〖act.44〗World to start over 〜妄執の変革〜
栗栖とルーツィアが日本を発ち、米国のA・C・O本社へと戻ってから一ヶ月余り──世界は混迷の只中にあった。
そして某日、アメリカの高級住宅街にて──
『──ペトローヴィチ大統領は『アニマ』ことロバート・A・タイラーより多額の贈賄を受け取っていた事を認めた露連邦政府議長のルキーチ・アバーエフ氏を直ちに解任、連邦捜査委員会に告発しました。なお──』
そこまで聴くと、スマートスピーカーに向かい苛立ちげに「テレビを消せッ!」と声を掛ける中年の男。男の言葉にプツリと消える、壁に掛けられていた120インチの有機ELフレシキブルテレビ。それに伴い急に静かになる室内。窓の外を通る車のタイヤがアスファルトを蹴る音がやたらに響く。
そのまま男は脇目も振らずにクロゼットから自分の衣類を取り出すと、小さなスーツケースに慌ただしく詰め込み、スーツケースを無理矢理閉める。盛んに「くそっ、くそっ」と譫言の様に呟きながら自分の通信端末を何度か操作し、何かを盛んに確認する。
そしてスマートスピーカーに家の灯りを全て消す指示を出してスーツケースを持つと玄関に向かい、玄関ドアに手を掛けるとこれまた慌ただしく押し開け、玄関前に待たせていた高級車に乗ろうと後部座席のドアノブに手を掛けた瞬間──不意に頭部が詰まった西瓜の様に紅く爆ぜた! 少し遅れて響く銃声!
頭を失った嘗て男だった身体はそのままビクリと痙攣をひとつすると、音を立ててアスファルトに倒れ伏したのである。
目標が絶命したのをナイトフォースNXS8-32×56光学照準器で確認した栗栖は、マクミランTAC-50対物ライフルの遊底ハンドルを起こしてロックを解き、そのままボルトを引くと.50BMG弾を排莢する。ここは高級住宅街から凡そ2000m離れたビルの屋上、栗栖はここから2000mもの狙撃を成功させたのである。
「──効果確認。目標の死亡を確認。距離2204m」
その横で専用の光学機器を覗き込みつつ報告してくるのは、栗栖の小隊の副官であるコナー・オーウェル中尉。彼は狙撃の観測手を務めていたのである。
コナー中尉の言葉に栗栖は狙撃の為に取っていた伏射姿勢を解くと大きく息を吐く。狙撃距離2204mは世界でも十指に数えられる記録であるが、今回の狙撃が公式となる事は決してない。
「お疲れ様でした、クリス少佐。流石の腕ですね」
そう栗栖に労いの言葉を掛けて来るコナー中尉だが、その言葉の中に違和感を感じないだろうか? 彼は栗栖の階級を「中尉」では無く「少佐」と称したのである。そう栗栖は日本での『深緑の大罪』との対テロ作戦での功績により二階級特進して少佐となったのであった。
「ありがとうコナー中尉──戦闘指揮所、こちらはクリス。16:10作戦完了。撤収する」
コナー中尉の言葉に薄い笑みを浮かべて答えると、栗栖はインカムで戦闘指揮所を呼び出して作戦完了の報告を入れる。
《こちらは戦闘指揮所、了解、終わり》
それに簡潔に返答を返して来る戦闘指揮所。栗栖は報告を終えると「行くぞ」とコナー中尉に短く声を掛け、そこに居た痕跡が残っていない事を確認すると速やかにその場から退去したのだった。
『──本日現地時間午後4時頃、ロサンゼルス市ホルムビーヒルズ、サウスメープルトン、ドライブにてデイミアン・プレイステッド副大統領が銃撃により死亡しました。ロサンゼルス警察によるとデイミアン副大統領は自宅を出て車に乗り込もうとした時に、何者かに頭部に銃弾を受けて死亡、即死と見られます。なおデイミアン副大統領は世界を騒がせているロバート・アイオン・タイラーが遺したリストに名前が記載されており、近々公聴会に於いて──』
翌日──紐育にあるA・C・O本社のディビジョンSのオフィス、その士官室に栗栖とルーツィアは居た。
「クリス少佐、そしてルーツィア嬢、2人とも昨日は御苦労だった」
その2人を出迎えたのはディビジョンSの司令官サミュエル・グエンである。
「有難うございます、グエン大佐」
