〖act.50〗傭兵と魔法使い、鬱憤と危険な遊戯
ルーツィアが、自らが開発した【環境甦生装置】に使われる物質分解技術の独占を狙う世界各国の間諜からその知識を狙われている事が期せずして判明し、ニューヨーク市警のトレバー・ヘンズリー警部と一時的に共同作戦をする事になった栗栖とルーツィア。
とりあえずは暫定的にマサキ・エドワーズ刑事とジーナ・デイ・ハサウェイ巡査の2人とチームを組む事になったので、栗栖は上司であり上官のサミュエル・グエン大佐に報告をしたが、トレバー警部が言った通りA・C・O上層部に話が通っている事により、特に問題無く許可がおりた。
「ふう……さて、2人ともこの後はどうするんだ?」
A・C・O本社ビルを一旦出て、ひとつ大きく息を吐いてからエドワーズ刑事とジーナ巡査にこれからの予定を確認する栗栖。
「はい、今から早速お2人の警護に当たる為に、これからの行動を共にさせてもらいます。勿論私的な時限定ですが」
栗栖の問いにそう答えるエドワーズ刑事。その返事だけでも彼の生真面目さが伺えると言う物である。
だが栗栖達A・C・Oの仕事の特質上、仕事つまり任務に付いている最中にスパイからの接触は考えにくいのも事実である。なのでそれは必然的にプライベートな時間、と言う事になる訳であり、ルーツィアの国際連合本部での講義の時も含まれているのは言うまでもない。
「あの、ひとつ質問良いかしら?」
それまで栗栖とエドワーズ刑事の会話を黙って聞いていたルーツィアが口を開く。
「それって私の勤務時間以外はいつも張り付いていると考えて良いのよね?」
それに背筋を伸ばして答えたのはジーナ巡査。
「あっ、はいっ! 基本的にはそうなります! その際は私がルーツィアさんに密着警護させて頂く事になります!」
「あっ、は、はい、そ、そう言う事なら宜しく御願いするわ……」
気合十分のジーナ巡査の台詞に少し面食らいながら、そう答えるに留まるルーツィア。
(まあ、その辺は警護してくれるのが女性の方がルーツィアにも何かと都合が良いだろう……しな)
ルーツィアとジーナ巡査の会話を聞いてそんな事を考える栗栖。
現実問題、特に女性特有の生理現象に関しては男性である栗栖があれこれとアドバイスするのは躊躇われる事が多い。なので最初の頃はシモーヌ博士に、後からアンネリーゼ中佐も加えて、ルーツィアが偶にそうした事になると相談したりしていた。
恐らくはうら若き女性であるルーツィアの為にトレバー警部はわざわざ女性警察官をメンバーに加えてくれたのだろう、と栗栖は感じていた。
トレバー警部、見掛けに寄らず中々気配りが出来るみたいである。
今日はこの後ルーツィアと栗栖は事務仕事があるので、エドワーズ刑事らとは一旦別れる事になった。エドワーズ刑事らはA・C・O本社ビル近くで待機しているらしい。恐らくは軽食店か料理店辺りだろう。
「……と言う事になったのよねぇ……」
「はははっ、それはとんだ災難だったなぁ」
「全く……笑い事じゃないぞ、D.D……」
ルーツィアのボヤきを笑いながら聞いていたのは装備管理官のD.D。そんなD.Dに思わず抗議の声を上げるのは栗栖。彼は事務仕事を早々に終わらせるとルーツィアを伴って、本社ビル地下一階にある装備管理局を訪れていたのだ。無論愚痴を聞いて貰う為にである。
栗栖の入社の時から付き合いがあるD.Dは彼にとっては気の置けない年上の友人であり、それはまたルーツィアにとっても同様の掛け替えの無い友人のひとりであった。
特にルーツィアはここ最近、暇を見つけてははD.Dの所に来て銃器の詳しい構造や取り扱い、そして整備について少しずつ学んでいたのだ。D.Dは装備管理官と言う事もあり、FFLのClassⅢと言う銃器製造修理工の資格、しかもデストラクティブデバイス(グレネードランチャーや手榴弾の取り扱い)の資格も有しており、ルーツィアにとっては打って付けの指南役となっていた。
少し前に栗栖はルーツィアに「何故突然に銃器の詳細な構造なんかを学ぶ気になったのか?」と尋ねた事がある。その時は「ただ何となく」と答えをはぐらかされていたのだが、結局はその後の一連の出来事に忙殺されて有耶無耶になっていたりする。
