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〖act.17〗傭兵、事後の確認と決意

 

「──診断の結果は異常無しだね。物の見事に全快だよ」


 A・C・O(エコー)のメディカルセンターの診察室にて、椅子に座るシモーヌが机の上にあるディスプレイに映るカルテを見ながら対面している栗栖(クリス)にそう告げる。


「しかし、入院してから三週間で退院になるとはね。やっぱり魔法術(マギア)とは凄いものだね!」


「ああ、本当に大したものだ」


 魔法術(マギア)の功績に興奮気味のシモーヌを見て、軽く相槌(あいづち)を打つ栗栖。あの後彼は、ルーツィアが新規に【言霊回路(ランゲージ・サーキット)】を組んだ治療魔法術(メディカル・マギア)の【鎮痛付与治療(アナルジーヒール)】の被験者になっていたのである。体良く実験台になっていたのだが、流石にそれは口にしない栗栖。


 兎に角その【鎮痛付与治療(アナルジーヒール)】を三日間三回に分け、様子を見ながら掛け続けて貰い完治したのである。


「まあルーツィア本人は新しい魔法術(マギア)を構築出来たからと御満悦だったが……」


「何と言うか……お疲れ様だねクリス」


 苦笑する栗栖の肩をポンポンと叩くシモーヌ。こうした所は付き合いの長さが出ている2人である。


「でも私としてはルーツィアさんが行使する【治療魔法術(メディカル・マギア)】と言うのに俄然(がぜん)興味があるんだけどね、勿論その治療を実際に受けた君にもね、クリス♡」


 そして(わざ)とらしくミニのタイトスカートから覗く脚を組み替え、ブラウス越しに胸を寄せ(しな)を作るシモーヌ。この2人の関係が気になる所ではある。


「ところで──これでもう退院出来るんだろ?」


 それに魅了される事無く普段と変わらない顔でシモーヌに尋ねる栗栖の様子では、今回も軍配は栗栖に上がった様ではあるが。


「本当に淡白だよね、キミは──」


 栗栖の様子を見て少しむくれながら居住(いず)まいを正すシモーヌ。そして(おもむ)ろにディスプレイをタッチして(ページ)を送り、目的の診断結果が書かれたカルテを呼び出して


「──私の脳神経内科はもちろんの事、脳神経外科、循環器内科、整形外科、心臓血管外科、耳鼻咽喉科から泌尿器科、普通内科と外科でも所見に問題無しと出ているね。まあ今日一日ベッドで大人しくしていたまえ。ちゃんと退院手続きはしておくからさ」


 細部に渡る検査の結果を見ながら、何やら納得しているシモーヌ。(いず)れにしても栗栖は健康体である事は間違い無いらしい。


「わかったわかった、それじゃあ退院の手続きは頼むよ。俺は準備をしておく」


「ああ、任せておきたまえ。ではな」


 そう会話すると診察室を後に栗栖は自分の病室に戻って行った。その姿を見送りながら


「あーぁ、やっぱり()()()無理だったかぁ」


 如何(いか)にも残念そうな声を上げるシモーヌ。だが続けて


「まぁでも、そこがクリスの良い所なんだけどね」


 と苦笑して栗栖の退院手続きの書類を(まと)め始めるシモーヌであった。





 そして診察の翌日──メディカルセンターを退院した栗栖は迎えに訪れたルーツィアと共に、実に四週間振りに自宅であるアパートメントに帰って来た。


「ふぅ……何か久しぶりって感じだな」


「うふふっ、たった四週間だけどね」


「そうだな」


 そんな会話をしながらオートロックを開け自宅の玄関に入る栗栖とルーツィア。あの作戦に出掛けた時と変わらない空気がそこには在った。


「おかえりなさい、クリス」


 一足先に玄関に足を踏み込んだルーツィアが振り返りながら栗栖に出迎えの言葉を投げ掛け


「……ただいま」


 少しはにかみながら言葉を返す栗栖。そう言いながら自分の家に足を踏み入れ荷物を降ろす。因みに栗栖達A・C・O(エコー)の単身者は全員、作戦前に自宅の食料品関係は保存が効く物以外、キチンと()()()()()作戦に参加しているので、冷蔵庫の中を心配する必要は無いのである。なので──


