表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/62

〖act.16〗傭兵、病室の虜囚になる

 

 作戦(オペレーション)正鵠(ブルズアイ)』から二週間──栗栖(クリス)A・C・O(エコー)のメディカルセンターに入院していた。今回の作戦で()()()()()()()療養の為である。


「また随分と無理したね、クリス」


 シモーヌ・ヘルベルク博士がベッドの上で上半身を起こしている栗栖に笑いかける。


「まあ必要に迫られて、な」


 一方の栗栖は対象的に苦笑している。


「しかし……本当に久しぶりに使ったね、『思考行動加速(クロックアップ)』」


「ああ」


()()()()()発動させたものだね。身体強化剤(フィジカルブースター)も使わずに」


 今度は呆れた様に話すシモーヌ。そもそも『思考行動加速(クロックアップ)』は人の肉体能力・思考能力を念動力で()()()()()()()()()()なのだ。


 なので当然身体(しんたい)にかなりの負荷が掛かるので、筋力増強剤や神経刺激剤を組み合わせた身体強化剤(フィジカルブースター)と言う薬剤を無針圧力注射器(ツインジェクター)で投与しなくては、発動後に反動に(さいな)まされる事になる。


「今回は無針圧力注射器(アンプル)を持っていかなかったからな。ただ──」


「わかっているわかっている。()()を使わなかったら被害が拡大していたからだ、だろ? しかし君はもう少し自分の事を大切にすべきだと思うんだけどね」


 栗栖の台詞を聞いて心底呆れた様に両手を広げ肩を(すく)めるジェスチャーをするシモーヌ。因みに身体強化剤(フィジカルブースター)はシモーヌが調合している副作用無しの逸品である。(ただ)し効果は()()()()()5分間しか無いが。


「まあ(しばら)くは大人しく寝ていたまえ。これは君の()()()()()()の意見だからね」


「ああ、そうさせて(もら)うつもりさ」


 シモーヌの忠告に素直に頷く栗栖。その眼はまだ充血している。そんな話をシモーヌと繰り広げていると、病室のドアを誰かがノックする音が響き栗栖は「どうぞ」と声を上げる。ドアが開けられ顔を覗かせたのはルーツィア。


「クリス! ……あっ、シモーヌも居たのね?」


「……私はお邪魔かい、ルーツィアさん?」


 ルーツィアの物言いに(わざ)とらしく肩を落とすシモーヌ。


「えっ、えっ? そんな意味で言った訳じゃないんだけど?!」


 そのシモーヌの様子を見て慌てふためくルーツィアを揶揄(からか)うように


「クリス〜、ルーツィアさんが私に冷たいんだよ〜」


 と泣き真似をしながら栗栖に態とらしく抱き着くシモーヌ。それを見てルーツィアの表情が(こわ)ばった。


「……シモーヌ、巫山戯(ふざけ)過ぎだぞ。ん? ルーツィアどうした? 【猛炎弾(イグニス・バレット)】なんか出したりして」


 シモーヌはクリスの台詞に慌ててルーツィアの方を振り返ると、そこには顔を真っ赤にして肩を(いか)らせているルーツィアの姿があった。だが魔法術(マギア)は発動させていない。


「ぷッ、ぷふふ、あはははは!」


 いきなり吹き出す栗栖に自分が(かつ)がれた事に気付くシモーヌ。


「ク〜リ〜ス〜?!」


「あはは、悪かった悪かった。だがこれでルーツィアとお相子(あいこ)だろ?」


「ゔっ!」


 栗栖を(とが)める様な声を上げたが、逆に言いくるめられて言葉に(きゅう)するシモーヌ。そしてギブアップとばかりに両手を上げる。


「ああ! わかったわかった! 私が悪かったよ。だから許してくれたまえ!」


「それは俺に言わないでルーツィアに、な?」


「ルーツィアさん、ごめん! 君とクリスがいちゃついているのを見るとつい茶化(ちゃか)したくなってね……悪ふざけが過ぎたようだ! 本当に御免なさい!」


 栗栖に言われ、ルーツィアに謝罪の言葉を告げるシモーヌ。そうして何度もルーツィアに「ごめんね」と謝りながらシモーヌは()()うの(てい)で病室を出て行くのであった。





