〖act.28〗傭兵と公安、ターゲットロスト
翌朝早く、宿泊したリバーサイドホテルをチェックアウトする栗栖達一行。宿泊費の支払いの時にどちらが支払うかで少し揉めたりもしたが、最終的には栗栖が支払った。勿論これはA・C・Oの経費なので何ら問題は無い。
ホテルの駐車場にあるEVステーションでクルマに急速充電を済ませると、栗栖の運転でパーキングを出発する。
先ず向かった先は『狂気の番人』の構成員として確定したスハルト・ハッタら3人が宿泊していた旅館である。そこではスハルト・ハッタ以外の2人について藤塚妃警視と長村直生警部にタブレットPCにアップロードされている『狂気の番人』の構成員の顔写真を旅館の従業員らに見せて聞き込みをしてもらった。その結果──
「スハルト・ハッタと一緒に居た2人を特定出来たよ」
聞き込みを終えてクルマに戻って来た長村警部が第一声そう告げながら、タブレットPCを栗栖に指し示す。
「まず1人はこの男だ。宿泊名簿にはイェオリ・アグレル35歳、国籍芬蘭土と記載されていたが、実際はエディ・ヴィルトールと言う名前で年齢は34歳、国籍は仏蘭西だな。旅館に提示されたパスポートは偽造って訳だ。そしてもう1人はケヴィン・ミツシロと言う日系二世の30歳の男だ。国籍は米国と記載されていたが、こいつも偽造パスポートだ。本名は──緑川樹人、れっきとした日本人だ。年齢は30歳、2人とも職業はジャーナリストと言う事になっていた」
そう報告する長村警部の顔は苦々しかった。タブレットPCを警部から受け取ると、キーボードと接続し何も言わず何やら操作を開始する栗栖。
「黒姫さんのリストを見た時から覚悟はしてましたが……テロリストの1人が同胞だと憂鬱な気分になりますね……」
長村警部の隣りに座る藤塚警視が、何ともやるせない表情を浮かべてポツリ呟く。
「まあテロリズムにもテロリストにも国境も人種も関係ないからな」
警視の呟きにそう端的に答える栗栖。そう言いながらもキーボードの操作を澱みなく進めている。
「? さっきから何をしているの、クリス?」
「ん? ああ、A・C・Oのホストコンピューターを使って日本国内のレンタカーショップのホストコンピューターにハッキングをしているんだ」
そんな栗栖にどうしたのかと問い掛けるルーツィアに作業を止める事無く答える栗栖。彼のその言葉を聞いて藤塚警視は
「!? ハッキングって、犯罪行為じゃないですか?!」
と語気を強めて抗議するが
「いや、俺がしているのは飽くまで不正侵入であって害意行為じゃないから安心してくれ」
と苦笑しながら返答する。
(どうやら彼女は正義感がかなり強いらしいな)
キーボードを叩きながら藤塚警視をそう評したりしている栗栖であった。
キーボードを叩く事数分、無事レンタカーショップのホストコンピューターにアクセスする事が出来、目的の免許証の画像データを見つけた栗栖は早速確認すると
「──免許証はケヴィン・ミツシロのだと確認出来た。まあ偽造免許証なのは間違い無いだろうが」
タブレットPCの画面を全員に見せ、それに食い入る様に見入る3人。ひと通り見せると今度はその画像をA・C・Oのホストコンピューターでの照合に回す栗栖。たちどころに照合結果がタブレットPCの画面に表示され、栗栖は「やはりな……」と唸り、ルーツィアと藤塚警視らはその表示された結果をこれまた食い入る様に見入る。そこには「過去使用された偽造免許証との適合率96.6%」とだけ表示されていた。
「これは──確定だな」
画面から顔を上げた長村警部が声を発する。
「これからは奴等を『狂気の番人』の構成員として対処して行く事にする。とりあえず先を急ごう」
栗栖はそうはっきりと明言し、藤塚警視らとルーツィアも首肯して同意を示す。
全員のその様子を見て、栗栖は手元のタブレットPCをルーツィアに預けて、クルマの電源を入れると平波市勝井町のフェリーターミナルの住所をカーナビに入力してからクルマを発進させる。
