〖act.35〗傭兵と暴虐者、防勢と攻勢
*残酷な表現がありますのでご注意ください。
テロリストが投入した多脚戦車MT-35【Черный паук】──米国でのコードネーム【ブラックスパイダー】の両腕に備え付けられた二挺の12.7mm口径の重機関銃が栗栖達A・C・Oの第一部隊を指向する!
「ッ?! 総員退避ッ!」
栗栖が一瞬の判断で第一部隊の隊員達に指示を飛ばす! 第一部隊が直ちにテロリストとの交戦を継続しつつ崩れていない壁側へと速やかに移動するのと、【ブラックスパイダー】の重機関銃が火を噴くのが同時であった!12.7×108mm弾が立て続けに、ついさっきまで彼等が伏せていた床目掛け撃ち込まれる!
(しまった! 特殊強襲部隊隊員達が?!)
特殊強襲部隊の隊員達を助け損ねた事に焦る栗栖! 激しい銃撃は床を穿ち、倒れ伏している特殊強襲部隊に迫る! 何人かが脚や腕を吹き飛ばされ苦悶の声や悲鳴を上げる!
「ッ! 【魔法障壁】ッ!」
その時ルーツィアの声が通路に響き、重機関銃の射線上に居た特殊強襲部隊の隊員達と重機関銃の間に仄かに輝く壁が生まれ、12.7×108mm弾を弾く!
ルーツィアが【防御魔法術】の【魔法障壁】を発動させたのだ!
「くっ!? は、早く皆んなを避難させて! そんなに長く持たせられないッ!」
隊員達に向け手を翳しながら少し苦しげに言葉を発するルーツィア。以前シモーヌ・ヘルベルク博士の検証実験で、【魔法障壁】は保護対象の範囲が広く、且つ術者と保護対象の距離が離れていると魔力の細密な制御が格段と難しくなる、とルーツィア自身が言っていた事を思い出す栗栖。
更に今は重機関銃の12.7mm弾を防いでいるので、ルーツィアに掛かる負担は如何ばかりか。それを瞬時に悟った栗栖は
「総員、直ちに負傷者を救助! 急げ!」
と檄を飛ばし、自らも特殊強襲部隊の隊員達を助けに駆け寄る! 怪我の程度を確認する暇も無く、通路を引き摺る様に安全圏まで全員を運び出す! 同時に【魔法障壁】が消え、ついさっきまで隊員達が倒れ伏していた床を激しい銃撃の嵐が吹き荒れる!
被害は出たが間一髪であったと、安堵の溜め息をつく栗栖がルーツィアに礼を言おうと顔を向けると、彼女は床にへたり込んでいた。
「?! ルーツィアッ!」
戦闘中と言う事を忘れルーツィアの元に駆け寄る栗栖!
「大丈夫か?!」
「え、ええ、何とか……制御に負荷が掛かり過ぎて頭が痛いけどね……」
栗栖の問い掛けに痛む頭を押さえつつ何とか答えるルーツィア。その言葉は酷く弱々しかった。
そうしている間にも『狂気の番人』の構成員と思しきテロリスト達が、砲撃で出来た穿孔から侵入して来て栗栖らに向けて銃撃を仕掛けて来た! その数、凡そ40人!
「くっ!? 牽制射撃開始!」
それに対し特殊強襲部隊とルーツィアを背後に護る様にし、デザートテックMDR自動小銃とH&K M27 IARアサルトライフルで応戦する栗栖達! .300AAC弾と5.56×45mmNATO弾がテロリスト達に撃ち込まれる!
だがテロリスト達は防弾盾で栗栖達の銃撃を防ぐ! .300AAC弾も止められているのを見ると、どうやら使っているバリスティック・シールドはNIJ規格レベルⅢクラスの物みたいである。
栗栖達も土嚢の阻塞からバリスティック・シールドを持って来て防御しつつ応戦するが、如何せん栗栖達の方が些か不利な状況であった。敵からはAK-47やRPK軽機関銃から7.62×39mm弾が次々と撃ち込まれて来る!
《第一部隊、こちらは第二部隊! 第五部隊、第六部隊と合流。多脚戦車と敵部隊に牽制射撃を開始する!》
その時インカムから聞こえてきたのは第二部隊を率いるディビジョンAのアンネリーゼ・シュターゲン少佐の声! 同時に【ブラックスパイダー】の背後から銃撃が加えられる!
だが敵は背後からの強襲にも混乱する事無く的確な射撃で応戦する! どうやら強襲に備え保管庫室に入らず、穿孔の外に予め部隊を展開していたみたいである。
(此奴ら、戦い慣れしている!)