「まぁな、ルーツィアの場合は特に、なぁ。あんなもん作っちまったら目を付けられるのは仕方ないんじゃないのか? それだけ【環境甦生装置】、だっけか? ソイツの分解技術はどの国でも喉から手が出る程欲しい技術なんだからな」
そう言って苦笑を浮かべるD.D。そして「それにな」と言葉を続ける。
「ルーツィアは多分気付いているとは思うが……奴等はその先にある物が欲しいってのが本音だろうな。何しろ使いようによっては他国の核兵器を無力化だって出来る様にだってなるんだしな。戦争をしたい連中には是が非でも手に入れておきたいと思うぞ?」
今度は一転、真顔でそう自身の推測を口にするD.D。実は栗栖もこのスパイ事案の話を聞いた時に、その可能性に思い至っていたのだが不確定要素が多く、敢えて口にしていなかっただけなのだ。
そんな常に直言不諱なD.Dの事を、栗栖は少し羨ましく思えるだった。
「まぁなんだッ! そう言う時は思いっきり銃をぶっ放して気分転換するに限るなッ!」
そう言うが早い、受付カウンターの横に置いてある彼個人所有の銃が仕舞ってある保管庫を漁るD.D。そんな所は相変わらずだなと、その様子に苦笑する栗栖とルーツィア。
やがて保管庫を漁り終えると、二つの銃器収納函を出してきてカウンターの上にゴトリと置く。
「そこでだ! お2人さんには俺の飛びっきりの銃をお勧めするぜ! ほれ、これだッ!」
そう言ってガンキャリングケースを開けて中身を栗栖とルーツィアに見せるD.D。2人は言われるままガンキャリングケースを覗き込んだ。
ガンキャリングケースの中に収められていたのは一見すると大型の回転拳銃だが、銃枠が回転弾倉のある上半分の上銃枠と、撃鉄および引金のメカニズムのある下半分の下銃枠に分かれており、銃身がシリンダーの一番下にあるという構造で、バレル上部には三つの放熱孔が開いている。しかもフレームの上半分が前後に可働するという、自動式拳銃と同じ構造にも見受けられる回転拳銃だ。
シリンダーは単純な円筒形ではなく、後端だけが円形で、全体としては六角形の多角柱形状となっていて側面に溝のないのっぺりした形であり、シリンダーを振り出すための支持部はフレームとの接続部が下方にある銃身部を避けるために側面に張り出しているため、大きく湾曲した「く」の字形になっている、と言う見た事が無い形状だ。
もう片方もどこか似た形状の少し小型の同じくリボルバーであるが、其方も勿論栗栖には思い当たる銃種が無い。元々そこまで銃器に精通していない栗栖は
「D.D、これはなんて言う銃なんだ?」
当然の事ながら持ち主であるD.Dに質問する。するとD.Dはニヤリと笑みを浮かべながら
「このデカい方のは伊マテバ社のマテバモデロ6ウニカハンター、こっちのは同じ伊のチアッパ・ファイアーアームズのチアッパライノ40DS。マテバの方は半自動式回転式拳銃って奴だ。チアッパの方はデザインは似ているが、れっきとしたリボルバーだ。この2丁は開発者の銃器デザイナーが同じでな、さしずめ異母兄弟って所だな」
そう自慢気に情報を開示するのであった。
試射室にて── 。
マテバの酸化焼入れ処理を施した喑青鋼のフレームにある回転弾倉固定レバーを操作して、空のシリンダーを左に降り出す栗栖。シリンダーラッチレバーはフレームの左右両面にありリボルバーとしては珍しい構成だ。シリンダーの薬室を見るとかなりの大口径なのが見て取れる。
「うん? 随分デカいな。これだと45口径、か?」
そう呟く栗栖の前にD.Dの手で再びゴトッと置かれる弾薬ケース。
「その通り、ソイツは.454カスール弾を使う代物だ」
D.Dはそう言うとアンモケースを開けて中身を見せる。その中には大口径の.454カスール弾が綺麗に整列している。
.454カスール弾が商業利用化されたのは1998年であり、拳銃弾用の雷管ではなく小型の小銃用雷管を使用しているが、これは薬室内の圧力が極めて高く設計された事が理由だ。小銃用雷管の方が拳銃弾用より丈夫なのである。量産されている中では、もっとも強力な拳銃用実包の一種である.454カスール弾は、有名な.44マグナム弾よりも七割ほど反動のエネルギーが増している代物だ。
