〖act.19〗魔法使いと傭兵、聖夜騒乱(前)
街を彩る色とりどりのイルミネーション。どの店先にもクリスマスのディスプレイが飾り付けられ、いつにも増して華やかである。
「ふわぁ……とても綺麗ねぇ……」
キラキラ光るイルミネーションのLEDライトの輝きに目を奪われるルーツィア。
「まあ感謝祭が終わると直ぐにクリスマスの飾り付けがされるからな」
一方毎年見慣れたクリスマスの光景を見てそう評する栗栖。
「昔からこの通りの先にある複合施設には巨大なクリスマスツリーが飾られているんだが……見に行くか?」
「それも見たいんだけど……お互いに交換し合うプレゼントを買いに行くんでしょ?」
「そうだな。その為に折角出掛けてきたんだしな」
そう言うと栗栖はルーツィアにスッと左手を差し出す。一瞬キョトンとその手を見つめそして頬を赤らめて「う、うん……」と、差し出された手をとるルーツィア。
こうして見ると恋人同士……に見えなくも無い。
今日は12月24日、いわゆるクリスマスイブである。今日明日はA・C・Oのシフトも無い言わば休日だ。なので約束通り栗栖はルーツィアをエスコートしてクリスマスに賑わう街へと繰り出したのであった。
「ふーんふんふん、ふーん♪」
鼻歌交じりにショウウインドウを覗き込むルーツィア。えらく御機嫌な彼女はジーンズの腰に手を当てながら栗栖に尋ねて来る。
「ねぇ! クリスは何が欲しいのかしら?」
「ん? そうだな……」
ルーツィアが向ける屈託の無い笑顔につい顔が綻ぶ栗栖。今回のプレゼント交換はお互いに相手が欲しいものを買い合う事になっており、こんな会話になるのだ。果たしてこれでプレゼントになるのか悩ましい所ではあるが。
ルーツィアに言われ一緒にショウウインドウを覗く栗栖。その時ふと、視界の隅にある人物が写り込んだ。
(あれは──)
「ん? どうしたのクリス?」
栗栖の意識がその人物に向き、それに気付いたルーツィアが怪訝そうに聞いて来る。
「あ、いや、彼処のビルの前に立っている人な、あれは恐らく……警察官だ。私服だけどな」
ルーツィアに指差す事無く視線だけでその人物を差し示す栗栖。その視線を追うルーツィアの目には隣りの雑居ビルの玄関前に佇む人物が映った。
「そうなの?」
「ああ、さっき腰にヒップホルスターが見えたし、インカムで何処かと話していたみたいだしな」
職業柄そうした洞察力に優れている栗栖はそう判断したらしい。それに嫌な予感もしたのも確かである。
「ふーん、何かあったのかしら?」
直ぐに視線を外して再びショウウインドウに顔を向けるルーツィアと意識を切り替える栗栖。
少しして──不意に二発の銃撃の音と共に辺りに爆発音が鳴り響いた!
「!? な、なんだ?!」
栗栖は慌てて音のした方に顔を向ける! すると先程警察官らしき人物が立っていたビルの上層階の窓から煙がたち昇っているのが目に飛び込んできた!
