〖act.34〗傭兵、戦端を開く 〜鉄火の蜘蛛〜
テロ決行日当日、午前7時──
栗栖達A・C・OのディビジョンSとディビジョンAの隊員総勢200名は全て予定通り午前4時には、警視庁と警視庁機動隊が保有するマイクロバス十数台に分乗し微生物化学研究所まで移送され、それぞれ配置に付いていた。
この後午前8時に合わせて微生物化学研究所前を走る首都高速2号目黒線並びに都道418号線は、警視庁機動隊により交通規制される手筈になっている。
《──全部隊に通達、こちらはアルファワン。応答せよ》
アルファワン──戦闘指揮所より通信が入り、各隊の状況の確認がされる。
《こちらは第三部隊、微生物化学研究所敷地内、配置完了。どうぞ》
《こちらは第四部隊、こちらも微生物化学研究所敷地内に配置完了。どうぞ》
《こちら第五部隊、微生物化学研究所周辺を警戒。どうぞ》
《こちらは第六部隊、同じく微生物化学研究所周辺を警戒。どうぞ》
《こちらは第七部隊、微生物化学研究所東方面600mのエリアにある高層建築物は全て点検済、どうぞ》
第三部隊から第七部隊までが戦闘指揮所に答え
《こちらは第二部隊。微生物化学研究所裏口敷地内に待機、配置完了。どうぞ》
続けてディビジョンAのアンネリーゼ・シュターゲン少佐の声がインカムから聞こえて来る。全員が配置についた事を確認して
「アルファワン、こちらは第一部隊。所定の配置に付いた。総員準備完了、送れ」
最後に栗栖が自ら率いる第一部隊の確認を送り、これで全ての配置が完了したのであった。
栗栖達第一部隊は正面玄関のロビーカウンターから研究室、そして保管庫へと続く通路の奥に土嚢を幾重にも積み重ねた二重の阻塞を構築、その後ろに防弾盾を備え、文字通り「盾」としてその後ろに陣取っていた。
土嚢は早朝に到着して直ぐに設営した物で、これは裏口敷地内に陣取っているアンネリーゼの第二部隊も同様に土嚢を積んで阻塞としている。
栗栖達第一部隊は、その気になればルーツィアに【防御魔法術】の【魔法障壁】を展開して護ってもらう事も可能なのだが、今回は余程の事が無い限りルーツィアが魔法術を使う事は無いと思われた。
そして当然の事ながら微生物化学研究所の内部には職員及び研究員は居ない。彼等だけで無く微生物化学研究所を中心に半径1kmの範囲に住む住人には外出禁止、半径600mの範囲の住人には避難勧告を警察庁から日本国政府を通じ発令してもらい、この周辺600mに居るのは栗栖達A・C・Oと警視庁機動隊のみである。
A・C・O全部隊にはH&K M27 IARアサルトライフルが標準装備として配備されていたが、第一部隊と第二部隊にはエアバスA400Mで運び込んだ重装備が優先的に配備されていた。
因みにGE製のXM556マイクロガンは栗栖の予想と違い栗栖の第一部隊に弾薬箱数箱と共に配備され、アンネリーゼの第二部隊にはM240G機関銃と弾薬箱数箱が配備された。これは近接戦闘になる第一部隊の方にはXM556マイクロガンが適しているだろうと言うアンネリーゼの判断である。
何れにしてもこれで『狂気の番人』そして『深緑の大罪』を迎え撃つ準備がひと通り整ったのであった。
午前7時45分──
栗栖は阻塞の奥でノートパソコンを使い、各部隊の状況を戦闘指揮所からの報告と共に逐一確認をしつつ、微生物化学研究所外部の監視カメラの映像に注視していた。
決行時間まであと15分足らず、午前8時には時限爆弾が仕掛けられていた目黒駅を始めとした七ヶ所で擬似的に大きな爆発音が起きる手筈になっている。それと同時に機動隊が周辺600mの交通を規制・遮断し、民間人への被害を最小限に抑える事になっているのであった。
ノートパソコンの画面は四分割されており、幾つもある監視カメラの映像が30秒単位で切り替わって行くのを黙って見つめている栗栖。
午前7時50分──まだ交通規制される前なので微生物化学研究所前を走る都道418号を何台かの普通車やバス、大型低床トレーラーやトラックが通過して行くのが映る。画面が切り替わると周辺を警戒している機動隊員の姿が写り込んで早朝の街に似つかわしくない光景が垣間見れた。
その時、栗栖のインカムに戦闘指揮所からフォネティックコードを使わない通信が飛び込んで来る、それの意味する所は緊急だと言う事であり急いで出る栗栖。
「こちらクリス。戦闘指揮所どうぞ」
《指揮官、戦闘指揮所のジャン・マルタ・ドラクロワ少尉です。A・C・O情報部から緊急連絡。其方の端末に情報を転送します》
栗栖が出るとジャンと言う若い士官が慌てた口振りでそう告げると、続けてノートパソコンにデータが転送されて来る。そのデータに直ぐに目を通す栗栖の顔色が見る間に変わった。その時ノートパソコンの画面に表示されていた時刻が午前8時になろうとしていた。
「全部隊に通達! 各員、最大級の警戒を怠るな! 敵は──」
インカムの回線を全開放にしてそう叫ぶ栗栖! 次の瞬間、耳に飛び込んできたのは遠くの爆発音! 予定通りに爆発を偽装した音である。
続けて指示をしようとする栗栖の目にノートパソコンに映された監視カメラの映像が飛び込んで来る。そこには南方向から都道418号を機動隊員の制止を振り切り此方に突っ込んでくる、ほんの10分程前に微生物化学研究所前を通るのを見かけた低床トレーラーが映る!
