〖act.10〗魔法使いと傭兵、試験勉強に臨む
銃口から発火炎が迸るとスライドが連続でブローバックし、空薬莢が続けて排出される!
ルーツィアが持つ自動拳銃ベレッタPX4 ” ストーム ” サブコンパクトから撃ち出された9mmパラベラム弾が20m先にある人型標的に連続で吸い込まれていく!
「20mで3cm以内に集弾か……集弾率は中々だな」
単眼鏡を覗き込みながら栗栖は誰とはなく呟いた。ここはA・C・Oの室内射撃場、ルーツィアの射撃訓練の真っ最中である。
大魔導師であるルーツィアが何故銃を撃っているのか?
そもそもはシモーヌの検証実験の後日、ルーツィアの希望を聞いたA・C・O上層部は検証実験の結果を受けルーツィア本人と面接を行なったのだ。これにはジョシュア・ブルックス最高経営責任者が直接ルーツィアと面接を行い、様々な話を経て特別にルーツィアは「パートタイム」扱いとなった。それで今は三週間後にある入隊試験に向けて、栗栖から必要となる銃器等の知識をマンツーマンで指導を受けている最中なのだ。
本来なら何週間と言う長い時間を掛けて教育が施されるのだが、今回はルーツィアの記憶力を鑑みての短期集中指導である。
そのルーツィアはベレッタを撃ち終えるとトリガーから指を外して安全装置を掛け、銃を降ろし射撃台に置くと耳当てを外して、フゥと大きく息を吐いて栗栖の方に顔を向けると笑顔で尋ねてくる。
「ねぇ、どうだった?! ちゃんと狙い通りに当てられたと思うんだけど? あ、ちゃんと薬室? には一発残しておいたわ!」
「ああ、12発中8発が3cm以内に集まっていた。かなりの高成績だゾ」
「そう? やはり【鷹之目】を発動させておいて良かったわぁ」
因みに【鷹之目】とは視力を強化する補助魔法術の一つである。視力を数倍から十数倍に強化出来るとはルーツィアの話ではあるが。あとは同じ補助魔法術の【身体増強】と言う魔法術で身体能力を高め、発砲時の銃のブレの押さえ込みや引金をブレなく引くトリガーコントロールに対処しているのだ。
これが初めて銃を撃ったにも拘わらずルーツィアが高い成績を出せている理由である。
(しかし、本当に魔法術って言うのは何でもありだな)
ルーツィアからそう説明を聞いた栗栖は密かに驚嘆していた。これならあとは必要な知識を覚えられれば直ぐにでも作戦に参加出来るだろう。実際はそうは行かないのではあるが、ルーツィアに限りそんな事は無いのである。
「よし、次はこれを覚えてもらう」
栗栖は自身の右腰にあるホルスターから愛銃のSIG SAUER P229Rを抜くと別のマンターゲットに向かい素早く連射する!