「くそっ! 嫌な予感が当たった!」
そう言うが早い、舌打ちしながら駆け出している栗栖。一拍遅れてルーツィアもその後に続くのだった。
雑居ビルの前の道路には爆風で吹き飛んだ窓枠や瓦礫やガラスが散乱している。近くにいた通行人達は悲鳴を上げ逃げ惑う。
爆発のあったビルのエントランスから這う這うの体で吐き出されて来る人達の1人に急いで近付き声を掛ける栗栖。
「おい、何があったんだ?!」
「ゲホゲホ…………だ、誰だアンタ達は?」
咳き込みながらも誰何して来る顔の煤けた壮年の男性。
「A・C・OディビジョンS所属、黒姫栗栖中尉。こちらはルーツィア・ルードヴィヒだ」
栗栖とルーツィアは男性にA・C・Oの社員証を提示する。このIDはDD FORMのCACにもなっていて、自らの身元を明かすのにも使えるのだ。
「! エコーって、あのか?!」
「何があのなのか知らないが、そのエコーのだ」
すると男性はしまったと言う顔をして
「すまん! 気を悪くしたか? 悪気は無いんだ。俺は市警察のトレバー・ヘンズリー、階級は警部補だ」
トレバー警部補はそう言うと階級章を栗栖達に提示する。
「それで何があったんだ?」
お互いの紹介が終わった所で改めて確認する栗栖。聞かれたトレバー警部補は渋い顔をして言い淀む。
「それがなぁ……このビルの13階の部屋に『死灰』と言うテロリストが潜伏していると情報があってな。緊急出動部隊が中心になって身柄確保の為に強行突入しようとして反撃を食らったんだ」
「成程……最初に聞こえた銃声は ” マスターキー ” のだったのか」
「? なによ、 ” マスターキー ” って?」
栗栖の呟きを聞いたルーツィアが疑問をそのまま尋ねて来る。
「散弾銃の事さ。ドアの蝶番を散弾で破壊してドアを開ける事から ” どんな扉も開ける鍵 ” って通称があるんだ」
「おいおい、この嬢ちゃんは新人なのか?」
ルーツィアへのわかりやすい解説に少し呆れたみたいなトレバー警部補。だがそれには答えずに顎に手を当て考え込む栗栖。もちろん『死灰』についてである。
(確かA・C・Oの資料では『死灰』は脅威度判定Dのテロリストだったな)
この場合の脅威度とはそのテロ組織もしくはテロリストの一般社会に於ける危険度と、どれだけの武力を保持しているかと言う武装度なら弾き出される数値である。脅威度はDからC・B・A・Sと弾き出された数値の低いのからより高いのへと上がっていき、脅威度Sは『深緑の大罪』の様な極めて危険なテロ組織が該当する。当然脅威度Dでは「過激な活動家」ぐらいに認識されているぐらいである。
「……最近目立った活動はして無かった筈なんだが……」
少なくともA・C・Oでは担当する事無く、州警察や市警察に対応を任せていた、言わば三流テロリストである。
「それがなぁ……」
そう言うとトレバー警部補はガシガシ頭を搔き
「最近武器を頻繁に買い漁っているらしいと情報があったんで警戒はしていたんだが……奴等ダイナマイトまで手に入れてやがった」
悔しそうに零すのだった。
「それでさっきの爆発か……」
備にエントランスから出てくる人達を観察する栗栖。
(どうやら炭坑掘進用のダイナマイトみたいだな)
爆発に巻き込まれた警察官や一般人の爆傷に熱傷者が少ない事からそう判断する。
「それでこちらの被害状況は? あと敵の武装に関しての詳しい情報を」
それでもなお自らの判断のみに頼る事無く、トレバー警部補に正確な状況を確認する栗栖。
周りに指示を出していたトレバー警部補は近くに居た部下らしき人物と二言三言言葉を交わすと
「あーっとな、こちらは重傷4名、軽傷16名って所だな。民間人からは軽傷者が5名出ている。現在ビルの13階の部屋に『死灰』は10名が立て篭っていて、全員AR-15やMAC-11で武装している。M870を持っている奴もいたな。ざっとAR-15が4名、MAC-11が5名、M870が1名って所か。ウチの何人か階段付近まで退避して観測している」
栗栖の質問に律儀に答える。
「AR-15は兎も角、MAC-11にM870もか……」
殆ど何処ぞかのギャングの様な武装状況である。
「わかった。それとこのビルの13階の図面はあるか?」
栗栖の問い掛けにトレバー警部補はまた別の人物に声を掛けると、その人物は図面を持って来てくれた。どうやらESUの隊員らしい。
「これが……その図面だが。こんなのを見てどうしようってんだ?」
トレバー警部補が訝しみながら近くに停めてある車のボンネットの上に図面を拡げ、覗き込む栗栖とルーツィア。それをひと通り確認すると
「図面は頭に入れたか、ルーツィア?」
一緒に見ていたルーツィアに確認する。
「もちろん、ばっちりよ!」
じっと見つめていたルーツィアは元気良く返事を返す。彼女の場合、【セラフィエルの瞳】があるので記憶には心配ない。
「良し、それじゃあトレバー警部補殿」
