〖act.37〗Lost in the first round
地の底から響く様な発動機音を響かせ、身震いと共に立ち上がる多脚戦車MT-35【Черный паук】──コードネーム【ブラックスパイダー】! 見る間に車体を地上より2.5mの高さまで持ち上げると、2対4本の脚を動かし車体の向きを変え始めた!
「ッ! 第二部隊! 第五部隊と共に多脚戦車に牽制射撃開始! 第六部隊はまだか?! 」
いきなり動き出した【ブラックスパイダー】に一瞬呆気に取られていた栗栖は、我に返るとインカムに向かってそう叫ぶ! そして続けて
「第一部隊並びに第三部隊は外部の敵部隊と交戦開始! 第二部隊と第五部隊を援護!」
A・C・Oの第一部隊と第三部隊に指示を飛ばす! 保管庫室前の敵は既に栗栖の背後からの強襲により掃討されていたので、全員が遮蔽となっていた壁から身を乗り出すと防弾盾を文字通り盾にして、車体後部を見せている【ブラックスパイダー】の脚元に展開している『深緑の大罪』の部隊に向けて交戦を開始した!
第二部隊と第五部隊に正対する形で交戦していた敵部隊は、背後から強襲・挟撃を受ける形になり一瞬対応に遅れる! そこで一気に攻勢に転じる栗栖達A・C・Oの部隊! H&K M27 IARアサルトライフルが、エンプティ・シェル製XM556マイクロガンが猛然と火を噴き、5.56×45mmNATO弾がテロリストに向けて嵐の様に撃ち込まれる!
栗栖達がテロリスト部隊と交戦している最中にも微生物化学研究所の門道を戻り始めている【ブラックスパイダー】に対して、第二部隊と第五部隊から銃撃が断続的に加えられているのだが相手は重装甲の戦闘車両、5.56mmNATO弾やM240G機関銃の7.62×51mmNATO弾では歯が立たない!
そうしている間にも【ブラックスパイダー】はアプローチをゆっくり移動して行き、このままでは逃走を許す事になるかと思われた正にその時!
《第一部隊、こちら第六部隊! 第七部隊の元に到達! 衛生兵による救護開始! 装備確認──確認良しッ! 直ちに対戦車ミサイルによる攻撃! 距離170! 後方炎、安全確認ッ!》
第六部隊のユニス・エルミート少尉からの通信がインカムに飛び込んでくる! 彼女等は栗栖達第一部隊と第三部隊が【ブラックスパイダー】周辺の敵部隊へ攻撃を開始したのと同時に、【ブラックスパイダー】からの砲撃で被害を受けた第七部隊の元へと駆け付けていたのである!
砲撃で開いた穿孔から見える通りの向こうから小さく後方爆炎が輝くのが見える! 続けて飛翔体が【ブラックスパイダー】に真横上から迫る!
次の瞬間、【ブラックスパイダー】の砲塔で爆発が巻き起こった! プレデターの弾頭が炸裂し砲塔で爆発したのである!
FGM-172SRAW対戦車ミサイルは、先に使ったFGM-148とは違い射手は目標を3秒間追尾する必要がある。これにより内部システムは目標の距離・方向・速度を算出、目標とミサイルの衝突進路を決定する。発射されたミサイルは慣性誘導によりこのコリジョンコースに従って飛翔するのだ。
つまりプレデターは、ジャベリンの赤外線画像による光波ホーミング誘導の様な、目標を追尾するわけではないという点で非常に特異なミサイルなのだ。なので今回は欺瞞装置に惑わされる事無く、見事命中したのである。
流石に決定打とはならなかったが砲塔にかなりのダメージを受けた多脚戦車!
「第六部隊! 対戦車ミサイルッ! 次発、行けるか?!」
その様子を見て取った栗栖は敵部隊への攻撃を継続しながら第六部隊に確認する!
《こちら第六部隊! あと1回行けますッ!》
基本、プレデターもジャベリンも発射器は使い捨てであるが、どうやら予備のチューブは照準器共々砲撃を受けても無事だったみたいである。
「良しッ! 奴の脚部を狙えッ! 撃ち方始めッ!」
栗栖の命令に一拍置いて第六部隊から復唱が返ってくる!
《──後方炎、安全確認! 照準線確定! 発射ッ!》
再度放たれる対戦車ミサイル! しかし着弾寸前、【ブラックスパイダー】の砲塔側面から投射体が射出され空中で破裂、次の瞬間プレデターは空中で爆散したのである!
