〖act.4〗 向こうの事情とこちらの世情
『リヴァ・アース』
我々が生きている次元宇宙は幾重にも連なる次元の連続体であり、その連なる次元の一つの中に存在する別の世界──それが ” リヴァ・アース ” なのだそうである。
そこでは『魔法科学』と言う技術が発達し人々はその恩恵を享受しているのだそうだ。
『魔法科学』
魔法と言う体系と科学と言う体系の掛け合わせの技術体系。端的に言うと「魔法で産み出される物理的事象を積極的に利用した科学技術」なのだそうだ。例えば熱を得る為に木や化石燃料を燃焼させたり核燃料を使用したりする所を、魔法なら複雑な化学反応をすっ飛ばし直接熱を得る事が出来るのを利用して発電機や動力機を動かすのだそうだ。
「私はリヴァ・アースの最高研究機関である賢者機関に所属していたの。そこの最高位を修めてね、至上之魔導師とまで呼ばれていたわ」
「なぁ、そもそも魔法って何なんだ? こっちの世界にはそうした力は空想の世界にしか無いんだが」
誇らしげに話すルーツィアに至極真っ当な質問をする栗栖。
「あー、まずはそこから話さないと駄目だったわね。まず──魔法と言うのは」
そもそも世界には「マナ」と言うある種のエネルギーに満ちているのだそうだ。それはこの世界を構築する根幹的な力であり、こちらの世界にも存在するらしい。この「マナ」を物理的事象を起こす力に変換したのが「魔力」であり「魔法」なのだそうだ。ルーツィアみたいに魔法を行使出来る人間には身体の内部に「マナ」を「魔力」に変換する特殊な器官が備わっており、それを使い「魔法」を行使するのだそうだ。
また「オド」と言う「マナ」とは違う人間の持つ潜在的なエネルギーもあり、「オド」は生命エネルギーと捉えられている。「オド」は「マナ」と違い使用すると減少するが、「オド」も「マナ」と同じ体内の特殊な器官で「魔力」に変換出来るのだそうだ。なので「マナ」若しくは「オド」が有れば「魔法」を行使出来るそうだ。
特にルーツィア達魔法使いは自力で「オド」を産み出せるらしい。
「つまりルーツィアは、周りにある「マナ」や自前の「オド」と言う「魔法の素」を「魔力」に変えて「魔法」を使っている……と言う訳か」
「……端的過ぎるけど、その概念で間違ってはいないわね」
「だが君が使ったのは確か「魔法術」と言ってなかったか?」
「えっと、「魔法」とは理に沿わず事象を発現させる事を言い、「魔法術」とは理を組み込んで事象を発現させる事と言われているの。つまり現象の過程が有るか無いかの差ね。起こりえる現象の過程を科学的に秩序建てて術式を組んだのが「魔法術」と言う訳」
ルーツィアの説明はとりあえず納得出来るものだった。栗栖は自分なりに理解して、未だ説明されていない出来事がある事に気付く。
「もう一つ、君はどうしてこの世界に来たんだ?」
単なる事実確認の為の質問だったが、ルーツィアは気まずそうな顔をして言いにくそうに
「えっと……実は……実験に失敗しちゃって」
そう言って俯いてしまう。
「? 何の実験をしていたんだ?」
改めて聞き直す栗栖に対し徐ろにシャツワンピースのボタンを外し肌蹴ると、その胸元を飾る大振りな宝石で飾られたペンダントを見せながら
「この【セラフィエルの瞳】の起動実験よ。またの名は【賢者の石】。これはね、あらゆる魔法や魔法術を増幅する増幅器であり、 ” 世界の記録 ” に接続する為の端末でもあるの。これは私が自らの手で創成したのよ!」
説明してくれるのだが、それがだんだん自慢げになるルーツィアに
「それで……失敗した理由は判っているのか?」
飽くまでも冷静に質問を投げ掛ける栗栖。
