〖act.33〗軍議 〜傭兵と警察、告白と軋轢〜
目黒駅で時限爆弾らしき不審物が発見され、対応の為にディビジョンAのアンネリーゼ・シュターゲン少佐が副官のマリルー・アマースト大尉と共に現場に向かった後、微生物化学研究所周辺半径300mで同様の爆弾らしき不審物の発見が相次いだ。
目黒駅以外に在東京泰王国大使館領事部と駐日印度尼西亜共和国大使館の建物と宗教団体の会館と3つのマンションの合わせて七ヶ所に仕掛けられており、栗栖は同席していた国際テロリズム対策課特別対策本部長の藤塚妃警視に警視庁機動隊爆発物処理班の応援を要請した。
暫くしてアンネリーゼの部下で爆発物処理の専門家であるヘレン少尉から処理を終えた不審物の解析報告が上がって来る。
結論から言うと発見された厚さ1cm縦16cm横8cmの金属製のケースはやはり爆弾だった。内部は酸化銀電池が接続された、光センサーと振動センサーと第4世代移動通信の送受信機が組み込まれた電子回路と、そこから伸びる瞬発電気雷管と120立方cm200gのプラスチック爆弾の改良型が密封されており、充分な殺傷能力を持つ代物であった。設置した後に2.3-2.4GHz帯の第4世代移動通信を利用してタイマーを起動させる様になっている、とは解析を終えたヘレン少尉の談であった。
「何にせよ発見出来たから良かったが……」
タブレット端末に映る一連の報告を読む栗栖の顔色は冴えない。アンネリーゼは引き続き現地に留まり、他に爆弾が仕掛けられていないかの調査を指揮するとの事なので其方は任せるしかない。
何方にしても最悪の事態は免れたのだが、万が一、爆弾の存在に気付く事がなければ多大な犠牲を出しかねなかった事実が栗栖に重くのしかかっていた。だが──
「──兎に角、先ずは自分が出来る事を、だな」
──即座に気持ちを切り替える栗栖。爆弾の処理方法に関しては専門家のヘレン少尉が展開している各班や爆発物処理班に通達しているので余程の事が無い限りトラブルは起きないだろうと思ったからだ。
自分が出来る事は戦闘指揮所で現場に立つ隊員全員に不安や混乱を与える事無く、迷いなく的確な指示を与える事なのだと、コナー・オーウェル中尉をA・C・Oからの増援部隊の出迎えに横田空軍基地へ向かわせる手配をしながら、頭を擡げかけていた負の感情を払拭する栗栖。
その傍らではルーツィアが頼もしいモノに向ける眼差しで栗栖を見つめていた。
その後、新たに爆弾が発見される事も無く戦闘指揮所に安堵の空気が流れる。発見された爆弾は全てディビジョンAの隊員達と警視庁機動隊爆発物処理班の手で無事処理された。
そして翌日早朝05:07、横田空軍基地にA・C・Oからの増援部隊がエアバスA400Mに乗り14時間のフライトを経て到着した。
このアトラスはアンネリーゼ達やコナー中尉達が乗ってきたのと同じ小改造が施されている機種であり一度に最大120名もの人員を輸送する事が出来るのだ。今回増援部隊としてディビジョンAとディビジョンSからそれぞれ一中隊、計120名が投入されていた。
増援部隊の出迎えには栗栖の命を受けたコナー中尉が出向き、自分達の時と同じ様に手配された警視庁機動隊の人員輸送車四台に増援部隊を分乗させ、戦闘指揮所がある警視庁本部庁舎まで移送し先行の即応部隊と合流、そのまま栗栖の指揮下の戦闘指揮システムへと組み込まれた。
こうして戦闘指揮所の運用要員を除いた総勢200名が、『狂気の番人』並びに『深緑の大罪』への対抗戦力となったのである。
そこで栗栖は戦闘指揮所を『A1』、麾下の小隊30名を『A2』とし、アンネリーゼ麾下の中隊50名を『B』と『C』、増援部隊の二中隊を『D』『E』『F』『G』の六部隊に分け、計七部隊をそれぞれ展開させる事を決めた。そして──
「注目!」
アンネリーゼの声に全員が一斉に起立し栗栖に傾注する。
ここは警視庁本部庁舎の多目的室のひとつ、そこに十列横隊で立ち並ぶ隊員達。その中には藤塚警視と特別対策本部副本部長の長村直生警部の顔も見て取れる。それに答礼を返しながら「楽にしてくれ」と促す栗栖。そして全員が着席したのを見計らい口を開く。
