〖act.59〗傭兵と魔法使い、過去と未来と
鷲浜駅西口に向かうリーフAUTECHの車中、栗栖の口から訥々と語られた十二年前の無差別テロの悲惨な現実に言葉を失う藤塚警視と長村警部、そしてルーツィア。
「その後、助け出された俺は暫く入院していた。目の前で詩月姉さんを生きたまま焼き殺されたショックで生きる事に絶望し、俺は半ば「生ける屍」みたいに、来る日も来る日も点滴を何本も繋がれて病室のベッドにただ横になっていたんだ。横にはなっていたが寝れなかった──いや正確には寝るのが怖かった。目を瞑ると生きたまま焼かれて行く詩月姉さんの姿を思い出してしまってな…… 。そんな事だから俺は日に日に衰弱して行ったんだ」
そう言う栗栖の顔にふと影が差す。恐らくはその時の事を思い出しているのだろう。車内はしんと静まり返り、誰もが咳ひとつしない。重苦しい空気が車内に満ちていた。
その重苦しい雰囲気を破ったのも栗栖。彼は「だが」と言葉を続ける。
「そんな俺はある日、病室に来ていた警察官の会話から、今回の事件が国際的テロリストの起こした無差別テロだと聞いたんだ。そのテロリストの名前もな。それを聞いた俺のそれまでバラバラになっていた心の破片が噛み合ったのを感じたんだ。俺はまだ生きている、生きていれば俺自身の手で詩月姉さんとの平穏な日々を奪ったテロリストやテロに復讐する事も出来るんだと、その時はっきりと心に決めたんだ。結果として俺は再び生きる気力を取り戻し、退院後復讐の為に自分に何が出来るか色々と調べまくった。そうして行き着いたのが今のA・C・Oだったんだ。結局俺は自分自身の復讐の為に傭兵になったんだよ」
そして今に至るんだけどな、と栗栖は寂しそうに笑うのだった。
栗栖の長い独白が終えたのと同じくして鷲浜駅西口へと到着した車。
「皆んな済まなかったな、こんな重苦しい話をして」
駅前にある駐車場に車が滑り込むのと同時に栗栖が3人に向かって頭を下げる。
「ううん、クリスが謝る事なんか何処にも無いわ。悪いのは貴方とお姉さんを襲ったテロリスト達だもの」
頭を下げる栗栖に、先ずそう声を掛けるのは彼の隣に座るルーツィア。いつの間にか手を伸ばして、いつの間にか握り締められた彼の拳を優しく包み込んでいる。
「……ルーツィア、有難う」
ただそれだけの事だが、先程の話で冷え切った自身の心に再び熱が生まれるのを実感する栗栖。
「なぁもしかして……その時の警察官ってえのが神村警視長だったりするのか? 黒姫さん?」
駐車場に車を停める操作をしながら栗栖に問う長村。
「その通り、流石は長村さん。良くわかったな」
「そらまあ、な……こないだの黒姫さんと警視長の会話を聞いていたしな。簡単な推理さ」
停車した車のサイドブレーキを引き上げながら、そう謙遜して薄く笑う長村。
「あの……」
次におずおずと声をあげるのは藤塚。
「もしかしなくても、その無差別テロを起こしたテロリストって……」
「ああ、そいつ等が『深緑の大罪』だったんだ」
藤塚の問い掛けに大きく頷きながら一言答える栗栖。
「……やはりそうだったんですね」
栗栖の答えを聞いて小さく声を漏らす藤塚。
「まぁ、今回期せずして黒姫さんは自分自身の復讐を成し遂げたって事だな──さあ降りようか?」
栗栖の衝撃の過去とその行動原理に軽く打ちのめされた様な藤塚と違い、実に淡々とした反応を返している長村。
その辺はやはり年の功か。
もうひとつの目的地に到着した栗栖達。駐車した車から降りた栗栖の手にはもうひとつの花束が持たれていた。
「場所はわかるの、クリス?」
「ああ、まあな」
ルーツィアの問いに短く答える栗栖。駅前は十二年前と明らかに街の様相が変わっているのだが、栗栖の歩む足には全く迷いが無い。栗栖を先頭にルーツィア、藤塚、長村が続く。
そして駐車場から歩く事数分──
「ここだ、な」
賑やかな街並みの中に佇む公園に入って行く栗栖。そこは駅前であるにも関わらず、街の喧騒が不釣り合いな程に閑散とし、そして酷く広々とした公園であった。
