〖act.39〗追跡戦 〜傭兵、洞察する〜
《こちらは戦闘指揮所。第六部隊、ヤンキー。応答せよ》
《こちらは第六部隊、ヤンキー。感度明良。どうぞ》
《状況を報告せよ》
《了解。現在目標は第二京浜国道を神奈川県方面に向かって進行中。路上走行中だった一般車両は警察機動隊の誘導により排除、目標は凡そ時速30kmまで増速。但し対戦車ミサイルによる攻撃により発動機に不調を来している模様。なお目標は砲塔のダメージも想像以上に深刻な模様、此方は戦車砲による指向はされず。念の為、安全距離500mで追跡。どうぞ》
《戦闘指揮所、了解。なお第六部隊は部隊再編に伴い、以後音表記号が第五部隊に変更。復唱せよ》
《了解。第六部隊は部隊再編に伴い、以後音表記号が第五部隊に変更。送れ》
《戦闘指揮所、受領。第五部隊は別命あるまで任務継続。どうぞ》
《こちらは第五部隊、ヤンキー。了解、終わり》
テロ決行日当日、09:15。
栗栖達A・C・Oの残存兵力の部隊再編と弾薬補給を済ませ、警視庁機動隊が用意した小型遊撃車と人員輸送車四台に分乗し微生物化学研究所を、テロリストの多脚戦車とそれを追跡している第五部隊の跡を追って出発した。
当初は逃走する敵多脚戦車が踏み散らした車両や避難で放置された車両が散乱しなかなか先に進めなかったが、警視庁機動隊と関東地方整備局の尽力によりそれ等も取り除かれ、片側一車線ではあるが人員輸送車の速やかな走行を可能としていた。
「何とかなったわね……」
小型遊撃車の座席に座るディビジョンAのアンネリーゼ・シュターゲン少佐が小さな溜め息と共にそう呟く。彼女は一旦指揮から離れていた栗栖に替わり、残存兵力の再編を指揮していたのである。
第七部隊30名を初めとして死傷者が54名にもなった今、今まで7つだった部隊は内訳として──第一部隊26名、第二部隊30名、第三部隊30名、第四部隊30名、そして第五部隊の30名の全5部隊となっていた。
「済まなかったなアンネ。だが助かった」
「本当に有難う、アンネリーゼ少佐」
助手席に座る栗栖は首を後ろに向けると軽く頭を下げ、ルーツィアもアンネリーゼに頭を下げて謝意を伝える。
因みに小型遊撃車の運転は栗栖のディビジョンSの副官であるコナー・オーウェル中尉が務め、二列目の座席には栗栖の真後ろにルーツィア、その左にアンネリーゼ、更にその後部座席にはディビジョンAの副官であるマリルー・アマースト中尉が座っている。
栗栖らの言葉に軽い笑みを浮かべて謝意を受け取るアンネリーゼ。それに笑みを返しながら栗栖はインカムの送信スイッチを入れ戦闘指揮所を呼び出すのだった。
「戦闘指揮所。こちらは第一部隊、クリス中尉。目標及び第五部隊の動静を報告せよ」
《こちらは戦闘指揮所。目標は第二京浜国道を南下、間もなく入江町交差点に差し掛かる所です。第五部隊は安全の為後方500mを追跡中────今、入江町交差点を左折、大田神奈川線に進入を確認。どうぞ》
戦闘指揮所からの報告にノートパソコンで地図を確認する栗栖。後ろの席ではアンネリーゼが持つ同じノートパソコンを覗き込んでいる。
「これだと──目標は横浜の市街地を抜けて行く公算が大きくなったな」
「ええ、恐らくは横浜の何処かに向かっているとは思うんだけど……」
「それなら恐らく、次の入江橋交差点でどう進むかで判明すると思う。横浜の何処かの埠頭か、或いは横須賀か……」
違うパソコン画面で同じ地図を見ながら話し合う栗栖とアンネリーゼ。すると程なくして戦闘指揮所から報告が入る。
《こちらは戦闘指揮所。目標は入江橋交差点を右折、国道15号に入りました。どうぞ》
その報告を聞いて地図を指で辿ると、唸り声をあげる栗栖。
「うーん、どうやら奴等は山下か本牧、若しくは大黒埠頭の何れかに向かっている可能性が高いな。この分だと恐らく山下か本牧から船で逃亡するのだと思うんだが……」
「ん? その根拠は?」
栗栖の声に今度はルーツィアが疑問を投げ掛ける。アンネリーゼもマリルー中尉も頷いている。
「私も後学の為に教えていただきたいです」
