〖act.47〗ジャンクション 〜魔法使い、岐路を選択す〜
ルーツィアが地球人類に向けて魔法術と魔法、そして【言霊回路】の技術を伝える為の講義は、米国南北戦争の戦没将兵追悼記念日を迎える頃には通算4回目を数えるになっていた。
またこの頃になるとルーツィアから魔法機械【魔導汽缶】の技術提供を受けた幾つかの国では、試作型を経て量産型の【魔導汽缶】を製造・運用するに至っていた。
そうして先行して【魔導汽缶】ので開発に成功した国は、開発が遅延している国に技術者を派遣し開発の助力をする事になっており、こうして各国国家の優劣を是正する様になっていた。これもまたルーツィアが魔法術と魔法の技術提供をするに当たって厳に取り決めた事である。
こうして地球世界に魔法術と魔法、そして【言霊回路】の技術が根差し始めようとしていた。
そしてここ──アメリカ合衆国紐育州の某郡にて、一基の試験型【魔導汽缶】が稼働試験を始めた。
「うん、中々良い感じじゃない」
【魔導汽缶】を逐一監視している中央制御室のモニター画面に映る汽缶内の映像を見ながら満足気に頷くルーツィア。その隣りにはいつもの栗栖ではなく技師のライアン・ライト氏が座っていて、ルーツィアと同じ画面に見入っている。
ここは旧火力発電所、今稼働しているこれは、地球で初めてルーツィアの設計した魔法機械【魔力変換機】を地球技術で再設計したライアン技師の設計とルーツィア・ライアン技師2人の主導による、プラスチックを含むゴミを安全に焼却処理する為の焼却炉を兼ねた汽缶であり、実際に廃プラスチックゴミを焼却させて【言霊回路】を含む各機構が上手く連動動作するかの試験を行っているのであった。
「排煙冷却塔正常に稼働──煤煙処理システムも正常稼働──」
中央制御室内で監視している係員が焼却後に発生する煤煙の状況をモニターしている。廃プラスチックゴミを焼却した時に発生する排ガスは、500〜300度になるとダイオキシンを自然生成するデノボ合成と言う生成反応をしてしまう為、急速に冷却する必要があった。
なので焼却炉を出た煤煙を含む排ガスは熱交換装置を通過後、二次燃焼を経て、冷却の魔法術の【言霊回路】が組み込まれた冷却塔で200度以下に急速に冷却し、遠心分離式の煤煙処理システムで処理されて、綺麗な排気ガスを煙突から大気中に放出する様になっているのだ。
「──ダイオキシン濃度0.01pg_TEQ/㎥以下──問題ありません」
別の計器をモニターしている係員が報告してくる。ここで言われている0.01pg_TEQ/㎥以下とは、1㎥辺り毒性物質が100兆分の1g以下と言う事である。因みに大気汚染の基準では1㎥辺り10兆分の6g──0.6pg_TEQ/㎥と言う事になっているので十二分に綺麗だと言えるだろう。
「──第一高温蒸気タービン及び発電機、発電効率48%。第二低温蒸気タービン及び発電機、発電効率44%。規定値内で発電しています。発電量は現在207,560キロワット」
また別の係員からも報告が成される。この燃焼焼却炉の発電機に接続されている蒸気タービンは日本企業が新規に開発したタービンであり、従来型より約一割ほど効率が良い物となっている。発電量20万キロワットは凡そ67,000世帯分の発電量である。
「──各部センサー類異常無し。燃焼炉を始めとする各【言霊回路】は全て正常に作動────総合連動試験、全点検項目クリア──安定運転確認!」
その声に俄に沸き立つ中央制御室。誰もが肩を叩き合いお互いに賞賛し合う。
ここに世界に先駆けて史上初の魔法術の技術と地球の最先端技術を用いた、自然環境に極めて有益な機能を持つ『廃可塑物焼却発電炉』【W・P・I・P】が産声を上げたのである。