「……何その淡白な反応? まぁ良いか…… 。うんとね、私がこの【セラフィエルの瞳】を起動させるのにカバラ値──簡単に言うと必要な魔力の量の設定を間違えたみたいなのよ。設定以上の魔力が供給されて【セラフィエルの瞳】が暴走して ” 世界の記録 ” に干渉してこの世界に飛ばされて来たみたいなのよねぇ」
そう言って片目を瞑り、戯けるルーツィア。
「成程な……つまりこの世界に来たのは全くの偶然と言う訳か」
「クリスは本当に冷静ねぇ……」
飽くまでも自分の姿勢を崩さない栗栖に呆れたみたいに言葉を漏らすルーツィア。
「そんな事は無いぞ」
そう言う栗栖の頬は心做しか赤く視線を合わせようとせず、それを見たルーツィアの顔には「?」が浮かぶ。
「その……いい加減に仕舞わないか? その胸……」
「えっ? きゃっ!?!」
栗栖の言葉に自分が胸元を肌蹴たままだったのに気付くルーツィア。意外とボリュームのある胸を慌てて隠す。
「……見たわね?」
「その、何か色々すまん」
顔を羞恥に染めるルーツィアに何故か謝ってしまう栗栖。意外と純情な男であった。
シャツワンピースのボタンを締め乱れた服装を直したルーツィアはジト目で栗栖を見やる。勿論【セラフィエルの瞳】は仕舞い込んであるが。栗栖は軽く咳払いをすると
「あーっと、君にもこちらの世界の話をしておいた方がいいかな」
そう言って栗栖は語り始める──── 。
西暦20XX年──栗栖達が住まうこの世界の地球と言う惑星では、総人口が80億人を突破し90億に届くかと言う所まで来ていた。それでもこの間に起きた数度の世界的紛争により、その増加は極めて緩やかになっていたが。
世界経済はそれまでトップを走っていた米国が脱落して久しく、一時期は中国が世界第一位になった事もあるが、現在は露・中国・印度・インドネシア・ブラジル等新興国が経済成長に半分以上寄与していた。
「国の名前は解らないけど、この世界にはそんなに人が居るの?! 80億人って!? 私が居たリヴァ・アースは約2億人ぐらいなのに……」
「それだが、何人かの有識者はこれからは人口は減少に転ずると言っているな。それにこの総人口の内、高齢者と呼ばれる人達の人口は増え15歳以下の子供の人口は減っている」
「そもそもクリスは幾つなのかしら? 私は22歳よ」
少し上目遣いで聞いてくるルーツィア。
「俺は今27歳だな。間もなく28歳になる」
「へぇ!? 結構歳上だったのね!」
「一体幾つに見えたんだ……」
「うーんと、24、5歳くらい?」
「そんなに若く見えるのか、俺?」
何となく落ち込む栗栖に慌てて言い繕うルーツィア。
「えっと……そんなに人が多いと食料とかは足りているのかしら?」
「話をはぐらかしたな……まぁ、いいか。食料問題だが一部の国では足りているが、他では足りずに飢餓に苦しんでいる国や地域があるな」
「やっぱりそうなるわよね……それで飢えに苦しんでる国や地域を他の国は助けないの?」
栗栖の話に素朴な疑問をぶつけるルーツィア。内心、話の矛先をずらせてホッとしていた。
「それには国際連合と言う国家間を跨ぐ組織があってな。そこが主導して援助をしているんだが、なかなか儘ならないらしい」
「ふーん、何処でも強国と弱国の格差が大きいのね〜。リヴァ・アースでも似たようなものだったわ」
ルーツィアのぼやきに、どの世界でも似たようなものらしいと思う栗栖。
「まぁ、そう言う事は国のお歴々に任せましょう。私達の手には余るわ!」
「奇遇だな、俺もそう思う。精々自身の手と目が届く範囲で手一杯だからな。人なんて万能じゃない。それより他に聞きたい事は無いのか?」
「そうね……なら貴方達の組織の事を聞かせて欲しいわ。勿論話せる範囲でね」
「わかった。我々A・C・Oとは──」