「さてと、食料品の買い出しに行かないとな……」


 ──当然こうなる訳である。それに耳聰(みみざと)く反応したルーツィアは手伝いを申し出る。


「だったらそっちも手伝うわよ。何時(いつ)ものスーパーマーケットの特売のチラシも来ていたから丁度良いかも」


「そういや、もう昼になるんだな……ならこのまま買い出しに出て、昼は外食にするか」


 更なる栗栖の(つぶや)きを聞いて満面の笑みで


「良いわね! 当然お昼はクリスの(おご)りね♡」


 さり気なくお強請(ねだ)りをするルーツィア。


「……俺は今日退院したんだが?」


 そんなルーツィアを見て思わず苦笑するしかない栗栖であった。





「クリス中尉、もう良いのかね?」


 執務机に座るサミュエル・グエン中佐が、目の前に背を正し敬礼している栗栖に声を掛ける。


 退院の翌日、栗栖はA・C・O(エコー)のディビジョンSの士官室(オフィサーズオフィス)を訪れていた。


「君が()()()()を使用したと聞いて心配していたんだが……」


「はい。ルーツィア嬢の【治療魔法術(メディカル・マギア)】とメディカルセンターのシモーヌ博士のお陰で全快しました」


 栗栖は敬礼を解くとグエン中佐に入院していた時の顛末(てんまつ)を話して聞かせた。グエン中佐は最後まで黙って聞き入っていたが


「……成程、ルーツィア嬢の魔法(マギ)には本当に驚かされてばかりだな」


 と、栗栖の隣に立つルーツィアへと視線を向け


「クリスを助けて(もら)い感謝の念に絶えない。本当に感謝する」


 そう言ってルーツィアに向かい頭を下げるグエン中佐。それを見たルーツィアは慌ててグエン中佐の謝辞に答える。


「グエン中佐、どうか顔をお上げになってください! 私は人として自分が出来る事をしただけなんですから!」


「だがそれを出来ると言ってする者としない者の差は歴然としている。人の為に努力出来る人は(たっと)まれるべきなのだ」


 ルーツィアに()われ顔を上げたグエン中佐は真剣な面持ちでルーツィアを(さと)す。だがフッと表情を(ゆる)めると


「だから私はルーツィア嬢、私がどれだけ感謝しているかを君にどうしても知って欲しかったんだよ」


 そう優しげな目でルーツィアを見つめながら話を締め(くく)る。そして直ぐに何時(いつ)もの鋭い眼差しに戻ると


「あの(のち)深緑の大罪(グリーン・シン)』は活動を停止させているらしく、各国のA・C・O(エコー)支部からもそう報告がなされているが継続して彼等の動向には注視しなくてはならない」


 栗栖に『正鵠(ブルズアイ)』終了後の動向について説明する。『深緑の大罪(グリーン・シン)』は栗栖にとって仇敵(きゅうてき)だが、A・C・O(エコー)にとってはテロリストの1つに過ぎない。この台詞は()えて栗栖を(おもんばか)ったグエン中佐の配慮であった。


「しばらくは作戦が予定されていないので、とりあえずは通常業務に専念してくれたまえ」


「ありがとうございます、グエン中佐」


 そこまで言うと思い出したみたいに


「ああ、それと一度ディビジョンAのアンネリーゼ少佐の元に行きたまえ。彼女も君の事を心配して、再三私の所に確認の連絡が来ていたからな。元気になった姿を見せてやりたまえ。それと今作戦の事後処理に関しては彼女から聞いた方が早いだろう」


 アンネリーゼの事について触れるグエン中佐。


了解です、司令官(ヤー、コマンダー)


 そんなグエン中佐に敬礼をしてオフィサーズオフィスを辞する事にした栗栖とルーツィア。


「さて、と、それじゃあディビジョンAのオフィスに向かうとするか……」


「そうね。アンネリーゼ少佐の方から押し掛けられない内に出向くのが良いかもね」


 小さく溜め息をつく栗栖の呟きに悪戯っ子みたいな表情を見せるルーツィア。


(正直勘弁して欲しいんだがな)


