〖act.40〗擱座 〜狩人蜂と鉄火の蜘蛛〜
テロ決行日当日、11:00。
テロリスト『深緑の大罪』が駆る多脚戦車MT-35【Черный паук】──米国でのコードネーム【ブラックスパイダー】がA・C・Oの追跡を受けつつ、横浜市の山下埠頭に進入したのを確認し、第一部隊から第五部隊の全5部隊からなる栗栖達A・C・Oのテロ対応部隊は山下埠頭手前の山下橋交差点前で一旦停止、敵を急襲すべく直ちに準備に入った。
「クリス、突入はどうするの? 相手はあの多脚戦車よ? 何か良い作戦案はあるのかしら?」
各自装備を確認している中、第二部隊の部隊長でありディビジョンAの指揮官でもあるアンネリーゼ・シュターゲン少佐が、同じく装備確認と準備をしている栗栖に訊ねて来る。
「それについてなんだが──小型遊撃車5台で先行し突入、多脚戦車を撹乱している隙に隊員を載せた人員輸送車を展開、目標に現状での最大火力を集中する、と言う戦術を考えているんだが…… 。これが現状で一番確実性が高い。勿論ルーツィアの魔法術も含めて、になるが」
栗栖もそれに自身が立てた戦術プランをアンネリーゼに話して聞かせる。
「……確かにそれが「上々」ではあるわね……」
聞かされたアンネリーゼも栗栖の立てた戦術に得心し、栗栖がそれに基づく指示をインカムで各部隊へ出そうとした時
《こちらは戦闘指揮所。第一部隊クリス中尉、応答せよ》
不意に戦闘指揮所から呼び出される。
「こちらは第一部隊クリス、どうぞ」
それに直ちに応答する栗栖。すると
《スカルよりクリス中尉宛の暗号電文の通達あり。どうぞ》
との連絡文が?!
「スカルから……だと?!」
その通信に含まれていた呼出符号に驚きを禁じ得ない栗栖。慌てて「了解、送れ」と短く答える。
《了解。暗号鍵は──────》
栗栖の返信に情報圧縮処理された暗号を送信して来る戦闘指揮所。ノートパソコンに送られた暗号を暗号鍵で解読、その内容に更なる驚愕と同時に作戦の成功を確信する栗栖。
《────以上。送れ》
「こちらは第一部隊クリス中尉、了解。内容は確認した。配達便に期待する。通信終わり」
やがて戦闘指揮所との通信を終えると栗栖はアンネリーゼと傍にいるルーツィアに話し掛ける。
「アンネ、ルーツィア、俺達は ” 神の一手 ” を手にしたぞ」
A・C・Oでのコールサイン『スカル』からもたらされた暗号を受け、当初のプランに一部変更を加えた戦術プランを全隊員に通知した栗栖。アンネリーゼとルーツィアには『スカル』が誰なのかは話してあるのは言うまでもない──その正体にアンネリーゼは納得し、ルーツィアは驚いていたが。
「全部隊に通達、こちらは第一部隊クリス。全部隊、準備良いか?送れ」
《こちらは第二部隊。準備良し、どうぞ》
《こちらは第三部隊、準備良し、どうぞ》
《こちら第四部隊、こちらも準備良し、どうぞ》
《こちらは第五部隊、同じく装備良し、どうぞ》
栗栖がインカムで各部隊に問い掛け、どの部隊も準備が出来た事を栗栖へと返信して来る。
「良しッ! 小型遊撃車先鋒隊、突入ッ! 続けて 人員輸送車も突入、速やかに配置につけ!」
全部隊の準備が整ったのを確認するとプラン通りに、山下埠頭への突入を命じる栗栖! インカムの向こうから聞こえる各部隊の部隊長の「了解、指揮官!」と言う声!
続けて一斉に走り出す車列! 先頭には栗栖達第一部隊の26名が分乗した5台のランドクルーザー! それに続くのは人員輸送車の中型バス4台!
車列は山下橋交差点を左折し直線100m余り、更に左折し山下埠頭へと突入する!
「こちらは第一部隊クリス。【Starchaser】の信号を第六係留岸から確認した! 続けッ!」
そうインカムで指示を飛ばす栗栖! 車列は山下埠頭に突入すると横浜水上警察署山下埠頭交番前を通り、突き当たった丁字路を栗栖達ランドクルーザー群と中型バス2台は右に、後の2台の中型バスは左へと進路を変える!
栗栖らはそのまま50mほど進み今度は左へと係留岸沿いに突き進む! すると埠頭の奥、約300m先の第六係留岸に係留されている大型貨物船の左舷に横付けしている様に見える多脚戦車! 此方に「ビスカリア」と言う船名が大きく描かれた船尾を向けている大型貨物船!
(ビスカリアか……確か撫子属の花の名前だった、か?)
