〖act.14〗オペレーション「ブルズアイ」ーsideAー
新谷かおる先生「砂の薔薇」へのオマージュとなっております。
*残酷な表現がありますのでご注意ください。
中国、某市街近郊──── 。
《……こちらノワール1。ウォーグ2、ホーク3聞こえるか》
《こちらホーク3、どうした?》
《こっちはウォーグ2。ノワール1、何かあったのか?》
《いや、兵士の集結状況の確認だ。どんな具合だ? ウォーグ2、ホーク3》
《こちらウォーグ2、それなら順調だ。仲間達は上手く集まって来ている》
《こちらはホーク3、こちらも一般の観光客に紛れて入国は順調だ。ついさっきも3人到着したばかりだ。得物もたんまり揃っているしな》
《あと十日で期日になる。それまで準備を怠るな。決して目立つ事をしない様に兵士達にも言い聞かせておけ》
《了解、注意する》
《──こっちも了解っと》
三日後──── 。
栗栖達A・C・Oの隊員達は某市に在る国軍の空軍基地に予定通り到着した。そこでは──
「お待ちしてました。A・C・O亜細亜支部のテイ・ルイ中尉です」
細面の目付きが鋭い男性が一行を出迎えた。
「出迎えご苦労。私はA・C・O本社ディビジョンS所属ジルダ・ランセン少佐、今作戦の司令官を命じられた者だ」
出迎えの敬礼に答礼するジルダ少佐。そしてそのまま
「テイ中尉、彼は黒姫栗栖中尉、今作戦では特殊作戦部隊を指揮する」
栗栖に手を向けて紹介する。
「栗栖だ。テイ中尉よろしくお願いする」
「こちらこそクリス中尉」
紹介された栗栖は手を差し伸べテイ中尉がその手をしっかり握り握手を交わす。そしてジルダ少佐と栗栖はテイ中尉に案内されて戦闘指揮所に向かって歩く。その途中
「先行して来たディビジョンAはここには居ないのかね?」
ジルダ少佐がテイ中尉に尋ねると
「あの人達なら到着早々に市街地にて潜入調査をしていますよ。お陰でより詳しく情報も集まりましたし、市内5ヶ所に仕掛けられていた時限爆弾もいち早く発見出来ました。既に解体処理されています」
そう回答が帰って来た。それを聞いた栗栖は(そう言えば彼女達はそうした潜入任務が得意だったな)などと思ったりしていた。
ディビジョンAはA・C・Oでは数少ない女性隊員が多く配置されている男女混成部隊で、戦闘のみならず諜報活動にも長け、爆弾処理の専門隊員も居る部隊なのだ。特にテロリスト達の放つ様々な手を先立って潰すのには最適な、敵から見ると厄介な部隊である。
「現在この戦闘指揮所ではテロリスト達の通信を傍受しています。これも本社で情報を解読出来た結果、奴等が使う特別な周波数を特定出来たからこそ可能になりました」
そう言いながら案内された戦闘指揮所では、何人かの隊員が忙しなく様々な機器の間を動き回っていた。そのうちの一人がテイ中尉にタブレット端末を手渡し、中尉は表示されている内容を読み上げる。
「傍受した奴等の通信記録から作戦期日がほぼ確定出来ました。作戦決行は今日から一週間後です。市街地での奴等の行動の変化からもそれが裏付けられています。なお潜伏地点ですが某市街の湾に点在する2つの島と北にある開発地区の3ヶ所に分かれています。2つの島はそれぞれ湾岸にある倉庫地区、開発地区は開発途上で計画中止になったビジネスビルです。情報の精度はディビジョンAのアンネリーゼ少佐からのお墨付きです」
「ふむ……その3ヶ所のうち、敵の指揮統制中枢が置かれているのは?」
テイ中尉の現状報告に更なる質問を投げ掛けるジルダ少佐。
「はい、開発地区のビジネスビルです。こちらもディビジョンAの調査で確定しています。我々は便宜上、地点Aと呼称しています。残りの2カ所は大きい島を地点B、小さい島側を地点Cと呼んでいます」
「敵が集結し終えるのは?」
今度は栗栖がテイ中尉に尋ねる。
「今まで集まった情報から推測されるのは──あと四日だと思われます」
