〖act.2〗 銃声と雷声
『──栗栖』
──夢を見ている。
『栗栖。あなたは生きなさい。私と違ってあなたの人生はあなた自身で決められるものなのよ』
──手を伸ばす。例え届かなくても。
『お願い。私の分まで生きて──栗栖』
──最後に見たのは血と涙に濡れた顔だった。
────
──────詩月姉さん。
目を覚ます。
目覚めの悪い夢に黒姫栗栖は溜め息を吐いて、思わず顔に手をやると自分が泣いていた事に気付いた。涙を拭って腕時計を見ると06 : 00になる所だった。
「久しぶりにあんな夢を見たな……」
ベッドの上で天井を見上げながら誰とは無く呟く。
あの作戦から三日、色々トラブルはあったものの栗栖達【A・C・O】の隊員達は無事に本社に帰還を果たしていた。因みにトラブルとはあのルーツィア・ルードヴィヒだったのは言うまでもない。
あの作戦での撤退戦時にルーツィアがやらかした事が主な原因なのだが、本社ではルーツィアを超能力者として認識し最重要人物扱いをしており、現在絶賛本社のメディカルセンターで精密検査を受けているのだった。
(まぁ、そうなるよな……)
かつて自身もそうであった事を思い出して苦笑する栗栖。今頃ルーツィアは辟易としている頃だろう。
栗栖は身体を起こすとベッドから降り、テーブルの上に置かれているインスタントコーヒーの瓶の蓋を無造作に開けると、スプーンでコーヒーの粉をカップに入れポットのお湯を注ぐ。そして芳しい香りを楽しむ事無く、濃いめに淹れたコーヒーを一気に煽った。コーヒーの苦味で少しぼやけていた意識がはっきり覚醒する。
そのまま窓に近付くと徐ろに締め切られていたカーテンを開け、まだ昇りたての朝日を部屋に取り込む。
「さて、と」
栗栖は差し込む朝日に目を細めながら机の上に置かれているパソコンに目をやるとボソリと呟く。
「様子を見に行ってやるか……」
本来なら作戦後は原則最低一週間の休暇を与えられるので、休暇中は本社に顔を出す事はあまり無いのだが、栗栖は何時もの出勤時間前には本社を訪れていた。
社員証を入口に立つ警備に提示して社屋に入り、エレベーターでディビジョンSの事務室に向かう。オフィスのドアにある読取機に社員証を翳すと開錠され、オフィスの中に入る栗栖。何人か居る当直の隊員達に挨拶を交わしながら士官室に直行する。
ドアをノックすると「入れ」と短い返答があり「失礼します」と栗栖がドアを開けて中に入ると、短く刈り込んだ金髪の大柄な男性が執務机で書類に目を通していて、栗栖が入室してくると顔を上げ「クリスか?」と少し驚いたみたいな、そして何となく安堵したみたいな顔をした。
「おはようございます、グエン中佐」
一方の栗栖は男性に敬礼をしながら名前を口にする。この男性こそ栗栖達A・C・OデビジョンSの指揮官、サミュエル・グエン中佐であった。
「丁度良かった、このあと君に連絡を入れようと思っていたのでね。それで今日は何か用かね?」
「今回の作戦の報告書が出来たので」
グエン中佐の問い掛けに栗栖は手にしていた角形封筒を差し出した。
「相変わらず早いな」
受け取ったグエン中佐は封筒の中からケースに収められた光ディスクを取り出すと、執務机の上のパソコンにセットしてディスプレイを見つめる。
「ふむ……しかし君の報告書を読むにつけて彼女の能力は極めて異質だとしか言いきれないな」
報告書を一通り読み終えたグエン中佐は椅子の背もたれに背中を預けると、栗栖の方に向かいそんな言葉を口にする。
「本社への帰還時に簡潔に報告は受けたが、この報告書を読む限り俄には信じられないな。他の者から受けた報告でも彼女の力は我々が認知している超能力者とは明らかに違うものだ」
(まぁ、あんなのを見せられたら皆んなそう言うのも当然か)
栗栖は心の中で独り言ちる。
