〖act.8〗魔法使いの家渡り
ルーツィアの右掌に生まれた円環が、左掌に乗る携帯端末を表面から裏面に向かいスッ、と透過して行く。
円環には見た事の無い文字が複雑な紋様と化してグルグル循環していた。やがて円環が消え去るとルーツィアは納得したみたいに呟いた。
「ふーん、成程ねえ……こう言った構造なのね」
一方の栗栖は目の前で起きた、この世のものとは思えない幻想的な光景に衝撃を受け言葉を失っていたが何とか声を絞り出した。
「な、なあ、今のは?」
「ん? ああ、今のが【解析】と言って色んな物の構造を解析する魔法よ。もっとも使用者の知識の範囲内でしか解析結果はわからないの。このスマートフォンは……硝子とアルミニウムと……これは何かの有機物? それと……僅かな金と……あとは……何かしら……知らない金属や未知の素材があって……電精が凄く集まっているのが判るけど……?」
質問に答えるルーツィアの言葉を聞いて栗栖は驚きを覚えた。それは正しく携帯端末を構成する素材の名前が含まれていたからである。
「概ね合っているな……確かに携帯端末はそうした素材で造られている。しかし、その【電精】って言うのは何なんだ?」
「ああ、【電精】って言うのはその名の通り「電気の精霊」の事よ。このスマートフォンの中に電気が集中している所が何ヶ所かあるのがわかったのよ。それも【言霊回路】と同じ様な術式紋様の中に集中しているのがわかったわ。そもそも私達は電気と言うと明かりか動力源にしか使用していないから」
一つの疑問に解答を示すルーツィア。だがその解答にも更に意味不明な言葉が含まれていて栗栖の頭が流石に混乱してしまう。
「ちょ、ちょっと待て。余計に分からなくなった」
「そうね。流石に一度じゃ理解できないわよね。なら続きはホテルに帰ってからと言う事にしましょう」
然もありなんと頷くルーツィアに促され、栗栖はホテルへの帰路につくべく4WDのエンジンを掛けるのだった。
「さて、と」
滞在するホテルに戻り、買い物した品物を運び入れ、ルーツィアと二人漸くひと息ついていた栗栖は徐ろに声を上げる。
「それじゃあ、改めて説明してくれないかルーツィア?」
「わかったわ。じゃあ何か書く物をくれないかしら? 言葉だけだと説明しにくいのよ」
「了解……これで良いか?」
栗栖は備え付けのメモ用紙とボールペンを手渡し、受け取ったルーツィアは何やらメモ一杯に書き込んでいく。そして書き終えたものを見せながら説明を始める。
「えっと、これが【言霊回路】よ。【言霊回路】とはこの様に【魔言霊】の組み合わせで構成される魔法術の【術式】の事を言うの。因みにこれは【癒し】の【言霊回路】ね」
そう言って見せられたものを見て栗栖は息を呑んだ。メモ一杯に描かれていたのに見覚えがあったのだ。それは──地球上に存在する電気回路図に極めて酷似していたのだ! 但し書かれていた文字は読めないが。
「これは……確かに電気回路図にそっくりだな……」
そう呟くとノートパソコンを起動してA・C・Oのホストコンピュータに接続し、アーカイブから幾ばくかの回路図の資料をダウンロードするとディスプレイに表示してルーツィアに見せる栗栖。
「これがこちらの電化製品や電子機器の回路図の一部なんだが……」
「ふーん、確かに良く似ているわね。なんて書いてあるのか読めないけど……」
ノートパソコンのディスプレイを覗き込んでそう呟くルーツィア。やはりルーツィアもこちらの世界の文字は読めないらしい。そこで栗栖は今まで聞きそびれていた事を聞いてみる。
「前から疑問だったんだが、お互い言葉は通じるのに文字は読めないのはどういう事なんだ?」
それに対するルーツィアの回答は実に呆気なかった。