一連の流れの中、その統制の取れた動きを見た栗栖はそう直感的に思う。そしてそれはひとつの確信へと栗栖の思考を導く。
それは──襲撃して来たのは想定していた『深緑の大罪』の下部組織『狂気の番人』では無く、『深緑の大罪』そのものだと言う事実。
そうで無くては、この統制の取れた行動に説明がつかない。
その事実を肌で感じ取った栗栖は思わずインカムに向かい叫ぶ!
「全部隊に通達! こちらは第一部隊! 敵は『深緑の大罪』本隊の可能性が高い! 繰り返す、『深緑の大罪』の可能性大!」
敵は『深緑の大罪』本隊の可能性が高い──栗栖の指摘にその場に居るA・C・O全部隊に緊張が走る!
その意味する所、それは相手が熟練した戦闘員であると言う事に他ならない。素人に毛が生えた程度の三流テロリストでは無いと言う事であり、流石に脅威度ランクSと認定されたテロリスト集団だけの事はあると言う事なのだ。
《──つまり敵も本気って訳ね。これは厄介ね》
インカムの向こうでアンネリーゼが苦々しい口調で話し掛けてくる。それは往々にしてそうした奴等『深緑の大罪』本隊の兵士は、死兵である事が多い事から来る嫌悪を含んでいた。
死兵とは「目的の為には死をも厭わない兵士」と言う意味であり、こうした奴等が一番厄介なのを知っているからである。奴等は死を恐れない分、戦闘に於ける負傷には一切の躊躇が無いのだ。それは特に戦闘に於いて地力の差として表れる。現に今もじりじりと栗栖達A・C・Oが圧されつつあった。
「ッ?! こちらは第一部隊!第七部隊、あと何分だ?!」
テロリストに応戦しつつインカムに叫ぶ栗栖!
《第一部隊、こちら第七部隊! あと5分、いや3分で到着する!》
問い掛けに早口で返答をする第七部隊! 唯一の対戦車装備の対戦車ミサイルは彼等が持っているのだ。装備だけでも第一部隊に置いておくべきだったと後悔する栗栖! だが戦況は待ってはくれない。
その時、後ろからテロリストに向けて銃撃が!
「指揮官、ルシンダ・メラート少尉以下、第三部隊30名合流! 援護します!」
背中越しに聞こえる頼もしい声! 第三部隊が増援として駆け付けたのだ! M27 IARを発砲しつつ、散開隊形で栗栖達第一部隊の戦線に加わる第三部隊!
これにより今まで圧されつつあった戦線は辛うじて持ち直したのであった。
戦線は持ち直したが栗栖達が防勢である事に変わりはない。現に今もバリスティック・シールドの向こうでテロリストの何人かが、奪取部隊として保管庫室の生物災害マークの付いた扉の施錠を解除しようとしている最中なのである。
微生物化学研究所はBSL(生物安全基準)がレベル2であり、近々つくば市にある理化学研究所バイオリソースセンターのBSL-4施設に移す予定だったらしい。
とにかく栗栖達は何とか敵の目的である『Diejenigen, die Strom und Metall essen』──『好電性金属腐食菌』の奪取を阻止したいのだが、敵の守護が思いの外固く、また今いる位置から少しでも前に出ようとすると【ブラックスパイダー】の重機関銃が火を噴き前進が出来ずにいたのである。更に言えば断続的とは言え交戦を続けているので予備の弾薬が心許ない。
逆転の為の3分が酷く長く感じる栗栖なのだった。
焦れる様な3分が経過し、不意にインカムから声が響く!
《第一部隊、こちら第七部隊! 戦域到達! 直ちに対戦車ミサイルによる攻撃開始! 距離200──後方炎、安全確認ッ!》
遂に待ち望んでいた第七部隊が戦線に到達し、目下の障害である【ブラックスパイダー】に対しFGM-148対戦車ミサイルによる攻撃を開始する!
「第二部隊! 第五部隊と第六部隊と共に退避! ミサイルによる火力支援が来る!」
第七部隊からの通信を受け、即座にアンネリーゼ達に退避を通達する栗栖!
30秒後、生き残った微生物化学研究所各所の監視カメラのひとつに、遠くでミサイル本体が射出用ロケットモーターによって発射筒から押し出されるのが映る! これは云わば「コールド・ランチ方式」と呼ばれており、数m先に飛翔した後に安定翼が展開、同時に飛行用ロケットモーターが点火されるのだ。監視カメラには後方爆炎を放ち飛翔体が鋭く飛んでくるのが確認出来る!
