〖act.49〗魔法使いと傭兵、日々の日常と間諜
【環境甦生装置】の【言霊回路】が地球世界に向けて公開されてから5ヶ月ほど経ち、人々の日常から色彩が失せ、何もかもが灰色の風景の中に閉じ込められる季節が巡ってきた中、紐育の街中はイルミネーションを纏い一際華やいでいた。
そして──ルーツィアはこの世界に来てから三度目の極月を迎えており、国連本部での魔法術と魔法、そして【言霊回路】の技術を伝える為の講義と、A・C・Oでの契約社員としての対テロ作戦の任に当たると言う、文字通り「二足の草鞋」を日々熟していたのであった。
そんなとある日の昼過ぎ、紐育A・C・O本社、社員で賑わう社員食堂で
「──そう言えば、もう直ぐクリスマスになるな」
「そうねぇ……はぁ、今年はクリスと2人でまた出掛けたいわぁ……」
何かを思い出したみたいに呟く栗栖と、ロブスターロールを食べる手を止めてボヤきにも似た声を漏らすルーツィアの2人の姿があった。
特にルーツィアにとっては去年はテロリスト『深緑の大罪』との大規模対テロ作戦と、その後に訪れた【アイオン危機】への対応とで、前年は思う様にクリスマス休暇を取る事も出来ずにいたのだ。
そこに持ってきて、今年は毎月開催される国連本部での『魔法科学』の講義の多事多忙さと、ルーツィア自身が世界でも「超」が付く有名人となった事で、A・C・Oの契約社員としての仕事以外はあまり外を出歩けなくなってしまった事もボヤきの原因である。
「まあルーツィアさんの場合は仕方がないんですけどね。何せ今や世界的に大注目されている最重要人物なんですから」
ルーツィアのボヤきにも似た台詞にアメリカビーフステーキを切る手を止めて、そう苦笑しながら答えたのはディビジョンAのアンネリーゼ・シュターゲン中佐、その横の席では彼女の副官であるマリルー・アマースト大尉が鮭の握り寿司を頬張りつつ、アンネリーゼの言葉に盛んに頷いている。
2人とも栗栖同様やはり日本に於ける作戦の功績で、それぞれ一階級昇進していたのである。
「それはそうなんだけどぉ……はぁ」
アンネにずばり言われてしまい、少しむくれ気味に冷たいコーラの入ったグラスに口を付けるルーツィア。
「まあルーツィア、そうむくれるな。それにアンネも、ルーツィアを揶揄うのも程々にしておけよ」
栗栖は彼女らのそんなやり取りを苦く笑いながら見ていたが、ルーツィアとアンネ2人を優しく宥めてから、食べかけていたカレーライスを口に運ぶのだった。
「それで──ルーツィアさんは今は何をしているのかしら?」
やがて食後の甘味時間となり、栗栖がチョコブラウニー、ルーツィアがティラミス、アンネリーゼはチョコレートケーキ、マリルーはフローズンヨーグルトをそれぞれ口にしている時に、ケーキをひとくち口に運んだアンネが、思い出した様にルーツィアに質問を投げ掛ける。
「もごっ? んぐ、ん──えっと、今は【環境甦生装置】の改良、かしら?」
一方のルーツィアは咀嚼していたティラミスを飲み込んでから、質問の答えを端的に口にする。
そもそもあらゆる物質を分解する【環境甦生装置】だが、逆に不要な物質から必要な物質を再創造出来るのでは無いか、とルーツィアは思い至り、新たな魔法機械の【言霊回路】を少しづつ設計していたのである。もうそれは既に単なる環境甦生では無く、新たに別の物質を創り出す【再創造装置】とも呼べる代物であり、それこそ【神】の領域に手を掛ける一歩手前の夢の魔法機械であり、分野的には魔法術よりも錬金学に当たる。
向こうの世界でも魔法術を使って様々な物質の原子や分子の構造や配列を変更し、必要な物質を創り出す【創生機】と言う錬金学の魔法機械は存在していたのだが、原子や分子の状態から物質を「創造」する魔法機械は存在していなかった。
それもこれもルーツィアが創り出した【賢者の石】──【セラフィエルの瞳】が有ればこそである。事実、【環境甦生装置】の ” 世界の記録 ” へ接続する為の【言霊回路】は【セラフィエルの瞳】の一部の【言霊回路】が用いられているのだ。
