〖act.21〗魔法使いと傭兵、頌春の光景
「明けましておめでとう、ルーツィア」
「ええ、新年おめでとう栗栖!」
栗栖の部屋に集まり新年の挨拶を交わす栗栖とルーツィア。部屋の中には厚手の敷物が敷かれ、その上にはなんと炬燵が置かれており、2人は炬燵布団に下半身を入れて暖をとっていた。炬燵の天板にはフードデリバリーで取り寄せた料理が並んでいる。
「これって暖かくて気持ち良いわね〜、クリス♡」
「この炬燵ってのは、俺の故郷の日本の暖房器具なんだよ。まあ伊蘭にもコルシって似たのがあるんだけどな」
そう言って天板の上の籠に置かれていた蜜柑を手に取る栗栖。
「この蜜柑だって元は日本の物なんだよ。まあ米国では ” satsuma ” と呼んでいるけどな。この “ satsuma ” はいわゆる「温州蜜柑」と言う品種のことで、日本の薩摩地方から最初に欧米に輸入されたため “satsuma” とネーミングされているんだけどな」
そう言いながらさっさと蜜柑のおしりの部分から縦に2つに果皮を割り、続いて横方向も同じように割り、十字に切れ目が入った状態にして房ごとに実を皮から外す栗栖。その様子を興味深そうに見ているルーツィアの目の前に四分割にした房を差し出すと
「ほら、これを小房に分けてそのまま食べるんだ。房の皮やこの白い筋にも栄養がたっぷりあるから身体や美容にも良いんだぞ」
差し出された蜜柑の房を受け取り、言われた通り小房に分け口に運ぶルーツィアは蜜柑の美味さに顔を綻ばせると
「ん〜ん、甘いネーブルとは違ってさっぱりして美味しい〜! これなら幾らでも食べれそう♡」
そう言って自ら蜜柑を手に取ると、栗栖がやったのと同じ様にして果皮を剥き、蜜柑の小房を頬張ると「んん〜♡」とやたら可愛らしい声を上げる。
「気に入ってもらえて何よりだよ」
そんなルーツィアの表情に軽く苦笑しながら、自身も新しく蜜柑を手に取る栗栖。
そうして程よく食べ、程よく呑み、栗栖とルーツィアの新年はゆっくりと過ぎて行くのであった。
「中佐、遅ればせながら明けましておめでとうございます」
「中佐、おめでとうございます!」
1月3日、栗栖とルーツィアはA・C・OディビジョンSの士官室に居た。指揮官のサミュエル・グエン中佐に新年の挨拶をする為である。
「うむ、新年はどうだったかね? クリス中尉、ルーツィア嬢」
「お陰様で充実した休暇でした」
「初めて尽くしで楽しかったですよ!」
「ふむ、楽しめたようで何よりだ」
自らの問い掛けにそう答える栗栖とルーツィアの様子を見て、柔和な表情を見せるグエン中佐。
「特にルーツィア嬢はこちらの世界に来て初めての年明けだ。満喫出来た様で良かったよ」
「お心遣い感謝します、グエン中佐」
そう言ってにっこり笑うルーツィア。その美貌から向けられる笑みに少しどぎまぎするグエン中佐。
「う、うむ」
「中佐は新年休暇は如何でしたか?」
すかさずフォローに入る栗栖。流石にこの展開には慣れてきたみたいである。
「んんっ、私は妻と子供達と比較的静かな新年を迎えられたよ」
「奥様とお子さん達はお元気ですか?」
「うむ、皆んな元気だよ。妻と子供達が君とルーツィア嬢に会いたがっていたがね」
A・C・Oでは優秀な指揮官であるサミュエル・グエン中佐だが、同時に家庭では良き夫であり良き父親でもあるのだ。栗栖は一度グエン中佐の家にプライベートで招かれた事があるのだ。
「それはそれとして、去年のクリスマスの件で市警のトレバー・ヘンズリー警部補から連絡が来ていて、君達2人のお陰で色々助かったと感謝されたよ。2人に宜しくと言付けだ。確かに伝えたよ」
「トレバー警部補から?」
話題を変えそう告げるグエン中佐と少し驚く栗栖。因みにクリスマスの時のテロリスト『死灰』との戦闘は、「警察事案における対テロ作戦(AOP)」として既にA・C・Oに報告書を出してあるのだが。
トレバー警部補の名前を聞いた栗栖の脳裏にあの頭を掻きながら渋面をする彼の顔が思い出されていた。
