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〖act.25〗傭兵と警視、現状と今後の去就について語る

 

 警視庁に到着すると、とある階のとある一室に案内された栗栖(くりす)とルーツィア。


「ここが私達の対策本部になります!」


 ここまで案内して来た藤塚(ひめ)警視正が2人にそう自慢気に室内を紹介をする。


「そんな自慢気に言っても……ここは俺と警視殿しか居ないんだがな?」


 栗栖達の後ろから部屋に入って来た長村直生(なおき)警部がそんな藤塚警視を呆れ気味に(たしな)めていたりする。


 事実広い部屋には大きなテーブルが中央に置かれ、その脇の壁には65インチの電子(インタラクティブ)黒板(ホワイトボード)が、部屋の隅にパソコンが二台とFAX付きのコードレス電話機が二台、それとスキャナー付きプリンターと一応の通信設備が置かれ、その他には事務机(オフィスデスク)が四台と事務椅子(オフィスチェア)が何脚か有るのみであった。


「これは……何と言うか……」


A・C・O(エコー)事務所(オフィス)に比べるとかなり殺風景ね……」


 一瞬なんと言って良いか躊躇(ちゅうちょ)した栗栖とは対照的に、思った事をズバリ言ってしまうルーツィア。


「実は……他のテロリスト対策に人員を()かれてしまって……これで『深緑の大罪(グリーン・シン)』の明確な活動が確認出来ればまた違って来るとは思うんですが……」


 ルーツィアの物言いに一転、覇気のないか細い声で話す藤塚警視。


「まあ()は体良く押し付けられたんだがな」


 一方の長村警部はそんな藤塚警視を見て苦く笑いながらそんな事を言う。


「……だから私には藤塚妃と言う立派な名前が……」


 そこまで言うと深い溜め息をつく藤塚警視。何と言うか、ここでも情報の不確実性が色々と影響しているみたいである。


「そこはこの人員(メンバー)だけで何とかするしかないかな」


 いち早く気持ちを切り替えた栗栖がルーツィアや藤塚警視、長村警部に対しそう声を張り上げる。そして置かれていたパソコンの前に座ると「性能(スペック)はまずまずそうだな」とひと通り確認し、電源を入れてパソコンを立ち上げると、流れる様なブラインドタッチでキーボードを叩き、マウスを操作してインターネットに接続したかと思えば、そのまま何処(どこ)ぞかのホーム画面に接続する。


()ずはこれを見て今後の方針を固めたいと思うんだが……」


 そう言って壁のインタラクティブホワイトボードにパソコンの画面を転送して表示する栗栖。


「これは何ですか、栗栖さん?」


 画面を見ながら首を(かし)げる藤塚警視と長村警部。一方ルーツィアは何なのか、一目見てわかったみたいである。


「これはA・C・O(エコー)本社のホストコンピューターにネット回線でアクセスして、必要な情報をこちらのパソコンに転送してもらった物だよ」


「「えっ?!」」


 (なん)の事も無さげに言う栗栖とは対照的に短く声を上げると固まる藤塚警視と長村警部であった。





「あの……これって機密情報なんじゃ……」


 壁のインタラクティブホワイトボードを指差しながら恐る恐る栗栖に確認する藤塚警視。緊張で声が固い。長村警部も呆然(ぼうぜん)と画面を見つめている。


「いや? そこまで機密情報でも無いぞ? と言うか俺のアクセス権限の範囲内なんだが……」


 いつの間にか言葉遣いがフランクになっている栗栖がそう告げると(ようや)く緊張を解く2人。


「兎に角、()()と君達が持っている情報を突き合わせて整理してみようと思うんだが……どうかな?」


「あっ、は、はい! ちょっと待って下さい、今テロリズム対策課(こちら)の資料を表示(アップロード)しますので!」


 一瞬(ほう)けていた藤塚警視は、栗栖の問い掛けに再起動すると慌ててもうひとつのパソコンを立ち上げ、必要な資料をホワイトボードにアップロードする。ホワイトボードの画面は二画面に分割され、それぞれの情報が同時に展開された。


「えと、これが私達国際テロリズム対策課と公安部外事三課が(つか)んでいる情報です」


「ふむ……」


 展開し終えた藤塚警視がそう告げ、2つの情報を見比べる栗栖とルーツィア。先ず日本の公安警察が掴んでいた情報では──





深緑の大罪(グリーン・シン)』の下部組織である『狂気の番人(マッド・キーパー)』なるテロリスト組織の構成員と(おぼ)しき人物が、九州の地方都市で酒に酔ってトラブルを起こし、とある地域警察署に逮捕されたのが日本での発端であった。