「テロ事件の後、現場となったデパートは直ぐに取り壊されてな、暫く更地だったらしい。公園として整備されたのはここ四年程前だと聞いている」
公園内を歩きながらルーツィアと藤塚にそう説明をする長村。やがて公園の一角で歩みを止める栗栖。彼の前には黒御影石で出来た石碑がポツリと佇んでいた。
「これが慰霊碑?」
「ああ、そうだ」
ルーツィアの問い掛けにやはり短く答えた栗栖は、しゃがみ込むと持って来た花束を慰霊碑の前に置いて手を合わせる。それに合わせて手を合わせる藤塚らと、右手を胸に当て黙祷するルーツィア。
やがて長い沈黙の後、折っていた膝を伸ばして栗栖は立ち上がる。合わせて藤塚らも祈りを解く中、栗栖はそっと慰霊碑の表面に手を触れる。慰霊碑には『鎮魂』の二文字と共に、テロ事件が起きた日付と犠牲者の名前が刻まれていた──刻まれている犠牲者の数は61名。その中に『黒姫詩月』の名前も。
「姉さん……」
慰霊碑を撫でながらそんな呟きを漏らす栗栖。その呟きは不意に吹いた風に掻き消され、誰の耳にも届く事は無かった。
慰霊碑への慰霊を終えて再度駐車場へと戻る栗栖達。駐車場から慰霊碑まで往復でも十数分であったが、行き帰り共に街の人から何度か握手を求められたルーツィア。すっかり有名人である。それ以外は特に問題も無く、駐車してあった青のリーフに乗り込む4人。
「さて、と……この後はどうするんだ、黒姫さん?」
もはや専任運転手となった長村が、運転席から後部座席に座る栗栖にそう尋ねて来る。それに対して栗栖の答えは
「ん? そうだなぁ……桜も見たし墓参も済ませたし……あとは特に予定もないしなぁ…… 。ルーツィア、君はどうしたい?」
と意外なものであった。元々はルーツィアの「日本の桜が見たい」と言う一言から急遽決まった旅行なのだ。栗栖自身の里帰りと墓参も終えた今、それ以外の予定は特に立てて無かったのである。
まぁ日本国内での案内とルーツィアの警護を藤塚らに一任していた、と言う事もあるが。
「そうねぇ……出来れば何処かの田舎で何泊かしたい気分ねぇ」
ルーツィアの台詞に、かつてA・C・Oの地下施設の視覚偽装で見た日本の原風景にいつか連れて行く約束をしていた事を改めて思い出した栗栖。前回訪日した時は完全に任務として訪れていたので、今回は文字通り千載一遇の好機と言えよう。
(全く……一番最初に約束していた事なのに、な)
彼女との約束を思い出して自戒する栗栖なのであった。
「それってこの辺では無い何処か、と言う事よね、ルーツィア?」
栗栖とルーツィアの会話を黙って聞いていた藤塚が、2人の会話に割って入る。
「ええ、そうよ妃。何と言うか……ほら、『田園風景』って奴? そう言う所で二三日のんびり過ごしたいのよねぇ」
藤塚の問いに自分の思いの丈を口にするルーツィア。この辺は最早ガールズトークである。
「それなら──」
そう言うと自分の情報端末に手をかける藤塚。何やら盛んにスマホを操作し始めた。
其方は藤塚とルーツィアに任せて
「そういや長村さん。去年の事件の発端となった『狂気の番人』の構成員の2人はどうなったんだ?」
栗栖は栗栖で長村に『深緑の大罪』の下部組織『狂気の番人』の構成員、エディ・ヴィルトールと緑川樹人がその後どうなったのか尋ねていた。
2人は同じ構成員のスハルト・ハッタの殺人容疑で緊急手配を受けていたのであるが、栗栖らが米国に帰国してから報告を受けて無かったのである。
「うん? ああ、あの2人か。緊急手配をされた2人は、あの戦闘後に起きた【アイオン危機】の混乱に乗じて、成田国際空港から海外に高飛びしようとした所を身柄確保されてな、うちの課で取り調べたら自分達がスハルト・ハッタを殺害したのをあっさり認めたよ。確か来月には判決が出る筈だ──報告書を其方にも提出したハズなんだが?」
盛んにスマホを操作する藤塚を横目で見ながら栗栖の質問にキチンと答える長村。報告書を受け取っていない栗栖が首を横に振ると
「こりゃあ、報告書が何処かに紛れているな……」
と頭を掻いてボヤく長村。その辺はA・C・Oでも偶にある人為的ミスである。
「とれましたッ!」