「では今回の作戦を説明する。先ず──今回は様々な要因が絡んだ関係上、此方は準備が万全とは行かない状態だ。だが現状出来うる手は尽くしたつもりでいる。あとは皆んなそれぞれの個々の能力と判断に期待せざるを得ない」
そこで一旦言葉を切る栗栖。全員が謦ひとつせず注目している。
「そこで今回は──」
会話を再開した栗栖がそこまで言うと、不意に多目的室のドアがノックされた。
「──はい」
栗栖が返事を返しドア近くにいた隊員がドアを開けると
「失礼する」
見慣れない男性が短く挨拶をすると、そのまま部屋の中に入ってくる。そして栗栖の前まで行くと敬礼をし
「貴方が指揮官か。私は警視庁警備部警備第一課、特殊強襲部隊の金岡健吾警視正。其方の作戦に協力する様、指示を受けてきた」
そう言ってきたのである。栗栖は訝しみながらも答礼をし
「A・C・O部隊指揮官の黒姫栗栖中尉だ。此方は特殊強襲部隊が参加する事は連絡を受けていないのだが?」
と答礼を解きつつ返事を返す。だがそれに対し金岡警視は
「我々は上司である警備部長から指示を受けてきただけだ。其方に連絡が来てない事までは関知していない」
と鮸膠も無い。そんな様子を見て
(これはアレか、手柄の為に無理矢理ねじ込んできたな)
と直感的に感じ取る栗栖。米国を初めとする各国の警察組織との合同作戦で、幾度も経験したくだらない事実が日本にもある事に暗澹たる思いに駆られる。それは藤塚警視らも同じ思いであるらしく苦虫を噛み潰したような顔を見せていたのである。
途中思わぬ邪魔が入り、話の腰を折られた形にはなったが特殊強襲部隊の金岡警視にも空いていた席に着いてもらい、仕切り直す栗栖。
「──では改めて作戦を説明する。手元にある資料を見てもらえればわかるが今回の作戦は敵を邀撃する。理由に関しては先ず──先日発見された時限爆弾を解析したヘレン少尉からの報告が関係している。発見された爆弾は第4世代移動通信の電波で設置後にタイマーが起動する様になっていたのは全員周知の事実だが、あの通信システムはタイマー起動だけでは無く、一定時間に向こうに信号を送る機能も有していた」
その言葉に少しざわめきが起きるが直ぐに収まり、栗栖は話を続ける。
「この隠し機能に関しては、報告を上げた後もヘレン少尉が続けて爆弾の解析を行ってくれた結果判明したものだ。向こうに信号を送信する時間が3時間毎だったが、運良く発信後に爆弾が処理された点、それにいち早く気付いたヘレン少尉の発案で各爆弾の同じ周波数帯でのダミーの信号を3時間毎に発信する様に細工した為に爆弾が処理されたのが敵に気付かれていないだろう点。以上2点を踏まえ、テロリスト達を殲滅する為にも目標である微生物化学研究所に誘い込んでの要撃とする」
「ひとつ良いかな?」
栗栖の話が一区切りするのを待って途中参加の金岡警視が手を挙げ、栗栖は「どうぞ」と手を向ける。
「我々特殊強襲部隊は飽くまでもテロの鎮圧と犯人の検挙に主眼が置かれている。攻勢に出る訳には行かないので今回は微生物化学研究所内でテロリストの目的である細菌の保管庫付近の警護を申し出る」
手を向けられた金岡警視は栗栖にそう話を切り出す。その言葉に再びざわめきが起こるが
「……良いでしょう。では保管庫の警護はお任せします」
一瞬逡巡した栗栖の答えに満足気に頷くと「では我々は一足先に微生物化学研究所へ向かう事にする」と言って、金岡警視は話もそこそこに部屋を出て行ったのである。
「クリス、良かったの?」
金岡警視が退室した後、アンネリーゼが席を立って栗栖の傍に歩み寄ると含みのある台詞を言って来た。その台詞には「警護をやらせて良かったのか」と「黙って行かせて良かったのか」と言う2つの意味合いがある事は栗栖に直ぐにわかった。
「構わないさ。彼等には彼等の意地があるんだろう。それに俺達が付き合う義務は無いがな」
そうぶっきらぼうに言い切ると改めて全員に向き直り
