〖act.6〗 魔法使いと傭兵、晩餐の夜
「うわぁ……」
眼下にはキラキラ輝く光の奔流が溢れ、夜の摩天楼は幾重にも重なった影として夜天に聳えている。
ここはA・C・Oが準備した高級ホテルの最上階にある貴賓室、賓客として栗栖に案内されて来たルーツィアが窓から見える光景に感嘆の声を上げる。
「ねえ! 凄く綺麗ね! クリスの住む世界は!」
「まあ見て呉れだけはな……」
眼下に広がる夜景を見て興奮するルーツィアの言葉に苦笑する栗栖。だがその見て呉れの中には間違いなく人の営みがある事をクリスは知っている。そんなクリスの思いを知ってか知らずか
「私が暮らしていたクレティアの王都も夜は街灯がついて明るかったけど、ここはそれ以上ね! 本当に沢山の人の営みがここにはあるんだって判るわ!」
そんな素直な思いを口にするルーツィア。それを聞いて何となく自分と同じ思いを感じているルーツィアにクリスは親近感を感じていた。
「それにしても、この地球って世界の建築物って大した物よね……こんな高い建物、どうやって建てているのかしら?」
「俺は建築関係には疎いから説明しようが無いが、こちらの世界では建設機械が発達している」
「そうなのね! そう言えば私の方だとつい最近人造人形を使った建築が始まっていたわね」
ルーツィアから聞き慣れない単語が飛び出し、思わず質問する栗栖。
「何だ、その人造人形って?」
「ああ、こっちの世界には存在しないのかしら? 錬金学と魔法術で造られた魔力で動く人造の人形よ。ある程度の命令なら熟す事が出来て、しかも疲れ知らず」
ルーツィアの説明を聞いて栗栖の頭に浮かんだのは、つい最近市販化された人型ロボット。
「成程、つまりはロボットって訳か……」
「今度は私から質問、そのロボットって何?」
栗栖の呟きに今度はルーツィアが質問して来る。栗栖は一瞬どう言い表すか考えたが
「あーっとな、人や動物の姿を模したり極めて近い姿をした、人間の動作機能を発揮する機械だな。人による遠隔操作、或いは自律動作で連続的若しくはランダムで自動作業を行うんだ。主に人間にとって危険な作業を代替していて、制御にはコンピュータや人工知能で行われている」
ルーツィアなら多少の専門的な話でも通じると思い、ある程度噛み砕いた感じの説明をしてみる。そしてそれは当たりだったらしくルーツィアは
「ふーん、するとロボットって言うのは機械で出来た人造人形って訳ね。そこはリヴァ・アースとはやはり違うのね。私達の世界では魔法が基礎にある魔法科学だけど、地球は純粋な科学技術が基礎なのね」
と自らの見解を口にする。流石は一流の研究者であり技術者でもある。
「まぁ正確には機械は工学……数学と自然科学の掛け合わせの技術なんだけどな」
「それでも魔法科学と純粋な科学、それぞれの技術体系には純然たる相違があるわ。まぁこちらには魔法が無いから当然と言えば当然だけど」
栗栖が在り来りな台詞で返すと、またもや研究者らしい言葉を返すルーツィア。なかなか興味深い話ではあるが、今はすべき話では無いなと思う栗栖は
「さて、と……とりあえずこの話はここまでにして食事にしよう。今夜の正餐と明日の朝食はこの部屋に運んで貰う手筈になっている。こちらのちゃんとした料理に興味もあるだろうしな」
少し戯けて話の筋を逸らす。するとルーツィアは
「そうね! うん、確かに楽しみだわぁ。地下施設では簡単な物しか食べてなかったのよ〜」
そう言って目を輝かす。
(何のかんの言っても年相応の反応をするな)
「どんな料理が食べれるのかしら」と燥ぐルーツィアを見ながら、そんな事を思う栗栖であった。
「あーっ、美味しかった♡」
ディナーのデザートを食べ終え、食後の紅茶を飲みながらそんな感想を漏らすルーツィア。多少作法の違いで戸惑う場面もあったが、栗栖から教えて貰いながら豪勢な料理を十分に堪能し終えたのだ。その栗栖はと言うと、ルーツィアとテーブルを挟んで反対側に座り珈琲を嗜みながら