発射から急激に上へと軌道を変え飛翔するミサイル! これは発射後、一旦高度150mまで上昇し目標の上部から襲い掛かるトップアタックモードと言うもので、戦車等の装甲車両の薄い上面装甲を破壊する目的の為である。
このまま対戦車ミサイルが【ブラックスパイダー】に命中するかと思われた刹那、上空から突っ込んできたミサイルの軌道が不意にぶれ、目標である【ブラックスパイダー】から外れて地面に着弾する! 着弾地点にはテロリストの一部隊が居たが、うち数人が爆発に巻き込まれた!
「なッ?!」
《外れた?!》
目標を外した事に唖然となる栗栖とアンネリーゼ! だが直ぐにその原因に行き当たった栗栖は「欺瞞装置か!?」と口にする。
実は【ブラックスパイダー】には指向性赤外線妨害装置(DIRCM)と言う赤外線誘導ミサイルの赤外線シーカーをレーザーで幻惑する装置が搭載されていたのである! それに気付いた栗栖は第七部隊にFGM-148では無くFGM-172SRAW対戦車ミサイルへの変更を命じる!
だが敵はそれを許すほど甘くは無かったのである。
第七部隊がジャベリンからプレデターに切り替えている間に【ブラックスパイダー】の砲塔が旋回し、125mm滑腔砲が次弾を放とうとしている第七部隊を指向する!
「ッ?! 第七部隊、敵主砲が指向している! 退避しろッ!」
生き残った監視カメラの映像で気付いた栗栖の警告の叫びも虚しく、次の瞬間には第七部隊に狙いを定めた125mm滑腔砲が火を噴く!
放たれた砲弾が散開していた第七部隊の一角に着弾する刹那!
「【魔法障壁】ッ!!」
ルーツィアの叫び声と共に砲弾が第七部隊の手前、空中で爆発する!
それまで後方で休んでいたルーツィアが再度【魔法障壁】を発動させたのだ! 凶悪な爆風と衝撃波が急激に拡がり第七部隊が爆発に巻き込まれる!
そして絶望的な爆発が収まると、そこには腕や脚、或いは頭を吹き飛ばされ倒れ伏している隊員達の姿が!
やはりルーツィアの【魔法障壁】では125mm滑腔砲を完全に防ぐ事は出来なかったみたいで、凄惨な状況が監視カメラから見て取れる。
あまりの事に言葉を失う栗栖。アンネリーゼもインカムの向こうで押し黙る。次の瞬間、床に誰かが倒れ込む音が栗栖の耳に届き、其方に向けた視線の先には倒れ伏すルーツィアの姿が!?
「ルーツィアッ!?」
思わず交戦中だと言う事を忘れ、戦線から駆け寄る栗栖!
「ルーツィア! ルーツィアッ!!!」
その体を抱き起こしながら声を掛け続ける栗栖! だがルーツィアの目は閉じられたまま、呼吸が苦しげである。幾度か声を掛けても反応を示さないルーツィアの身を栗栖は案じるが、今は戦闘継続中だと言う事もあり、気掛かりだが後方の衛生兵に預ける事にする。
その一瞬だけ栗栖達A・C・Oの部隊の火線が弱まった事もあり、再びテロリスト部隊に圧され始める栗栖の部隊! その状況を打破する為に猛然と応戦する栗栖達! だが一度傾いた天秤は徐々に傾きを増して行く!
そして遂にバリスティック・シールドの防護の隙を抜いて来るテロリストからの銃撃が増え、それにより徐々に戦線から離脱する負傷者が増え始める第一部隊と第三部隊!
外ではアンネリーゼ率いる第二部隊と第五部隊、そして第六部隊がテロリスト部隊に善戦している様だが、此方もこちらで旗色が悪い。
栗栖もMDRからGE製のXM556マイクロガンに持ち替え猛然と5.56×45mm NATO弾の弾幕を張るが、この状況を変える手立てにはなり得ず焦りが募る。
そして遂にD・S・Mが保管されている保管庫のロックが解除され、テロリストの奪取部隊の侵入を許してしまったのであった。
FGM-148《ジャベリン》
直径/(ミサイル)127mm、(発射筒体)142mm
全長/(ミサイル)1.1m、(発射筒体)1.2m
重量/22.3kg
弾頭/8.4kgタンデム成形炸薬弾頭
射程/(ダイレクトアタックモード)65m-2,000m/(トップアタックモード)150m-2,000m
推進方式/固体燃料ロケット
誘導方式/赤外線画像(IIR)・自律誘導
次回更新は二週間後の予定です。
お読み頂きありがとうございました。