「──君は一体何を見たんだ? 君は彼女を間近で見たんだろう? 私は君自身の口から君が見たモノを聞かせて欲しい」
机の上で両手を組んでグエン中佐は栗栖を見据えながら詰問してくる。栗栖は軽く咳払いをして姿勢を正すと
「私の私見が入りますが、それでも宜しければ」
そう前置きして話し始めた。
あの日──── 。
集結地点の玄関ホールのロビーで小隊と合流した栗栖とルーツィア。
「ギリギリでしたね【黒雪姫】、いえクリス中尉。その娘がお客さんですか?」
小隊の小隊長であるコナー・オーウェル中尉が栗栖達を目にすると声を掛けて来た。
「ああ、望まない客だがな」
栗栖はルーツィアを降ろしながらコナー中尉に軽口を言い、コナー中尉はルーツィアに「宜しくお嬢さん」と話し掛け、ルーツィアは怪訝そうな顔をしていた。
「それで状況は?」
N I J規格レベルⅣと言うライフルの徹甲弾も止められるボディアーマーをルーツィアに急いで羽織らせながらコナー中尉に確認する栗栖。
「囮の分隊があと8分で合流します。問題は玄関の外にいるテロリスト達ですね。どうやら付近を巡回していた奴等で、こちらの予想より速く拠点に戻ってきたみたいで現在2分隊で応戦中です」
丁寧な言葉で状況を説明するコナー中尉。彼は栗栖と同じ中尉だが、入隊は栗栖の方が早く年功序列から言っても栗栖が先輩である為だ。
「敵の戦力は?」
ルーツィアに身を潜めて待機している様に念を押すと、ロビーの無駄に大きい受付カウンターを遮蔽物に自分も隠れながら更に確認する栗栖。
「人数は凡そ30、使用しているのはAK47とRPK軽機関銃。あとはKPV重機関銃の存在も確認しました」
あとから来たコナー中尉もカウンターの影にしゃがみ込みながら端的に答える。
「対するこちらは2分隊20人、M4A1とM249SAWか……」
「囮の2分隊と合流するまで無駄弾を撃たない様に周知徹底していますが……なにぶん重機関銃が厄介です」
散発的な銃撃音の中、栗栖は軍用双眼鏡を覗くとKPV重機関銃を積んでいるピックアップトラックを後方に据えて展開しているテロリスト達の布陣を確認する。
「確かに少し厄介だな……」
今のところ使用されていないが、これ以上戦線が膠着状態になると何時使われるかわからない重機関銃の存在を改めて確認すると、栗栖は憂鬱そうに呟く。
「合流する分隊にはM203装備のM4A1が3名いますので、合流出来れば一気に掃討出来るのですが──」
カウンターに身を屈めるコナー中尉が希望的観測を述べるが、その前に痺れをを切らしたテロリストがピックアップトラックに向かうのが見えた。
「不味い!」
そう言うが早い栗栖は、急いでピックアップトラックの荷台に乗ろうとしているテロリストにFN F2000の照準を合わせる!
火器統制装置が素早く照準し、栗栖は全自動射撃のまま引き金を引くと5,56×45㎜弾が連続発射され、照準器の中に映るテロリストに吸い込まれていく!
鮮血を撒き散らして荷台からテロリストが地面に落ちると一斉にお互いの銃が火を噴き、激しい銃撃戦が始まった!
「くそ!」
遮蔽物に身を屈めFN F2000の弾倉を素早く交換しながら
(このままでは消耗戦になるな)
栗栖はうんざり気味に独り言ちた。
遮蔽物に身を隠しながら応戦する栗栖の肩をポンと叩く者がいた。
「ねぇ、栗栖。なんだか大変みたいね?」
この緊迫した状況とは対象的にのほほんとしたルーツィアである。
「ルーツィア!? 危ないから下がっていろ!」
慌てて退避を促す栗栖にルーツィアはとんでもない言葉を発した。
「私が何か手伝おうか?」
「手伝うと言われても君に銃器を使わせる訳には……」
保護対象であるルーツィアを戦闘に参加させる訳にはいかないと逡巡する栗栖に、ルーツィアは更に予想の斜め上を行く言葉を投げ掛ける!
