〖act.36〗傭兵達、劣勢となる 〜破壊するモノの強奪〜
遂に『Diejenigen, die Strom und Metall essen』──『好電性金属腐食菌』が保管されている保管庫室へ、テロリスト『深緑の大罪』の侵入を許してしまった栗栖達A・C・O!
それでも何とか奪取されるのは阻止したいのだが、今居る場所から一歩でも近付こうとしようものなら露西亜製多脚戦車MT-35【Черный паук】──米国でのコードネーム【ブラックスパイダー】の二挺の12.7mm口径の重機関銃が火を噴き、容易に接近する事が出来ない。そうこうしている間にもテロリスト達は通路の先、奥まった位置にある保管庫室内部へと侵入し、BSCの横のドアの施錠を解除しようとしている!
(くそっ! このままではッ!)
D・S・Mが敵の手に渡ってしまうのは時間の問題であると焦る栗栖! 多脚戦車が開けた穿孔の外では第二部隊と第五部隊、第六部隊が多脚戦車とその周囲に展開している『深緑の大罪』の部隊を相手に交戦中である。
栗栖の脳裏に一瞬、『思考行動加速』を行使するかと言う考えが過ぎる。が、幾ら思考と行動の速度を100倍にする『思考行動加速』と言えど精々毎秒167m、多脚戦車の重機関銃の12.7mm弾の弾速毎秒860mやAK-47やRPK軽機関の7.62mm弾の弾速毎秒710mの絶え間ない弾幕を避ける術は無い。
(それなら前面の敵を一旦排除するのを優先するか?! いや、それだけじゃなく──)
XM556マイクロガンで5.56mmNATO弾をばら撒きながら懸命に思考する栗栖にひとつの考えが浮かんだ!
「アンネ! 第五部隊か第六部隊に奴等が乗ってきたトレーラーとアルミバントラックを使えなくさせろッ!第一部隊並びに第三部隊の擲弾発射器装備の者は前面敵勢力に炸薬弾を撃ち込めッ!」
咄嗟に思い付いたままにインカムに叫ぶ!
《わかった! 至急第六部隊を当たらせるわッ!》
第二部隊のアンネリーゼ少佐は栗栖からの指示を受け行動に移す! 同時に栗栖達第一部隊、第三部隊は、前面から撃ち合っていた敵部隊に向けて何人かがH&K M27 IARアサルトライフルに装着していたM320グレネードランチャーによる炸薬弾の攻撃を開始した! 如何にNIJ規格レベルⅢクラスの防弾盾でもM320の40mmグレネード弾を防げる訳もなく、着弾と同時に吹き飛ばされるテロリスト達!
「射撃やめ!」
栗栖の声に一斉に射撃を止める第一部隊、第三部隊!
グレネードの射撃が止んだその目前には撃ち倒され、吹き飛ばされたテロリスト達が死屍累々と転がっていたのである。
《第一部隊! こちらは第二部隊! これより第六部隊を向かわせる!》
栗栖達の攻撃が一旦止むと同時にアンネリーゼから連絡がインカム越しに入る!
「よしッ! 続けてグレネードランチャー装備の全隊員はRP発煙弾を装填し多脚戦車に向けて発射! 第六部隊を援護するッ!」
アンネからの通信を受け即座に隊員達に指示を飛ばす栗栖! 指示を受けグレネードランチャー装備者はランチャーに発煙弾を装填し【ブラックスパイダー】に向かい発射! 【ブラックスパイダー】の周囲は忽ち白煙に包まれる!
この白煙は赤燐が燃焼・発生する五酸化二リンが大気中の水蒸気を吸着し発生する煙霧であり、可視光から赤外線の広範囲の光線を遮断する特性がある。なので赤外線センサーは言うに及ばず、測距用や照準用のレーザーを阻害出来るのである。
狙い通り、突然視界を遮られたテロリストの部隊からは「煙幕だッ!」「撃つのをやめろッ!」と声が響き、それまでの激しい銃撃が散発的になる! 勿論【ブラックスパイダー】の視界やセンサーも遮る事になり、その間に第六部隊が速やかに
【ブラックスパイダー】と敵部隊の前を抜けて行く!