 慌ただしくシモーヌが去った後、まだ直立不動でいるルーツィアを怪訝そうに見やる栗栖。良く見ると「シモーヌったら……いちゃついているだなんて」と今度は羞恥に顔を紅く染めている。このままルーツィアの百面相を(なが)めている訳にもいかず


「それでどうしたんだ? ルーツィア」


 と気付かぬ振りをして声を掛ける栗栖。


「ハッ?! あ、えと、な、なにかしら?」


 栗栖から声を掛けられ現実に引き戻されたルーツィアはしどろもどろである。その反応に思わず苦笑しながらも


「ルーツィアは俺に何か用事があるんだろ?」


 と聞き直す栗栖。それを聞いて「特に用事とか無いんだけど……ね」と曖昧な笑みを浮かべ


「それは貴方の事が気になってなんだけど……」


 と小声で(つぶや)くルーツィア。因みにルーツィアは栗栖が入院して以来、2日と空けず病室を訪れている。


「ん?」


「ッッ! な、何でもないなんでもない。そ、それより具合はどうなの?」


「ああ、少し良くなって来たよ。まだ節々が痛むけどな」


 慌てて話題を変えるルーツィアを微笑ましく思いながら、振られた話題に答える栗栖。


「やっぱり……あの時【癒し(キュア)】を掛けたけど、効果が薄いわね……」


 実はルーツィアは『思考行動加速(クロックアップ)』を使った直後の栗栖に、治療(メディカル)魔法術(・マギア)癒し(キュア)】を掛けてくれたのだが思いの外回復しなかったのである。


 急に真顔になり呟くルーツィアに栗栖は気になった事を聞いてみる。


「なぁルーツィア、1つ聞いていいか?」


「なに?」


「その【癒し(キュア)】なんだが、どう言った魔法術(マギア)なんだ? ()()()()()()だと想像の産物なんだ」


「そっか、クリスには馴染みが無いからその質問は当然ね」


 栗栖の質問に自分の思考を止め向き直るルーツィア。


「【癒し(キュア)】って言うのはね、主に薬が飲めないとかの場合に、体調不良や病気を治療する魔法術(マギア)なのよ」


「つまり医学的に言うと内科的処置になるのか……」


 ルーツィアの説明を聞いて自分の考えを口にする栗栖。それを頷きながら聞いていたルーツィアは


「確かに医学的に見るとそう言う事になるわね」


 栗栖の考えが正しい事を是認(ぜにん)する。


「すると……俺のこの『思考行動加速(クロックアップ)』による弊害は内科的な物じゃないって事だな……」


「そうね……クリスの症状を見て【癒し(キュア)】を使ったんだけど、効果が薄いって事はそう言う事よね…………?……アレ?」


 栗栖の呟きに何かを感じたルーツィアは再び思考の海に沈降する。


「……私はクリスの様子からそう判断したんだけど……もし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………! あ、あああ!」


 思考の海から急浮上したルーツィアが大きな声を上げ、それに驚く栗栖。そんな栗栖にお構いなくルーツィアは手をポンと叩くと


「そうよ!すっかり失念していたわ! この場合なら【治し(ヒール)】なら効果があるかも知れないわ!」


 難解な問題が解けたクイズの解答者みたいに1人で納得している。


「ちょっと待て。何なんだい、その【治し(ヒール)】って?」


「論より証拠、やればわかるわ。──【治し(ヒール)】」


 栗栖の質問に実践して答えるルーツィア。彼女は栗栖に対し手を(かざ)すと短く詠唱し、翳した手から生まれた円環(サークル)が栗栖を頭上から透過して行く。次の瞬間!


「ぐっ!? ぐうぅぅぅぅぅぅ!?!」


 栗栖の全身を激痛が襲った!