「御心遣い感謝します、グエン大佐」
グエンに向かい背筋を伸ばして敬礼をする栗栖と深々と頭を下げるルーツィア。グエンも今回の功績で大佐へと昇進していたのである。
また日本で栗栖達の対テロ部隊を一度は退けた『深緑の大罪』の多脚戦車を撃破した攻撃ヘリコプターAH-64E【アパッチ・ガーディアン】をA・C・Oのジョシュア最高経営責任者を通じて米陸軍に手配したのも何を隠そうグエン大佐なのであった。
「さて、先ずはクリス少佐。昨日の作戦成功にはマクシミリアン大統領も大変感謝しておられた。これでデイミアン副大統領がロバート・アイオン・タイラーからの多額の違法献金を持ったまま国外へ逃亡、亡命を阻止出来た事になる。またこれによりデイミアン副大統領から金を受け取ってロバート・アイオン・タイラーらに便宜を図っていた輩も観念せざるを得ないだろう」
アメリカに於いては個人から候補者委員会へは2,000ドル(日本円で凡そ20万円)まで、政治活動委員会へは5,000ドル(日本円で凡そ51万円)までの献金が認められているが、ロバート・アイオン・タイラーは其れらを大幅に上回る500万ドル(日本円で凡そ5億1千9百万円)を、デイミアン副大統領に贈っていた事がリストから判明していた。
なので今回A・C・Oに依頼された任務はデイミアン副大統領の国外逃亡を阻止し、同時に副大統領から違法な金を受け取っていた連中に ” 脅し ” をかける事を主眼に実行された大統領通達であり、特に対象者には ” 見せしめ ” として狙撃と言う手段をとったのであった。
「それとルーツィア嬢──貴女にも汚れ仕事を引き受けてもらい大変申し訳なかった」
栗栖からルーツィアへと視線を移すと、そう謝罪の言葉を口にして執務机に手を突き深々と頭を下げるグエン大佐。そんなグエン大佐に
「どうか頭をお上げになって下さい、グエン大佐。これも必要な事だったのは理解していますから」
と嫋やかな笑顔で答えるルーツィア。彼女は栗栖とは別にA・C・Oメディカルセンター地下、研究区画責任者シモーヌ・ヘルベルク博士主導による魔法術【猛炎陣】による遠距離攻撃実験を兼ねた作戦に参加していたのである。
標的は英国政府のリンジー・ハフィントン首相。選りにも選って政府の長がロバート・アイオン・タイラーから多額の献金を受けていたのだ。
イギリスの政治献金に上限規制は無く、例え何十何百万ポンドを貰おうとも罪に問われる事は無い。だが今回は世界を敵に回したテロリストからの言わば汚れた金である事、世界中から非難を受ける事は必至であった事から、それ等を危惧したイギリス枢密院からの通達となったのだ。そしてそれはアメリカと同様に共犯者への ” 見せしめ ” と言う意味合いも含まれているのは言うまでもない。
また今回は曲がりなりにも一国の首相である事から、明確に他者からの暗殺行為だと判断されない手段を取らざるを得なく、A・C・O上層部は超能力の第一人者であるシモーヌ博士と超能力より更に異能な魔法術を操るルーツィアに白羽の矢を立てたのである。
その手段は簡単、偵察衛星が捉えた英国ダウニング街10番地の首相官邸から出てくるリンジー首相の映像をモニターでリアルタイムで視認したルーツィアがモニター越しに魔法術を行使したのである。距離にして約5,566km、これまでの魔法術による遠距離攻撃実験の記録更新でもあった。
「だが本来は『異邦人』である貴女を我々は保護せねばならない立場なのにも関わらず、我々の事情に巻き込んでしまっているのも事実だ。それがたとえ貴女の意思だとしても。だからこれはそれに対する謝罪であり私なりのけじめなのだよ」
ルーツィアの言葉を受けて、そうはっきりと言い切ると改めて深々と頭を下げるグエン大佐。それは彼の実直さから来る行動なのだろうが、ルーツィアは少し困った顔をしている。あまり実直なのも考えものであるが、グエン大佐の人柄を知っているだけにルーツィアとしてもなにも言えないでいるみたいである。