ハンドルを握るコナー中尉も同様だ。栗栖はひとつ頷くと
「山下埠頭は機械類の輸出入が行われているし、本牧は大型コンテナ船が係留出来る様になっていて、何方も外国籍の大型船が多数停泊している。すると当然だが多種多様な国籍の乗務員がそこには集中している筈だ。奴等は『好電性金属腐食菌』を持った少人数のみを受け入れるつもりだったとすると何かと都合が良い訳だ。『木を隠すなら森の中』と昔から言われるしな。勿論大黒埠頭も捨て切れないが、それなら最短距離で向かうには進むべき道が違うから可能性は低いだろうしな。それに最初から航空機での逃亡を計画していたならそれこそ進路が違う。航空機なら乗り込む前に押さえられる可能性が高いしな。そうなると必然的に残る逃亡手段は船と言う事になる。何れにしても奴等にとっても今回の状況は想定外だったはずだ。何せ嫌が上にも多脚戦車は目立ち過ぎるからな」
そう全員に自身の推測を開陳するのだった。
ランドクルーザーに乗る全員が自分の意見に納得したのを見計らい、再度戦闘指揮所を呼び出し指示を出す栗栖。
「戦闘指揮所。こちらは第一部隊、クリス。警察庁警備局国際テロリズム対策課特別対策本部長の藤塚妃警視正に連絡、目標の進行が予測される国際大通り、横浜元町、横浜中華街、山下公園通りと、万国橋通り、本町通り、海岸通り、みなと大通り、そして万が一を想定して首都高湾岸線と横浜ベイブリッジも至急交通規制、遮断させる様に関係各所に要請依頼を。当該地域の外出禁止令も同時に要請依頼。どうぞ」
《こちらは戦闘指揮所、了解。直ちに藤塚警視正に連絡。どうぞ》
戦闘指揮所が復唱を確認し、続けて別の指示を行う栗栖。
「戦闘指揮所。それとは別に横浜市と横浜湾岸局に協力要請。現在山下埠頭と本牧埠頭に停泊している外国籍の貨物船、コンテナ船、貨客船、民間の大型クルーザーの入港管理記録を戦闘指揮所に開示する様に伝達。送れ」
《こちらは戦闘指揮所、了解──少し待て────第一部隊、目標は国道15号神奈川二丁目交差点を左折、瑞穂埠頭方面へ進路を変更。どうぞ》
続けての栗栖の指示にも復唱を返しながら、目標の多脚戦車が進路を変更した事を連絡してくる戦闘指揮所。
「こちら第一部隊クリス、了解。引き続き目標の動向に何かあれば連絡を、送れ」
《こちらは戦闘指揮所。了解、通信終わり》
戦闘指揮所との通信を終えるとノートパソコン上の地図を確認する栗栖とアンネリーゼ。そして栗栖が一言呟いた。
「これは山下埠頭の公算がより大きくなったな」
「でも本牧埠頭の可能性もあるわよ? 何故山下に拘るのかしら?」
ここで栗栖の呟きに異を唱えたのはアンネリーゼ──その視線は厳しい。だがそれに対する栗栖の答えは極めて単純明快なものであった。
「『相手の気持ちになって考える』──アンネ、君が教えてくれた事だ。だから俺は自分がテロリストならどうするか色々と思考したんだ。その結果、距離から言っても山下の方が断然近い。奴等も合流するなら最短距離で合流する筈だからな」
栗栖の答えにアンネリーゼの厳しい視線がフッと柔らかいものへと変わる。そして
「そう、それなら良いわ。流石、的確な判断ね」
一転、頼もしいモノを見るかの様な視線を向けて来るアンネリーゼ。彼女は先の作戦が不調に終わった事により、焦っているであろう栗栖が的確な判断が出来ているか心配したのだ。
栗栖達がそうこうしている間にも逃走を続ける多脚戦車は、千若町二丁目交差点を右折し瑞穂大橋を通過、橋本町二丁目の信号を左折後に右へカーブ、その先を道なり左へ走りみなとみらい橋を渡って行く。するとその先には退避し損ねた一般車両が道を塞ぐ形となり、多脚戦車の進行速度がグッと落ちたと、その後方500mを追跡している第五部隊からの報告がインカムを通じて栗栖らにもたらされる。
《こちらは第五部隊──現在目標は微速────今停止しました。引き続き観測を続行します。どうぞ》
「こちらは第一部隊、了解。此方も其方に5分で合流する予定。オーバ……」
了解と言おうとした栗栖の言葉は第五部隊からの緊迫した緊急連絡に掻き消された!
