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〖act.24〗傭兵、浅春の地への帰参

 

 摩天楼一面を覆っていた雪が溶けて、側溝に雪解け水が音を立てて流れ始め、白色(ホワイト)より灰色(グレー)の割合が日に日に増えて来たある日、栗栖(クリス)とルーツィアはグエン中佐の士官室(オフィサーズオフィス)に呼ばれていた。


「お呼びでしょうか? グエン中佐」


 執務机に座するグエン中佐に向かい敬礼をする栗栖と軽く頭を下げるルーツィア。


「良く来てくれたクリス中尉、そしてルーツィア嬢」


 いつもの柔和な顔とは違い渋面(じゅうめん)で2人を出迎えるグエン中佐の様子を見て、何やら面倒事を予感する栗栖。


「何かあったのかしら、グエン中佐?」


 そんな中佐に栗栖より先にルーツィアが声を掛ける。するとグエン中佐は2人の顔を正面から見据えると


「うむ、実は『深緑の大罪(グリーン・シン)』について、()()()()()()が入ってきてな」


 渋い表情を崩す事無く、そう告げるのだった。


「──聞かせて下さい」


深緑の大罪(グリーン・シン)』の名を聞いた栗栖の顔が引き締まる。


「うむ、実は──」


 そう切り出したグエン中佐の話では──『深緑の大罪(グリーン・シン)』の下部組織が極東地域、より限定的に言うと日本(ニホン)で活動を再開した()()()と言う話なのであった。


「問題は話の出処(でどころ)で、亜細亜(アジア)支部の情報員(エージェント)からの話を欧州(ヨーロッパ)支部のエージェントが()()()した情報が本社(こちらの方)に報告として上げられてきたものなのだよ」


 グエン中佐が渋い顔をしていたのは、この情報が流言蜚語(デマやガセ)の類のレベルの話であるからだ。


 だが火の無いところに煙は立たない。単なるデマだと切り捨てる訳にもいかず、かと言って事実を確かめるにもこのレベルの話では情報部が動く訳にもいかず、『深緑の大罪(グリーン・シン)』と少なからず因縁があるこのディビジョンSに体良く押し付けられた形になったのだ。


 勿論ディビジョンSとしても独自に様々な観点からの確認と検証を(おこな)ったのだが、正直手詰まりになってしまったのである。


「──そこでだ。君とルーツィア嬢の2人に名目上観光と言う形で日本(ニホン)に行ってもらい、情報の真偽を確認して来てもらいたい。向こうでは公安部の人間が対応に当たってくれる事になっている。確か名をフジツカ(藤塚)とか言う人物だ。我々ディビジョンは君達の報告如何(いかん)其方(そちら)へ部隊を差し向ける事も視野に入れている」


「わかりました。準備が整い次第向かう事にします」


 中佐の話を聞き終えると、そう答えながら敬礼する栗栖。それに答礼で返す中佐は


「ああそれと、今回に限り君には佐官級(コマンダークラス)の権限を一時的に委譲する事になった。有効に活用してくれたまえ」


了解です。(ヤー・)司令官(コマンダー)


 最後のグエン中佐の言葉に最敬礼で答える栗栖と姿勢を正して礼を()るルーツィア。そのままオフィサーズ・オフィスを辞去(じきょ)すると、準備の為に早速行動を起こす2人であった。





 米国(アメリカ)の国際空港から14時間余りのフライトを終え、日本の玄関口である成田国際空港に到着した栗栖とルーツィア。栗栖にとっては十年ぶりに踏み締める祖国の地である。


「ここがニホン(日本)……」


 絶え間なく人が行き交う到着ロビーに、先に足を踏み入れたルーツィアがそんな風に言葉を漏らす。


 今まで何度となく任務でエアバスA400M(アトラス)に乗り海外に出向いているルーツィアのパスポートは、任務の為にA・C・O(エコー)最高経営責任者(C・E・O)であるジョシュア・ブルックスが米国(アメリカ)政府に働きかけ特別に取得した物である。


 特に今回は表向きは観光となっているが、A・C・O(エコー)の任務で訪れている事もあり、検疫と入国審査を終えたあと手荷物は日米安全保障条約と日米地位協定に(もと)ずき『軍属の公務』と看做(みな)され、フリーパスで栗栖達の手元に戻されていた。