この栗栖の質問には意味がある。敵の戦力が完全に集結するのを待って一気に殲滅すれば、テロリスト達の今後に続く活動を抑止出来るのはもちろん、こちら側が有利に動けるからである。特に今回は秘密裏に叩く意味でも、不用意にテロリスト達を取り零す訳にはいかないからである。
「──クリス中尉」
「はい」
一連の話を聞いて思案していたジルダ少佐が栗栖に声を掛ける。
「君達特殊作戦部隊40名はディビジョンAの協力を仰ぎ地点Aを担当。敵対勢力は殲滅、指揮統制中枢は制圧してくれ。残りの小隊は地点Bを、亜細亜支部は地点Cを攻略する」
「承知しました」
作戦指示を受け敬礼する栗栖。
「作戦決行は五日後の早朝、3ヶ所を同時に攻撃する。各員準備を怠らない様に、以上」
「「了解しました」」
そのまま2人に指示を告げるジルダ少佐に短く答礼する栗栖とテイ中尉。
戻って直ぐにディビジョンAと合流する算段を考えながら栗栖は、作戦決行に向け緊張感を新たにするのだった。
五日後、早朝──── 。
A・C・O各部隊は、A・B・Cの3地点に分かれ、それぞれ突入に備えていた。
一方栗栖の小隊はディビジョンAの一中隊と合流し、目標のビルに3方面から三部隊で突入する作戦を立てていた。
(それにしても魔法って言うのは本当に便利ね……)
ビル正面入口に近付きながらディビジョンAのアンネリーゼ少佐は感心していた。事実、辺りを警戒しながらではあるがアンネリーゼ少佐麾下の小隊と栗栖の小隊は、ひと塊になり堂々と廃ビル正面の道路を進んでいるのである。
「これが補助魔法術の【迷彩】と言うのよ。私達の周りを魔力の壁で覆い、光の屈折で背後の風景を相手に見せているの」
傍からルーツィアの自慢気な小声が聞こえる。
「ああ、お陰でスムーズに移動出来るな。ありがとうルーツィア」
一方の栗栖はルーツィアに感謝の言葉を忘れない。
「──目標地点に到達」
そんな事を言っていたらビルの正面玄関前に到着した栗栖・アンネリーゼの合同部隊は、アンネリーゼ少佐のハンドサインを受け一旦停止する。
《こちら第一部隊。第二、第三部隊、状況を送れ》
《こちら第二部隊、あと3分で到着します。どうぞ》
《こちらは第三部隊、間もなく地点に到着。どうぞ》
《了解》
各部隊の状況を確認し、栗栖達の方を向き直ると手短に分担を決めるアンネリーゼ少佐。
「各部隊の配置完了を確認後、作戦を開始する。エリーの分隊は玄関ホールを固めて。マリルー、セルジの分隊は私と一緒にクリス中尉の小隊と行動」
そこまで言うとインカムのデジタル通信が《第二部隊到着》と短く伝える。それを受けアンネリーゼ少佐が通信を開始する。
「全員ビルの間取りは頭に入っている? それでは── こちらはエーガー。戦闘指揮所、どうぞ」
《こちら戦闘指揮所。エーガーどうぞ》
《A配置完了。送れ》
《戦闘指揮所了解。B、Cもあと二分で配置完了する》
《エーガー了解》
それから程なくして戦闘指揮所から一斉送信が入る。
《こちら戦闘指揮所。作戦名『正鵠』──作戦開始まで1分》
「カウントダウン── 59……58……57……56……55……」
インカムからの通信を受け腕時計を見ながらカウントダウンをするアンネリーゼ少佐。
45……44……43……42……41……40……
知らず知らずのうちにMDRの銃把を握る手に力が入っているのに気付き緩める栗栖。ルーツィアや他の隊員も緊張した面持ちを見せている。
30……29……28……27……26……25……
「クリス」
不意にルーツィアが声を掛けて来た。
「大丈夫──大丈夫だから」
自ら緊張しながらも栗栖を気遣うルーツィア。
「ルーツィア」
「ん?」
「ありがとう」
「ん」
そんなやり取りの間にもカウントダウンが進んでいき
『……5……4……3……2……1。作戦開始!』
「──突入!」
予定時刻と共に栗栖達が、別の突入地点では別の小隊が、そして地点Bでも、地点Cでも一斉に行動を起こす!
