〖act.29〗傭兵と公安、リ・ターゲティング
テロリスト『狂気の番人』の構成員の1人、スハルト・ハッタと思しき遺体が持っていたアルミ製のカプセル型の煙草入れ。
栗栖は立ち会っていた鑑識員に許可を取ると白手袋を着けた手で保存袋を開けると血がこびり付いたシガーケースを手に取る。
外観には何の飾りも無い密閉型のシガーケースを角度を変えながら見ていた栗栖は、徐ろにスクリューキャップを捻り開ける。中には紙巻き煙草が4本収められており別段変わった所は見受けられなかったが、栗栖はシガーケースから全部の煙草を抜き去るとケースの底を確認する。
そして何かを見つけたらしく、ケースをひっくり返して左掌に向けて振ると、中からラップに包まれた縦1.5cm横1.2cmの薄い板の様なモノがポトリと出てきたのである!
「!? 黒姫さん、それは?!」
事の成り行きを固唾を呑んで見守っていた藤塚妃警視が栗栖に尋ねて来るが、それには答えずラップを慎重に剥がす栗栖。そして現れたのは──
「SDカード──か」
──1TBのマイクロSDメモリーカードだったのである。端子部を汚さない様に慎重に指で摘み取ると、破損が無いか確認する栗栖。
幸い目立った破損は見受けられず、急いで藤塚警視にクルマからタブレットPCをキーボードごと持ってきてもらうのだった。
持ってきてもらったタブレットPCのカードリーダーに見つけたSDカードを差し込む。もちろん規格は確認済である。
タブレットPCがSDカードを認識し、程なくフォルダが表示されるとタッチパッドを操作してクリックする栗栖。すると意味不明の文字が乱列した画面がタブレットPCのディスプレイ一面に浮かび上がる。それを見て藤塚警視と長村直生警部が慌てるが、同じ画面を見ていたルーツィアは「やっぱりね……」とこうなる事を予想していたみたいな反応である。
一方の栗栖は「ふむ……」と呟くとフォルダを一旦閉じ、今度はA・C・Oのホストコンピューターに接続するとSDカードのフォルダをクリックし、データをホストコンピュータへと転送する。その一連の流れを呆けて見ていた藤塚警視が、我に返って栗栖に尋ねて来る。
「く、黒姫さん、今のは一体……?」
「ん? ああ、コレは恐らく『深緑の大罪』からの指令書だと思う。さっきのは特定の算法で乱数化されていた所為でああ言う画面になったんだよ。今データはA・C・Oのホストコンピューターで解読しているから直ぐに結果が出るはずだ」
藤塚警視の至極真っ当な疑問に栗栖は噛み砕いてわかりやすく説明するのだった。
数分のちモバイルPCに解読変換出来たデータが転送されて来た。栗栖が送られてきた解読データのフォルダを開いてディスプレイ上に表示されると、皆一様にディスプレイを食い入る様に見つめる。今度はちゃんとした文字が表示されている──勿論英語に疎いであろう管轄警察署の鑑識員や捜査員にもわかり易く日本語とカタカナに変換されてであるが。
そしてそこに書かれていたのは──
「──これはやはり指令書だな。コードBC3100、東京IMCニテD・S・Mヲ入手、作戦実行セヨ、作戦実行日ハ……この日付だとあと4日後になるな」
表示されたひと通り内容を読み終えると顔を上げる栗栖。
「コードBC3100かぁ……東京IMCって何かしら? それにD・S・Mって言うのも何なのかしらね?」
一緒に見ていたルーツィアが指令書に記された幾つかの符号に対する疑問を口にする。
「それよりも、あと4日後って事はあまり余裕が無いじゃ無いですか?!」
片や同じ画面を見ていた藤塚警視は焦りを声に滲ませる。やはり同じ画面を見ていた長村警部は顎に手を当て何事かを考えて込んでいたが──
