〖act.20〗魔法使いと傭兵、聖夜騒乱(後)
眩い閃光と激しい音が部屋に満ちる! 中に居たテロリスト『死灰』の構成員達は一瞬その光と音に感覚麻痺に陥る!
束の間その虚をついて部屋に飛び込んでくる2つの影が!! 影は室内に居たテロリストのAR-15やMAC-11、M870を持つ腕や肩を寸分違わず撃ち抜いて行く! 言わずと知れた栗栖とルーツィアである。
「くそっ! 権力の犬が!」
部屋の奥に居たテロリストの何人かは、いち早く感覚麻痺から立ち直ると栗栖達に銃を向けるが、それも瞬く間に2人に銃を持つ肩を撃ち抜かれ制圧されて行く。
中には撃たれていない腕に銃を持ち替えて反撃しようとした者も居たが、そちらも再び肩を撃ち抜かれ床に転がり悶絶している。
「──これで5人目、か──ルーツィア、そっちは?」
銃声と共に9×19mm弾を1人のテロリストに撃ち込んで確認する栗栖に
「──よっと、はい、これで4人目よ!」
こちらも5.56×45mm弾をテロリストの肩に撃ち込んだルーツィアが答える。
「確か立て篭った『死灰』は全部で10人だったはず、あと1人は──」
何処にと栗栖が言葉を紡ごうとした時、視界の端に動く影が──! 殆ど反射的にそちらを向くとMP5を連射で発砲する栗栖! |
一拍遅れてルーツィアのCAR-15も火を噴く!
9mm弾と5.56mm弾が連続して物陰に隠れていたテロリストの身体を薙る様に撃ち抜いて行く! 2人の連射撃に血飛沫を撒き散らし後ろへと倒れ込むテロリスト!
その右手には導火線に火が着いたダイナマイトが握られていた! 慌てて駆け寄りダイナマイトから導火線を一気に引き抜く栗栖。
「ふぅーっ、間一髪って所だな……」
そう言って大きく息を吐く栗栖の耳に大勢の足音が聞こえ、振り返ると市警の警官隊が押っ取り刀で部屋に飛び込んでくるのが見えた。
(やっとお出ましか)
床に蹲る様に転がるテロリスト達を警察官が次々と逮捕して行く様を眺めている栗栖に、ルーツィアが傍らに近付いて来て声を掛けて来た。
「クリスっ、お疲れ様!」
「ああ、ルーツィアもお疲れ様」
にこやかに語りかけて来るルーツィアに先程の緊張感は微塵も感じられない。その様子を見て自身のささくれ立ちかけた心が落ち着くの感じる栗栖であった。
「また派手にやらかしたな……」
現場である13階の部屋に入って来たトレバー警部補の第一声がこれである。
「これでも大人しめの方なんだけど?」
「そうだな。大人しい方だな」
片や不服そうな声を上げるのはルーツィアとそれに同調する栗栖。
「アンタらはこれで大人しいのかよ……」
あちこちに血痕銃痕が残る部屋の惨状を見回しながら心底呆れたみたいに独り言ちるトレバー警部補。
「肩や腕を撃ち抜かれたテロリストは全部で9名、射殺されたのは1名。撃たれた奴等は全員そのまま病院送りになっちまったのにか?!」
「極力射殺するのは控えたつもりだが? それに1人はダイナマイトを使おうとしていたんだ。正当防衛さ」
思わず声を荒らげるトレバー警部補だが、犯人は逮捕するのが目的の警察と、テロリストは射殺するのも厭わない対テロ作戦専門の栗栖達A・C・Oの姿勢の違いが表れたに過ぎず、この差を埋めるのは如何ともし難い。
「んーと、そうした見解の相違は仕方ないんじゃないの? それぞれの立場ってのがあるんだから」
「むぐっ!?」
会話を聞いていたルーツィアの真っ当な台詞に言葉を詰まらせるトレバー警部補。そしてガシガシ頭を搔くと大きく息を吐き
「……まァあれ以上人的被害は出なかった事には間違いないし、何より面倒事をボランティアで解決してくれたんだ。それには感謝してもし切れない。ありがとう、そしてすまなかった。俺も少し言い過ぎた」
そう言うと深く頭を下げてくる。