船名を見た栗栖の脳裏にチラリとそんな思考が過ぎる。それでも作戦を止める様な愚は冒さない!
「全部隊に通達! 敵を発見! 小型遊撃車突撃!」
《行きます!》
栗栖の檄に他のランドクルーザーに乗る副官のコナー・オーウェル中尉の声が続き、栗栖ら先鋒隊は速度を上げるのだった。
停まっている多脚戦車に向かい突き進む栗栖ら先鋒隊のランドクルーザー5台! 多脚戦車の125mm滑腔砲に指向されない為に5台がそれぞれ左右に分散すると、各々左右に車体を回転させ始める──所謂スラローム走行で多脚戦車に照準されない様に走行接近する!
それに対する多脚戦車は追跡していた第五部隊からの報告通り、対戦車ミサイルの攻撃により砲塔に不調を来しているらしく、先鋒隊のランドクルーザーを思う様に指向出来ずにいた。そして遂に業を煮やしたらしく脚部の車輪を動かし車体ごと旋回すと、ランドクルーザーの車列目掛け砲撃を加えて来た! 火を噴く125mm滑腔砲!
だが絶え間なくスラロームで位置を変え続けるランドクルーザーの群れには、それでは掠める事はおろか当てる事も叶わない。
「こちらは第一部隊クリス! 戦闘指揮所、配達便はまだか?!」
左右に激しく振られる助手席でインカムに叫ぶ栗栖!
《こちらは戦闘指揮所! 第一部隊、あと80秒で配達便は其方に到着予定!》
栗栖の問いにそう答える戦闘指揮所!
「第一部隊各員ッ! こちらはクリス中尉! あと80秒回避に専念しろッ! 60秒後、擲弾発射器は予定通り着色発煙弾を多脚戦車に向けて発射!」
戦闘指揮所からの答えに即座に第一部隊の部隊員に指示を飛ばす栗栖! 「了解!」と短く答える隊員達!
ただひたすら全車回避に専念する事60秒、FN M320グレネードランチャーを装備している隊員の1人が、多脚戦車に向けてグレネード弾を撃ち込む! グレネード弾は多脚戦車に命中したが爆発する事無く地面に落下すると、弾頭部から赤い煙が煙幕花火の様に勢いよく吹き出す! 丁度微風だった事もあり、ほぼ真っ直ぐに立ち昇る赤い煙! すぐさま距離を置く栗栖達先鋒隊!
そして栗栖が戦闘指揮所とやり取りして80秒後──
《A・C・O作戦部隊、指揮官【黒雪姫】。こちらは米陸軍チェックメイトブルー3【ワスプ1】。配達に来た。繰り返す、配達に来た。送れ》
── ” 神の一手 ” が舞い降りた。
「ッ! 来たかッ!」
インカムに届いた聞き慣れないコールサインの通信に喜色を浮かべる栗栖! そして透かさず
「こちらはA・C・O作戦部隊、第一部隊【黒雪姫】! 【ワスプ1】、目標に目印を付けた! 目印は赤! 繰り返す、目印は赤、どうぞッ!」
相手の【ワスプ1】に向けて返答する!
《了解。目標を補足。これより配達を開始する》
栗栖の通信に短く答える【ワスプ1】!
と同時に栗栖達先鋒隊のランドクルーザーの背後から接近する機影! 頭上から聞こえるパラパラパラと言うローター音!
栗栖らランドクルーザーの背後の空に姿を現したのは──米陸軍が誇るボーイング社の攻撃ヘリコプターAH-64E【アパッチ・ガーディアン】! 栗栖が言った ” 神の一手 ” とはA・C・OディビジョンSの司令官、『スカル』ことサミュエル・グエン中佐手配の攻撃ヘリコプターによる近接航空支援の事だったのである!
【アパッチ・ガーディアン】は高度50mにホバリングし、特徴的な縦列複座の前席に座る副操縦士兼射撃手が目標捕捉・指示照準・暗視装置 (アローヘッド)を用いて下方の多脚戦車を指向する! その距離約500m!
だが多脚戦車も車体を回しつつ【アパッチ・ガーディアン】に対して125mm滑腔砲の照準を合わせる! だが!
「【重力弾】ッ!」
栗栖の背後、停車したランドクルーザーの中に澄んだ声が響く! 後部座席に座っていたルーツィアが攻撃魔法術【重力弾】を発動させたのだった!
同時に多脚戦車の125mm滑腔砲の中ほどと二挺の12.7mm口径重機関銃が直径30cmほどの漆黒の球体に包まれる! 一瞬の間を置いて闇が弾けて消えると、そこにあった筈の滑腔砲の砲身と重機関銃が消え去っていた! 大きな音と共に地上に落下する滑腔砲の先端部!
「ッ! 【ワスプ1】ッ! 今だ!」
好機と見た栗栖がコールサインを呼ぶ事すら忘れインカムに叫ぶ!