「──黒姫さん、藤塚警視、ルーツィアさん。事ここに至ってはエディ・ヴィルトールと緑川樹人の2人を指名手配すべきじゃないのか? 俺達の捜査でスハルト・ハッタを含む3人は『狂気の番人』の構成員だと言う事が裏付けられた訳だし、たった今上層部を動かせられるだけの情報も手に入った。何より奴等2人はスハルト・ハッタを始末したのは間違い無いだろうしな。こちらに時間を掛ける猶予が無い今、殺人事件の容疑ですぐさま指名手配して奴等の動きを少しでも封じるのがベターだと思うんだが」
その熟考した結果を栗栖らに提示する。それを受け栗栖とルーツィア、そして藤塚警視は、長村警部と同じ思いだったらしく迷いなく頷くのだった。
殺人事件の処理は鑑識員と捜査員に任せ、栗栖達は12Kmほど離れた大分県高那警察署に一旦向かう事にした。担当の鑑識員達と捜査員達は色々面食らっていたが。
凡そ18分ほどで到着した警察署では、藤塚警視らが署の専用回線を使い警察庁警備局国際テロリズム対策課に連絡、警察庁上層部は直ちに一連の事件をテロ事案として扱う事を決め、栗栖からの情報提供を受けエディ・ヴィルトールと緑川樹人の2人を緊急手配する運びとなった。一方で藤塚警視らはそのまま栗栖らと共に大至急東京へと戻るように指示を受けた。
そしてそのまま高那警察署の署長と手短に打ち合わせ、今回の件を含め一連の事案は警察庁警備局国際テロリズム対策課が捜査を引き継ぐ事を話し、警察署を後に今度は36Kmほど離れた大分空港を目指してクルマを走らせる栗栖達一行。
時間にして凡そ43分だが、栗栖は運転を長村警部に任せ、自身は助手席に座るとクルマを借りる契約をした新北九州空港のレンタカーショップに連絡を入れ、予定より早く返却する事と大分空港の営業所に返却する事等を話して了承を求める。勿論中途解約手数料が掛かるのは仕方ない事なので、それ等を計算してもらい、未利用期間の基本料金を返金してもらう手続きを済ませる栗栖。
次に各航空会社のサイトにアクセスすると当日券が人数分取れないか確認する。すると丁度良く、午後一番の便に4つ空席があり直ちに購入する。当然割増料金になるが、経費で落とすので栗栖自身の懐は痛まないので躊躇する事は無く即決である。
途中道すがらにあった食堂で昼食を手早く摂り、再びクルマを走らせる事暫し、目的地である大分空港近くにあるレンタカーショップの別店舗に到着し、クルマを返却すると空港へと向かう栗栖達一行。
午後1時を過ぎた頃で到着便も無い事もあり、出発ロビーは意外と閑散としていた。そのままチェックインカウンターに向かうと藤塚警視らが警察手帳を見せて必要な手続きを済ませ、余計な手荷物を預け、必要最低限な物だけ持つと搭乗口に向かう。当然ながら栗栖とルーツィアの手荷物検査や保安検査も今回もフリーパスである。アメリカ連邦捜査局国家公安部から発行された証明書は伊達では無いのである。
兎にも角にも無事に新羽田空港便に乗る事が出来た栗栖達一行。エアバスA321が大分空港を離陸すると、客室乗務員からタブレット端末等の使用制限の解除が機内アナウンスで告げられる。それを受けタブレットPCの電源を入れて立ち上げると早速作業を開始する栗栖。藤塚警視と長村警部は2列前の座席に座っている。
「今度は何をしているのかしら?」
隣りの座席に座るルーツィアがその様子を見て尋ねて来る。
「ん? ああ、奴等の指令書にあった東京IMCが何なのか今のうちに調べてみようと思ってね」
ルーツィアの問い掛けに答えながらも手を止めない栗栖。A・C・Oのデータベースで『東京 IMC』で検索を掛けると、幾つかの企業名や施設名が画面に羅列される。だが手掛かりになるものは無く、続けて今度は『略称 DSM』で検索を掛ける栗栖。しかしここでも幾つかの企業名や精神医学やIT用語の情報だった。
「これも違うか……」
中々に難しい問題に直面して顔を曇らせる栗栖を見て、一緒に頭を捻るルーツィア。そして徐ろに口を開く。
「それって単なる略称とかじゃなくて、何かを示唆する為のものなんじゃないかしら? 例えば特定の現象とか、組織の別名とか」