その事実を知っているのはルーツィアを除くと、【環境甦生装置】の設計に当初から携わっていた栗栖とシモーヌ・ヘルベルク博士のみである。
「まあ実際は少し違う──のかしらね? ごめんなさい、これ以上は言えないの」
そう言ってアンネに向かい軽く頭を下げて謝るルーツィア。【再創造装置】自体、まだ設計段階なので明言は避けたのだ。それに第一、ルーツィアも今設計している魔法機械が地球世界に与える影響の大きさをそれなりに認識していた事もある。そんなルーツィアに「あまりお気になさらないで」と笑顔で謝罪を受け入れるアンネ。
「でもそう言えば──」
そんなルーツィアとアンネの会話に、それまで黙ってフローズンヨーグルトを食べていたマリルーが口を挟んで来た。
「A・C・O本社内でもルーツィアさんの話題は色々と聞きますね。特に研究区画の研究員達や技術部の社員達や情報部の情報員達ですが」
「「ああ……」」
マリルーの台詞に栗栖とルーツィアの声が見事に合致する。それに関しては2人共に思い当たる節があるからだ。研究区画はシモーヌとの関係から当然として、技術部と情報部はルーツィアの情報端末にここ最近特に頻繁に送られて来る電話やメール、SMSの類のアドレスを辿り、マスコミや一部の熱狂的なファンらの不要な接触を、ふるい分けしていた関係からだと推測できたからであった。
だがそれはそれでA・C・O社内の法令遵守が些か心配な話ではあるが。
そんな昼を過ごしてから数日後──クリスマスイブまで一週間を切った或る日、栗栖とルーツィアの姿はニューヨーク市警察のオフィスのひとつにあった。
「悪いなクリス少佐、ルーツィアさん。2人にわざわざ御足労願って」
目の前の机に座るのは、以前にテロリスト「死灰」の件で知り合ったトレバー・ヘンズリー警部。栗栖らとは実に2年振りの再会である。彼もまたこの2年で警部補から警部へと昇進していたのだった。
「それは一向に構わないが……わざわざ俺とルーツィアをご指名とは……何かあったのか、トレバー警部?」
トレバー警部の当たり障りのない挨拶を受けて、単刀直入に呼び出しの理由を尋ねる栗栖。するとトレバー警部は、いつか見たみたいに頭をガシガシと掻いて
「うん、まあ、実は俺の所に来た情報なんだが……アンタら、特にルーツィアさんには関係がある話でなぁ……」
そうボヤくかの様な口調で2人を名指しで指名した理由を話し始める。それによると──
ルーツィアが国連を通じて世界各国に提供した【魔導汽缶】や【環境甦生装置】等の魔法機械を構成する【言霊回路】の技術だが、国連で国際連合憲章が制定されて個人や企業、国家での「独占」が厳しく禁じられているにも関わらず、ルーツィアの持つ【言霊回路】の技術を非合法に「入手」すべく、各国の情報機関の間諜の活動が活性化しているのだそうだ。
特に【環境甦生装置】の既存の放射性物質を安全無害な素粒子レベルに分解出来る点が、中国や露西亜、印度や巴基斯坦等の核保有国の興味を惹いたらしい。それを求めて特に露西亜情報機関が積極的に活動を水面下でしているらしい。
「──とまあ、こんな話が連邦捜査局から廻って来てな。そこでアンタらと面識がある俺にお鉢が回ってきたって訳だ」
そう言って苦く笑うトレバー警部。
「それは……また厄介だな」
それに連られて思わず渋い顔をする栗栖。彼も情報部から世界各国の情報機関の活動が活性化しているらしい、との報告は受けていたが、まさか国家警察機関からこれ程までに具体的な内容を聞かされるとは思いもしなかった。
それに元々A・C・Oは対テロ専門の民間軍事会社であり、国家主体で行われる諜報活動に対し対応する為の術は全く無い訳では無いが、極端に制限される事になるのだ。テロリストには頗る強いA・C・Oにも思わぬ弱点があったと言う事である。
「そこでだ、アンタらにひとつ提案があるんだが」
渋面を作る栗栖にトレバー警部がそう言葉を掛けてくる。
「何だ、提案って?」
「ずばり! 俺達ニューヨーク市警と組まないか?」