 その男は東南アジア系の外国人観光客で夜の繁華街のスナックで酔って暴れて店のガラスやドアを壊し、通報で駆け付けた警察官に器物損壊で逮捕されたのだ。当然留置所に勾留(こうりゅう)される形になったが、被害にあったスナックが翌朝に「その男の関係者と示談が成立した」と被害届を取り下げた事により直ぐに釈放されたのだ。どうやら警察から連絡を受けた宿泊先の関係者が先んじて手を打ったらしい。


 実はその男が留置所で受けた取調べの際、「自分は『狂気の番人(マッド・キーパー)』の構成員だ」と酔った勢いでベラベラと話していたのである。取調べは本人が酩酊(めいてい)状態なので飽くまでも参考として行われたものであり、しかもちゃんとした供述調書を取る前に釈放されたので事件はこのまま、単なる酔っ払いによる器物損壊事件として有耶無耶(うやむや)になる所だったのだ。


 だが事態は思わぬ所から動いた。最初にこの事件を取り扱った地域警察署で釈放に前後して男が持っていたパスポートと入国カードを出入国在留管理局で確認すると、入国審査を受けた形跡が無い事と併せて入国カードの偽造が判明した。そして結論づけられたのは密入国と言う事実。だがそれ等が判明したのは釈放後だったのである。警察が急ぎ男の宿泊先に捜査員を急行させると既に引き払った後であり、パスポートに記載されている新加坡(シンガポール)大使館領事部に男の事を問い合わせると、パスポート自体も偽造である事が発覚、更にその男自体がシンガポール国民ではない事も併せて発覚したのである。


 だが時すでに遅し、男の足取りは日本国内でプツリと途切れてしまったのである。





「そうした事もあり、警備局(私達)に情報が上がって来たのですが……正直に言うとこちらでもその男の足取りは全く掴めませんでした。当然その動静も不明。国際テロリズム対策課(私の所)公安部外事三課(長村警部の所)も現状として他の()()を当たっている事もあり必要な人員を割く訳には行かず、私達が担当する事になった次第です」


 証拠品のパスポートが入った保存袋(スライダーパック)を机上に置きながら申し訳無さそうに少し項垂(うなだ)れて話す藤塚警視。


「なるほど、な。警察や対策課や外事三課の対応についてはわかった。其方(そちら)にはそちらの事情も有るんだろうが、そうした情報は早くA・C・O(こちら)に提示して欲しかったな」


 そうすれば対応も随分違った筈だと栗栖は苦言を(てい)した。その言葉を受け更に(ちぢ)こまる藤塚警視を見て栗栖はひとつ溜め息を吐くと


「まあ済んでしまった事を言っても何も始まらない。兎に角今やるべき事を()()()やっていこうじゃないか」


 藤塚警視にそう言葉を掛けるのも忘れていなかったのである。その言葉に(ようや)く顔を上げる藤塚警視であった。





「でもまあ、今の情報で随分輪郭が見えて来たかな」


 とりあえずA・C・O(エコー)が掴んでいた情報と比較しながらそんな見解を示す栗栖。


「それは一体どう言う事なんですか?」


 言っている意味がわからず困惑気味の藤塚警視に丁寧(ていねい)に説明する栗栖。


「先ず、A・C・O(エコー)亜細亜(アジア)支部の情報員(エージェント)がこの情報を確認した時期と日本で起きた事件の時期が一致していると言う所だ。それとこうしたパスポート等の()()()()()は『深緑の大罪(グリーン・シン)』が良く使う手口のひとつなんだ」


 そう言ってスライダーパックを手に取ると「開けても良いかな?」と藤塚警視に確認する。


「あ、はい、既に指紋採取は済んでいますが一応手袋着用なら問題ありません」


 そう言いながら事務机の引き出しから白手袋を出して栗栖に差し出した。それを受け取ると手にはめスライダーパックからパスポートを取り出し、それをスキャナーでパソコンに取り込む。そのデジタルデータを今度はA・C・O(エコー)のホストコンピューターへと転送してからキーボードとマウスを操作して何事かを行う栗栖。


