〖act.42〗終焉 〜神は天にいまし、すべて世は事もなし〜
*残酷な表現がありますのでご注意ください。
「動くな!」
苦難の末にテロリスト『深緑の大罪』が占拠する貨物船「ビスカリア」の操舵室に踏み込んだ栗栖達A・C・Oの第一部隊!
栗栖のデザートテックMDR自動小銃やルーツィアのCZ SCORPIONEVO3A1短機関銃、そして部隊員達のB&T APC-9 PRO K.サブマシンガンが操舵室奥に居るテロリストと思しき武装した集団を指向する中、栗栖が大声で警告を発する!
相手の手にはステアーAUGアサルトライフルやIWIアサルト・ネゲヴ軽機関銃が握られている!
双方の間に緊張が走る中、武装集団の中から「待て」と言う声が聞こえると同時に集団がモーセの海割りみたいに左右に割れ、中央奥から1人の中年の男性が進み出てくる。
歳の頃は50代半ばから後半ぐらい、テロリストがアースカラーの戦闘服の中で白い詰襟の祭服の様な服は異質に見える。顔立ちは白人系であり金髪碧眼、長く伸ばした髪を後ろでひとつに束ねていて、ウェリントンタイプの細いシルバーフレームの眼鏡を掛けている。
その男が左手に手錠付きの小型ジュラルミンケースを、右手に犬の頭の意匠の握りが付いた杖を持ったまま、両手を肩までに上げて栗栖らの前に進み出る。
「止まれ! 誰だ、お前は?」
栗栖はMDRの銃口で男を指向しつつ、鋭い声で誰何する。栗栖の問い掛けに男は顔に笑みを浮かべると
「私の名はロバート・A・タイラー、アイオン・タイラー財団の総裁を務めている者だ。そして私こそが『深緑の大罪』を救世の為に創り出した者でもある。周りの者からは『アニマ』とも呼ばれているがね」
誰もが思いもよらない事を事なげもなく口にするのだった。
アイオン・タイラー財団──それは世界有数の自然エネルギー財団であり、同時に自然保護財団としても有名である。A・T財団は太陽光や風力、波力や潮力や潮汐力、果ては地熱やバイオマスに至る再生可能エネルギーを発電・輸送・燃料に利用する研究と開発・実用化する一方で、地球環境と生物多様性の保全と、その為の調査研究への助成を旨とする財団なのである。
そして世界的にも有数な複合企業体と言う顔も持ち合わせており、その版図も米国に拠点があるAT・Inc.と言う世界的規模の株式会社を始め、傘下企業に国際流通を担うAION商社、身近な所だとアイオン運輸株式会社と言う配送会社もあると言う、意外と我々の身近にいる巨大企業体である。
その財団を統率するトップこそがロバート・A・タイラー、マスコミ嫌いである事で有名な人物で、ただ一度顔を見せた財団の総会での写真が数年前に流出し世界各国のマスメディアを賑わせた事もある。また自然主義者としても有名でもあった。
「お前が……『アニマ』……だ……と?!」
男からの突然の告白に思わず声が上擦る栗栖。知らず知らずのうちに銃把を握る手に力が入り、思わず引金に掛けていた指を引きそうになり慌てて力を緩める。
そうしながらも真っ直ぐに『アニマ』と名乗る男──ロバート・A・タイラーから視線を外す事は無い。他の隊員達も驚きを隠せない様子である。
「そう『アニマ』だ。君達A・C・Oが血眼になって捜していた『アニマ』は私だよ。そんなに驚いた顔をしないでくれたまえ。私がこの日本に来ていた事は君達はとうの昔に掴んでいたのだろう? まあ私自身、教徒以外の人の前にこうして姿を現すのは本当に久しぶりだがね。今回は ” 神の賜物 ” を受け取りにわざわざこんな国まで来たのだが、まさかこんな事になるとはね」
一方のロバート・A・タイラー、いや『アニマ』は何やら愉悦に満ちた顔で栗栖達の前に立っていた。そして両手を上げた姿勢のまま、顔に笑みを浮かべながら話し掛けて来る。
彼が言う” 神の賜物 ” と言うのが『好電性金属腐食菌』の事を指し示すのだろうと直感的に思う栗栖。
「だが私を捕まえても何ら解決しない。既に手遅れだ」
「何を言っている……?」
続けて耳にした彼の言葉の意味が解らず思わず問う栗栖にアニマは更に笑みを深め、北欧神話のアルヴィースの様な全てを知る者かの如く言葉を続ける。