【A・C・O】とは、テロ対抗民生機構──Anti-terrorism / Civilian / Organizationの略称であり、PMC(民間軍事会社 : Private Military Company)である。構成員は色々な国から集まり人種による差別は無く、実力第一主義の傭兵団で本社は米国に置かれ、世界中のテロリズムと戦っていた。
その中で栗栖は実務部隊であるサミュエル・グエン中佐麾下のディビジョンSに所属していた。従来の軍の組織とは異なり中隊規模(約200人)で師団と名乗っている点は、軍事組織とは言え民間企業である所以である。
「民間企業と言っても階級制度はあって、俺は中尉に属している」
「つまり民間の傭兵団の尉官って訳ね」
「……端的過ぎるが、概ねその認識で間違ってはいないな」
今はその認識で充分だと思う栗栖であった。
「とりあえず、こんな所かしら?」
「そうだな……」
お互いコップのジュースで口を潤す栗栖とルーツィア。
「あと一つ、君は元の世界に帰れるのか? それが唯一の懸念材料なんだが……」
聞きにくそうに尋ねる栗栖。だが当のルーツィア当人は
「帰れるには帰れるわよ」
とあっけらかんと答える。そして再び胸元を肌蹴ようとして……既で手を止め
「この【セラフィエルの瞳】に必要な魔力を貯める事が出来れば直ぐにでもね」
そうはっきり答え、それを聞いた栗栖は「なら直ぐに帰れるんだな?」と胸を撫で下ろす。しかしルーツィアは少し難しい顔をして
「でも直ぐには貯まらないわよ? 実験に失敗した時のと同じ量の魔力を貯めるとしたら、それこそ莫大な量が必要になるし……いま再計算しているんだけど時間が掛かりそう」
そう言葉にする。如何にも残念そうである。
「それは……かなり掛かりそうなのか?」
その台詞を聞いて心配そうに尋ねてきた栗栖に
「ん? そんな事は無いわよ。この世界にもマナが満ち溢れている事は判っているから、それを集めれば大丈夫。大体二年? 三年かな? 少なくとも十年単位では無い筈よ」
あまり気にしてない様子のルーツィアを見て漸く愁眉を開く栗栖。
「だ・か・ら・魔力が貯まるまで貴方達のお世話になりたいんだけど……駄目?」
そう言いながら再び上目遣いで栗栖を見つめるルーツィア。
「まぁ、そう言う事なら何とかしてやりたいが……」
見つめられた栗栖は軽く咳払いをしながら一言答えると
「──シモーヌ、聞いていたんだろ? 彼女はこう言っているんだが何とかならないか?」
今まで黙っていた管制室のシモーヌ・ヘルベルク博士に問い掛ける。
《そうだね。私の研究に協力してくれさえすれば何とかなるかもしれんが》
そう聞かれる事を想定していたらしいシモーヌの声が響く。
「協力するのは構わないけど……強制されるのは嫌よ?」
《勿論そんな事はしないと約束しよう。協力してくれるならルーツィアさんの自由は保証する。なんならクリスをルーツィアさんの世話役にしても構わないよ》
「おい、ちょっと待て! 何故そんな話になる?!」
二人の会話を中断させて抗議をする栗栖に対し
《グエン中佐からの手紙にはクリス、君への指揮権を一時的に私に譲渡すると書いてあったんだよ。だからこれは命令だ、良いねクリス?》
とんでもない事を口走るシモーヌ! あまりの展開に付いていけない栗栖は呆然としてしまう。
《そう言う訳だからルーツィアさん。よろしく頼むね。クリスも良いね? 安心したまえ、この件はグエン中佐に上層部に掛け合って貰うから》
スピーカーの向こうでクックックッと笑うシモーヌに何も言えなくなってしまった栗栖。
「そう言う事なら良いかも……うん! よろしくねクリス!」
ルーツィアの無邪気な声が栗栖の耳の奥でリフレインしていたのであった。
次回投稿は2週間後を予定しています。
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