「ああ、それはね【セラフィエルの瞳】が持つ【世界辞典】と言う機能が働いているからよ。これは私の言語を相手の理解出来る言語に変換しているの。もちろん相手の言語は私が理解出来る言語に置き換えられて伝わっているわ。この機能の凄い所は知らない文字も【セラフィエルの瞳】が学習する事により読み書き出来る様になるの」
「それはまた……物凄く便利な道具なんだな」
ルーツィアの言葉を受け、つくづく魔法と言うのは便利なんだなと思う栗栖。だが話の本筋はそこでは無いので、改めて元に戻す。
「まぁ、その話はまた何れと言う事にして……こちらの電気回路図と其方の【言霊回路】? には随分と共通点があるな」
「そうね。私的には八割ぐらいは共通点があると思うんだけど。それにこの電気回路図? とか言うのは、魔法術の運用にも適していると思うわ。何と言うか、効率が良さそう?」
ディスプレイの回路図を見ながら小首を傾げるルーツィア。なかなか可愛い仕草である。
「そんなに気になるか?」
「まぁ、ね。そもそも【言霊回路】自体、基礎設計が三百年前の設計だから、それを改良し効率を如何に上げれるかと言うのが私の研究だったから気にはなるわね。それに──」
「それに?」
「私の帰還の為の魔力を効率良く集めるのに役立つかもしれないわ。何れこの世界にある素材で魔力を産み出す【魔力変換機】を作る予定だし、少しでも効率が高そうなのを設計したいの。そうすれば早く帰れるでしょう?」
「成程、理にかなっているな」
ルーツィアの言葉に深く頷く栗栖。
「まぁ何れにしても先ずは文字の読み書きを覚えないと駄目だけど、ね」
そう言って自虐的に笑うルーツィア。その辺は栗栖が明日からみっちりと教え込む事になるだろう。
(人に教えるのは苦手なんだがな)
密かに苦笑を禁じ得ない栗栖なのであった。
「……何でここになったんだ?」
一週間後、ルーツィアの居住先が決まったとシモーヌから連絡があり、住所が書かれているメモを受け取った栗栖は目眩を覚えた。そこに書かれていた住所は栗栖が住むアパートメントの隣りの部屋だったのだ!
確かに空室ではあったのだが何となく作為的なものを感じる栗栖の脳裏には、連絡を寄越して来たのシモーヌの様子が楽しげだった事が思い出される。
(シモーヌの奴、知っていたな?!)
これもシモーヌの手配なのでは無いかと思わず疑心暗鬼になる。
「へぇークリスの隣りの部屋なんだぁ。ふーん、そうなのねぇ」
片やルーツィアはと言うと何やら楽しげであるので、このままで良いかと思う栗栖。それでも釈然とはしないが。
とにかく決して多くはない荷物を運び込むと、生活する為に必要な物や不足している物をリストアップして、栗栖はルーツィアを伴ってディスカウント百貨店に買い出しに出掛けた。
「素敵な家具が有れば良いんだけど!」
「そうだな」
もっとも既にベッドやらクローゼットやらの大型家具や、テレビやら冷蔵庫やらの家電製品はA・C・Oが手配して部屋の中に設置してあったので、ドレッサーやチェスト等の小型家具や日用雑貨品の類の買い出しである。店内を巡りながら色々物色するルーツィア。
この頃になるとルーツィアは、学習の成果で英語なら普通に読み書き出来る様になっていたので全く不自由しなくなっていた。
「そう言えばクリス、またブラジルでデモがあったんですって」
「そうか、また政権が変わるのかもな」
小さなチェストを選びながらそんな事を口にするルーツィア。もちろんこの頃になると携帯端末の扱いもマスターしていて、インターネットでこちらの世界の情報を頻繁に読み漁っていたのは言うまでもない。そんな事を話しながら二人は必要な物を次々と選びカートに入れていく。