そして──別の場所──正確には都道418号側から程なく銃声が鳴り響く! どうやら第六部隊は無事にテロリスト達が乗り付けたトレーラーやトラックの所に到達したみたいである。この間も栗栖達第一部隊や第三部隊、アンネリーゼの第二部隊や第五部隊から断続的に発煙弾が【ブラックスパイダー】周囲に撃ち込まれていた。
《こちら第六部隊、ユニス・エルミート少尉! 目標を破壊!》
事に当たった第六部隊から若い女性の声で通信が入る。どうやら第六部隊はディビジョンAの隊員達みたいである。
彼女等は破壊したトラックをバリスティック・シールド代わりにし、アンネリーゼの第二部隊と第五部隊とは正反対の位置から『深緑の大罪』の部隊目掛け銃撃を開始する!
「良しッ! 発煙弾撃ち方やめ!」
栗栖がインカム越しにそう号令を掛けると即座にグレネードの発射を止める隊員達! それを確認した栗栖はデザートテックMDR自動小銃を背中に背負い直し、戦闘服の右上腕のポケットから無針圧力注射器を取り出すとインカムの向こうに居るアンネリーゼと第一部隊のコナー・オーウェル中尉に向かい
「『思考行動加速』を使うッ! アンネ、コナー中尉、あとは任せた!」
そう言うが早い、無針圧力注射器を左の首筋に当て一気に押し込んだのである!
栗栖が注射した無針圧力注射器は、シモーヌ・ヘルベルク博士が調整した即効性の身体強化剤である。
これを使用する事により栗栖は肉体能力・思考能力を常人の100倍に加速させる超能力『思考行動加速』を安全に発動させる事が出来るのだ。
もしもこの身体強化剤を未使用で『思考行動加速』を発動させた場合、栗栖の心体共に過大な負荷が掛かる事になるのは前回の作戦『正鵠』でも証明されている。なので今回はフィジカルブースターのアンプルを数本用意してあったのである。
兎に角フィジカルブースターを注射した栗栖は、頭の中で『思考行動加速』と念じる。すると同時に彼の周囲の動きがひどく緩慢になった様に感じる。それは彼の思考する速度が100倍に加速された為であり、同時に視力や皮膚感覚も倍加・鋭敏化されている結果である。
『思考行動加速』した栗栖は速歩で保管庫室に歩み寄る。思考と同時に肉体の行動速度も100倍になっているが、100倍に加速された世界では空気は水の様に粘性を持ち、素早く動くのに意外と骨が折れるのだ。無論呼吸にも負荷が掛かる。なので移動も精々速歩止まりなのである。それでもテロリスト達の屍を踏み越え保管庫室に到達するまで実時間で0.3秒も掛からない。
流石に銃弾の雨を避ける事は叶わないが、移動や対人戦闘の手段として使うには『思考行動加速』は申し分ない能力なのである。
保管庫室の開け放たれたドアを抜けると直ぐにBSCの横のドアの前まで行く栗栖。キャビネット横のドアは解錠されており、閉じられたドアの向こうには侵入したテロリスト5人が様々な微生物が研究用に仕舞われた冷凍庫から小箱を取り出し、特徴的なロゴマークの付いたジュラルミンケースに入れようとしていた。
通常こうした研究室では研究用のバクテリアやウイルス、DNA等は微量遠心管にグリセロールと共に数ミリリットル封入し、液体窒素で瞬間冷凍した物を冷凍庫で保管しているのだ。
(あのロゴは──AT・Inc.の物だな)
恐らくは奴等がジュラルミンケースに仕舞おうとしている小箱が『好電性金属腐食菌』なのだろうと直感的に思う栗栖!
そのまま閉められたドアのノブに手を掛けようとして──自身が『思考行動加速』を発動中であった事で思いとどまる。『思考行動加速』発動中に閉められたドアを開けようとすると凄まじい空気の抵抗を受け、開ける事ができず下手をするとノブを破壊してしまうのを思い出したのだ。
仕方なく床に伏せる姿勢を取り、一旦『思考行動加速』を解除してキャビネットの影からゆっくりドアを開ける栗栖。
一方、保管庫室内に居たテロリストの1人が突如としてキャビネット横のドアが開いたのに気付きAK-47をドア付近に向けて乱射する! 当然伏せた栗栖の頭上を7.62×39mm弾が掠めて行くが匍匐しているので安全は確保されている! だが安心したのも束の間、保管庫室の中から開いたドアに転がり出る金属製の円筒!
(ッ! 特殊閃光発音筒か?!)
栗栖が円筒の正体に気付き『思考行動加速』を発動させようとするが、スタングレネードが800万カンデラの閃光と180デシベルの爆発音を発するのが早かった!!