(しまった! アレがそうなのか!?)
その様子に焦る栗栖! その栗栖を嘲笑う様にトレーラーは、微生物化学研究所前まで来ると急停車するのだった。
微生物化学研究所の前に横付けした謎の大型トレーラー!
「全部隊に通達! 敵襲! 第三部隊、第四部隊、第五部隊、第六部隊は不用意に近付くな! 敵は──」
栗栖の言葉に呼応するかの如くトレーラーの荷台に積まれているモノが不気味なエンジン音と共に身震いをすると、その身の高さを急激に増して行き、自らを覆う帆布のシートゴムとロープを次々と引きちぎり、遂にはシートをも破り姿を現したのは──
「──新型陸戦兵器を投入して来ているッ!」
──鈍い金属音と共に甲殻類の様な太い脚をアスファルトの舗装に音を立てて接地させる、蜘蛛の様な姿形をした4本脚の機械だったのである!
先端に丸い球の様なタイヤが付いた太い脚でガードレールや公衆電話ボックスを踏み潰しながら、重厚なエンジン音と共にトレーラーから完全に降りる4本脚の重機の如き機械!
その車体の上には破壊の象徴たる大口径の砲を備えた砲塔が存在しており、車体下部より前方に突き出された腕に相当する部分にはこれまた大口径の重機関銃が2挺取り付けられている。
これにはトレーラーを追って駆けてきていた機動隊員も度肝を抜かれたらしく茫然とその場に立ち尽くしている。だがそれは栗栖達も同じであり、全くの想定外な出来事に全員の思考が一瞬停止していた。
《──アレは一体何なの……?》
呼出符号すら忘れたアンネリーゼの呟きがインカム越しに聴こえる。彼女も手持ちのタブレットPCで此方の映像を見ているのだ。傍に居るルーツィアも「アレはクモの人造人形……ううん、ロボット?」と驚きを隠せないでいる。
栗栖は通信回線を解放にしたまま、全員に聞こえる様にアレの正体について話し始める。
「アレはMulti-Legged Tank──多脚戦車だ。主要各国が数年前から次世代の装甲戦闘車両として極秘に研究開発していた代物だ。さっき情報部から『深緑の大罪』が武器商人と取引した記録が出てきたと言う緊急連絡が来た」
そこまで言うと言葉を切る栗栖。誰かが息を呑む音がインカム越しに微かに聴こえる。それを聞きながら栗栖は話を続ける。
「『深緑の大罪』が買ったのは露西亜で開発されていた多脚戦車MT-35【Черный паук】──米国でのコードネームは【ブラックスパイダー】と呼ばれている奴だっ!」
《そんなのを手に入れていたなんて……》
栗栖の説明を聞いて絶句するアンネリーゼ。その言葉はこの場に居る全員の思いを代弁するものだった。
そうしている間にも多脚戦車──【ブラックスパイダー】は4本脚を器用に使い、微生物化学研究所の門道へと進みいると砲塔を旋回して、微生物化学研究所建物の壁に大口径砲──125mm滑腔砲を向ける!
「ッ?! 総員砲撃に備えよ! 対爆防御姿勢!」
それに瞬時に反応した栗栖が第一部隊の隊員達に向かい怒鳴る! ルーツィア達全員がその場に蹲り、口を開け耳を塞ぎ目を瞑る姿勢を取るのと同時に、【ブラックスパイダー】の125mm滑腔砲が火を噴く!