「ッ! アクティブ防護システム(APS)か?!」
アクティブ防護システム(APS)とは自衛用兵器の一種で、対戦車ミサイルによる攻撃から車体を守る装置である。先程射出した迎撃弾が空中で破裂した際、金属小塊を対戦車ミサイルに向かって散撒き、ミサイルを迎撃したのである。普通の戦車より車高が高い多脚戦車だからこそ出来るのであり、通常は散撒かれたスラッグにより随伴兵士に被害が及びかねない。
初弾が命中したのは運良く防御範囲の外からの攻撃であったか、若しくは搭乗者がAPSのレーダーを起動させて無かったかの何れか。何方にしてもAPSが起動している今は対戦車ミサイルは決定打となり得ない、と栗栖は少し逡巡し、ひとつの決断を下す。
「全部隊に通達! 多脚戦車には構うな!第一部隊、第二部隊、第三部隊、第五部隊は敵歩兵部隊に攻撃を集中! 第四部隊も此方に合流せよッ! 第六部隊は小型遊撃車並びに装備を点検! 待機せよッ!」
中国の兵法書【兵法三十六計】に ” 欲擒姑縦 ” と言う戦術がある。
「擒える事を欲するならまず逃がせ」と言う事で、「もし敵と十分な戦力差が無いならば、窮鼠猫を噛む事態を避けねばならず、敵をわざと逃がして気が弛んだところを捕えるのが最良である。追いすぎれば敵は踏みとどまって必死に反撃するが、逃げ道を与えてやればそちらに向かって逃げようとするだろう。敵を追い詰める事をせず敵の闘志を殺ぎ、力を失わせてからであれば容易くこれを捕えることができるであろう」と言う考えである。
現状に於いては戦力は向こう側に有利であり、全てが当て嵌る訳では無いが、テロリスト達は『好電性金属腐食菌』の奪取を最優先にしている節があり、今またD・S・Mを奪取した多脚戦車【ブラックスパイダー】は速やかな戦場離脱を試みている様子が見て取れた。
それならば疲弊しつつある現状戦力で抵抗するよりも、わざと多脚戦車を逃がし追尾、その間に此方は戦線を立て直しつつ攻勢に転じるのが最も現実的な策である、と栗栖は判断したのである。
無論それを実行する為の伏線は既に張ってあった。それは敵の乗ってきたトレーラーや数台のアルミバントラックを先に破壊した事であり、それによりテロリスト達が分散して逃走する事を未然に防いでいた。
邀撃作戦が多脚戦車と言う思わぬ誤算により頓挫を来すかもと考え、あの時、咄嗟に判断を下した栗栖のファインプレーである。
栗栖の指示を聴いた第二部隊を率いるディビジョンAのアンネリーゼ・シュターゲン少佐以下、各部隊の部隊指揮官から立て続けに「了解です、指揮官!」と復唱が返ってくる。それに続けて【ブラックスパイダー】周辺に展開している敵テロリスト部隊に向けて火線が集中する!
《第一部隊! こちらは第四部隊、イーサン・ハルフォード少尉以下30名! 戦域到達! 直ちに交戦開始!》
そこに第四部隊からの通信が! 彼等は微生物化学研究所裏口から駆け付け、第二部隊並びに第五部隊の戦列に加わったのである! これにより【ブラックスパイダー】に随伴・展開していた敵部隊は、計五部隊による二方向からの挟撃を受け劣勢となった。
また各部隊のM320擲弾発射器装備者が、テロリストに向けて40mm炸薬弾を曲射、それにより更に反攻の火線が弱まるテロリスト部隊! 文字通りの硝煙弾雨の様相を呈する戦場!
だが自身の味方部隊がその様な状況に陥っても援護射撃などをする事も無く、脇目も振らずに微生物化学研究所正面のアプローチから都道418号へと出て行こうとする【ブラックスパイダー】!
(チッ、どうやら奴は本当に味方を見殺しにするつもりみたいだなッ!)
その様子を見て、思わず心の中で舌打ちする栗栖。
「第六部隊! こちらは第一部隊! 【Starchaser】を多脚戦車に撃ち込めッ!」
そしてひとつの指示をインカム越しに伝える。
ここで言う【Starchaser】とは40mmグレネードランチャーから射出される粘着弾で全地球測位システム発信機が入った高耐衝撃カプセルの周りが強力な粘着剤で覆われており、命中後はその強力な粘着剤で目標車両に文字通り貼り着き、車両の位置をGPS追跡機上の地図に表示、安全に相手を追跡出来る様になる特殊装備である。これは万が一、不測の事態が起きた場合に使用する為にA・C・O各部隊に配備されていたのである。
栗栖の指示を受け第六部隊の隊員数名が、【ブラックスパイダー】に向けてM320グレネードランチャーで粘着弾を発砲するのが見える! そのうちの三発が車体に着弾、GPS発信機を取り付けられたらしい様子が見て取れる!