「おめでとうルーツィアッ! ライアンさんッ!」
人々が沸き立つ中、いつの間にかルーツィアとライアン技師の傍に立って、笑顔で祝福の言葉を2人に掛けるのは栗栖。彼は集団から少し離れて中央制御室の隅で一部始終を見ていたのだが、安定稼働が確認されたのを見計らってルーツィアらに声を掛けて来たのである。
「ありがとう、クリスッ!」
「有難う、クリス少佐。これも君のお陰だ」
栗栖の言葉にルーツィアは体全身で喜びを表し、ライアン技師は栗栖としっかりと握手を交わしながらそう口にする。今回の『廃可塑物焼却発電所』計画の立案は、栗栖の「一緒に発電出来る様にすると色々と効率的じゃないか」と言う第三者的な視点からの助言で決まった経緯があるのだ。なのでライアン技師の台詞となる訳である。
「そして──改めて有難うルーツィア嬢。君の助力が無かったらこのプロジェクトは絶対成功しなかっただろう」
そう言うとルーツィアを抱擁し互いの背中を軽く叩き合う。そしてハグを解くと改めて栗栖と向き合うライアン技師。
その顔には笑みが満ち溢れていた。
「さて、と──次の工程はこの焼却発電炉を1ヶ月連続運転して、不具合が発生しないかどうかを慎重に確認しなくてはいけない、だったかな?」
「その通りだ、クリス少佐。むしろこれからが本番だな」
そんなライアン技師に栗栖が次に予定されている工程を確認すると、彼は感心したみたいに大きく頷く。
実際こののち1ヶ月の連続運転で判明するであろう技術的問題を全て解決したあとは、量産型の焼却発電炉を設計し、その設計図を米国・印度・中国・日本を始めとする世界有数の廃プラスチック排出国と、柬埔寨・泰・馬来西亜等の開発途上国の中でも廃プラスチック排出量が多い国に優先的に配布、場合によってはこのプロジェクトから完成品をより廉価で提供する手筈になっている。
それもまた「技術的な格差を出来るだけ是正すべき」と言うルーツィアの理念による物であり、自身の提供する魔法術と魔法、そして【言霊回路】の技術が地球世界の不毛な諍いや争いの元にならない様に、と言うルーツィアの「祈り」と「願い」が込められているに他ならない。
そしてその進むべき道が果てが無く且つ困難極まる道だとしても、一歩でも二歩でも彼女の「祈り」と「願い」に近付けさせるのが自分のやるべき事なのだ、と栗栖は決意を新たにするのだった。
それから更に一ヶ月後、紐育も初夏の雰囲気を纏う様になり、ルーツィアの国際連合本部での講義も6回目を数えるに至った頃──栗栖とルーツィアの2人は中東地域のとある国にA・C・Oの隊員達と共に対テロ作戦の任務に就いていた。
「攻撃開始──!」
栗栖がインカム越しにそう号令をかけると同時に、戦闘服に防弾衣を着込み、携帯端末やヘッドアップディスプレイ付きのヘルメットを装備した小隊員達が構えるH&K M27 IAR──歩兵用自動小銃が一斉に火を噴き、5.56mmNATO弾が次々と防塞を盾にしているテロリストに向けて撃ち込まれていく!
無論栗栖も最早愛用とも言えるデザートテックMDR自動小銃の、ルーツィアは装備改変として新たに支給されたH&KMP7A1 PDWの安全装置を【単射】へと瞬時に切り替えると引金を引き絞る! .300AAC弾が、4.6×30mm弾が隊員達の5.56mmNATO弾に少し遅れてテロリスト達に向けて撃ち込まれて行く!
一方やはりアサルトライフルで応戦して来るテロリスト達! 彼等が使用しているアサルトライフルは一見色々と有名なAK-47に見えなくもないが、実は中国でコピーされた56式自動歩槍と言うアサルトライフルであり、反撃の7.62×39mm弾を栗栖達A・C・Oの小隊へ向けて撃ち込んで来る!