駆け出した栗栖達は低い姿勢のまま正面玄関に突入して行くのであった。
手早く迅速に移動して行く栗栖達。玄関ホールを抜けて先行するディビジョンAのセルジとヘレンが「待て」のハンドサインを飛ばし、栗栖達は壁に身を隠す。
奥の方では「敵襲だ!」「西口と通用口から侵入だと!?」「こちらの防備はどうする!?」と第二部隊と第三部隊の突入で混乱している声が聞こえる。続けてマリルーのハンドサインがテロリストの人数を手早く伝えて来た。
(アサルトライフル7人サブマシンガン4人、か)
少し逡巡する栗栖にルーツィアが手を掛け小さく頷くと、そのまま部屋の入口付近まで移動し
「──【颶風旋弾】」
右手を銃の様に構えると魔法術を詠唱し部屋の中を覗き込みながら発動させる! ルーツィアの手から生まれ放たれた幾つもの空気の弾丸は軌道を変えながら次々にテロリスト達の胸や眉間を穿って行く!
全てが一瞬で行われ、テロリスト達はルーツィアに気付く間もなく絶命したのである。あまりの出来事に言葉を無くすアンネマリー少佐達とは対照的に、斃れたテロリスト達の元に慎重に近付きM27 IARを向けたまま生死を確認する栗栖の小隊員達。部屋に居たテロリスト全員の死亡が確認されるとルーツィアは短く息を吐いた。
そんなルーツィアの肩をポンッと叩く栗栖。手早くテロリスト達の死体を隣の部屋に片付けると、時間を惜しんで直ぐに先に進む一同。
「クリス中尉」
移動しながらアンネリーゼ少佐が栗栖に話し掛けて来た。
「何ですか? アンネリーゼ少佐」
「これがルーツィアさんの力なのね。改めて凄いわね、流石は魔法使いだわ」
「これは彼女の力の一端にしか過ぎません。彼女がその気になれば一人でこのビルに居るテロリスト全員を殺害する事も可能です」
「そんなに?!」
ルーツィアを素直に賞賛するアンネリーゼ少佐に対して、淡々と事実を告げる栗栖。その余りにも衝撃的すぎる事実に言葉を失うアンネリーゼ少佐。だが栗栖の話は誇張でも何でも無く、ルーツィアの間近で魔法術の行使をその目で見てきた栗栖の率直な感想なのである。
「……彼女が私達の方に居てくれた事は正に奇跡ね」
独り言ちるアンネリーゼ少佐。その想いは栗栖も絶え間なく感じた事であり、それは「そうですね」と言う言葉になって紡がれる。
「兎に角、私達に幸運の女神が微笑んでいる内に作戦を成功させましょう、クリス──いえ、【黒雪姫】」
短くそう言うと、先へと歩を進めるアンネリーゼ少佐。そうしている内にも進行を止めない栗栖達の部隊。今は敵の反攻は軽微ではあるが敵の中枢部に近付くにつれ抵抗が増える事は明白であり、少しでもこちら側の損耗を避ける為にも、敵の戦力が希薄な位置を通っているのだが、これもアンネリーゼ少佐麾下のディビジョンAが綿密に調査と分析をした結果である。
それでもテロリスト達も混乱した命令系統を立て直し、上層階に行くに従って抵抗の度合いが徐々にではあるが激しさを増して来た。そしてやがて──
《こちらシェリー。10階6Dブロックに到着。これより小型偵察機を使用する、どうぞ》
《こちらはエーガー。了解》
先行するマリルーの分隊員シェリーとマーシャがドローンによる偵察を実施し始める。使うドローンは全長16cm、重量18gと言う超小型のヘリコプターである。搭載されたカメラからの画像を映すモニターシステムと片手に収まるコントローラーと二機のドローンでも僅か1.3kgしかない代物だ。
その画像は少し離れたアンネリーゼ少佐の持つタブレットにも映し出される。やがて慎重に操作されるドローンが捉えたのは──
「──PK機関銃が4丁、か。どうやらここが攻撃目標なのは間違い無いわね」
アンネリーゼ少佐が独り言ちた。
──遂に栗栖達は敵の中枢区画に到達したのである。
次回更新は二週間後の予定です。
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