「地球の自然環境が、だよ。この限られた地球上に人類と言う種は増え過ぎたのだよ。推計人口80億人を超え90億に届くかとも言われる昨今、人類は最早地球の自然環境にとって害悪でしかない。地球誕生から46億年、その中で人類と言う種は地球にとってほんの瞬きにもならない時間しか生きて来た間に一体地球の自然に何をして来たか。この母なる地球の庇護たる自然に甘え、自分勝手に作り替えてきたが、一度でもこの地球へ報恩した事があっただろうか? どうかね?」
「…………」
だがそんなアニマの問い掛けに栗栖は沈黙を持って答えるのみだった。
言い返さない栗栖を見てアニマは殊更、自身の有利と感じ愉悦の笑みを張り付かせて饒舌に語り始める。
「答えられないだろう。400万年前に最初の人類種と言われる猿人アウストラロピテクスが誕生し、200万年前に最初の石器を使い始め、180万年前に原人と言われるホモ・エレクトス・エレクトスへと進化し、旧人類と言われるネアンデルタール人の50万年前を過ぎ、我々の直系に当たる新人類クロマニヨン人が現れたのはほんの20万年前に過ぎないと言うのに、人類は何一つ地球と言う自然に報いてないのだ。文明の発達と共に自然を破壊し続け、万物の霊長などと思い上がり、ただひたすら母なる地球の自然と言う居心地の良い子宮の胎内に留まり続け、癌細胞の如く無制限に肥大化し、今にも母なる子宮を破壊しかねない状態であるにも関わらず、その増殖を止めようともしなかった結果がコレだ! だからこそ「神に選ばれし者」である私が今ある文明を全て初期化するのだよ! そして地球にとって過剰となった人類と言う種を粛清し、正しき在るべき道へと導かなくてはならないのだ──ッ!」
いつの間にか上げていた両手を下げ、自身の言葉に酔いしれたかの様に下げた両手を広げるアニマ。その拍子に左手に繋がれたジュラルミンケースに描かれたロゴマークがハッキリと栗栖の目に写る──緑のペイントで描かれた鳩とそれが咥える月桂樹の枝。
その特徴的なロゴマークに脳裏にひとつの場面が思い起こされる栗栖。それは微生物化学研究所でテロリストがD・S・Mを強奪する際に使用していたジュラルミンケースに描かれていたのと同じロゴマーク。
(どうやらアレがD・S・Mで間違い無いな)
目にした一瞬でそう判断した栗栖は、視線と銃口を向けたままアニマに苛烈な言葉を投げ掛ける。
「黙れ、この狂信者が」
「なにっ?」
栗栖の一言でそれまで愉悦に満ち溢れていたアニマの顔が急に強ばる。
「お前やお前の仲間や部下が自分達がした事を幾ら正当化し美化しようとも、お前達が薄汚い殺人者なのは変えようが無い。文明をリセットする? 人類を粛清し正しき在るべき道へと導かなくてはならない? 自分は「神に選ばれし者」だ? 例えお前が神に選ばれたとしても、お前達も俺達もこの地球の自然の一部なんだと言う事を忘れるな。何れ人類全体が緩やかな「死」を迎える事があっても、お前にこの地球の上で今懸命に生きている人達の生命を、生活を、己の独善的な理由で奪う権利など何処にも無いんだ。人は必ず間違える、間違えるからこそ人は進歩し成長し続ける事が出来る。その先にある未来の儚い希望も夢も、それすら奪ってしまった世界には発展も歴史も無い、単なる暗黒郷になってしまう。お前の地球への愛を他人に押し付けるな」
栗栖は感情を押し殺した、しかし熱のある台詞をアニマに向かって投げつける。一方それを受けたアニマは急に激高し
「全くッ! 「神に選ばれし者」である私に何と不敬な! だが何と言われようと私の意思は変わらぬ! 増え過ぎたヒトの粛清と残った人々と新たな文明を築くのはこの私だ! だからこそ「神」は私に誰にも負けない権力と財力を与えたもうたのだから!! 例え貴様等に捕まろうとも、私の一言で直ぐに釈放される! そう、私は世界各国の有力者とも昵懇の間柄なのだ! 私に手を差し伸べる者が居る限り私は、いや『深緑の大罪』は無くなる事はないッ! 私こそが地球の自然を護る者なのだッ!」
そう言うが早い、右手に持つ杖を栗栖に向けて来る! 杖の先に見える銃口!
(!? あれは──仕込み銃か?!)