双方の間で激しい銃撃戦が束の間展開されるが、前方左右の三方向からの栗栖達A・C・Oの攻撃を受けたテロリストからの反撃の火線が徐々に減っていき──そして
「──射撃やめ!」
栗栖の短い号令に一斉に射撃が止み、辺りが静寂に包まれると、そこには地に斃れ伏すテロリストだった者達が。未だ幾人かが微かに身動ぎし、小さな呻き声をあげる中、栗栖達A・C・Oに対する全ての抵抗は喪失していたのである。
「クリス少佐!」
全て決着がついた後、ついさっきまで戦場だった嘗て原油処理プラントだった工業地跡で、矢継ぎ早に偵察に使った超小型偵察機の回収等の事後の指示を出していた栗栖に、小隊の副官のコナー・オーウェルが声を掛けて来た。
栗栖の直ぐ傍ではルーツィアがMP7を下向き待機姿勢で辺りを警戒している。
「どうしたコナー大尉?」
そんなコナーに返事を返す栗栖。コナーもまた、日本での『深緑の大罪』との対テロ作戦での功績により中尉から大尉へと昇進していたのである。コナー大尉は栗栖に短く敬礼を執ると口を開く。
「報告します。敵テロリストの状況は死者54名、生存者5名。このプラントを中心に周囲半径800m内敵影無し。仕掛けられていた罠は第3班が解除中、間もなく全て解除出来るとの事です。当方の損害は軽傷者4名、重傷者及び戦死者は無し。以上です」
そう報告を締め括るコナー大尉。
「そうか……有難うコナー大尉。君は引き続き撤収作業を指揮してくれ」
コナー大尉からの報告にひとつ頷いてから新たな指示を与える栗栖。
「了解です、指揮官!」
栗栖の指示を受領すると再び敬礼を執るコナー大尉。直ぐに礼を解くと栗栖に替わり、撤収作業の陣頭指揮を執るのだった。
「ねぇクリス、ちょっと良いかしら?」
撤収作業の指揮をコナー大尉に任せ一息つく栗栖に、それまで傍で周辺の警戒をしていたルーツィアが徐ろに声を掛けて来る。
「ん? どうしたルーツィア? 何か問題でもあったか?」
そんなルーツィアに返事を返しながら何事かと尋ねる栗栖。するとルーツィアは少し躊躇いがちに
「うん……今まで色んな国を仕事で巡ったけど、こうした工業地帯の大地と大気の汚染って本当に酷い所が多いなぁ、って思って……」
そう口を開くと、周りの光景を見ながら顔を顰める。
この原油処理プラントがある一帯は今からほんの数年前までは稼働していて、大気中や大地や河川に汚染物質を撒き散らかしていたのである。こうした悪質な企業は飽くまでも一部に過ぎないが、その一部の不心得者の為に大気も大地もそして水までもが修復不可能なまでに破壊されて来たのは間違えようの無い事実なのだ。
そしてここでつい先程まで行われていた戦闘がその惨憺たる光景に更に拍車をかけている。
「……ああ、本当に酷いな……」
目前に広がる不毛な景観に、栗栖はルーツィアに返すべき言葉を見つけられずにただ立ち尽くすだけだったのである。
中東地域での作戦から帰還したのち──栗栖とルーツィアの姿は、A・C・O本社ビル地下にあるメディカルセンター研究区画のシモーヌ・ヘルベルク博士の部屋にあった。
「──なるほど、「環境汚染」を「完全浄化」する魔法機械かい」
いつもの様にダークブロンドの髪を一纏めに束ね白衣をだらしなく着込んだシモーヌが、電子タバコを燻らせながら、そう言葉を返してくる。
「そう! どうかしらシモーヌッ? 貴女の忌憚の無い意見を聞かせて欲しいわ!」
一方のルーツィアはシモーヌに意気込んで意見を求めている。
「うーん、そうだねぇ……でもそもそも、そう言う事は魔法術で可能なのかい?」
片やシモーヌはやや懐疑的な感じでルーツィアに問い質す。
「それは大丈夫ッ! 「とっておき」の魔法術が有るのよ! それを【言霊回路】にした魔法機械を新たに創り出そうと思うのッ!」
シモーヌの質問にも動じる事無く、そう自信ありげに迷いなく言い切るルーツィア。
「何なんだ、その魔法術は?」
その話を聞いて次にルーツィアに質問したのは、彼女と一緒に来ていた栗栖。その問い掛けにルーツィアは
「それは──【分解】! 任意の物資を任意の状態に分解する、唯一無属性の最上級魔法術なのよ!」
そう満面の笑みを顔に浮かべながら、栗栖とシモーヌの2人にその魔法術の正体を明かすのだった。
PDW(個人防御火器)H& KMP7A1
全長415mm(ストック延638mm)/銃身長180mm/重量1,900g/口径4.6mm/使用弾4.6×30mm弾/装弾数20/30/40発
アサルトライフル 中国北方工業公司(ノリンコ社)56式自動歩槍
全長874mm/銃身長414mm/重量4,300g/口径7.62mm/使用弾7.62×39mm弾/装弾数20/30/40発
次回更新は二週間後の予定です。
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