「そうですか……ありがとうございますグエン中佐」
グエン中佐に対し日本式に腰を折り礼を述べる栗栖。
「うむ。ああ、あとシモーヌ博士が君達が出社したら顔を出す様にも言付かっていたな」
すると思い出したみたいにもう1つ付け加えて話してくるグエン中佐。
「わかりました。この後早速研究区画に行ってみます」
「うむ、宜しく頼む」
そう言って頷くグエン中佐に敬礼する栗栖。ルーツィアは軽く腰を折り挨拶をしている。
そうして栗栖達2人は士官室を辞去すると、地下にある研究区画へと向かうのであった。
「やあやあクリスにルーツィアさん、遅ればせながら新年明けましておめでとう」
「やあ、シモーヌ。明けましておめでとう」
「新年おめでとう、シモーヌ!」
いつもの様に地下に降り研究区画に向かった栗栖達をシモーヌ・ヘルベルク博士が出迎えた。とりあえず形式的な挨拶をし終えると、シモーヌはニヤリと笑みを浮かべ
「で、どうだった? この新年休暇で少しは2人の仲は進展したのかい?」
なかなか答えにくい質問を投げ掛けてくる。そう言われ一瞬キョトンとしたルーツィアは質問の意味を遅れて理解すると「えっ? えっ?! そ、そんな、し、進展だなんて♡」と嬉しそうにしどろもどろし
「全く……悪ふざけし過ぎだぞシモーヌ」
栗栖は飽くまで冷静に答えを返していた。
「そんな事言っても気になるじゃあないか、実の所はどうだったんだい?」
「そこは勝手に想像してくれ……」
飽くまで食い下がるシモーヌに苦く笑う栗栖。一方のルーツィアはまだワタワタしている。
「それより、何か話があるから俺達を呼んだんだろ?」
このままでは埒が明かないので話を進める為にも敢えて発言する栗栖。するとシモーヌは手をパンッと打ち合わせると
「そうそう、君達に用事が有るんだよ! 特にルーツィアさんに見て欲しい物があるんだ」
「わ、私に?!」
シモーヌが手を打ち合わせた音で我に返ったルーツィアが一体何事かと尋ね、シモーヌは
「うんっ! 実はルーツィアさんが設計した【魔力変換機】なんだが、こちら側の技術者が君の設計を元に新たに設計し直したんだよ」
と真逆の驚きの発言をしたのである! これには流石の栗栖も「マギア・コンバーターを設計し直しただと?!」と驚きを禁じ得ない。ルーツィアもあまりの事に呆気にとられているのだった。
「しかし、良くそんな設計をしてくれたな……」
改めて声をあげる栗栖。その声色はまだ驚きに満ちていた。確かに以前ルーツィアはシモーヌに【魔力変換機】の【言霊回路】の設計図を見せていたが、真逆こうなるとは思いもしなかったので驚きも一入である。
「いやなに、知り合いの集積回路の設計技術者にルーツィアさんの描いた【魔力変換機】の設計図を試しに見せたら興味を示してね。電子機器設計自動化ツールでより効率的な設計をしてくれたらしい」
そう言うと机の上にプリントアウトした図面を拡げるシモーヌ。A1サイズの紙にはびっしりと回路図が書き込まれていた。
「まあその人はデジタルとアナログの両方を熟せるエンジニアでね、ルーツィアさんの設計を一目見て書き込まれている言語は分からなかったけど、これが「変換機」だとわかったんだよ。何でも描き込まれている図像を見てそう判断したらしい。それでルーツィアさんの基本設計を生かしながら増幅回路を新たに組み込んでみたんだってさ」
シモーヌの台詞に「どれどれ」と拡げられた図面を見入るルーツィア。図面をジッと見つめながら時折「ふむふむ」とか「なるほど」とか呟いていたが徐ろに顔を上げると
「これ、本当にこちらの世界の技術者が設計したの? 【言霊回路】に使われているリヴァ・アースの言語が良くわかったわね?」
何やら見当違いな疑問を口にした。
「うーん、そこは描かれている【言霊回路】のパターンを読み解いて、その位置に当て嵌る電子部品を推測した、と言っていたよ」