栗栖の問い掛けにそう答え、トレバー警部はニカッと笑みを浮かべるのだった。
「初めまして、マサキ・エドワーズ刑事です。階級は巡査部長です。宜しく」
「私はジーナ・デイ・ハサウェイ! 階級は巡査ですッ! 宜しく御願いします!」
栗栖と同じ黒い髪の癖毛の強い亜細亜系の面持ちの青年と、利発そうな栗毛のセミロングの巻き毛の女性の警察官2人が栗栖らに紹介される。「俺達と組まないか?」とトレバー警部は言うが早い、自分のオフィスにこの2人を呼んだのだ。
「この2人は俺の部下だ。エドワーズ刑事は俺と何度か組んだ事があってな、経験はそれなりに豊富だ。ハサウェイ巡査はまだ経験は浅いが優秀な人材だ。当然2人の身元は俺が保証する」
栗栖とルーツィアに向けて敬礼する2人に手を向けて、そう自慢げに紹介するトレバー警部。
(全く……俺達の返事もまだなのに、な)
少し強引な気もするが、だがそれで栗栖がトレバー警部の思惑に悪感情を感じる事は無い。
「……それで? その2人を俺達に付かせるって事なんだろ?」
それでもとりあえず確認の意味を込めてトレバー警部に尋ねる栗栖。すると彼は我が意を得たりとばかりに
「ああ、そうだ。形式的には2人はルーツィアさんの身辺警護として付かせるつもりだ。その方が何かと都合が良いだろう? 万が一にもそうした奴等が接触して来ても少佐だけでは対処しづらい面もあるだろうし、何より少佐の負担が減るしな」
そう言って笑顔を見せる。そこにトレバー警部なりの思い遣りを感じた栗栖は、軽く息を吐くと
「はぁ……わかった、それじゃあ暫く世話になるとしよう。ルーツィアも──良いだろう?」
軽く両手を上げて降参の意を示すと、トレバー警部の申し出を受ける旨を口にする。そして少し苦い笑みを浮かべながらトレバー警部に右手を差し出す。
ただ1人、ルーツィアだけは状況に付いて来れず「えっ? えっ?」と右往左往としていたが。
兎に角こうして暫くの間、栗栖とルーツィアにエドワーズ刑事とハサウェイ巡査が同行する事になった。実はこの件に関しては、既にトレバー警部がニューヨーク市警の上層部を通じて、A・C・Oの上層部に一連の話は全て連絡済だったらしい。
A・C・O上層部としても、テロリストでは無く畑違いのスパイともなると対応に苦慮していたらしく、今回のニューヨーク市警からの話は正に渡りに船だったらしく、一も二もなく同意を得られたとはトレバー警部の談である。
それでも報告は必要だろうとトレバー警部のオフィスを辞して、ルーツィアと新たに増えたエドワーズ刑事ら2人の警察官を伴い、愛車の4WDを運転してA・C・O本社のディビジョンS、サミュエル・グエン大佐のオフィスに向かう事にする栗栖。
「やれやれ……だな」
トレバー警部のあまりの手際の良さを思い出して、そんな台詞が苦笑と共に栗栖の口をついて出る。
「すいませんクリス少佐、ルーツィアさん。うちの警部は昔から少々強引な所がありまして……」
後部座席に座るエドワーズ刑事から謝罪の言葉を受ける栗栖とルーツィア。栗栖が覗き見るルームミラーには申し訳無さそうな顔のマサキ刑事と緊張した面持ちのハサウェイ巡査が映り込んでいる。
「まぁそこは否定しないが……エドワーズ刑事達も色々と苦労しているみたいだな」
前を見たままエドワーズ刑事にそう声を掛ける栗栖。返事は無いがルームミラーに映るエドワーズ刑事の顔に苦笑が浮かぶ。
「でもトレバー警部には悪気は無いみたいよ? それに私に色々と気を使ってくれているみたいだし……」
そんな栗栖とエドワーズ刑事の会話に口を挟むルーツィア。どうやら彼女は彼女なりにトレバー警部をフォローしているらしい。
「まぁ、な……俺も悪い人では無いと知ってはいるが……」
ルーツィアの台詞に苦笑混じりに短く答えるだけの栗栖。ミラーの隅にに映るハサウェイ巡査はまだ緊張している様である。
こうして各人各様の想いを載せた4WDは大通りをA・C・O本社へとひた走るのだった。
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