ひとつ頷くと今度はトレバー警部補に話を振る栗栖。
「な、なんだ?」
話を振られたトレバー警部補は何事かと警戒を顕にする。それに構わず言葉を紡ぐ栗栖。
「ESUで使っているカービンとサブマシンガンを一丁ずつ貸して貰いたい。あと予備の弾倉もあれば有り難いんだが……」
「ちょ、ちょっと待て! アンタら2人だけで彼奴らを何とかする気か?!」
思わず大声を上げるトレバー警部補とは対照的に冷静に言い切る栗栖。
「問題無い。な、ルーツィア?」
「ええ、問題無いわ!」
「言っとくが殺害は無しだぞ?! 出来るのか?!」
2人の台詞を聞いて食い下がるトレバー警部補。彼としてはこの騒動を起こした犯人を検挙するのが目的なのだ。だがそれに対する栗栖の返答は冷徹だった。
「相手の出方次第だが……善処はするよ」
そんな栗栖の言葉にむぐぐっと口を噤むトレバー警部補。そして先程のESU隊員に指示を出し、栗栖に頼まれたCAR-15とMP5と予備マガジンをそれぞれ二つ、それに突入用の特殊閃光発音筒を持って来させた。
「ほらよっと、これで良いだろう?! 言っとくが俺は依頼してないからな?! アンタらが勝手にやった事だ!」
栗栖達に手渡しながら半ば自棄的に叫ぶトレバー警部補。責任逃れをしている様にも見えるその姿に栗栖は苦笑しながら答える。
「安心してくれ。こいつは社会奉仕だ」
手渡されたCAR-15やMP5や、お互い持ち歩いているSIG SAUER P320やベレッタPX4を直ぐ使える様に準備を整えると、雑居ビルの前に立つ栗栖とルーツィア。その背後では市警の警察官がパトカーとバリケードテープで規制線を張り、トレバー警部補が無線で上の警官隊に指示を出していたが向き直り
「上の奴等には話を付けておいた! 気を付けろよ!」
これから出向く栗栖達に声を掛けて来た。それに手を挙げ答えると
「ルーツィア」
MP5を改めて構えながら声を掛ける栗栖。ルーツィアはCAR-15を抱えている。
「攻城事案対応。制圧戦。二人一組5分で13階に到達。作戦を展開する」
「了解っ!【身体増強】!」
「よし……行くぞ!」
ルーツィアが魔法術を発動させたのを確認して駆け出す2人!
エントランスから脇に入り少し進み外付けの非常階段に取り付くと、そのまま銃を構えながら一気に駆け上がって行く栗栖とルーツィア!
ひとつの階層を20秒足らずで駆け抜けていく2人!
約4分で目的の13階に到達し、目標の部屋に向かう廊下を栗栖が斥候となり、安全確保しながら進んで行く!
遠くで聞こえていた散発的な銃撃音が近付き、目標の近くの曲がり角が近付くと栗栖はルーツィアに「止まれ」のハンドサインを出し、身を潜めるとそっと様子を伺う。
(この位置は目標の部屋まで3mと言う所だったか)
ESUが戸口破砕した戸口の陰からAR-15やMAC-11やM870を無差別に撃ちまくる『死灰』の構成員と、それに応戦する警官隊を確認する。栗栖達は警官隊とテロリスト達のほぼ中間地点にいる事になる。
「どうするの、クリス?」
後ろにいたルーツィアが小声で指示を仰いで来る。その時警官隊が栗栖達に気付きハンドサインを送って来た。向こうのハンドサインに答えた栗栖は
「ルーツィア。スタングレネードを投げ込んで2秒で突入。準備しろ」
スタングレネードを手に取るとルーツィアに短く指示を出す。
「了解」
その返事と共にCAR-15の安全装置を外すルーツィア。
栗栖は曲がり角が飛び出すとスタングレネードの安全ピンを抜き室内に向かい投擲する!
一瞬の間をおいてテロリストが立て篭る部屋に目も眩む閃光が生まれ、耳を劈く様な激しい音が鳴り響いた。
アサルトライフル アーマーライトAR-15
全長999mm/銃身長508mm/重量3,500g/口径5.56mm/
使用弾5.56×45mmNATO弾/装弾数20/30発
サブマシンガン ミリタリーアーマメントコーポレーションMAC-11/9
全長248mm(ストック延531mm)/銃身長129mm/重量1,565g/
口径9mm/使用弾9×19mmパラベラム弾/装弾数20/30発
ショットガン レミントンM870
全長1180mm/銃身長660mm/重量3100g/口径18.5mm/
使用弾12ゲージ/装弾数5発
アサルトカービン コルトCAR-15
全長853mm/銃身長381mm/重量2,720g/口径5.56mm/
使用弾556×45mmNATO弾/装弾数20/30発
サブマシンガン H& K MP5
全長550mm(ストック延700mm)/銃身長225mm/重量3,080g/
口径9mm/使用弾9×19mmパラベラム弾/
装弾数10/15/20/30/32発
次回更新は二週間後です。
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