(向こうの世界とはあまり作法の違いは少ないみたいだな。あと食べ物の好みも)
そんな事を思っていたりする。そしてルーツィアの台詞を受けて相槌を打つ。
「満足してもらえた様で何よりだよ。今更かも知れないがルーツィアは食べ物の好き嫌いは無いんだな」
「そうね、両親からは『食わず嫌いは駄目だ!』って育てられたから、とりあえず毒では無い限りは食べるわね? あと『料理を作った人に悪いから、ちゃんと食べなさい』とも教えられたわ」
なかなか豪気な両親みたいである。親の話が出た事もあり、栗栖は聞きそびれていた事を尋ねてみる。
「そう言えば、向こうで君の帰りを待つ家族は……」
「ん? ああ、家族はもう居ないわ。両親は私が10歳の時にシャマール帝国との戦で死んだわ。兄弟も居ない、私は一人っ子だったから」
栗栖の問い掛けにあっけらかんと答えるルーツィア。
「そうか……思い出させたみたいで済まない」
「気にしないで。もう昔の話よ」
「でも、意外と似てるかもな……俺とルーツィアは」
「えっ? それはどう言う事かな?」
栗栖の意外な言葉に思わず聞き返すルーツィア。栗栖は珈琲をひとくち口に含むと
「俺もな……12歳の時に両親を、17歳の時にたった一人の姉を亡くしているんだ。両親は自動車事故だったが、姉は──テロリストに殺された。その出来事が俺をこの道に進ませる結果になった」
自身の過去の一端を何の気負いも無く話す。思いがけない栗栖の独白を聞いて
「そう……私も両親を亡くした事が切っ掛けでこの道を目指したのよね……うん、結構似てるかも」
何やら納得したみたいに一人でウンウンと頷いている。
「……変な話をしてしまった。済まなかったなルーツィア」
そんなルーツィアに栗栖は申し訳無さそうに頭を下げ謝罪する。そんな栗栖をルーツィアはキョトンとした顔で見ていたが、不意に可笑しさが込み上げてきて
「ぷッ、うふふふふ、あはははは!」
大きな笑い声を上げてしまう。
「……何か可笑しかったか?」
なぜ笑われたか理解できないとばかりに栗栖が尋ねる。するとルーツィアは「あはは、ごめんなさいね」と何とか笑いを収め
「うふふ、別に気にしてないって言ったのに謝ってくるんですもの、クリスは生真面目だなーって思ったら何か可笑しくなっちゃって」
そこまで説明するとまたクックックと笑いを噛み殺すルーツィア。
「そんなに可笑しかったかぁ?」
何か釈然としない思いに駆られ、つい憮然とした表情をする栗栖であった。
「ん〜、さっぱりした〜♡」
食事を終えたあと、栗栖はルーツィアに先に風呂を使わせた。浴槽には予め栗栖が湯を張っておいたり、利用でわからない部分は栗栖がひと通り説明したのは言うまでもない。
実際の所ルーツィアは地下施設で地球の風呂などの設備は経験済であったが、親身に教えてくれる栗栖に悪いと思い口にはしないのであった。
当の栗栖と言えばリビングで待機中であった。なのでバスルームと連なっているベッドルームには現在ルーツィアただ一人である。湯上りの上気した肌はなかなか艶めかしいものがあるが、魅せる人が居なくては何の意味も無い。
そんな事を気にする様子も無くルーツィアは、腰まであるプラチナブロンドの髪をタオルで良く乾かしながらドレッサーの前に座り、目の粗いブラシで髪を良く梳き、トリートメントを髪に含ませるとドライヤーのスイッチを入れ温風を髪の毛の流れに沿って当てて乾かして行く。
この髪の手入れに関してはルーツィアと同じ様に髪が長いシモーヌ博士が「女の子は髪を労らないと」と色々教えてくれた結果である。
乾かして終わると今度は髪を左右に分けそれぞれを緩く三つ編みにするルーツィア。これも勿論シモーヌの教育の賜物である。そこまで終えるとドレッサーの鏡に映る自分の姿を確認し「よし」と短く声を出すルーツィア。そしてリビングに続くドアを開けると待機していた栗栖に声を掛ける。