クルマは県道44号を北に向かい、県道629号を右に折れ東に少し走ると、国道213号を左に折れ一路北東へと向かう。やがて高那市に入り国道が海沿いへと出た頃、途中にある景勝地にもなっている海岸の海水浴場の駐車場にクルマを一旦停め、ルーツィアからタブレットPCを再度受け取るとまた何事かを操作する栗栖。
「今度は何してるの、クリス?」
その様子を怪訝そうに見ていたルーツィアから声が掛けられる。
「いやな、情報屋の報告にあっただろ?「一時国道から脇道へと入り何処かに立ち寄った形跡がある」って。その報告にあった「脇道」がこの近くの筈なんだよ」
そう答える栗栖は情報屋の報告から推測された「脇道」をタブレットPCに表示させた地図から特定し、その道程を指でなぞって確認する。やがて──
「──恐らくこの辺かな」
栗栖はマップの一点を指し示しながら独り言ちるのだった。
マップに表示された住所をカーナビに再入力しクルマを発進させる栗栖。勿論タブレットPCはルーツィアに渡して、である。
クルマは停まっていたパーキングを出ると国道213号を左──北東へと進み、少し進むと右に曲がり山間部へと入っていく。やがて数分が経ち鬱蒼とした山林が途切れると急に拓けた場所に出る。そこは敷地一面に太陽光発電板が何百枚と南向きに設置されており、その傍には少し寂れた風情の神社が佇んでいた。
「黒姫さん、ここは?」
それまで口を噤んでいた藤塚警視が到着と同時に栗栖に尋ねて来る。
「ああ、ここが時系列から推測された「寄り道」したと思しき場所さ」
そう言うと鳥居の前にクルマを停め、ルーツィアから再度受け取ったタブレットPCを藤塚警視らに見せながら説明をする。
「どの「脇道」かは国道沿いにあった特養施設の駐車場の監視カメラが捉えていた映像から特定は出来たんだが、問題は「何処まで行ったのか」だったんだ」
そう言いながら、前日見せた情報とマップを表示して話を進める栗栖。
「その「脇道」に入る間際に撮られた映像から再び国道へと戻って来るのを監視カメラが再び捉えるまでの時間は凡そ18分、そこで何かをしていたと仮定しても往復15分以内と言う事になる訳で──」
「つまりは車での移動で片道7分、約──4Kmちょっとぐらいの場所がここって訳か」
栗栖の言葉を継ぐ形で長村警部が言葉を紡ぐ。その言葉に栗栖は大きく頷きながら
「大体な。ここなら神社の鳥居前でクルマを回せるし、人気が少ない。それに太陽光発電所の点検は半年に二度か多くて月に一度だからな。しかもここは監視カメラの数が極端に少ない。犯罪行為をやるにはうってつけだろう」
と自身の推理を開陳する。それはテロリストとの実戦経験から導き出されたものであり、藤塚警視にも納得いくものであった。
「ではこの付近を調べますか?」
なのでごく自然に栗栖に確認する藤塚警視。
「とりあえず発電所を中心に周辺をざっくり見て回ろうと思う」
そう言って先にクルマから降りる栗栖。他の3人も続けて降りたのを確認するとスマートキーで施錠する。
「さてと、何か見つけられれば良いんだが……」
ポツリ呟く栗栖なのだった。
栗栖達は先ず太陽光発電所の周辺の山林を手分けして調査したが、結果として周辺には手掛かりは残されていなかった。なので次はプラントの中を調べる事にした栗栖達。もっとも敷地内に入る訳には行かないので金網越しにであるが。
プラントを囲うフェンスは何箇所かが壊されており、中には人が通り抜けられるだけの大きさがある箇所もあった。特にそう言う所を注視しながらプラント内を外から具に見て回る栗栖達。そんな中──
「クリス! 彼処のパネルの影に人が倒れている!」
壊れたフェンスの所からプラントの中を覗き込んでいたルーツィアが、奥を指し示しながら声を上げる!