耳を劈く轟音と共に激しい爆風が部屋から通路に居る、対爆防御姿勢を取る栗栖達の上を駆け抜けて行く!
そんな栗栖達に構う事無く第2射、第3射、第4射を放つ【ブラックスパイダー】! 塞いだ耳に届く砲撃音に為す術もない栗栖達! 125mm滑腔砲の4連射をもろに受け、その壁面と内部の壁に大きな穴が穿たれる微生物化学研究所!
そして不意に砲撃が止み一瞬辺りに静寂が訪れる。砲撃音が止んだのを確認してそろそろと体を起こす栗栖達第一部隊のメンバー。
栗栖は手元のノートパソコンの画面に武装した複数の影が映し出されていたのを確認する! どうやらトレーラーの後に続いて数台のアルミバントラックで乗り付けて来たみたいだと、画面の隅に映るトラックを見てそう判断した栗栖はインカム越しに叫ぶ!
「全部隊に通達! 敵を発見!」
そして続けて第一部隊のメンバーに「行くぞ!」と声を掛けるのだった。
栗栖の鼓舞する声に即座に体勢を立て直し、砲撃を受けた部屋に姿勢を低くしつつ急行する栗栖と第一部隊!
そこは外壁から内側3枚の壁が破壊されており、保管庫室前のホールまでに大きな穴が開けられていた。恐らく【ブラックスパイダー】は榴弾を使用したのだろうと推察する栗栖。
保管庫室前を警護していた金岡健吾警視正以下の警視庁警備部警備第一課特殊強襲部隊の隊員達は爆風に全員吹き飛ばされ床に倒れ伏していた。栗栖は即座にインカムで戦闘指揮所に通信を入れる!
「アルファワン、こちらは第一部隊! 緊急事態発生。負傷者多数。救助活動に入る。送れ!」
そうして倒れている特殊強襲部隊の隊員達を助けようと駆け寄ろうとした正にその時、左手の砲撃で出来た穴から不意に銃撃が浴びせられる!
咄嗟に床に伏せる栗栖達! 銃撃して来たのは砲撃で開いた穴から侵入して来たテロリスト達だった!
「全部隊に通達! こちらは第一部隊! 総員交戦開始! 繰り返す、総員交戦開始!」
栗栖はインカムにそう大声を張り上げると背中に回していたデザートテックMDR自動小銃を伏射で構え、安全装置を【安全】から【単射】へと瞬時に切り替えると、迷わず引金を引き絞る!
ルーツィアも伏せた姿勢を取るとベレッタARX-160A2アサルトライフルのセイフティを切り替え、テロリストに向けて立て続けに撃ちまくる! 他のメンバーもM27 IARを伏せながら構え、一斉に射撃を開始する!
.300AAC弾が、5.56×45mm NATO弾が、電源が落ち薄暗くなった室内から外から銃撃して来ているテロリスト達に向けて、発火炎と激しい射撃音と共に自動小銃から放たれる!
「こちらは第一部隊! 第二部隊は配置を第四部隊と替わり第五部隊と第六部隊と共に多脚戦車と敵部隊に牽制射撃! 第三部隊は此方に合流! 第七部隊も対戦車装備を持って至急第二部隊に合流せよ!」
テロリストと交戦しながら矢継ぎ早に指示を出す栗栖! 部隊唯一の対戦車装備である対戦車ミサイルは第七部隊が機動隊から貸与された小型遊撃車に載せていたのである。彼等が到着するまでの数分間は現状の戦力で耐え凌ぐしかない。
ルーツィアの【魔法障壁】が125mm滑腔砲の直撃に耐えられるか未知数の今、それしかないと歯軋りをする栗栖。
だがそんな栗栖達を再び嘲笑うかの様に、テロリストの背後でそれまで沈黙していた【ブラックスパイダー】が、その両腕に備え付けられた重機関銃の銃口を応戦している栗栖達第一部隊へと指向するのだった!
FN M240G機関銃
全長1246.6mm/銃身長627mm/重量11.6kg/口径7.62mm/使用弾7.62×51mmNATO弾/装弾数ベルト給弾式
ロシア製多脚戦車(MLT)MT-35【Черный(チェンニー) паук(パウク)】
全長6.2m/全幅2.8m/全高3m(直立時5.5m)/重量18.6t/乗員数不明/装甲チタンセラミック複合材/主砲125mm滑腔砲/12.7mm口径重機関銃×2
次回更新は二週間後の予定です。
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