《了解ッ! 射撃開始ッ!》
【アパッチ・ガーディアン】の射撃手がそう復唱するのと同時に機体下部のM230A1 30mm機関砲、そして小翼の対戦車ミサイルを解き放った!
スズメバチの羽音の様な音で30×113mm多目的榴弾が次々と撃ち込まれ、後方爆炎と共に武装柱から放たれた対戦車ミサイルが多脚戦車に迫る!
それに対して多脚戦車──【ブラックスパイダー】には指向性赤外線妨害装置(DIRCM)らしき物が搭載されているが、それはレーザー目標指示装置によるレーザー誘導、即ちセミアクティブ・レーザー・ホーミング(SALH)のAGM-114ヘルファイアなら有効だっただろう。しかし放たれたのはミリ波レーダーによるアクティブレーダー誘導のAGM-114Lロングボウ・ヘルファイア。DIRCMによる欺瞞は通用しない。
M230A1 30mm機関砲の30×113mm多目的榴弾が多脚戦車の上面装甲の構造物や発動機部分を撃つ中、ロングボウ・ヘルファイア対戦車ミサイルは解き放たれて1秒余りのち、目標上面装甲の上で炸裂! 続けて多脚戦車内部で爆発! 爆発の衝撃で吹き飛ぶ砲塔!
ロングボウ・ヘルファイアは縦列配列の対戦車榴弾であり、先端部の副弾頭が爆発、戦車の爆発反応装甲を起爆するとその後方の主弾頭である成型炸薬が突入する様になっているので爆発が二回となるのだ。
そして更に一瞬後、滞空している【アパッチ・ガーディアン】とは別の方角からもロングボウ・ヘルファイアが飛来、発動機室に命中! 多脚戦車は文字通り吹き飛んだ! どうやら無人僚機からの攻撃らしいと瞬間的に思う栗栖。
【アパッチ・ガーディアン】はデータ・リンク機能が装備されており、MQ-1CグレイイーグルやAH-6Uリトルバード無人ヘリコプター等の無人機とデータを連携・コントロールする事が出来るのだ。
栗栖が停車したランドクルーザーの窓から軍用双眼鏡でミサイルが飛来した方角を確認すると、極めて小さな小型機の影が。
(あれは──恐らくMQ-1Cだな)
そのシルエットを見てそう確信する栗栖。
何れにしても僚機からの駄目押しの攻撃が加えられた結果、栗栖達テロ対応部隊を苦しめた多脚戦車──【ブラックスパイダー】はここに完全に沈黙したのである。
《こちらは米陸軍チェックメイトブルー3【ワスプ1】。作戦終了。送れ》
近接航空支援を終えた【アパッチ・ガーディアン】から通信がインカムに届き、それに答える栗栖。
「こちらは第一部隊【黒雪姫】、了解。貴軍の航空支援に感謝する。どうぞ」
《【ワスプ1】、了解。「魔法使い」に助かったと伝えてくれ。通信終わり》
【アパッチ・ガーディアン】の操縦士がルーツィアへの感謝を平文混じりで述べて通信を終了し、【アパッチ・ガーディアン】は発動機音とローター音を一際大きく響かせると、機体を翻して飛び立った基地──キャンプ座間へと帰って行く。その後ろ姿に敬礼を送る栗栖は、一呼吸置くと
「良し──全部隊に通達、こちらは第一部隊クリス。多脚戦車が横付けしていた大型貨物船にこれから乗り込む! 全部隊、近接戦闘準備!」
最終局面になるであろう大型貨物船への突入の指示を飛ばす! 彼処には微生物化学研究所から強奪された『好電性金属腐食菌』が有るはずなのだ。そして間違いなくそれを護るテロリストも。
各部隊からの「了解です、指揮官」の声をインカム越しに聞きながら、気を引き締める栗栖なのであった。
A・C・Oと『深緑の大罪』の総力を傾けた激戦にいよいよ決着がつくのか──終幕がどうなるか、まだ誰も知らない。
ボーイングAH-64E【アパッチ・ガーディアン】攻撃ヘリコプター
全長17.7m/全高4.95m/全幅5.23m/メインローター径14.6m/最大離陸重量7530kg/巡航速度265Km/h/航続距離483Km
武装/M230A1 30mm機関砲/AGM-114Lロングボウ・ヘルファイア対戦車ミサイル/AIM-92スティンガー空対空ミサイル/ハイドラ70ロケット弾/データリンク機能
MQ-1Cグレイイーグル 中高度長時間滞空(MALE)無人機
全長8m/翼幅17m/全高2.1m/重量1451kg/巡航速度250Km/h
航続距離400Km/ハードポイント×4
AH-6U リトルバード無人機
次回更新は二週間後の予定です。
お読み頂きありがとうございました。




