〖act.48〗リジェネレーター 〜魔法使い、歴史を書き換える〜
「そもそも【分解】と言うのは──」
A・C・O本社ビル地下にあるメディカルセンター研究区画、シモーヌ・ヘルベルク博士の研究室で栗栖と部屋の主であるシモーヌを相手に、魔法術【分解】について説明をするルーツィア。
「── 一番の特徴は先程も言った通りに『任意の物質』を『任意の状態』に『分解』する事、これに尽きるわ。これは対象の物質が『既知世界』の物質で有れば、単純な機械的な部品分解から、分子から原子レベルへの分解、素粒子レベルにまでの完全分解の状態を設定出来るの」
「それってどんな物質にも有効なのか?」
ルーツィアの話が一区切りついたのを見計らって先ず栗栖が疑問を投げ掛ける。
「ええ、 ” 世界の記録 ” に認知されている──つまり記録されているならどんな物質でも」
「それは──っ! 使いようによっては究極の魔法術じゃないのかいッ?!」
栗栖の質問への答えを聞いて声を張り上げるシモーヌ。
「聞きようによってはそう感じるわね。でもこの魔法術そんなに簡単では無いのよ。先ず発動には ” 世界の記録 ” の記録と照合する魔法術【解析】が必要不可欠なの。照合して記録と合致していたら、” 世界の記録 ” に記録されている構造式を数値化されて術者の【星辰体】に転送、数値化されて送られて来た構造式を元にそれに適した魔法術【分解】を発動させる、と言う最低でも2工程を必ず経ないといけないのよ」
今度はそのシモーヌの疑問に丁寧に答えるルーツィア。
「それに──シモーヌの懸念もわかるの。こんな魔法術が無制限に使われたら、それこそ殺人なんかの犯罪が完全犯罪し放題になりかねないからね」
だからこそ向こうの世界では使用にかなりの制限が掛かっていたんだけどね、とはルーツィアの談である。そして続けて
「でも実際【分解】は、重犯罪者の原子レベルへの分解処刑にも使われたしね」
こちらの世界では到底信じられない事を、事なげも無く話すのであった。
「──犯罪者を原子に分解……だと?!」
ルーツィアのまさかの発言に驚きを禁じ得ない栗栖。シモーヌも絶句している。
「そう、重犯罪者の極刑として使われていたわ」
それには理由があってね、とルーツィアは話を続ける。
「私の世界──リヴァ・アースでは怨みや憎しみ等の「負」の感情を持ったまま人が死ぬと、【生ける屍】等の虚魂者になり易いのよ。濃すぎる「マナ」や強い「オド」の影響でね。なので普通でも死体は火葬にして遺骨は頭蓋骨を除いて全て粉砕して埋葬するの。【骨身者】にならない為にね。実際に禁忌の魔法術を使う虚魂魔法術なんてのも有るし、ね」
「な、成程……そうした理由があるのか……」
ルーツィアの説明を聞いてその理由に納得する栗栖。【生ける屍】、つまり此方の世界では所謂ゾンビの事であり、ゲームや映画等の空想上の産物でしか無かったそれ等の存在もリヴァ・アースでは割と普通に存在する物なのか、と栗栖は心の中でそう思うのだった。
「でも魔法術にはそんなモノも存在するんだ……もう何でも有りだねぇ……」
シモーヌはシモーヌでルーツィアから聞かされていなかった魔法術に興味を持ったようだ。
「するとルーツィアさんもその──虚魂魔法術とかも使えるのかい?」
そして当然の事ながらルーツィアに虚魂魔法術が使えるかどうかを質問して来る。
「残念ながら私は使えないわね。より正確には虚魂魔法術を使えるか試した事が無いの。なんせ虚魂魔法術は賢者機関では禁忌指定されているから触れる機会も無かったし……」
それに、そもそもそれ自体に興味も無いしね、と苦笑混じりに答えるルーツィア。
例えリヴァ・アースの最高研究機関である賢者機関の最高位である至上之魔導師であっても、禁忌指定とされている魔法術には指一本触れる事すら出来なかったのである。
「……まぁ兎に角そうした理由もあって、強い「負」の感情を持つ重犯罪者は迂闊に虚魂者にさせない為にも、原子レベルへの分解処刑に処す事がリヴァ・アース各国政府で取り決められているの。勿論そこには犯罪被害に会った被害者の被害者意識に沿って判断されているのは否めないけどね」