「あんたの謝罪は受け取るよ。だから頭を上げてくれ」
頭を下げられた栗栖は謝辞を受け取ると、笑顔を見せトレバー警部補に手を差し出す。その手を握り返しながら「ありがとう」とこちらも笑顔のトレバー警部補。
「それはそうと、実はもうひとつ厄介事があるんだが……」
手を離すと一転、済まなそうな顔をして頭を搔くトレバー警部補。
「すまんが署までご同行願えないか? 今回の事件の大筋をまとめて調書を作るのに協力して貰いたいんだが……」
「それは構わないが……」
トレバー警部補の懇願に一瞬戸惑いを見せる栗栖。その視線はルーツィアに向けられている。
「ん? 私も構わないわよ? 大切な事なんでしょ?」
視線を受け大きく頷くルーツィア。
「すまんな、クリス中尉、嬢ちゃん。手間は取らせないから」
トレバー警部補はそう言うと近くに停めてあった黒のセダン車に2人を案内して乗り込ませた。
「安全ベルトは閉めたか? それじゃあ──行こうか」
トレバー警部補が運転席のイグニッションキーを回すとエンジンに火が入り、黒のセダン車が現場から滑るように進み出るのだった。
「やれやれ、やっと終わった……」
「意外と面倒だったわね……」
「すまんなお二人さん、意外と時間が掛かって……」
市警の分署から少し疲れた顔をして出てくる栗栖とルーツィアと、2人に労いの言葉を投げ掛けるトレバー警部補。既に陽が傾きかけている。
「まぁ仕方ないさ。あんた達も仕事だしな」
「だがお陰で助かった! これで病院送りになった奴等をみっちり問い質すだけになったよ」
そう言うと右手を差し出して来るトレバー警部補。
「それは何よりだ」
差し出された右手を握り返しながら栗栖も言葉を返す。
「何か分からない事があったら、教えといた俺の情報端末かA・C・Oに連絡を寄越してくれれば良いからな」
「ああ、そうさせてもらうよ。アンタらも困った事があったら遠慮なく連絡して来てくれ」
そう言うと手を離し、今度はルーツィアに手を差し出すトレバー警部補。
「嬢ちゃ──ルーツィアさんもすまなかったな、付き合わせちまって」
「まあ、初めての経験だったからそれなりに楽しかったわよ」
差し出された手を笑顔で握り返すルーツィア。
「さて、と……それじゃあ送っていこうか」
「いや、ここから歩いて帰るよ。クルマを停めた駐車場も近いし、何より買い物の途中だったんでね」
そう申し出るトレバー警部補にやんわり断りを入れる栗栖。そんな栗栖とルーツィアの顔を交互に見ながらニヤリと笑い
「そういやアンタらはデート中だったんだっけか」
そんな事を宣うトレバー警部補。
「えっえっ!? や、やだ、デ、デートだなんて♡」
「ん? そうなる……のか?」
片やルーツィアと栗栖には微妙な温度差があるみたいである。
「んん、ま、まぁ、そんなんだったら俺が送るのは余計なお世話だな、うん!」
少し茶化すつもりだったが逆に気不味くなり、場を取り持とうとするトレバー警部補。
「お、おう、そ、それじゃあ帰るとするか」
「え、ええ、そうね! それじゃあトレバー警部補」
「あ、ああ、それじゃあな」
何とも言えない微妙な空気でお互いがお互いしどろもどろになる3人。兎にも角にも分署をあとにする栗栖とルーツィアであった。
思いの外余計な時間を取られ2人が落ち着いて買い物に戻れたのは、陽がとっぷり暮れて冬の夜空に月が煌々と輝き始めた頃になってしまった。
「すまなかったな、ルーツィア」
傍らを歩く栗栖が徐ろに謝罪する。
「うん? なぁに?」
「いや、俺が余計な事に首を突っ込んでしまって買い物するのが遅くなってしまった」
如何にも申し訳無さそうな栗栖に対し笑顔で答えるルーツィア。
「ふふっ大丈夫よ、それなりに楽しかったし。それに──」
「それに?」