撃ち出された10×22mm弾が立て続けにマンターゲットに吸い込まれていき、11回発砲するとマガジンキャッチを解放して、空になったマガジンを落下させ同時にフルロードされたマガジンを銃把に素早く装填すると、再度射撃を行う! グリップから落とされたマガジンは器用に両膝で挟んで受け止めていた。
その光景を唖然とした様子で見つめているルーツィア。もう一連射を終えると栗栖は、ルーツィアの方に向き直ると
「この様にチャンバーに一発残した状態で素早くマガジンを交換して続けて連射。あとはこれの繰り返しだな。必ずチャンバーに一発残しておく事は身に付けてもらいたい。最初は空のマガジンはそのまま床に落としても構わないが、慣れて来たら今みたいに膝で挟む様に受け取る事にもチャレンジして貰いたい。最終的にはマガジン交換を3秒で済ませられる様になってもらいたいな」
一連の動作を説明する。薬室に一発残しておく事はいざと言う時、命を繋ぐ一発であり、また膝でマガジンを受け止めるのは基本A・C・Oの作戦行動は室内に於ける近接戦闘(CQB)が多く、マガジンの落下音で自分の位置を特定させない為に必要なテクニックである事も併せて説明する。
「わ、私に出来るのかしら……」
「なに、数を熟せば出来る様になるさ」
何となく不安そうな物言いのルーツィアに笑みを浮かべながら答える栗栖。
「あとはベレッタPX4の通常分解とM4A1の分解組立と目隠し組立テストも教えるからな。出来る限り覚えて欲しい」
「えぇぇ〜〜〜〜〜!?」
自分が覚えさせられる技能を聞かされ、げんなりとした顔をするルーツィア。
栗栖、中々の鬼教官ぶりである。
「あ〜、つッかれた〜〜〜」
アパートメントの自室に戻り、ベッドに突っ伏すルーツィア。訓練初日からハードな事もあってぐったりしている。
(疲れたけど……今のうちに【セラフィエルの瞳】が蓄えた知識を反映させておかないと)
彼女の胸にある【セラフィエルの瞳】は彼女自身に関係無く様々な知識を記憶する。そして蓄えられた知識は任意で彼女自身の脳内に転送出来るのだ。
この機能があるからこそルーツィアは短時間でこちらの世界の様々な知識を吸収する事が出来たのである。
「さてと、ちゃっちゃとやっちゃいますか……」
そう呟くと身体を起こしてベッドの上に座り、脚を組むルーツィア。そのままの姿勢で目を閉じ集中すると
「【知識受信】」
魔言霊を口にする。すると頭の上に円環が浮かび上がり同時に、彼女の胸元が輝きを放つ。やがて頭の円環が空中に霧散する様に消え胸の輝きも消えると、そこには頭を抑えるルーツィアの姿があった。
「……情報量が多過ぎて頭が痛い…………」
滅多に起きない頭痛に驚くが、其れも之も自身には本来無縁の知識故仕方がない事なのだと、ルーツィアは一人納得していた。
そんな事をしていたらベッドのサイドテーブルのインターコムが着信音を鳴らす。痛む頭を抑えながら覗くと隣室の栗栖からだった。
『ルーツィア……って、どうした? 具合が悪いのか?』
「大丈夫……ちょっと知識を詰め込み過ぎただけだから。それでなに?」
ディスプレイに映る心配そうな栗栖に作り笑いを浮かべ応対するルーツィア。
『いやなに、今日は君も色々あって疲れただろう? だからデリバリーを頼むから一緒に食べないか?』
「それはクリスの奢りかしら?」
『もちろん。それで何にする?』
「そうね……それじゃあピザとフライドチキンとコーラ! あ、ピザはサラミ多めでね!」
『了解。それじゃあ注文しておくから10分後に俺の部屋に来てくれ』
「りょーかいっ!それじゃあ10分後に♡」
そう楽しげに告げるとインターコムを切るルーツィア。彼女はリヴァ・アースからこちらの世界に来てからすっかりジャンクフードにハマっていた。
決して薦められたものでは無いが、今の所は彼女自身の体重が増加してないので問題にはならないだろう。
「そう言えばお腹ぺこぺこだったわね」
空腹感に今更気付いたルーツィアは、思わず苦笑いをするのだった。
「──5分59秒、かなり速いな」
ストップウォッチを確認しながら栗栖は内心驚きながら呟く。訓練を始めて十二日目、何時もの室内射撃場にある作業台ではルーツィアがアイマスクをして、所謂目隠し組み立てテストでM4A1を組み終えており、アイマスクを外すと栗栖の方に向き直り満面の笑みで確認してくる。
「どうだったかしら? 中々速かったでしょう?!」