「大丈夫よ。そんな道具は使わないから」
そう言って遮蔽物から身を乗り出すルーツィア!
「!? 馬鹿! 危ない!!」
思わず叫ぶ栗栖の目の前で銃撃が丸見えのルーツィアに集まる! ルーツィアの華奢な身体が蜂の巣に撃ち抜かれるのを幻視した栗栖の目の前で、有り得ない現象が起きる!
ルーツィアの50㎝手前で全ての銃弾が見えない壁に当たったみたいに潰れボトボト落ちて行くのだ!
(あ、有り得ん! 貫通力が高い7,62㎜弾が?!)
唖然とする栗栖の耳に届いたのは、更に有り得ないルーツィアの台詞だった!
「ふん……この位の物理攻撃ならこんなモノね」
「な……!?」
驚きに驚きを重ねる栗栖を尻目にルーツィアが遮蔽物にしていたカウンターから出て前に進み出る。そのルーツィアに更に苛烈な銃撃が集中するが結果は同じ、見えない壁に銃弾が遮られルーツィアに届く事が無かった。
そんな中、ルーツィアは両手を左右に広げ「うん大丈夫、いけるわ」と小さく呟くと、不意に彼女の周りに紫電が迸り始めた! 最初は小さかった放電現象は徐々に大きくなり、彼女の周りを荒れ狂う!
ルーツィアは両掌を前に突き出すと
「【雷霆之雨】」
と言葉を力強く紡いだ! 次の瞬間、彼女の周りを荒れ狂っていた紫電は轟音と共に前方のガラス張りの壁を突き抜け、外にいたテロリスト達の頭上から一斉に降り注いだ! 悲鳴を上げる暇も無く倒れ伏すテロリスト達! 紫電は2秒ほど降り注ぎ、それが過ぎ去った後には沈黙だけがその場を支配していた。
「い、今のは君がやったのか?」
栗栖達も咳き一つせずにいたが、いち早く我に返った栗栖がルーツィアに尋ねる。
「ん? そうだけど?」
一方のルーツィア本人はあっけらかんとして答える。
「今のは一体……?」
「あれは魔法術よ。今回はオドを物理的エネルギーに変換したの。普段はマナを使うんだけどね」
続けて訊ねて来た栗栖に噛み砕いたみたいな説明をするルーツィア。その顔には何かを悟ったみたいな表情を現して。
「君は一体、何者なんだ?」
栗栖は続けて訊ねる。恐らくはと言う考えはあるが一方で、そんな非現実的な事は無いと否定する自分がいる。でももしかしたら── 。そんな栗栖の思いを肯定し否定する答えを彼女は紡ぐ。
「私は「リヴァ・アース」の至上之魔導師、ルーツィア・ルードヴィヒ。信じられないだろうけど、こことは違う世界から来たの」
あまりの現実離れしたルーツィアの台詞に栗栖は呆然とするのだった。
アサルトライフル AK47
全長870mm/銃身長415mm/重量3900g(マガジン未装填)/口径7.62mm/使用弾7.62×39mm弾/装弾数30発
RPK軽機関銃
全長1040mm/銃身長590mm/重量5000g/口径7.62mm/使用弾7.62×39mm/装弾数30/40/45/75発
KPV重機関銃
全長2006mm/銃身長1346mm/重量49.1kg/口径14.5mm/使用弾14.5×114mm弾/装弾数40発
アサルトライフルM4A1
全長850.9mm/銃身長368.3mm/重量2680g(マガジン未装填)/口径5.56mm/使用弾5.56×45mm NATO弾/装弾数20/30発
M203グレネードランチャー
全長380mm/銃身長305mm/重量1360g/口径40mm/使用弾40×46mmグレネード弾/装弾数1発
M249SAW軽機関銃
全長1035mm/銃身長465mm/重量7500g/口径5.56mm/使用弾5.56×45mm NATO弾/装弾数30/100/200発
次回投稿は2週間後を予定しています。
いつもお読み頂きありがとうございます。