瞬時にそう判断した栗栖は慌てる事なく
「『思考行動加速』」
頭の中でそう短く思考したのである。
次の瞬間、栗栖は時の流れが酷く緩慢となった世界に居た。事前に即効性の身体強化剤を注射しておいたお陰で、身体への負荷は微々たるものだ。
兎に角『思考行動加速』を発動させた栗栖は、いつものような速歩で約10mの距離を詰めアニマの傍に行くと、腰から抜いた愛用のファイティングナイフで手錠の掛かる左手首を無造作に切り落とし、D・S・Mが入っているジュラルミンケースを切り落とした手首ごとアニマから奪い取った。
そしてリーコンスカウトの刃をアニマの左頚部に、そっと当てると彼に向かい声を掛ける。もっとも『思考行動加速』発動中の彼の声は通常の速度の中にいる者には甲高い高周波としか捉えられないが。
「──俺に殺意を向けてくれて有難う、アニマ──いや、ロバート・A・タイラー。これで俺はお前を殺す大義名分を得る事が出来たよ。お陰で誰憚る事無くお前を断罪する事が出来るんだ」
そう言いつつ栗栖はリーコンスカウトを持つ手に力を徐々に込めながら更に台詞を繋げる。
「こんな事をしてもお前達に殺された詩月姉さんが喜ぶ筈は無いし生き返る訳でも無い。これは俺の単なる自己満足に過ぎないし無論これが正義だとは肯定する気も無い。でもな俺みたいな人をこれ以上増やさない為にも──俺は今だけ喜んで人を殺すよッ!」
そう強く言うなりリーコンスカウトでアニマの左頚部の頸動脈ごと喉を深く切り裂く栗栖。切り裂かれた跡が女の唇の様な真っ赤な口を大きく開き、加速された世界の中で傷口からゆっくり鮮血が溢れ出てくるのを見て、アニマに背を向け戻りかけながら
「……お前が「神に選ばれし者」だと言うなら、きっと神は見捨てないさ。其れはきっと閻魔大王だろうがな……」
後ろを振り向くとそう言葉を投げ掛ける栗栖。そして顔を前に向けると小さく「詩月姉さん……」と呟き、『思考行動加速』を解除する。
栗栖の背後では何かが床に斃れる音が鳴り響いた。
「え…………」
其れは誰の声だったのか。突然喪失した左手首とぱっくりと口を開いた頚部から、噴水の様に鮮血を撒き散らして斃れ伏すアニマを見て明らかに動揺を見せるテロリスト──アニマの側近達! だが彼等が目の前に居るA・C・Oの部隊に報復する事は無かった──いや、出来なかったのだ。何故なら──
「貴方達の信じる神に祈りなさい。【炎霊極炎】」
──ルーツィアが斃れたアニマ共々全員を巻き込んで魔法術を発動させたのだ!
アニマとテロリスト達の身体があっという間に膨張したかと思うと、体内から眩しい光と熱とを放ち、一瞬にして灰燼に帰す! 跡に残されたのは彼等が立っていた床に残る焦げ跡と彼等が持っていた銃器のみ。
「ルーツィア……有難う」
そんな彼女に言葉少なに声を掛ける栗栖。アサルトライフルで彼等テロリストを緊張した面持ちで指向していた他のA・C・Oの部隊員達も、目前で起きた事実に戸惑いながらもゆっくりと警戒態勢を解いて銃を下ろす。
栗栖はアニマから奪い取ったジュラルミンケースにぶら下がったままの、鮮血に塗れたアニマの手首を手錠から引き抜くと、彼が斃れていた付近に積もる灰燼へと無造作に投げ込む。
嘗てアニマと呼ばれていた者の灰燼が、乾いた音と共に静かに船橋に舞う。
栗栖にとっても、そしてA・C・Oにとっても長かった一日は、アニマの「死」を持って幕を閉じたのであった。
IWI(旧 IMI)社軽機関銃
アサルト・ネゲヴ
全長680mm(ストック延890mm)/銃身長330mm/重量7,000g/口径5.56mm/使用弾5.56×45mm NATO弾/装弾数35/150発
仕込み銃(Cane-Gun ケインガン)杖銃
全長(銃身長)66cm/縁打式/口径7.65mm/使用弾.32ショートもしくは.32ロング弾/装弾数1発
*アルヴィース…………北欧神話のドワーフの事。「完全な賢者」、「すべてを知る者」という意味がある。
次回更新は二週間後の予定です。
お読み頂きありがとうございます。