 更なる溜め息を押し隠し、ディビジョンAのオフィスに向かう栗栖とルーツィアであった。





「クリス中尉、ルーツィアさん、ようこそディビジョン(アンネリーゼ)事務室(オフィス)へ!」


 本社ビルの一つ上の階にあるディビジョンAのオフィスを訪れた栗栖とルーツィアを出迎えるアンネリーゼ少佐。


 因みに各ディビジョンの末尾にある部隊標記(コード)は、そのディビジョンの指揮官(コマンダー)(ファーストネーム)頭文字(イニシャル)から来ていて、ディビジョンSならコマンダーのサミュエル・グエン中佐のSamuel Nguyenからと言う具合である。なのでこのディビジョンはアンネリーゼの(つづ)りAnnelieseからAとなっているのである。


「本当に元気になって良かったですわ、クリス中尉。全快おめでとうございます」


「ありがとうござい……いや、ありがとうアンネリーゼ」


 アンネリーゼから贈られた祝福の言葉に謝辞を返そうとして、途中から言い直す栗栖。


「ふふっ、私が言った事を忘れてなくて何よりだわ」


 そんな栗栖を見て(たお)やかな笑みを浮かべるアンネリーゼは、オフィサーズオフィスに2人を案内する。


「さて……聞きたい事は多々ありますが、先ずは作戦の事後処理に関して私から話しましょう」


 執務机に座るなり、そう口火を切るアンネリーゼ。それを聞いて居住まいを正す栗栖達にアンネリーゼが話して聞かせた話は────





 作戦(オペレーション)正鵠(ブルズアイ)』で(アルファ)(ブラボー)(チャーリー)の三地点を強襲した結果は、A・C・O(エコー)側の投入人員が総勢400名に対し『深緑の大罪(グリーン・シン)』側は616名、そのうちA・C・O(エコー)側の損害は負傷者31名殉職者無し、一方の『深緑の大罪(テロリスト)』側は()()()20名であった。この場合の生存者とは()()()()()()()であるのは言うまでもない。


「私達の撤収に合わせ各地点に入った事後処理班は、トラップを確認後テロリスト達の通信機器や情報機器(パソコン)等を回収、現在技術部と情報部が共同で解析しています。具体的な結果が出るまではまだ掛かりそうですが……」


 そこまで言うとアンネリーゼは部屋に置かれているティーディスペンサーまで行き、熱いコーヒーを紙コップに注ぎ入れるとひとくち口を付け


「勿論彼等が集めていた銃器類も全て私達が回収済です。使用されていた銃器は()()()()が相変わらず多かったんですが、今回は西()()()()()()もかなり見受けられました。恐らく()()()()()が変わったのかと」


 と現状から考えられうる推論を述べるアンネリーゼ。


「……若しくは西側諸国に協力者が出来たか、だな」


 栗栖は栗栖で一つの仮説を口にする。どんな世にも狂信者に(くみ)する(やから)はいるものである。往々(おうおう)にしてテロリストの資金力が潤沢(じゅんたく)である場合、売り手の武器商人(ブラックマーケット)が簡単に大きな利益を上げられるからに過ぎないのだが。そうした金の亡者であるブラックマーケットをも相手にしなくてはならない事が、「テロリズムの根絶」の大きな障害になっていた。


 だがその為に自らも武器を手に取る事は軍需産業の、ひいてはそうしたブラックマーケットにも利益をもたらしているかも知れない事を改めて自覚し自嘲(じちょう)してしまう栗栖。


「──例え偽善でも続ける事が善行である、か」


「えっ?」


「いや、何でもない」


 ついルーツィアに言われた台詞が口をついて出てしまい、アンネリーゼに(いぶか)しげに見られる栗栖。


(まあ、その矛盾は何時か誰かが答えを見つけるだろうな……俺は今自分が出来る事をするだけだ)


 いつか自分が罪を背負うべき時が来た時は真正面から受け止める覚悟を改めて心に誓いながら


(いず)れにせよ今は動かざる事が得策と言う訳だな」


「ええ。全てが解析でき答えが導き出されるまではやる事がありません。でもテロリストはこの世に()()()といます。私達は一つでも多くテロの芽を摘んでいかなくては」


「そうだな──それが俺やグエン中佐やアンネリーゼがしなくてはならない事だ」


 一つでも多くテロを撲滅する──それそこが自分に出来る最大の偽善だと、(かたわ)らに居るルーツィアの存在を感じながらそう固く決意をする栗栖だった。



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