「うん、かなりのものだったぞ。とても覚えて十二日目とは思えないな。大したものだ」
「うふふっ、良かった!」
栗栖の素直な賞賛の言葉に、素直に喜びを表すルーツィア。繰り返し【セラフィエルの瞳】から知識を脳内に転送したのと、文字通りの反復練習の成果が現れて来ているみたいである。
「しかし、本当に魔法術ってのは便利だな」
改めて感心する栗栖。彼の目には未知の能力である魔法術はひどく便利な物に写っているのである。
「知識だけならね……結局技能に関しては反復練習しかないんだけど。魔法術では補助しか出来ないからね」
一方のルーツィアの反応は割と淡白である。彼女にとっては魔法術は身近な物だからだ。
「それにしても……凄いな」
僅かな時間で目隠し組立テストのみならず、分解組立も通常分解も一通り覚えたルーツィアには才能があるのでは、と栗栖には思えてしまう。
少なくともつい十日前は銃も持った事の無い全くの素人だった女性と同一人物とはどうしても思えないのだ。
(だが──それもこれも魔法術ありきなんだろうけどな)
結局はそこに行き着くのだなと栗栖はひとり納得していた。
「そう言えばちゃんと聞いて無かったが──魔法術には呪文の詠唱と言うのが無いのか? それにそもそも魔法術は【言霊回路】で構成されているんだろ? それをどう使えば魔法術を使える様になるんだ?」
そしてそこまで思いが至ると不意に疑問が頭をもたげ、ルーツィアに幾つかの質問と言う形で疑問をぶつける栗栖。
「随分いきなりね? えっとまず魔法術の呪文の詠唱だけど、そう言う予備動作も含め【言霊回路】が組まれているの。そして【言霊回路】で魔法術を発動させる為には先ず、【星辰体】──精神体に【言霊回路】を記憶させておくの。そして魔法術を使用する時に頭の中に投影した魔法術の【言霊回路】のイメージを選択し、最後に発動させる為の魔言霊──魔法術の名前を口にすると発動するのよ」
「なるほど、その【星辰体】と言うのは分かるぞ。こっちの世界にもそうした概念があるからな。つまり【星辰体】を記憶装置として、そこに【言霊回路】の複雑な回路図を記憶させ、頭の中にイメージしたカタログで選択し、魔法術の名前を引金として発動させる訳か」
「……何となく私よりクリスの方が判り易い説明をしているが悔しいんだけど。と言うか、こっちの世界にもそうした概念はあるのね」
少しジト目で栗栖を見ながら一言呟くルーツィア。彼女の場合はリヴァ・アース的な表現をこちら側にわかり易く説明する為に回りくどい表現になってしまいがちなのであって、決して説明下手なのではないのであるが。
「まぁな、前にも言ったがこちらの世界では飽くまで魔法と言うのは超自然的であり、非現実的なモノであり、その存在は想像の中でしか無いからな。それでも似た概念は存在しているのは確かだ。まぁ一昔前は超能力だって魔法と同じ様な扱いだったしな。魔法と超能力の概念は意外と同じかもしれない」
「まぁ、興味深い話ではあるけどね……シモーヌが聞いたら狂喜乱舞しそうだわ」
ルーツィアがそう言うと、何方ともなく笑い合う二人。ひと通り笑い合うと栗栖はルーツィアに対し、更なる目標を提示する。
「とにかくだ。その話は置いといて、先ずやるべき事はルーツィアを合格出来る様にする事だな。残りの数日はそれぞれの試験課題をクリアする時間を短縮出来る様にしよう。目標は現在より1分短縮だな」
「それって達成可能な数字なの……?」
再び栗栖にジト目で視線を投げ掛けるルーツィア。益々栗栖の鬼教官ぶりに拍車が掛かった様にも思える。
「あははっ、飽くまでも目標だけどな。でも目指すなら高い目標の方が良いだろ? 大丈夫、君になら出来るさ」
「?! け、結構煽て上手なのね、クリスはっ!」
思わず食って掛かるルーツィアだが、その顔は心做しか紅潮していた事に栗栖は微笑ましく感じるのであった。
そして入隊試験本番当日、ルーツィアは筆記試験・実技試験ともに文句無しで合格したのだった。
自動拳銃 ベレッタPX4 ” ストーム ” サブコンパクト
全長158mm/銃身長──/重量740g/口径9mm/使用弾9×19mmパラベラム弾/装弾数13+1発
自動拳銃 SIG SAUER P229R
全長180mm/銃身長──/重量905g/口径10mm/使用弾40S&W弾/装弾数12+1発
次回投稿は二週間後の予定です。
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