そう言ってこの話を締めるルーツィア。その辺は地球世界でも事ある毎に議論され、未だに結論が出ない問題ではある。
閑話休題。
だいぶ話が逸れてしまったので本来の話である【分解】を使った魔法機械の事を話し始めるルーツィア。
「えっと、話を戻すわね。兎に角先ずはこの【分解】の【言霊回路】を改良しようと思うの。なのでクリスとシモーヌにも今話した事から思い付く問題点を聞かせてもらおうと思っているのよ」
つまりは集団でアイデアを出し合うことによって相互交錯の連鎖反応や発想の誘発を期待する技法──集団発想法である。
「ん? そうだなぁ……先ずは【言霊回路】を組む時に中に安全装置になる【言霊回路】を組み込んだ方が良いんじゃないか?」
「うん、クリスの言う通りだね。それと ” 世界の記録 ” への無制限な接続は何とかしないと駄目だろうね。それを限定的にするだけでも随分安全性が増すだろうしね」
ルーツィアに請われて栗栖とシモーヌはそれぞれ話を聞いて思い付いた事を口にする。
それ等をシモーヌの研究室にある80インチの電子黒板に書き出すルーツィア。そして「成程ね……」と独り言の様に呟きながらも、頭の中に適切な【言霊回路】を組み立てていくのであった。
その他にも何点かの指摘や意見が出されて、それ等を取り込む形で今度はルーツィアが実際に電子黒板に、新たな魔法機械の【言霊回路】を実際に描いて行く作業となった。
それを描いている間も積極的に栗栖やシモーヌと意見を交わし、改良点を見出してはその都度修正をし、徐々に完成に近付けて行くルーツィア。そして幾度もの修正と変更を経て──
「──出来たわッ!」
そう言って電子黒板に書き込む手を止めるルーツィア。
「これで完成──なんだな? ルーツィア?」
栗栖の確認の声にルーツィアはひとつ大きく頷くと
「ええ、これで完成! 名付けて【環境甦生装置】よッ!」
声高らかにそう栗栖とシモーヌに宣言するのだった。
この魔法機械【環境甦生装置】は一番肝要な部分である ” 世界の記録 ” へ接続する為の【言霊回路】に工夫が凝らされており、接続する為に必要な認証鍵に相当する【言霊回路】が魔法術を制御する【言霊回路】の【魔言霊】一つ一つと複雑に噛み合わせてあるのだ。
なので認証鍵部分だけを下手に弄ると全体の術式構築が崩壊・消滅してしまう様に設計されている。これはリヴァ・アースに於ける「魔法科学」の黎明期に差し掛かりつつある地球の技術力では到底改良はおろか解析する事は極めて困難だろう。もっともリヴァ・アースの様に長い年月を掛けて技術的な成熟を果たせば可能になるかもしれないが。
それと共に ” 世界の記録 ” に接続して情報を得る為の魔法術【解析】も、今回は【環境甦生装置】の役目に合わせて必要最低限な物質の情報のみへの照合に限定されており、それ等の魔法術にもまた、前述と同様の処置が施されている。
そしてその【環境甦生装置】の分解能力は、地球温暖化の元凶である二酸化炭素やフロンは言うに及ばず、大気汚染の主たる硫黄酸化物や窒素酸化物、微小粒子状物質や光化学オキシダント等の248種類にも及ぶ有害大気汚染物質から、設定を変更する事で海中のマイクロプラスチックや、大気中や地中のトリチウムやセシウムやストロンチウム、プルトニウム等の放射性物質ですら安全且つ完全無害な素粒子レベルに分解処理出来るのであった。
「──とまあ、こんな感じかしら」
電子黒板に綺麗に清書し直された【環境甦生装置】の【言霊回路】を指し示しながら説明していたルーツィアが、一旦話を切って栗栖とシモーヌの方に向き直る。
「それで? ここまで説明を聞いて何か意見があるかしら?」
「いや……俺は特に無いが……シモーヌはどうだ?」
「いやいやッ! これ以上はもう何も言う事は無いね! 見事なまでに私達の懸念や意見を反映され尽くしていると思うよ」
ルーツィアの問い掛けに、栗栖とシモーヌはそれぞれにそう答えを返す、いや返さざるを得ない。