「そいつは……かなりの際物な奴だな」
アンモケースから.454カスール弾を手に取りながら、栗栖は思わず苦笑するのであった。
栗栖がマテバの射撃準備を進めている間に、ルーツィアもチアッパライノ40DSの準備を進めていた。
不銹鋼製のフレームの左にあるシリンダーラッチレバーを操作して、シリンダーをやはり左へとスイングアウトする。此方は一見すると普通のリボルバーに見えなくも無い。が、やはりバレルがシリンダーの一番下にあり、此方もバレル上部には二つのベンチレーテッドリブが開いている。
更に一見するとハンマーに見える部分は、内蔵式ハンマーを起動するための槓桿となっており、これを操作して単射撃での発射も可能なのだ。連射撃で発射する場合は、コッキングレバーを操作せずにそのままトリガーを引けば良い事になっていた。因みにシリンダーラッチは構造上コッキングレバーのすぐ近くにある。
「えっと、こっちのは9mm口径……かしら?」
ルーツィアも栗栖と同じくシリンダーのチャンバーを見てそう言葉にする。するとその声に呼応する様に
「ああ、ルーツィア。ソイツは9mm弾じゃないんだ。コイツさ」
D.Dが答えながら、彼女の前にやはりアンモケースを置いて蓋を開ける。軟鉄の薬莢の無機質な鈍い金色が見える。
「チアッパライノはこの.357マグナム弾を使用するんだ。コイツらは反動がデカいから気を付けろよ? 何せルーツィアが今使っているMP7A1の4.6mm弾より強力な弾丸をちっこい拳銃なんざでぶっ放すんだからな。クリスも気を付けろよ? お前さんの.454カスール弾だって7.62×51mm弾と同程度なんだからな」
それぞれに弾薬を装填している栗栖とルーツィアに注意を促すD.D。
「それは心得ているよ、注意しよう」
「わかったわ、D.D」
そんなD.Dに返事を返す栗栖達。
何事も安全第一である。
栗栖がマテバモデロ6ウニカハンターのグリップを右手に握ると左手で右手を包み込む様に保持する。握力は右手が三割、左手が七割だ。
銃を持つ両腕は若干肘を曲げて身体を軽く前傾姿勢にし体重の重心を前に掛け、両足を肩幅ぐらいに開き、右足は半歩後ろに引いて45度の角度に開く。そして左足のつま先と身体は標的に対して正面を向けて射撃姿勢を取る。
そうしてハンマーをゆっくり起こすと、両目を開いたまま右目で照準器を確認し、照星の頂上をターゲットに合わせて、初弾をシングルアクションで発射する!
派手な発火炎と共に響き渡る轟音!
銃口から放たれた.454カスール弾は20mの距離を一瞬で跳び、そこに置かれていたターゲットを迷いなく撃ち抜く!
初弾を撃ったマテバは発射反動によりアッパーフレームが12mmほど後退しハンマーを起こした状態にした後、シリンダーを回転させながら前進して射撃位置に戻り、次弾発射可能な状態へと移行する。半自動式回転式拳銃ならではの挙動である。
初弾を撃ち終えると続けてトリガーを5回引き絞り、6発全弾をターゲットに向けて撃ち込む栗栖! 彼の隣の仕切り板で仕切られた半個室の射撃場では、ルーツィアがチアッパライノ40DSをやはりダブルアクションで、軽快に連射している所だった。
(これはあとでエドワーズ刑事達にちゃんと説明と謝罪をしないとな)
耳当てを外してルーツィアの射撃を見ていた栗栖は、ふとそんな事を思うと苦い笑みを浮かべて、マテバのシリンダーをスイングアウトさせて排莢してから.454カスール弾を再装填すると、再びイヤーマフを着けて射撃姿勢を取るのだった。
半自動式回転式拳銃 マテバ モデロ6 ウニカハンター (イタリア・マテバ社)
全長335mm/銃身長213mm/重量1,350g(6インチモデル)/口径45口径(11.5mm)/使用弾.454カスール弾/装弾数6発
回転式拳銃 チアッパライノ40DS (イタリア・チアッパ・ファイアーアームズ社)
全長215mm/銃身長101mm/重量850g/口径9mm/使用弾.357マグナム弾/装弾数6発
次回投稿は二週間後の予定です。
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