「ああ、ここは単なる玄関口だけどな」


 後ろから来た栗栖はそんなルーツィアの様子を微笑ましく見ながらそう言葉を掛けていた。


「それはわかるんだけど、つい嬉しくて♡」


 そう言って辺りを見回すルーツィア。思えば今暮らしている米国(アメリカ)の大都市以外、任務で訪れた先で観光をする(いとま)も無かったので、初めて()()()()米国(アメリカ)以外の国を見て回る機会でもあるのだ。嫌が上にもテンションが高ぶってしまうのは仕方ない事である。


「……まったく、仕方ないな」


 完全にお上りさん状態にあるルーツィアを苦笑気味に見ながら、辺りに注意を払う栗栖。


「確か迎えが来ている筈なんだが……」


 そう(つぶや)きながら視線をあちこちに送っていると、近くで自分と同じ様に人を捜している素振りの男女のカップルが目に入って来た。


 そのうちの女性の方が栗栖達の方、特にルーツィアに視線を向けると、連れの男性を(ともな)い小走りに2人に近寄って来た。


「失礼します。Mr.クリスとMs.ルーツィアですね?」


「──確かにそうだが、貴女(あなた)は?」


 (そば)まで来た紺色のスーツ姿の女性が英語でそう尋ねて来て、その女性に誰何(すいか)する栗栖。


「失礼、私はフジツカと言う者です。彼はオサムラと言います」


 それにスッ……と背筋を伸ばし明確に答える女性。


「そうか、貴女が藤塚(フジツカ)さんか」


 フジツカと答えた女性にネイティブな日本語で話し掛ける栗栖。彼はグエン中佐が言っていた迎えに来る人物の名前を復唱しただけなのだが、それに少し驚いた素振りを見せた女性は直ぐに


「はい、お迎えにあがりました。車を駐車してありますので、こちらにどうぞお越し下さい」


 と笑顔を見せてオサムラと言う男性と共に案内に立つ。


(話すのは車に乗ってからだな)


 何処(どこ)に人の目があるかも知れない今、この場で話をする事が躊躇(ためら)われた栗栖は、ルーツィアの手をしっかり取ると2人が案内する先へと急ぐのであった。





 駐車場まで案内された栗栖とルーツィアは停められていた黒のミニバン(エスクァイア)に乗せられ空港を後にした。


 フジツカとオサムラからは車に乗り込む前に自己紹介と共に名刺交換と身分証明を受けていた。フジツカは本名《藤塚(フジツカ) (ヒメ)》、オサムラは《長村(オサムラ) 直生(ナオキ)》だそうである。


 そして車の運転席には長村が座り、藤塚は助手席側に座り後ろを向く形で栗栖達と話していた。


「では改めまして……警察庁警()備局国際()テロリズ()ム対策課()所属、管理官の藤塚妃です。階級は先程お見せした通り警視正です」


 助手席越しにぺこりと頭を下げる藤塚警視。胸元まである髪は(からす)()羽色(ばいろ)の様な(つや)やかな黒い髪であり、目は切れ長で意志の強さを感じる輝きを放っていた。パッと見てルーツィアとはまた違った意味で美人である。


「俺は警視庁公安部外事三課、国際テロ第二第3係係長の長村直生だ。階級は警部。よろしくな、お二人さん」


 栗栖が藤塚警視を頭の中でそう評していると、運転しながら長村が改めて自己紹介をして来る。少し白髪混じりの髪を(サイド)から(バック)にかけて刈り上げツーブロックにし、トップでボリュームを出した髪型をしている長村警部が、ハンドルから片手を離して顔の横でヒラヒラ振る仕草をすると藤塚警視がそれを(とが)める。


「長村さん! ハンドルから手を離さないで、ちゃんと運転に集中して下さい!」


「いや、ちゃんと片方の手はハンドル握っているから大丈夫大丈夫」


 一方咎められた側の長村警部は(なん)ら気にしていない様子である。歳の頃は藤塚警視が20代前半、長村警部が40代ぐらいかと思う栗栖。


 ふと前を見やると何かを待っている藤塚警視と目が合った。それに気付いた栗栖は軽く咳払いをすると自身の紹介を口にする。


「俺は民間()軍事()会社()A・C・O(エコー)、ディビジョンS所属、黒姫栗栖(くろひめくりす)中尉、生粋の日本人です。こちらこそよろしくお願いします。それと──」