(くっ、しまったッ!)
次の瞬間、栗栖は閃光と大音量に包まれ状況把握を喪失──云わば「見当識失調」に陥ってしまったのである!
感覚を失って数秒後、閃光と大音量に喪失した視覚と聴覚、そして体の感覚が戻り始めた栗栖。感覚が回復してくると同時に疑問が頭を擡げる。
(何で俺は生きている?奴等、とどめを刺して行かなかったのか?)
やがて完全に視覚や聴覚等の感覚を全て取り戻すと、ゆっくりと身体を起こしつつ保管庫室内をそっと覗き込むと、そこに居た筈のテロリスト達の姿が跡形もなく消えていた。
(どうやら奴等、D・S・Mの奪取を最優先したらしいな。俺を撃つ間さえも惜しんだらしい)
室内と自身の状況からそう判断する栗栖。その時、回復した聴覚が通路側からの銃撃音を捉えた!
自分の状況を直ぐに確認し終えるとMDRを水平待機姿勢に構え、姿勢を低くしながら通路へと向かう!
保管庫室のドアの影に身を隠し、顔を少し覗かせるとA・C・Oの第一部隊と第三部隊の二部隊と、いつの間にか微生物化学研究所《IMC》の通路に再び侵入している『深緑の大罪』の部隊30人が交戦している最中であった!
それを確認するなり即座に右膝を床に着き膝射の姿勢を取る栗栖! 銃床を右肩に当て頬付けすると、HWSで照準を定めてMDRの安全装置を【安全】から【単射】へと切り替え、テロリスト達の背後から引金を引いて発砲! 同時に『思考行動加速』を発動させる!
.300AAC弾が0.1秒──栗栖の体感時間で10秒毎に MDRの消炎器からマズルフラッシュと共に撃ち出され、その都度鈍い反動を受けるが『思考行動加速』で100倍に倍加した反射速度でそれ等を抑え込む! 撃ち出された7.62mm弾は栗栖の100倍に加速された視力には、秒速850mも引き伸ばされ秒速8.5m──凡そ原動機付自転車並の速度で動いているかの様に視認されている。
そうして栗栖は30人の背後から全員に的確に狙いを定めて7.62mm弾を撃ち込んだのである! その間、実時間で僅か3秒と言う早業であり、テロリスト達は自分が誰に撃たれたかを知る間も無く殲滅されたのであった。
これこそ魔法使いの如き栗栖のコードネーム【黒雪姫】の謂れを現すモノに他ならない。
「第一部隊、第三部隊、射撃やめ!」
テロリスト達を背後から挟撃した栗栖は『思考行動加速』を解除し、即座にインカムで指示を与える。栗栖の指示に直ちに射撃を止める第一部隊と第三部隊。栗栖は第一部隊と第三部隊の二部隊の元に急ぎ戻ると
「コナー中尉、状況報告を!」
手短に自分に代わり第一部隊と第三部隊を指揮していたコナー中尉に、自分がスタングレネードで行動不能に陥っていた間に何があったのかを確認する。
「はい! クリス中尉が突入した直後に保管庫室からスタングレネードによる物と思われる閃光と激しい音を確認、更にその直後に保管庫室からテロリスト5人が出てきて攻撃をしてきたので応戦。それと前後して外部から新手の部隊30人が侵入、バリスティック・シールドを展開し保管庫室からの5人を護りつつ外へと誘導し、うち1人が多脚戦車に乗り込んだ模様ですッ!」
早口でそう状況を報告するコナー中尉。既に煙霧は消え去っていて、【ブラックスパイダー】は姿勢を低くしている。どうやらテロリストを搭乗させる為に車体を下げたらしい。
一方外では第二部隊と第五部隊、そして第六部隊が断続的に敵性部隊と交戦を継続中である。
状況を確認し終えた栗栖の耳に届く、鈍く響く発動機音! それまで沈黙を保っていた【ブラックスパイダー】が身震いすると再び活動を開始したのである! 再びゆっくりと立ち上がる【ブラックスパイダー】!
その姿に再び栗栖達A・C・Oに緊張が走るのであった。
H& K M320グレネードランチャー
全長350mm/銃身長280mm/重量1500g/口径40mm/使用弾40×46mm擲弾
次回更新は二週間後の予定です。
お読み頂きありがとうございました。