それほどまでにルーツィアが設計した【言霊回路】には一切の隙がなく、且つ無駄が極力省かれていて洗練されたモノであった。伊達に【言霊回路】研究の第一人者だと、ルーツィア自身が豪語するだけの事はある。
それを目の当たりにした栗栖の脳裏には不意に、「最も美しい芸術作品とは、何ものにも汚されない、芸術家の純粋な幻想を表現したものを言う」との仏の画家の名言が思い起こされる。
(ここまで来ると最早ひとつの絵画の様だな)
目の前の壁に立て掛けられた電子黒板、そこに描き出された【言霊回路】を見て、まるで完成され尽くした芸術だと栗栖は素直にそう思うのだった。
シモーヌの研究室での話から3日後──ルーツィア、そして栗栖とシモーヌの姿は紐育にある国際連合本部ビルのティム・ヴァン・アレン事務総長の、冷房が良く効いた執務室にあった。彼等3人の前に居るのは当然ティム事務総長その人である。
【環境甦生装置】の設計をし終えてから3人の間で「誰にこの話をすべきか」と言う話になり、今回も前回の【魔導汽缶】と同様にまずは国連に──ティム事務総長に話を通した方が良いと、3人の意見が一致を見たのである。それを受けて即日ルーツィアがティム事務総長に教えて貰った直通電話で連絡し、その翌々日、と言う訳である。
栗栖らの目の前で大きな執務机に腰掛けるティム事務総長、暗い金髪混じりの白髪をざっくりと七三に分けた髪と、額や眉間そして目尻や豊齢線に深い皺が刻まれた顔が渋く、この様な仕事をしていなければ間違いなく聖林で俳優をしていたのでは無いか、と思える程の中々の偉丈夫である。
「うむむむ、これはまた──凄いものだなッ!」
電子黒板からリヴァアースの言語を、地球の言語である英語の字母へ対応させてプリントアウトした【環境甦生装置】の【言霊回路】の設計図とそれに添付されたルーツィアの懇切丁寧な説明を読み終えたティム事務総長は、そう唸り声を漏らす。そしてルーツィアの方に顔を向けると
「これは確かに──我々地球人類が欲して止まなかった、地球環境の「復元」と言う至上命題を解決し得る「夢」の魔法機械だ。本当に有難うルーツィアさん、全人類を代表して御礼申し上げる」
そう笑みを含んだ顔で話し掛けて来る。それにつられてルーツィアも笑みを浮かべるのだった。
そこで「だが」と言葉を続けるティム事務総長。
「我々はここまで我々地球人類と我等の地球に多大な貢献をしてくれた貴女にどう報いるべきなのか……」
一転、そう言って顔を曇らせる。実際ルーツィアは魔法術と魔法、そして【言霊回路】の技術を伝授する事を始めるのにあたり、一切の金銭的な要求はしないと宣言し、未だにその姿勢を貫いていたのである。
それに関しては国連はおろか技術を提供された幾つかの国でも、ルーツィアの言い値でいつでも技術使用料を支払うつもりで今も準備をしていたりする。
「閣下」
顔に穏やかな笑みを浮かべながらルーツィアが語り掛ける。
「私はこの世界の人間ではありません。全くの異界から事故で訪れた存在です。だから何れ元の世界に帰る私に過分なお金は必要ないんですよ」
生活出来るだけのお給料はもらっていますからね、と笑うルーツィア。
「それでももし、私に報いたいと仰るのでしたら、そのお金は是非この世界の人達の為に使って下さい。恐らくそれが一番正しい使い方だと思います。この世界の平和はこの世界に生きる人達が築き上げる物ですからね」
「──わかりました。それが貴女の望みなら」
ルーツィアの言葉を聞いて深く頷き、彼女に右手を差し出すティム事務総長。その手をしっかりと握り、笑顔で握手を交わすルーツィア。
後日、国連より世界に向けて魔法機械【環境甦生装置】に関する発表と、その【言霊回路】が大々的に公開されたのであった。
『この世界の平和はこの世界に生きる人達が築き上げる物である』
ルーツィアがティム事務総長に説いた理念と共に。
次回投稿は二週間後の予定です。
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