《こちらは第六部隊! 【Starchaser】弾着確認並びに信号確認! 任務達成!》
すると透かさず第六部隊から報告が伝達されて来る!
「良しッ! 第六部隊はそのまま小型遊撃車で追跡準備!目標が移動開始後、直ちに追尾! 但し目標からの砲撃に注意せよッ!」
それに呼応して矢継ぎ早に次の指示を与える栗栖! 指示を受けた第六部隊からは短く「了解!」と復唱の声!
【Starchaser】を撃ち込まれた【ブラックスパイダー】は撃たれた事すら意に介する素振りさえ見せずに、大型低床トレーラーを跨ぎ都道418号へと出ると車線を逆走する形で南下を開始、少しして【ブラックスパイダー】を追い掛ける様に第六部隊が乗った小型遊撃車四台が出発、追跡を開始した。
その一方で微生物化学研究所正面に展開していたテロリスト『深緑の大罪』の部隊からの最後の抵抗の銃声が不意に止む。
「射撃やめ!」
栗栖の短い号令に一斉に射撃を止めるA・C・O隊員達! 急に戦場を静寂が支配する。激しい銃声が止み、硝煙が晴れると折り重なる様に斃れ伏すテロリスト達の夥しい骸がそこにはあった。それでも幾人かはまだ生存しているらしく、骸の山から弱々しい呻き声が聞こえて来る。
「全部隊に通達。各部隊状況確認。各部隊衛生兵は負傷者の救護を。第五部隊は第七部隊のステータスチェック。第三部隊は敵生存者の武装解除と身柄拘束を。第一部隊並びに第二部隊は周辺の警戒を。アンネリーゼ少佐、此方に来てくれ」
インカムで各部隊に次の指示を伝達し、ひとつ大きく息を吐くと、やおら通信を入れる栗栖。
「戦闘指揮所、こちらは第一部隊。応答せよ」
栗栖の声にインカムの向こうの戦闘指揮所が答える。
《こちらは戦闘指揮所。第一部隊、どうぞ》
「例外的事象により邀撃作戦は失敗。保護対象を奪取されたが逃走した敵戦闘車両に【Starchaser】を仕掛け、現在第六部隊が追尾中。其方でもGPS追跡機を確認してくれ。なお第七部隊が敵攻撃により壊滅状態。他にも負傷者多数、直ちに搬送の手配を。本部隊はこれより部隊を再編、補給完了次第追撃戦に移行する。どうぞ」
応答に出た戦闘指揮所に作戦指揮官として淡々と事実のみを報告する栗栖。だがその言葉の端々には必ずや任務を完遂し、テロリスト『深緑の大罪』の野望を阻止せんとする強い意志が感じ取れる。
《こちらは戦闘指揮所、GPSトラッカーを確認、此方でも信号を捉えている。どうぞ》
栗栖の報告に端的に返事を返してくる戦闘指揮所。多くを語らないのは栗栖への信頼なのか。
「良し、戦闘指揮所、そのまま追跡を頼む。それと国際テロリズム対策課特別対策本部長の藤塚妃警視正を呼んで来てもらいたい。どうぞ」
《こちらは戦闘指揮所。直ちに藤塚警視正を呼んでくる。少し待て、終わり》
戦闘指揮所にそう依頼すると一旦通信を終える栗栖。そして改めて戦場だった微生物化学研究所正面敷地に目をやると、第三部隊が敵生存者の武装解除と身柄拘束をしているのが垣間見れる。
(負けた、な。今回は完敗だ。だが──奴等『深緑の大罪』の思い通りには絶対にさせない!)
心の中でそう誓いを新たにすると、未だ混乱の中にある現場へ矢継ぎ早に指示を飛ばす栗栖。
栗栖の、そしてA・C・Oの長い一日は始まったばかりである。
FGM-172 SRAW 《プレデター》
ミサイル直径/14cm
ミサイル全長/70.5cm
ミサイル全幅/14cm
ミサイル重量/9.7kg
信管/レーザー/磁気式近接信管
射程/(対移動目標)17-200m/(対静止目標)17-600m
推進方式/固体燃料ロケット
誘導方式/慣性誘導(INS)
【Starchaser】
GPS信号弾、40×46mm榴弾タイプ
次回更新は二週間後の予定です。
お読み頂きありがとうございました。




