〖act.38〗傭兵、戦力再編と現状把握に努める
「そう、か──作戦失敗、か」
現地時間19:00──米国にあるA・C・O本社ビルのディビジョンSの事務室、その奥にある士官室に座する司令官サミュエル・グエン中佐は日本の警視庁にある戦闘指揮所からの緊急報告に顔色を曇らせる。
《はい、クリス中尉は部隊を再編、弾薬補給完了次第、直ちに追撃戦に移行するとの事です》
グエン中佐の声に戦闘指揮所のジャン・マルタ・ドラクロワ少尉がそう報告を締め括る。
「わかった。引き続き何か動きがあれば報告を」
《了解です、司令官》
そう戦闘指揮所との通信を終えると机の上にあるインターコムのボタンを押すグエン中佐。程なくしてインターコムに出た相手に話し掛ける。
「ジョシュア最高経営責任者ですか? ディビジョンSのサミュエル・グエンです。お話があるのですが少し宜しいでしょうか──」
09:00。戦闘が終了した微生物化学研究所前、その現場に栗栖は居た。そしてもう一人──
「──やられたわね」
今回の作戦部隊の第二部隊を率いていたディビジョンAのアンネリーゼ・シュターゲン少佐である。彼女は戦闘終了後に栗栖が呼び寄せたのだ。
「ああ、完敗だ」
第三部隊と後から合流した警視庁機動隊隊員達が敵部隊の生存者の武装解除と身柄拘束、死亡者の搬出を行っているのを眺めながら、栗栖はアンネリーゼの台詞に言葉少なに答える。だがその言葉の端々には決して諦めていない強い意志を感じさせる、と、その時
「アンネリーゼ少佐、クリス中尉」
彼女の副官であるマリルー・アマースト中尉が、テロリストの死骸や瓦礫を超えながら話をしている2人の傍まで来ると、短く敬礼を執り口を開いた。
「報告します。低床トレーラーと3トン有蓋車で乗り付けた敵テロリスト部隊ですが、死者148名、生存者14名。なお1名は敵多脚戦車に搭乗したのを確認、多脚戦車の搭乗員数は不明。当方の損害は重傷者41名、戦死者13名。重傷者と戦死者は、ほぼ第七部隊の隊員となっております。軽傷者に関しては衛生兵が応急処置を行っています。それと──トレーラーとアルミバントラックは両方ともアイオン運輸株式会社から盗難届が出ていました」
そう締め括るマリルー中尉。この場合の重傷者とは作戦継続が不可能なまでの負傷者の事を指す。銃撃による失血性のショックを起こしかねない、若しくは身体の致命的な部位を撃たれた、と言う以外は戦闘持続性と意味でモルヒネを無針圧力注射器で打つか、フェンタニルと言う麻酔鎮痛薬を棒付きキャンディーで経口投与して戦闘を継続するのがA・C・Oでは普通なのだ。
同じ事は米軍海兵隊も行っている至極普通の事なのである。
兎にも角にもマリルー中尉の報告を受け、そばにいるアンネリーゼと改めて話し合う栗栖。
「マリルー中尉からの報告だと作戦継続が可能な戦力は146人となるが……」
「損耗率27%、何とか作戦継続ギリギリの戦力ね……」
そう言うアンネリーゼの顔色は冴えない。軍事に身を置く者としては第二次大戦の米軍資料で、軍事組織では兵員損耗率が攻撃において、師団20%、歩兵連隊30%、歩兵中隊40%に達したときが戦闘力の限界であったと言われているのを知っているからである。
今回のA・C・Oの軍事行動に於いては歩兵中隊規模に相当する戦力が投入されており、現状の場合だと重傷者と戦死者の数が80名を超えると作戦継続不可能と判断されてしまうのだ。
「兎に角、部隊の再編だな。それと──」
「クリス」
あれこれと考え始めた栗栖にアンネリーゼが声を掛ける。
「何だ、アンネ?」
「ここは良いから貴方はルーツィアさんの傍に付いていてあげなさいな」
アンネリーゼから思いがけない言葉を投げ掛けられ戸惑う栗栖。
「いや、しかし、そんな訳には……」
そんな思わず二の足を踏む栗栖に厳しかった表情を緩め
「意識を取り戻した時に見知った貴方が傍に居てくれれば、ルーツィアさんにとってこんなに心強い事は無いのよ? 部隊再編は私が責任を持ってやっておきますから、ね?」