「なるほど……」
思いがけないルーツィアの助言に従い検索条件を「組織 IMC」で再検索する栗栖。すると今度は組織名が幾つか表示され、そのうちのひとつである「研究組織 IMC 微生物化学研究所」と言う表記が目に飛び込んで来た。
「……これ、怪しくない?」
「ああ、確かに怪しいな……」
如何にも奴等が飛びつきそうな獲物の名前に、ルーツィアと栗栖の意見は一致を見たのである。
凡そ1時間30分後、エアバスA321は新羽田空港に着陸した。着陸に伴うタブレット端末等の使用制限が掛かるまで、栗栖はギリギリまで情報収集していた。
到着便から降りた一行は新羽田空港第一ターミナルから迎えのクルマに乗ると、首都高速湾岸線から中央環状線を経て都心環状線の一ノ橋JCTから霞ヶ関出口を降りると都道412号を通り、国道1号へと曲がるとおよそ22分で警視庁本部庁舎に到着した。
直ちに4人の対策本部となっている部屋に戻ると、数十人の職員がパソコンやFAX付きコードレス電話機やスキャナー付きプリンターの増設をし、その他には事務机と事務椅子も運び込んでいる最中であった。彼等は藤塚警視らの姿を確認すると作業の手を止め一斉に敬礼をし、一瞬呆けていた藤塚警視と長村警部は慌てて答礼を返す。
「いきなりの大出世だな」
その様子を見て苦笑混じりにそう声を掛ける栗栖。傍ではルーツィアも頷いている。
「ええ、まさかこんな展開になっているとは思いませんでした……」
答礼を解きながらそう言葉を漏らす藤塚警視。
「まぁ、日本でも危険度判定は最上位のテロリストの下部組織となれば、上もそれなりに対応せざるを得ないだろうしな」
一方の長村警部は比較的冷静に判断出来ているみたいである。その目の前では職員達が次々と運び込まれる機材を設置して行く。そんな中──
「藤塚警視正、長村警部、捜査御苦労だった」
後ろから声が掛けられ振り向くと紺の制服を着た、見た目50代後半辺りの白髪混じりの髪を綺麗に撫で付けた男性が立っていた。その男性を見るなり背筋を伸ばし敬礼する藤塚警視と長村警部。
紺色の制服の袖口に近い部位に斜め上に向けて付けられている黒地紋織布に入る紺色線2本に金色線1本の袖章、どうやら警視正である藤塚警視より階級が上であるみたいである。
「警視長、お久しぶりです──黒姫さん、こちらは神村警視長です。国際テロリズム対策課の課長を務められています。警視長、彼等が米国民間軍事会社A・C・Oから派遣されている黒姫栗栖さんとルーツィア・ルードヴィヒさんです」
藤塚警視が栗栖らと男性──神村警視長双方にそれぞれを紹介する。その神村警視長の顔を見た時に奇妙な既視感を感じる栗栖。
(──何だ、この感じは?)
そう思いつつ右手を差し出しながら
「黒姫栗栖と言います。A・C・OディビジョンS所属、階級は中尉です」
と自己紹介をする栗栖。ルーツィアもそれに習い
「ルーツィア・ルードヴィヒです。クリスと同じA・C・OディビジョンS所属です。よろしくお願いいたします」
と続けて右手を差し出す。神村警視長は差し出されたルーツィアと握手を交わすと、次に栗栖の右手に自分の右手を重ねしっかり握り締めながら
「──そうか、やはり黒姫栗栖君だったか」
と何と栗栖の事を知っていた口ぶりである。
「? 俺の事を知っているんですか?」
「ああ、覚えていないのか。11年も前の事だからな、仕方ないか」
栗栖の口をついて出た疑問に穏やかな笑みを浮かべる神村警視長。そして──
「私の名は神村信之介。11年前に起きたあのテロ事件の捜査指揮を執っていた者だよ」
──栗栖の疑問にそうはっきりと答えるのであった。
次回更新は二週間後の予定です。
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