栗栖と長村の話が終えるのと同時に大声を上げるのは藤塚。
「うおっ?! なんだなんだ姫、何が取れたってんだ?!」
突然の大声に驚いた長村が藤塚に抗議の声を上げつつ、何事かと尋ねる。
「それは勿論、ルーツィアの希望通りの宿泊先がですよ!」
片やそんな長村の抗議を無視して、後ろに座るルーツィアに「ほら、ここです!」と自分のスマホの画面を誇らしげに見せる藤塚。
「えっと──これはチツフシ、かしら?」
「ルーツィア、これで秩父市って読むんだ」
画面に載っている住所を口にするルーツィアと、彼女の間違いを指摘する栗栖。そう、藤塚から見せられたのは埼玉県秩父市の外れにある民宿とその住所であった。聞けば藤塚が以前から家族ぐるみで世話になっている民宿らしく、彼女はスマホを使って、その民宿とメールのやり取りをしていたのだ。
「今なら丁度良く部屋が空いていますし、二連泊しても大丈夫だそうですよ」
そう言う藤塚は誇らしげだ。
「よぉし、せっかく姫が手配してくれたんだ。ここに決めないか黒姫さん、ルーツィアさん?」
長村が藤塚の話を受けて大きく頷くと栗栖らに確認してくる。
「俺は別に構わないぞ? 何せ今回は藤塚さん達にお任せしているんだしな。なぁルーツィア?」
「ええ、それは勿論! せっかく妃が手配してくれた宿ですもの! それに写真を見るとあの風景とソックリだし気に入ったわ!」
無論栗栖ら2人には否やは無い。
「良しッ! 決まりだな! そんじゃあ早速埼玉県秩父市に向かうとするか!」
栗栖ら2人の返事を聞いた長村はそう言うとキーを回してスタートボタンを押してリーフAUTECHの電動機を目覚めさせる。
駅前駐車場を滑る様に出た車は、左に折れると道路を南西に──県道138号線へと向かうのであった。
それから2日後──栗栖とルーツィアの姿は藤塚が手配した埼玉県秩父市の民宿にあった。藤塚と長村もルーツィアの警護と言う事で、それぞれ別々の部屋に宿泊していた。
この2日間、栗栖とルーツィアはこれ迄の多忙さを忘れるかの如く、実に悠々と過ごしていた。時には民宿の温泉に浸かり、時には民宿の料理に舌鼓を打ち、時には民宿周辺を当てもなく散策をし、時には長村や藤塚を相手に取り留めのない話をしたりと、それこそ思うがままに。
かつてないほどのんびりとした時間を十二分に堪能した2人であった。
そして3日目の昼前──成田国際空港の出発ロビーに彼等の姿はあった。栗栖とルーツィアはこれからアメリカに戻り、本当の意味での最後の一時を迎えるのである。
「藤塚さん、長村さん、今回は2人には本当に世話になった。本当に有難う、ルーツィアも俺も良い思い出が出来たよ。最後に2人に会えて本当に良かった」
「2人とも本当に有難う! この日本での思い出は向こうに帰っても決して忘れないわ!」
そう言いながら藤塚らに右手を差し出す栗栖とルーツィア。
「とんでもないッ! 今回の事で少しは恩義に報いる事が出来たのなら良かったのですが……」
「こっちとしては臨時で有給休暇が貰えたみたいで逆に申し訳なかったんだがなぁ」
差し出された手をしっかりと握り返しながらそんな事を口にする藤塚と長村。お互い握り合う手をなかなか離さない。
暫く無言で握手を交わすと栗栖から握手を解くと
「さて、と。それじゃあ藤塚さん、長村さん、2人ともいつまでも元気でな」
そう言って笑みを零す。
「妃、長村さん、さようなら! 私は死ぬまで2人の事は忘れないから!」
ルーツィアも同様だ。
「黒姫さんもいつまでもお元気で! ルーツィアさんも!」
「おう、それじゃあ達者でな、お二人さん! 向こうに行っても元気でやれよ!」
そうお互いに声を掛け合うと、藤塚警視らに手を振りながら搭乗手続きの為にチェックインカウンターへと向かう栗栖とルーツィア。その姿が見えなくなるまで手を振る藤塚と長村。
やがて一機の旅客機が蒼穹へと吸い込まれて行く。
あとは、いよいよルーツィアの帰還を残すのみ── 。
次回投稿は二週間後の予定です。
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