「クリス、お待たせ! お風呂空いたわよ♡」
「ああ、わかった。どうだった? さっぱりしたか?」
「お陰様で♡凄く気持ち良かったわぁ」
ほくほく顔で栗栖に答えるルーツィア。如何にも満悦した表情である。そんなルーツィアの様子を微笑ましく思う栗栖は
「確かにさっぱりしたみたいだな。その三つ編みも似合っている」
とつい軽口を叩いてしまう。だがそれを聞いたルーツィアは「そ、そうかな?」と急にオドオドしてしまう。
「ん? どうした、ルーツィア?」
「はにゃ?! にゃ、にゃんでもないにゃんでもない!」
「そ、そうか?」
いきなり台詞を噛みまくるルーツィアを見て、どうした事かと思いはしたが敢えて突っ込まない様にした栗栖は
「さて、それじゃ俺も一風呂浴びて来るとするよ」
と今だワタワタしているルーツィアに声を掛けバスルームの方に向かって行ったのだった。
そして暫くして──
「ふぅ……いい湯だった」
タオルでガシガシ頭を拭きながらバスルームから出てくる栗栖。備品のバスローブではなく自身の替えの服に袖を通している。普段は意外と自分の身嗜みには無頓着気味な栗栖はタオルで頭を乾かすと、そのまま髪を撫で付けながらリビングに続くドアに手を掛けると
「ルーツィア、入るぞ」
そう声を掛ける。だがドアの向こうからは何の返事も無い。ふと心配になってそのままドアを開けると
「すぅ……すぅ……」
ソファに凭れ掛かりながら小さな寝息を立てているルーツィアがそこには居た。
(流石に……疲れたのかな)
そんな事を考えながら傍に近付く栗栖。だがルーツィアは気配で目を覚ます事は無く眠り続けていた。
「……ルーツィア? ルーツィア?」
あまりにも良く寝ていたので起こすのは躊躇われたが、意を決してルーツィアの肩を優しく揺する栗栖。だが当のルーツィアは「くぅ……くぅ……」と一向に起きる気配が無い。
ふむ……と思案する栗栖。このままこんな場所で寝かせていたら風邪を引かせてしまう事になりかねない。然りとて無理矢理起こすのも忍びない。どうするか── 。
(仕方ない、か)
意を決した栗栖はリビングのドアを開け放つと、今だ目を覚まさないルーツィアの正面に立ち彼女の背中と膝裏に両手を回しながら横抱きに抱き上げる。所謂「お姫様抱っこ」である。
「ん……はぁ……すぅすぅ」
抱き上げられても起きる気配が無いルーツィア。かなり眠りが深いらしい。抱き抱えた腕にはルーツィアの温もりが伝わってくる。
プラチナブロンドの睫毛がスッと閉じられた目、小さな寝息を吐き出す柔らかそうな小さな鼻、寝息に合わせ小刻みに動く唇、シャンデリアの灯りの下で改めて見るルーツィアの顔はとても美しかった。多分美の女神が現実に居たとしたら彼女の様な顔立ちかも知れないと栗栖は思った。もしルーツィアが起きていてそんな事を耳にしたら羞恥で顔を真っ赤にして叫ぶかも知れないが。
(しかし……無防備過ぎないか?)
抱き上げた事でバスローブの胸元や脚元が少し肌蹴て、色々見えそうになっているのである。当の本人はくぅくぅと寝息を立てているが。
栗栖は極力見ない様に務めながらルーツィアをベッドルームに運ぶと、クイーンサイズのベッドに寝かせ掛布団をそっと掛けてやる。
「……おやすみ、ルーツィア」
そう小さな声で呟くとベッドルームの灯りを落とし、ドアを閉めようとする栗栖。
「んん……むにゃ……すぅすぅ」
ベッドに大切に横たえられたルーツィアは、そんな栗栖の声に微かな声を発して答えたみたいであった。
栗栖はフッと笑みを浮かべると静かにドアを閉めるのであった。
次回投稿は二週間後の予定です。
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