その声を聞きつけ急いで駆け寄った栗栖は彼女が指し示す先に目を凝らす。整然と並んでいるソーラーパネルの影に何かが転がっているのが微かに見え、急いでポケットから単眼鏡を取り出してその何かを確認する。
裸眼より明るくなった視野に地面に無造作に転がされている人の姿が捉えられた。その胸には大振りなナイフと思しきモノが突き立てられている様である。
(どうやら彼女は補助魔法術の【鷹之目】を使っていたらしいな)
とサイトロンの接眼レンズから目を離しながら栗栖が感心していると
「どうしました?!」
「何か見つけたのか?!」
ルーツィアの声を聞いて藤塚警視らが駆け付けて来た。
「彼処に人が倒れている。刺殺されたのか、ご丁寧にナイフのオマケ付きでね」
栗栖は藤塚警視にサイトロンを手渡すと「この先およそ100m」と言いながらその方向を指し示す。
「本当ですね……」
サイトロンで確認した藤塚警視がレンズから目を離すと茫然自失したみたいに声を発し
「……ありゃあスハルト・ハッタ……なのか……」
藤塚警視の手から奪う様にサイトロンを受け取った長村警部がレンズ越しに見える遺体らしきモノを見て唸る。
「恐らくは、な。藤塚警視、警察に連絡してくれ。俺達で現場を荒らす訳には行かないからな」
「あっ、は、はい!」
栗栖の言葉に我に返った藤塚警視は、慌てて自身のスマホで高那市の警察署へと連絡をするのだった。
それから10分ほどして藤塚警視から連絡を受けた大分県高那警察署からパトカーが数台到着し、すぐさまプラントの周囲にバリケードテープで規制線が張られ現場が保全される。
すると先ず鑑識員が壊れたフェンスからスハルト・ハッタと思しき遺体が遺棄された地点までの足跡を採取し、続けて遺体と周辺の写真撮影及び指紋採取と遺留品の捜査が行われる。
一方で藤塚警視らと栗栖らは捜査員から遺体を発見した時の状況を聴取されていたが、藤塚警視自身が警察庁警備局国際テロリズム対策課の管理官である事、栗栖とルーツィアに関しては米国の民間軍事会社の要人であり日米安全保障条約に基づいた対応をする様にと話した事もあり、聴取は比較的スムーズに終える事が出来た。
そのあと栗栖の要望により彼等4人もシューズカバーを着けての現場への入場が許可された。間近で見たスハルト・ハッタと思しき遺体は、腐敗がだいぶ進んでおり異臭を放っていた。鑑識員の話では死因は刺殺でほぼ間違い無く、死亡日時は腐敗の度合いから凡そ死後20日から1ヶ月では無いかと言う事だった。
(スハルト・ハッタが器物破損事件を起こしたのが25日前だから……やはり旅館を発ったその日に殺害されたんだろうな)
腐敗臭に顔を顰めながらそう推測する栗栖。傍に立つルーツィアも同じ様に顔を顰めている。
「この遺体の遺留品があったら確認させて貰いたいんだが……」
栗栖は彼等の現場検証に立ち会っていた鑑識員にそう声を掛け、鑑識員に渋られたが藤塚警視が協力を要請した事もあり何とか遺留品を見せてもらえた。
「どれどれ……」
遺留品の入った保存袋の幾つかを、出された白手袋を嵌めた手で持って確認して行く。
遺留品は黒の前鍔帽子や何処かのコンビニのレシートと多岐に渡ったが、そのうちの1つに手を止める栗栖。
「どうしたの?」
傍にいるルーツィアが怪訝そうな顔をして尋ねて来る。
「いやな、確かA・C・Oの資料にあったスハルト・ハッタの情報を思い出していたんだが……奴は煙草は吸わない筈なんだ。なのになんでそんな奴がこんなものをと思ってな」
そう言う栗栖の手には血に塗れた煙草入れが入った保存袋が握られていたのである。
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