「?! クリス?!」


 あまりに突然の出来事に悲鳴に似た声を上げるルーツィア。彼女の目の前にはベッドに(うずくま)る栗栖の姿があった。





 あまりの痛さに顔を(ゆが)めるとベッドにドサリと横たわる栗栖。


「クリス!? クリス?! 大丈夫?!?」


 こんな事態になるとは予想していなかったとは言え、自身が掛けた魔法術(マギア)で苦しむ栗栖を見て泣きそうな顔で慌てて容態を確認してくるルーツィア。


「……大丈夫……だ。少し痛かっただけ……だ」


 (ようや)く身体の中を駆け巡った激痛が収まり始め、何とかそれだけ言葉を発する栗栖。


「ごめんなさい! こんなにクリスが苦しむなんて思いもしなかったわ!」


 目に涙を()めながら謝罪の言葉を口にするルーツィアの頭に手をポンと乗せて「大丈夫だよ」と優しく言う栗栖。


 (しば)し時間が経ち、お互いに落ち着きを取り戻した栗栖とルーツィアは、先程の起きた現象について話し合い始めた。


「本当に大丈夫なの、クリス?」


「ああ、痛みはすっかり引いたよ。もう大丈夫だ」


 先程の苦しげな表情から一変、笑顔で答える栗栖。


「それにしても【治し(ヒール)】でそんなに激痛が起きるなんて今まで聞いた事が無いから本当に心配しちゃったわ……」


「そうなのか? 何が原因だったんだろうな……俺はてっきりこうしたのが普通(デフォ)かと思ったんだが……」


「ううん、普通は激痛が走る事なんか無いわ。本来【治し(ヒール)】は怪我人の治療に使われる魔法術(マギア)で、怪我の治すのはもちろん怪我により失われた部位を修復させる効果があるのよ」


「……つまり内科的な【癒し(キュア)】に対して外科的な【治し(ヒール)】と言う訳か」


「そうね。クリスから聞いた話と様子から怪我に近いのかなと思って使ってみたんだけど……これは駄目ね」


 目に見えてがっくり落ち込むルーツィアに栗栖が声を掛ける。


「いや、そうでも無いぞ」


「?」


「ルーツィア、俺の目を良く見てくれ」


「うん? あっ! 充血が消えている!?」


「【治し(ヒール)】を掛けられてから目にあった違和感が無くなったから、もしやと思ったんだが……やっぱりか。そもそも眼球の結膜下出血は完全に消えるまで二ヶ月は掛かると言われていたんだよ。それに身体の具合もさっきよりかなり良い感じだ。何と言うか……今まで噛み合わせが悪かった歯車が噛み合った感じと言えばいいのか……頭の中にあった(もや)が少し晴れた気がするよ」


 そう言って肩を回して元気さをアピールする栗栖。ルーツィアが栗栖の為にしてくれた事で栗栖に苦痛を与えた事を、ルーツィア自身が気にしない為のアピールである。


「そうなのね! 効果はあるのは嬉しいんだけど……でもそうしたら益々さっきの痛みが何なのかわからないわね。何が痛覚を刺激を与えたのか」


「それなんだが、仮説なら立てられるぞ」


「うん? どう言う事?」


「俺を精密検査したシモーヌの話を思い出した。俺の体内の神経の何ヶ所かが『思考行動加速(クロックアップ)』の影響で損傷を受けていたんだよ。恐らく検査で判別がつかない末端の神経組織なら更に損傷の数が多いんじゃ無いかと」


 栗栖がそこまで言うと天啓(てんけい)を得たみたいにルーツィアが、その台詞の続きを口にする。


「わかったわ! その損傷の受けていた多くの神経組織が魔法術(マギア)で急激に治ろうとして、結果として()()()痛覚として知覚されたって訳ね!」


「恐らくは、な。身体中の神経組織が一斉に治ろうとしたからこそだと思う。もしかしたら本来は【治し(ヒール)】や【癒し(キュア)】でも神経組織の痛みはあると思うんだが、病気や怪我の体調不良から気付かないだけかも知れないな」


 栗栖は自分の推論を述べ、ルーツィアがそれに相槌(あいづち)を打つ。


「なるほどねぇ、そうした事は実験した事が無いから気付かなかったわ。そもそもそんな事を前提で考えないし──でもクリスが言う通りだとすると、【癒し(キュア)】や【|治し《ヒール

》】もまだ改良の余地があるって事ね」


 そう言うと目を爛々(らんらん)と輝かせ「これは早速設計しないと」と興奮気味に話すルーツィア。まさに技術者の顔である。


「ありがとうクリス! 貴方のアドバイスって最高に素敵だわ♡」


「喜んでもらえて何よりだよ。だけど──」


 笑顔で答える栗栖が急に言い(よど)む。


「だけど、何?」


「その改良した魔法術(マギア)の実験台は俺じゃないだろうな?」


 栗栖の台詞を受け、一瞬キョトンとするルーツィア。少し間を置き、どちらともなく笑い出す2人。


 病室の中に栗栖とルーツィアの明るい笑い声が響くのだった。



お読み頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