「そう言えばクリス──」
白い猫足の可愛いドレッサーを買って御満悦だったルーツィアが、何かを思い出したみたいに栗栖に尋ねてきた。
「私はいつシモーヌ博士の所に行く事になるのかしら?」
「それなら聞いている。何でもルーツィアの生活が落ち着いてからにしたいから大体一ヶ月後ぐらいに呼びたいらしい」
レジで会計を済ませながら答える栗栖。
「ふーん、って結構掛かったわね……」
その返事に答えながらレジスターの表示を見て思わず唸るルーツィア。当然の事ながらこちらでの金銭感覚も身に付いているので、想像より一桁多い金額に目を白黒させている。
(こうして見ると普通の綺麗な女の子にしか見えないんだけどな)
そんな様子のルーツィアを見て、またもや微笑ましく思う栗栖であった。
「──ふぅ、これで良いだろ」
買ってきた家具類の設置を終え、一息ついた栗栖。ルーツィアの好みに家具の配置を変えたりしていたので結構時間が掛かってしまった。
「クリスお疲れ様♡おかげで助かったわぁ」
ルーツィアはと言うと始終ご機嫌に、買ってきた日用雑貨を飾ったり片付けたり、時間を掛けて選んだカーテンを懸けたりしていたが、栗栖の台詞を聞いて笑顔で買ってきた缶コーラを差し出してきた。
「ありがとう、ルーツィア」
缶コーラを受け取りながら笑みを浮かべる栗栖。
「これで当面の生活基盤が整った訳だな」
「仕事とかは未だなんだけどね」
栗栖の台詞を聞いて苦笑いを浮かべながら缶コーラを飲むルーツィアは、何事かを思い付いたみたいに意気込んで尋ねてくる。
「そうだ! ねぇ、クリスの勤めているA・C・Oで働けないかしら?」
「なに!? うーん、確認してみない事には何とも言えないが……」
A・C・Oは普通の会社じゃないんだが……と言おうとして押し黙る栗栖。そもそも異世界人のルーツィアが普通の仕事に就ける訳でも無いだろうし、保護している事も鑑みても寧ろA・C・Oで身柄を預かるのが自然の様に思えたのだ。
「……兎に角その件は上層部に相談して見るが、あまり期待しないでいてくれよ?」
「ええ! よろしくね、クリス!」
「……ルーツィア、君は俺みたいな仕事の事をどう考えているんだ?」
あまりにも無邪気な返事に思わず頭を抱える。彼女は簡単に考えているのかもしれない──そう考え思い切って尋ねる栗栖。それに対するルーツィアの答えはある意味想像以上であった。
「ん? それは勿論「傭兵」でしょ? リヴァ・アースにもクリスみたいに傭兵として戦に参加している人達が沢山居たし、傭兵じゃ無くても「冒険者」と言う仕事に就いている人達も居たわ。何方も死と隣り合わせのリスクが高い仕事だけど、でもそれって必要な事だから貴方達も戦っているんでしょう? これがただ単に人殺しなら兎も角、何かを守る為に何かと戦うのは人として当然であり必然じゃない? あとそこに必要なのは「他人が認める正義」があるかだけ……私は少なくとも自分に「敵意」を向けてくる相手に対して慈悲をかけるつもりなんてこれっぽっちも無いわ。敵なら殺す事にも躊躇わない」
どうやらルーツィアの暮らしていた世界は栗栖の想像以上に苛烈な世界だったみたいである。
そう言えばルーツィアは最初に会った時、テロリスト達を殺すのに何の躊躇いも無く魔法で攻撃していた事を今更思い出した栗栖であった。
「そうか……人を殺める「覚悟」はあるんだな」
「まぁ、ね。少なくとも私は快楽殺人者では無いから安心して」
そう言ってニコリと笑うルーツィアの顔には、年相応では無い鮮烈な人生の翳りが垣間見えた気がした。
次回投稿は二週間後の予定です。
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