してだけど、これは使用者であるルーツィアさん本人が視認出来れば距離に関係無く発動出来ると言う事だね。恐らくドローンや衛星からの映像でも発動出来るんじゃ無いかな? まぁ実際に実験してみないと結論は出せないけどね。それとは別に脳波測定で面白い結果が出ていてね、ルーツィアさんが魔法術を発動させる直前の脳波なんだけど、幾つかの脳波が同じ10Hzのアルファ波として揃った状態で検出されたよ。しかも高出力のね。これは幾人もの超能力者が超能力を行使する時とほぼ同じ結果になった。恐らく魔法術と超能力は意外と近しいのかもしれないね」
シモーヌが口にする幾つかの事実を聞いて栗栖は少し驚いた。彼の魔法術に対するイメージは正に「奇跡」以外何物でもなかったからだ。
(しかし、超能力だって傍から見たら奇跡以外何物でもない、か)
人により物事の見方など簡単に変わる事に今更気付いた栗栖。
「私としてはその超能力? と言うのに興味があるわね。シモーヌ、今度機会があれば色々聞かせて欲しいわ」
片や今回の被験者だったルーツィアはシモーヌの台詞に反応してそんな事を言葉にする。何となくだが今度はルーツィアがシモーヌをどうにかしそうである。
「それはまた何れと言う事で……それで次回の検証実験なんだけど」
「まだ続くのか?!」
しれっと次回の実験を口にするシモーヌに思わずツッコミを入れる栗栖。
「それは当然! 先程の話を聞いて黙っていられるとでも? 次回は是非、今回とは違う魔法術を検証させて欲しいね!」
一方のシモーヌは瞳を爛々と輝かせルーツィアにグイグイ迫る! これには流石のルーツィアも引かざるを得ないみたいで「シモーヌ、怖い……」と思わず栗栖の影に隠れてしまう。
「シモーヌ……いい加減にしろよ。ルーツィアが怯えているぞ」
「あはははは〜ごめんごめん! 悪ふざけが過ぎたね。ルーツィアさんも許してくれたまえ、ねッ?」
栗栖の言葉に笑顔で謝罪するシモーヌ。どうやら先程のアレはシモーヌの悪戯だったみたいである。それを聞いてルーツィアは栗栖の影から、そぉーっと顔を出すと
「……悪ふざけだったの?」
「そうなんだよ。本当に悪気は無かったんだ、すまなかったねルーツィアさん」
両手を顔の前で合わせ「ごめんね」と謝るシモーヌを見て、漸く愁眉を開くルーツィア。
「そっかぁー、ただの悪ふざけだったのねぇ……良かったわぁ」
「だけど、次回も頼みたいのは間違い無いんだけどね!」
明らかにホッとするルーツィアはシモーヌの追撃の台詞を聞いて再び固まってしまった。
(何となくだがシモーヌの奴、燥いでいるみたいだな)
そんな2人の会話を横で聴きながらそんな事を考える栗栖。シモーヌは兎も角、ルーツィアには傍迷惑な話である。
「……そんな事を言うなら、逆に私からもシモーヌにお願いしようかしら」
ジト目をシモーヌに向けながらそんな台詞を呟くルーツィア。
「ん? 何だい、お願い事って?」
聞き耳を立てるシモーヌにルーツィアは以前、栗栖と話した電子回路図と【言霊回路】が酷似している事、そして帰還の為には高性能の【魔力変換機】が必要な事を話すと
「スマホのネットで色々調べて、この世界のスマホやコンピューターの心臓部に使われている集積回路と言うのに興味があるの。勿論その素材もね。もしかしたらそれ等で高効率の【魔力変換機】を作れる可能性があるのよ」
ある意味、今日の検証実験の結果より一番の衝撃的発言をするのだった。
(これはシモーヌの奴が放っておかないな……)
それを聞いた栗栖は密かに溜め息をつくのだった。
次回投稿は二週間後の予定です。
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