「──状況が変わったので一部配置隊形を変更して対応する。第一部隊は微生物化学研究所正面で邀撃、第二部隊は観測に着いている班と合流後、裏手敷地内で邀撃、第三部隊は第一部隊の、第四部隊は第二部隊の支援として内部に突入した敵を外から攻撃、第五部隊と第六部隊は遊撃、適時戦況の変化に気を付けろ。第七部隊は微生物化学研究所の北東から東方向600m近辺にある高層建築物を全て点検、狙撃に警戒。明日の08:00が時限爆弾のタイマーから逆算で導き出された奴等の決行時間だ。寄って我々の作戦開始時刻は明朝07:00とする。現場への移動は04:00から順次行う。各員準備は怠らない様に。では解散!」
そう指示と檄を飛ばす栗栖。栗栖の檄に起立し一斉に敬礼で答える隊員達。そして準備の為に一斉に部屋を出て行くのを栗栖は見送ると
「藤塚さん、長村さん、ちょっと話したい事があるんだが──」
席を立って退室しようとしていた藤塚警視らに声を掛ける。
「はい? 何ですか、黒姫さん?」
「何だ、どうかしたか?」
栗栖の声に近くに歩み寄って来る2人。栗栖はルーツィアにも声を掛け傍に手招くと、改めて口を開くのだった。
「実は2人に黙っていた事があるんだ──」
そう切り出して藤塚警視らに今まで隠していたルーツィアの事実を話す栗栖。それはこのあと任務でルーツィアが魔法術を行使するに当たり、ちゃんと真実を伝えるべきだと言う栗栖の判断であるのは言うまでもない。
栗栖は2人に、ルーツィアが異世界から事故でこちらの世界に来た異世界人である事、彼女が居た世界では魔法術──魔法が普通に使われていた事、そして彼女は向こうの世界では至上之魔導師と呼ばれる存在であった事、今はA・C・Oで保護されている特別な存在である事、真実全てを話して聞かせるのだった。
突然の栗栖からの告白に言葉を失う藤塚警視達。それでもたっぷり時間を掛けて告白の内容を咀嚼したらしく
「はぁ……初めてルーツィアさんにお会いした時に何か浮世離れした感じがしたんですが、そう言う事だったんですね……」
溜め息混じりにそう思いを声にする藤塚警視。そして
「……ったく、異世界とかってぇのは小説やアニメの世界だと思っていたんだがな……だが黒姫中尉もその当事者の1人って事なんだろ? それに今更そんな嘘をついた所で誰得だって話だしな……」
頭をガシガシ掻きながら、ぼやく様に自身の思いを口にする長村警部。2人ともにルーツィアを異端視する素振りは見えず、寧ろルーツィアの身の上に同情的ですらあった。
「2人とも本当に済まなかった」
「本当にごめんなさいっ」
そんな藤塚警視達に栗栖と当事者であるルーツィアは深く頭を垂れて謝罪する。それに対して「いや、其方にはそちらの事情かあったのだから」と慌てて謝罪を受け取る2人。
その時何かに気付いたらしくルーツィアに質問を投げ掛ける藤塚警視。
「もしかして、ルーツィアさんが日本語を話せるのも、その魔法によるものなんですね?」
「ええ、そうよ」
その質問に端的に答えるルーツィア。本当は【セラフィエルの瞳】が持つ【世界辞典】と言う機能でお互いが理解出来る言語に変換されているのだが、それを説明すると色々面倒なので今回は端折る事にしたみたいである。
兎に角そのルーツィアの返答を聞いて藤塚警視は納得し、ひとつ大きく息を吐くと
「はぁ、この際です。もう私達に隠している事はありませんよね、黒姫さん?」
と少し咎める様な物言いで栗栖に向かい詰問して来る。
「本当だ。もうこれ以上脅かしっこ無しにしてくれよな」
長村警部も少しげんなりしているみたいな物言いで栗栖に確認を求めて来るが、「ああ、もう隠し事は無いよ」と苦笑混じりに答える栗栖。
何れにしてもこれで後顧の憂いは無くなったな、とほんの少しだけ心が軽くなる栗栖であった。
──『狂気の番人』がテロを決行するまであと1日もない。
*セムテックス/プラスチック爆弾の一種。チェコ共和国のセムティン・グラスワークス(現イクスプルージア)で開発された。別名「テロのC4」。
次回更新は二週間後の予定です。
お読み頂きありがとうございました。