「今度は何をしているんですか?」


 栗栖の一連の行動を見ていた藤塚警視が何をしているのか尋ねて来た。


「うん? A・C・O(エコー)のホストコンピューターでこのパスポートを調べているんだ。A・C・O(うち)のホストコンピューターは連邦捜査局(FBI)中央情報局(CIA)、果ては米国国家安全保障局(NSA)ともリンクしていて、こうした偽造品の照合も容易に出来る様になっているんだよ」


 その問い掛けに答える栗栖と答えを聞いて絶句する藤塚警視。長村警部に至ってはもうついていけないと言わんばかりに両手を上げている。


 そうこうしている内に、スキャナーで取り込んだパスポートの画像が様々なデータとあっという間に照合されて行き、その結果を日本語に変換したのを人数分プリントアウトすると藤塚警視と長村警部とルーツィアに手渡す。


「これによるとだ──過去『深緑の大罪(グリーン・シン)』が使った偽造パスポートとの適合率93.2パーセント、となっている。間違いなくこのパスポートは『深緑の大罪(グリーン・シン)』の手による物だな」


「良くそうしたので判別がつくわね? 私にはさっぱりだわ」


 偽造パスポートが『深緑の大罪(グリーン・シン)』の物であると断言する栗栖に至極真っ当な疑問をぶつけるルーツィア。


「いやなに、流石に()()()()()には製作者や使用した機械の独特の()が出るものなんだよ。その癖を過去に犯罪に使用された物と照らし合わせて判断するんだ。そうした膨大な量のデータとの照合には、やはりこうしたコンピューター(機械任せ)の方が素早いし何より正確だよ」


「あっ、それならわかるわ。そうした癖って必ず出てしまうものなのよねぇ」


 それにも栗栖が丁寧に説明すると、思い当たる節があったらしいルーツィアが今度はひとり納得していた。そうした所はやはり彼女(ルーツィア)は技術者なのだと思う栗栖であった。





「するってぇと、やっぱりその行方を(くら)ました男ってのは……」


 いち早く再起動した長村警部が栗栖に確認してくる。


「間違いなく『深緑の大罪(グリーン・シン)』の構成員だ。恐らくは最初の取調べの時に言っていた事は酔っ払いの戯言(ざれごと)なんかじゃ無く事実だったんだろう。まあ担当した者は信用して無かったんだろうが」


 そう答え苦々(にがにが)しい思いに顔を(しか)める栗栖。


(全く……()()()()結局(なん)ら変わってないのか……()()()()()()()に何一つ学んじゃいない……!)


 その沸き立つ怒りに知らず知らずに(こぶし)をきつく握り締めている自分に気付く。


 その時目に飛び込んできたのは、ルーツィアの心配そうな瑠璃(ラピスラズリ)紫水晶(アメジスト)の瞳であった。その虹彩異色(ヘテロクロミア)の瞳に見つめられ、怒りにささくれ立った心が急速に落ち着くのを感じる栗栖。そして大きく息を吐くと


「……ありがとうルーツィア、俺は大丈夫だ」


 と笑顔を見せルーツィアを安心させる。その栗栖の様子に微笑みを返すルーツィア。


「兎に角だ、これで今後の方針は(おの)ずと定まったな」


 落ち着きを取り戻した栗栖がそう言い


「証拠としてはこの偽造パスポートの照合結果で充分なのでは?」


 藤塚警視が意見を述べる。だがそれに異を唱えたのは長村警部。


「いやいや、()()()()現状証拠のひとつに過ぎない。上層部を動かすにはもっと確実な証拠や証言が必要だぞ?」


「長村警部の言う通りだ。現状、国際テロリズム対策課や外事三課から人員を回してもらうにはこの証拠ひとつでは力不足なのは(いな)めない。先ずは俺達で更なる情報と証拠を集めるべきだ」


 長村警部の意見に同意する栗栖。


「すると、次の手はどうするの?」


 それを聞いて次の一手を聞いて来るルーツィア。その問い掛けに栗栖は言葉を返す事なくホワイトボードの画面に日本地図を映し出すと、九州地方の一点を指し示す。


「ここだ。全ての始まりである北九州の桜川市。ここで情報を収集して見ようと思う。もしかしたら未だ見逃している何かを見つけられるかもしれない」


 対策本部にいるメンバー、ルーツィアと藤塚警視、そして長村警部の視線が栗栖の指し示す一点に集まるのだった。



次回更新は二週間後の予定です。


お読み頂きありがとうございます

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