その疑問に設計した技術者から聞いたままを答えるシモーヌ。
「なるほど、ね。それで何箇所か意味の無い形になっているのね」
その答えに納得したルーツィアに
「そこでルーツィアさんに向こうの世界の言語を教えてもらおうと思ってね」
と更に真逆のお願いをするシモーヌ。
「教えるのは構わないけど、こっちのパソコン? コンピュータ? には使えないでしょ?」
「それなら大丈夫。リヴァアースの言語を創作言語として文章作成ソフトに登録すれば比較的簡単に解決出来るんだってさ。ルーツィアさんにして欲しいのはリヴァ・アースの言語をこちらの字母に合わせて書いて貰いたいんだ。それをこちらでコンピュータにスキャンしてアルファベットとリヴァ・アースの言語を適合させるから」
ルーツィアの再度の疑問に再び明確に回答するシモーヌ。傍で一連の話を聞いていた栗栖は
(成程、文章作成ソフトにそうした使い方があるのか)
と一人納得していたのであった。
それに関してはルーツィアが自宅に持ち帰り、後日シモーヌに提出する運びになった。とりあえずこちらに対する用件はそれだけだったのでシモーヌの所を辞去する事にした栗栖とルーツィアの2人。
「シモーヌに宿題を押し付けられたな、ルーツィア」
廊下に出るとすぐにそう声を掛ける栗栖。その表情は少し苦笑気味だった。
「うん、まぁ、そんなに難しい事じゃないしね。問題無いわ」
一方のルーツィアは意外とあっけらかんとしている。
「それにこちらの世界のエンジニアが【魔力変換機】をどの様に設計するのか興味もあるし、ね」
そう言って片目を瞑って少し戯けるルーツィア。その仕草にドクンと胸の鼓動が高鳴る栗栖。先程シモーヌに聞かれた事をことの他、意識していたみたいである。
「それで? この後はどうするの?」
そんな栗栖の反応を知る由もないルーツィアは小首を傾げながら尋ねてきた。
「う、うん、日本では新年始めは自身の顔馴染みの所を訪れて挨拶をして回るんだけど、米国だとこんなもんで終わりなんだよ」
自身の動揺を悟られぬ様に平静を装いながら答える栗栖。それを聞いて「んー」と中指を唇に当てて考えたルーツィアは
「折角の新年なんだから日本式にしない? 私もアンネリーゼ少佐やD.Dにも挨拶したいし……ね、良いでしょ?」
と顔の前に両手を合わせて「お願い!」と懇願して来る。その仕草が妙にコミカルで、つい吹き出してしまう栗栖。
「ぷっ、ぷふふふ、あはははは!」
「何よ〜、何がそんなに可笑しいの?!」
笑う栗栖の様を見て不服そうな顔をするルーツィア。
「はは、はっ。や、すまんすまん、悪気は無いんだ。ただ君の仕草がついツボに入った」
笑いを堪えながらそうルーツィアに謝罪する栗栖。言われたルーツィアは「何処がツボに入ったのよ?!」と不満げに言い募る。それが更に可笑しく、思わず笑いがこみ上げてくるのをグッと飲み込む栗栖。このままでは堂々巡りになりかねない。
「えへん、ま、まあ、そう言う事ならアンネリーゼやD.Dにも挨拶しに行くとするか。たまには日本式も良いだろうし、な」
軽く咳払いをして提案を受ける旨を伝える栗栖。そんな彼を少しジト目で見ていたルーツィアはハァ……と小さく息を吐くと
「突っ込みたい事はあるけど……まあ良いわ。それじゃあ行きましょうか? 先ずは何処から廻るの?」
自ら折れて早々に気持ちを切り替える。
「先ずはD.Dからだな。アンネリーゼには悪いがその方が最短だしな」
ルーツィアが折れてくれて内心ホッとしながら栗栖はそう告げる。
「それじゃあ行きましょう! あ、エスコート宜しくね♡」
「OK。では参りましょうか、お姫様?」
ついと差し出されたルーツィアの右手に恭しく左手を添える栗栖。
そうして栗栖とルーツィアの2人は挨拶回りを完遂する為に、D.Dの居る装備管理局へと向かうのであった。
次回更新は二週間後です。
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