「ところでグエン大佐、今回のロバート・アイオン・タイラーのリストに対する他の国の政府の対応は?」
ここでルーツィアへの助け舟として話題を変えるべくグエン大佐に質問する栗栖。
「うむ。東西問わず、各国政府の中枢に居た政府高官複数人への献金や賄賂が軒並み露見した事により、何処の国も未だに混乱状態となっているな。全員が漏れなく懲戒や罷免され、司法機関による捜査と起訴をされている様だ。一部では即日処刑が実行された国もあるらしい。何方にせよ、各国とも国民からの抗議の大規模なデモに見舞われている事もあり、国家機能が麻痺状態に陥っている国が多いな。そしてその機に乗じて他のテロリスト達の活動が活発になって来ているのは君も周知の事実だど思うが」
栗栖の問いに渋い表情を見せながら答えるグエン大佐。事実、自国では対処し切れない国からA・C・Oに対する依頼は急増しており、各地区支部は何処も繁忙を極め、正直猫の手も借りたいぐらいなのを栗栖も聞き及んでいた。
(『アニマ』は死してもなお、この世界を自らが夢想した身勝手な理想に巻き込もうとしているのか……)
世界の混乱ぶりを知るにつけ、暗澹たる思いに駆られる栗栖であった。
「──しかし、これは同時に千載一遇の好機でもある」
栗栖が物思いに耽っていると室内にグエン大佐の声が響く。その声に意識をグエン大佐に指向する栗栖。
「今この時も我々A・C・Oを始めとした各地に存在する対テロ組織の数々が、活性化しつつあるテロ組織に対して功勢を掛けつつあるのだ。無論誰もが世界からテロを完全に根絶出来ない事は理解している。だがテロリスト達が活発に動きを見せている今、奴等の力を大きく削ぐ事は出来る筈だ。我々は対テロ作戦専門の民間軍事会社であり、テロリストに対する攻性組織だ。伊達に──Anti-terrorism / Civilian / Organization──【A・C・O】と名乗っている訳では無いのだ」
グエン大佐ははっきりとした声でそう口にしたのである。それは確固たる意思表示でもあった。
グエン大佐の士官室での話から更に一ヶ月後、混迷に混迷を極めていた世界各国も漸く落ち着きを取り戻し始めていた。
各国とも自国民による大規模な抗議デモを受け、国家統治機関の重要ポスト──大臣や長官、果ては首相や大統領等の国政を司る重要官職は軒並み首を挿げ替えられ、どの国も体制を一新される事となった。そうでもしないと地球規模と言っても過言ではない大規模デモが一向に終息を見せる事が無かったからである。
もっとも一部ではデモに参加した者を片っ端から逮捕すると言う暴挙に出た社会主義国家もあったが、逮捕者の収監能力の逼迫と周辺国を含む全世界的な非難と相次ぐ制裁を与えられ、結局地球規模の民意に従わざるを得なくなったのである。
結果として2008年から始まった世界の多極体制が、一連の事件を経て新たな世界体制へと移行する歴史的転換点を迎える事となったのであった。
またこの混乱に乗じた数多のテロ組織はテロ活動を活性化させたが、各国の新生政府とそこに属する対テロ組織により時間は掛かったが沈静化され、幾つかの小規模なテロ組織はその姿を消す事となった。勿論その影には栗栖達A・C・Oの直接的な対テロ作戦への介入や間接的支援があったのは言うまでもない。
結果として『アニマ』──ロバート・アイオン・タイラーの思い描いていた理想とは違う意味で世界は粛清され、出直しさせられたのであった。
それは後の世に【アイオン危機】と呼ばれ、多くの人々の欲望や野望や狂気に満ちた事象として、遺された人達に深い傷として記憶される事となったのである。
アメリカ マクミラン・ファイアアームズ社
対物狙撃ライフル TAC-50
全長1,448mm/銃身長737mm/重量11.8kg/口径12.7mm(50口径)/使用弾12.7×99mm(.50BMG)/装弾数5発
次回投稿は二週間後の予定です。
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