そう言って彼の背を優しく押して促すアンネリーゼ。その言葉にフゥ、と大きく息を吐くと強ばっていた表情を緩めて頷く栗栖。
「……そうか、そうだな。有難うアンネ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
「ええ、行ってらっしゃい。此方は任せておいて」
そんな栗栖をアンネは笑顔を浮かべて送り出し、彼は衛生兵に任せていたルーツィアの元へと向かうのだった。
微生物化学研究所正面玄関、そこに臨時の野戦病院が置かれており、重傷者軽傷者問わず戦術的第一線救護に基ずき治療が行われていた。
「どうだ、彼女の容態は?」
その一角を訪ねる栗栖。そこにルーツィアは救護担架に寝かされていたのである。顔を見せた栗栖に衛生兵の1人が対応する。
「これはクリス中尉、ようこそ。ルーツィアさんは先程意識を回復されました。今は大事をとって寝てもらっています」
「君は?」
「はい、ルイス・アンヴィル上級曹長であります」
そう言うと小さく敬礼するルイス上級曹長。それに栗栖が同じく小さく答礼を返していると
「──クリス?」
そう小さい声が聞こえ栗栖が顔を向けると、ストレッチャーの上のルーツィアがゆっくりと目を開けて彼に顔を向け、弱々しい笑みを向けて来たのである。
「ルーツィアッ!? 大丈夫か?」
目を覚ましたルーツィアの傍に小走りに進み寄る栗栖。するとルーツィアはストレッチャーから半身を起こしながら
「──ええ、まだ少し頭がクラクラするけど大丈夫よ」
そう言って弱く笑う。そのルーツィアにはルイス上級曹長が近付き呼吸や体温、血圧や脈拍等の生命兆候を即座に計測する。その様子に胸の奥にえも言われぬ痛みを感じる栗栖。
「君に無理をさせてしまった俺のミスだ、済まないルーツィア」
なのでそんな言葉がつい口をついて出る。ルーツィアは一瞬目を瞬かせると、急に栗栖を睨み付けて
「何故あなたが謝るの? 私は私の判断で自分の力を使った結果こうなっただけ。もし貴方が私の立場だったら同じ事をしていたはず。だからそれに貴方が責任を感じる事なんか無いわ。無理をしたのも無茶をしたのも私の意思なんだから」
そう一気に言い切ると、ムスッとした表情をする。ルーツィアのその表情を見てハッとする栗栖。
嘗てルーツィアは栗栖に「人を殺める「覚悟」はある」と言ったが、それは同時「他人に殺される「覚悟」」であり、自身の魔法術と言う「力」を躊躇無く使うと言う「覚悟」でもあるのだ。そしてそれは彼女の揺らぐ事の無い彼女自身の「意思」の表れでもある。
今、彼個人の自己満足な謝罪は彼女の確固たる「意思」を否定する物なのだ、と感じ取り
「……俺はただ、君が心配だったんだ。もし俺の言葉が君の「意思」を否定したのならそれは謝らせてくれ」
素直に頭を深く下げて謝罪する栗栖。すると少し間を置いて
「ぷっ、あはっ、あははははッ!」
吹き出し大声で笑うルーツィアの声が。栗栖が頭を上げるとそこには文字通り腹を抱えて笑うルーツィアの姿があった。
「一体なにを──」
何を笑っているんだ、と栗栖が問おうとすると
「はぁ──ッ、もう本当にクリスは生真面目なんだから。でも好きよ、クリスのそう言うところ」
笑い過ぎて溢れた涙を指で拭いながら、そう話す彼女にはもう先程までの険しさは無かった。
《こちらは戦闘指揮所。第一部隊クリス中尉、応答せよ》
ルーツィアがルイス上級曹長の簡単な診察を終えるのを待っていると、インカム越しに戦闘指揮所から呼び出される栗栖。
「こちらは第一部隊クリスだ。戦闘指揮所どうぞ」
《藤塚警視正をお連れしました、いま替わります──藤塚警視、どうぞ》
栗栖の声に戦闘指揮所はそう答えると、国際テロリズム対策課特別対策本部長の藤塚妃警視正と通信を替わる。
《あの、黒姫さん、聞こえてますか?》
「ああ、藤塚さん。良く聞こえているよ。わざわざ来て貰ってすまない」