「クリスがあんな状況を見過ごせる訳が無いのは知っているから、ね。貴方は自分の思う通りにすれば良いのよ、それが貴方らしくて良いわ♡」
そこまで言うと頬を赤らめながらも満面の笑みを栗栖に向けるルーツィアの姿に
「ありがとう……ルーツィア」
思いやりを感じ栗栖は静かに頭を下げ
「よし! じゃあすっかり遅くなったけどお互いへのプレゼントを選ぼうか?!」
手をパンッと叩くと、今度は自身が努めて明るい声で雰囲気を切り替える。
「さてと、それじゃあまずルーツィアの欲しい物から買うとしよう。何が欲しいんだい?」
「えっ!? あ、うん、えっとね……」
急に話を振られたルーツィアはしどろもどろになりながらも栗栖をひとつの店先へと誘う。
「えっとぉ、あれが欲しいんだけど……」
可愛く指差す先にあったのは小さなダイアモンドが一粒輝く金のシンプルなデザインのリングだった。価格はベンジャミン・フランクリンが10人必要な金額である。
栗栖は躊躇する事無くルーツィアの手を取り店内へと進み入り、応対に出た店員にショウウインドウに飾られているリングを買う旨を告げ、店員はルーツィアの指のサイズを確認する。
この際、店員が何故か左手の薬指のサイズを尋ねてきてルーツィアが再びしどろもどろになったりもしたが、何とか右手の中指に嵌める事で話が落ち着き無事購入となった。勿論支払いはカードである。
そしてリングは青い箱に納められ、青の梱包紙に包まれ、白いサテンリボンを掛けられ、ショッピングバッグに入りルーツィアの手に持たれていた。
「えへへ、ありがとうクリス! とっても嬉しい♡」
ショッピングバッグを胸に抱き締めながら喜びを表すルーツィア。そんな様子を見て心が暖かいもので満たされていくのを感じる栗栖。
「喜んでもらえて良かったよ」
「うん♡じゃあ、今度は私がクリスが欲しいのを買ってあげるわ! 何が欲しいの?」
「うん? ああ、それなら──」
ルーツィアの言葉を受け今度は栗栖がとある小売店の中へと誘う。
「──これなんだが」
「ん? なに何?」
店内の商品棚に置かれている商品を指し示す栗栖。覗き込むルーツィアの目に英国製の長財布が飛び込んで来た。
「このお財布?」
「ああ、今使っているのがいい加減くたびれて来ているから、新しいのを欲しいかなと……」
そう少し躊躇いがちに話す栗栖に、いつか感じた甘い疼きを再び胸の奥に感じるルーツィア。意味も無く頬に熱が集まるのを自覚しながら
「そ、それじゃあコレを私が買ってあげるわ!」
そう言うとすぐさま店員に声を掛け長財布を買う旨を伝えるルーツィア。程なくして店員がゴールドカラーのリボンを誂え、緑のラッピングペーパーでラッピングされた箱を持って来る。それを受け取ると
「はい、クリス! クリスマスプレゼント♡」
と栗栖に押し付けるルーツィア。その顔は頬のみならず耳まで真っ赤である。
ここまであっという間の出来事であり流石の栗栖も反応出来ずにいたが、ルーツィアからプレゼントを押し付けられ漸く再起動して
「あ、ああ、ありがとうルーツィア。大事に使うよ」
少しはにかんだ顔で、赤い顔でそっぽを向いたルーツィアに感謝を告げる。すると益々赤らむルーツィアは
「じ、じゃ、じゃあ! この後の正餐はよろしくね!」
そう言うと右手を栗栖の前に差し出した。
「ああ、任せてくれ」
そんなルーツィアの様子を微笑ましく思いながら差し出された右手を左腕に組ませエスコートする栗栖。その様を見て「えへへっ」と笑うルーツィア。
そんな2人は夜の闇に映えるイルミネーションの中を今宵の晩餐の場へと歩いて行くのだった。
次回更新は二週間後です。
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