「私はルーツィア・ルードヴィヒ。()()クリスと同じ所属よ。よろしくね」


 栗栖が手を向け紹介しようとすると自らを申告するルーツィア。勿論ネイティブな日本語でである。そのあまりにも見事な日本語に藤塚警視は目を白黒させていた。





「──Mr.クリスは日本人だったんですね」


 藤塚警視との助手席越しの会話はまだ続いている。(エスクァイア)は新空港自動車道を東京方面へと進んでいた。


「名前からてっきり二世の方かと思いました」


 藤塚警視がそんな当たり(さわ)りの無い事を言うと


「まあ名前からイメージすると皆んなそう思うみたいだけど、俺はれっきとした日本人ですよ。だから日本語で話してもらって構いません。勿論彼女(ルーツィア)も日本語で大丈夫ですよ。な? ルーツィア」


 栗栖は苦笑気味に答えながらルーツィアに話を振り、振られたルーツィアは笑顔を見せて同意の言葉を発する。


「ええ、普通に話せるから大丈夫よ」


「そう言ってもらえると正直助かります。ところでMs.ルーツィアは何処で日本語を習ったんですか?」


 その言葉にホッと胸を撫で下ろす藤塚警視は、新たに生じた疑問をルーツィアに投げ掛けた。


「うん? 普通に()()()を話しているだけなんだけど?」


 その問い掛けに普通に()()()()()()ルーツィア。


「えっ? じゃあMs.ルーツィアは日本生まれなのですか?」


「いいえ? 私は──」


「あーっと、藤塚警視? あまり詮索しないでもらえないかな? 彼女は()()事情が特殊でしてね。それに俺達に敬称は不要です。気軽に接してください」


 話があらぬ方向に行きそうになったので2人の会話に無理矢理割り込む栗栖。今の所、彼等にルーツィアの()()を未だ伝えるべきでは無いとの判断である。


「あ、はい、わかりました。その、申し訳ございませんでした、ルーツィアさん」


 栗栖に指摘された藤塚警視は素直に頭を下げ、ルーツィアに謝罪をした。


「はははっ、()が言いくるめられるとはなぁ。これは珍しいものが見れたな」


「長村さん、その呼び名は止めてもらえませんか? 私は藤塚()と言うちゃんとした名前があるんですから!」


 一連の流れを運転しながら聞き耳を立てていた長村警部が態と茶化す様な物言いをし、それに反応して食って掛かる藤塚警視。(はた)から見ると口喧嘩している親子みたいである。


(この2人はいつもこんな感じなのかもな)


 運転席と助手席で言い合う2人を見ながらそんな風に評する栗栖であった。





 そうこうしている内に栗栖とルーツィアを乗せた黒の(エスクァイア)は、新空港自動車道から東関東自動車道をひた走り、京葉道路から首都高速7号(ルート7)小松川線へと乗り替わると、首都高速7号から首都高速6号(ルート6)向島線へと乗り入れる。


 (しばら)くすると今度は首都高速都心環状線へとルートを変え、(ようや)く霞ヶ関出口から降りる。そして今度は都道412号(六本木通り)を通り右左に曲がり、国道1号(桜田通り)に入り少し走ると、やがて──


「お二人とも着きました」


 藤塚警視がそう言いながら左側に手を向ける先に、大きな建築物(ビルディング)がある事を車窓越しに確認する栗栖とルーツィア。


「あれが私達の対策本部がある警視庁本部庁舎です」


 堂々とした(たたず)まいの警視庁を自慢気に紹介する藤塚警視。全員を乗せたまま警視庁の駐車場へと滑り込んで行く(エスクァイア)


 こうして成田国際空港から(およ)そ1時間掛け、栗栖達は当面の目的地であり、そして始まりの地である場所に行き着いたのであった。



次回更新は二週間後の予定です。


お読み頂きありがとうございます

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