インカムの向こうから聞こえる藤塚警視の声はひどく懐かしい感じがした。
《それで? 何か御用ですか?》
「実は──」
栗栖は藤塚警視に戦闘から離脱し逃走した敵の多脚戦車の逃走経路について質問する。この辺に関しては栗栖達の戦闘指揮所と藤塚警視らの特別対策本部とでは、栗栖が藤塚警視に貸与したタブレットPCにより常に情報共有されているからこそ出来るのである。
《本当にこの追跡機は凄いですね──はい、敵多脚戦車は都道418号を南下、都道2号から第二京浜国道に入った所です。現在、第二京浜国道及び進路予測方向の国道県道等の主要道路は大規模災害に伴う交通規制実施要領が適用、それに基ずき交通規制と周辺住民の避難勧告が発令されています。其方に関しては我々警察庁と警視庁で早急に対応しています》
「そうか──敵多脚戦車を追跡している第六部隊の状況はどうか?」
藤塚警視の話を聞き終えると直ぐに戦闘指揮所へ確認を取る栗栖。
《はい、現在第六部隊は安全距離を取り追跡を継続中。敵多脚戦車は路上にある一般車両に進行を妨害されている模様で、平均で時速15キロぐらいで進行中》
戦闘指揮所の担当者は栗栖の問いに状況を簡潔に説明するのだった。
《それと黒姫さん》
状況の把握が出来たところで藤塚警視が口を開く。
「何かな? 藤塚さん」
《国は今回の状況を鑑み「存立危機事態」と判断、自衛隊に防衛出動をさせる動きがあります。現在国会が緊急招集されて警察庁長官と参考人として神村警視長が喚ばれています》
少し気不味そうにそう話す藤塚警視。どうやら彼女は同じ組織である警視庁警備部警備第一課が栗栖らの作戦に、無理やり子飼いの特殊強襲部隊を捩じ込んで来た事に心咎めがあるみたいである。それに気付いた栗栖は
「貴重な情報を有難う藤塚警視。そうならない様に留意するよ」
と労いの言葉を投げ掛ける。インカムの向こう側では藤塚警視が嬉しげな声色で「いいえ」と言う返事を返してくる。
その辺は流石に最初からチームを組んでいただけの事はあり、信頼関係はしっかりと構築されているのだった。
「それで早速で申し訳無いんだが其方とは別件で──藤塚警視には調べて欲しい事があるんだが」
そんな空気を破るかの如く藤塚警視に栗栖は少し張り詰めた声色で声を掛ける。するとインカムの向こうで居住まいを正す感じがして
《──はい、何でしょうか? 私達で協力出来る事なら遠慮なく仰ってください》
そう言って栗栖の言葉を待つ藤塚警視。
「有難う、実は──」
藤塚警視の了承を得た栗栖は邀撃作戦の最中に感じた違和感を口にする。それは敵部隊の手際の良さ。彼等は微生物化学研究所の保管庫室の様々な細菌サンプルの中から、迷う事無く目的の『好電性金属腐食菌』のみを奪取していた、と言うその一点である。
《それってつまり──》
栗栖の話を聞いた藤塚警視の声が強ばる。
「ああ、微生物化学研究所内に内通者が居た可能性が高い。無論何らかの手段で特定した可能性も否定出来ない。だから藤塚警視と長村警部にはその辺の事を調査して欲しいんだ」
飽くまでも可能性の問題だが、と締め括る栗栖。何れにしても其れは日本の警察組織が捜査する事であって、栗栖達A・C・Oは飽くまでも対テロ作戦専門の民間軍事会社であり、テロリストを射殺するのも厭わない攻性組織である。伊達にテロ対抗民生機構──Anti-terrorism / Civilian / Organization──【A・C・O】と名乗っている訳では無いのだ。
《──わかりました。其方の方は至急調査し、結果が判明次第栗栖さんの方に報告を上げます》
藤塚警視は固い声のまま、そう端的に言葉を返し「それでは」と通信を終える。
通信を終えた栗栖はインカムを一旦頭から外すと大きく息を吐く。
様々な思惑や策謀をも巻き込みながら、単なる器物破損事件に端を発した一連の事象は、混沌の度合いを深めて行くのであった。
次回更新は二週間後の予定です。
お読み頂きありがとうございました。