《緊急事態発生! 繰り返す、緊急事態発生! こちら第五部隊! 目標が進路上の車両群に向けて発砲! 繰り返す、目標が発砲!》
多脚戦車が一般車両に向けて発砲──第五部隊からの報に栗栖達に緊張が走る!
「第五部隊! こちら第一部隊! 民間人への損害は?! 送れッ!」
思わずインカムに怒鳴る栗栖。その声は上擦っていた。
《こちら第五部隊! 目標は無人の車両群に発砲! 車両数台を破壊したのみ! よって人的被害はゼロ! 繰り返す、人的被害はゼロ! どうぞッ!》
第五部隊からの報告に一気に緊張が解け、小型遊撃車の助手席で脱力する栗栖。そして大きく息を吐くと
「そうか……人的被害が無かったのなら良かった……第五部隊、目標の様子はどうだ?」
改めて多脚戦車の動向を確認する。すると
《こちらは第五部隊。目標は──今移動を開始した。どうやら進路上の邪魔な車両を排除する為に砲撃したらしい。第一部隊、どうぞ》
どうやら多脚戦車は進行を再開したみたいである。栗栖は急いでノートパソコンの地図に目をやり
「──このままだと間もなく国際大通り、か」
と地図を睨み思考を深める。その目に映るノートパソコン画面の地図の行く先には横浜の市街地──赤レンガ倉庫や横浜元町、そして山下公園が表記されているのであった。栗栖は徐ろにインカムで第五部隊を伝達する。
「こちらは第一部隊。第五部隊はその場で待機せよ、送れ」
《第五部隊了解。待機する》
そして5分後──栗栖達を乗せたランドクルーザーとA・C・Oの部隊を乗せた人員輸送車の車列はみなとみらい橋を通過し、先程多脚戦車が砲撃した現場に差し掛かり第五部隊と合流を果たす。
現場周辺には砲撃で破壊された車両の残骸や部品が飛び散らかり、それ等を機動隊員や整備局員らが栗栖達を通す為に懸命に車道から退かしている所でもあった。
やがてそれ等も迅速に除去されると、再び第五部隊を含めた車列は走り始める。その頃には既に多脚戦車は国際大通りから赤レンガ倉庫前を通り、横浜税関の裏を通過し横浜税関前交差点を左折、山下公園通りを抜けつつあった。栗栖達との彼我距離は約1.5km、時間にして凡そ2分余りである。
《こちらは戦闘指揮所。目標は山下橋交差点を左折、間もなく山下埠頭に入ると思われる。どうぞ》
程なくして戦闘指揮所から報告がインカムから伝えられる。
《こちらは第五部隊。此方のGPS追跡機でも確認した。どうぞ》
それを裏付けるように第五部隊からも同様の報告が成される。戦闘指揮所と第五部隊はそれぞれ、別々の全地球測位システム信号弾【Starchaser】の信号を受信していたのである。
「こちら第一部隊クリス。戦闘指揮所、第五部隊、了解。少し待て」
戦闘指揮所と第五部隊の報告にそう短く答えると、栗栖は後部座席のアンネリーゼ少佐、ルーツィア、マリルー中尉、そして運転席のコナー中尉に順番に視線を送り、皆が一様に頷くのを確認すると
「こちらは第一部隊、クリス中尉。全部隊に通達。これより総員山下埠頭に突入、作戦を展開する。以上!」
インカムを通して全部隊に檄を飛ばすのだった。
A・C・Oと『深緑の大罪』、双方の総力を傾けた再戦が今始める。
次回更新は二週間後の予定です。
お読み頂きありがとうございました。




