『オプショナルミッション』とすることに
朝、テーブルを中心に髪の荒れた天使が二人、椅子に腰掛ける。
メンバー全員が揃ったことを再度、認識して天使シリアはため息を漏らす。
「……はぁ、これからどうしよう」
昨夜はよく眠れなかったのか、シリアの第一声に生気は感じられない。
「……なによ、私はてっきりシリアはこの世界のことをすべて把握してると思っていたわ」
同じく、天使ベラルーシもまた活力のない様子だった。
「私も暇じゃないよ、理解してない部分はあるさ」
「へー、その割には、泊まる所とお風呂には敏感だったようだけど?」
「天使ベラルーシは少し能天気すぎるんだよ、一番先に堕ちるね、君は」
「ふ、ふっふーん! 言ってくれるわね、お子様のくせに!」
二人はムスッと頬はふくらませる。
朝からやめようよ。結局、髪の荒れようから通貨コインは使ってないようだし。仲良しなんでしょ君達。
「誰のせいでコインを没収されたのさ! お子様なのは天使ベラルーシのほうじゃないか!」
「あれはシリアが悪いわよ! いつまでも引き下がらないから、泥棒されたんじゃない!」
「――――――誰が泥棒ですか?」
後ろから唐突に発せられた声。振り向くと、そこにはピンクのシャツとスカートに白いエプロンを身に付ける女性。フワフワとした巻き髪はピンクベージュのロングヘアで藍色の瞳をしている。
この宿のカウンターにいたお姉さんだ。
「おはようございます、皆様。よく眠れましたか?」
おお。宿に入った時といい、流石は受付のお姉さん。ものすごく礼儀正しい口調と振る舞いだ。
「ええ、おかげさまでとても良い寝心地でした……とでも言うと思ったのかしら! 早くコインを持ち主である私に返してほしいわ!」
「そうだよ、私のコイン返してほしいな」
各々の主張をお姉さんに要求するベラとシリア。
「はい、お返しします。お返ししますが、昨夜のようにまた言い争うおつもりではないのですか?」
ウッと息詰まる二人の天使。
「私がコインを没収したのは、お二人があれ以上騒ぐのを避けるためだと分かっているはずです。他のお客様も居たのですよ? 迷惑になると思いませんか?」
「「……ごめんなさい」」
天使たちは声を揃えて、お姉さんに謝る。
あれ、実はお姉さんが天使的存在なのでは? 立場が危ういぞ。
「この1枚のコインで、騒ぐお客様はあまり見たことがありません。詮索するようですが、経済的な面で、何かお困りなのではないですか?」
お、おお! まさに天使のような名推理! 頭の良さ!
いや、出会った本物の天使が欲深く、しょぼかっただけだ!
「そこで僭越ながら、私からの提案なのですが、この宿の『オプショナルミッション』を皆様で受注してみてはいかがでしょうか?」
「……聞いたことあるよ! その『オプショナルミッション』っていうの」
押し黙っていたシリアが思い出したかのように声を上げる。
「確か、それには報酬があって通貨コインが貰えるんだったよね?」
「はい、もちろんです」
「うん。やるよ、何をすればいいんだい?」
シリアは即決だった。あまりの話の進行速度に理解度が追いつかない。
ベラはといえば、コクンコクンと頭を上下に揺らして、寝息を立てている。ちっとも反省してないなこいつ――――――いや、仮に僕がベラの立場だったとしても……。うん、偉そうなこと言えないか。
――――――そして、気づけば僕たちは、この宿の大浴場と呼ばれる場所にいた。掃除用のブラシを片手に、なかなかの広さに立たされた。お湯を溜める場所ですら、ちょっとした公園並みの広さだ。構造も神殿風呂と呼んでもいいほどだった。
「では、お願いしますね」
そう言って、宿のお姉さんはガコンッと大きめの扉を閉め、この場を去る。
「まさか天使のこの私が、地味な掃除をしなきゃいけないだなんて……しかも広すぎるのよぉ!」
ベラは大きくぼやく。
「仕方ないさ。通貨コインがないことには暮らせないし、使命を全うできないからね」
ゴシゴシと石材で出来たタイルの床をブラシで擦るシリア。
この大浴場の掃除にもなっている『オプショナルミッション』と呼ばれているもの自体は、様々に存在する。掃除に限らず、種類が豊富なようだ。ミッションをこなせば、対価として通貨コインが配給される仕組みらしい。もちろん、それで生計を成り立たせている人もいるだろう。
人づてならず、天使づてではあるが、シリアが言うには、この街の人々の大半は、自給自足に重きを置いた生活を送っている。つまり『オプショナルミッション』を人々が怱々に受けることはあまりしないのだろう。
しかし、今の僕達からすれば、打って付けの仕組みだ。もしかしたら、お姉さんは普段の掃除を『オプショナルミッション』にして気を利かせてくれたのかもしれない。
ありがとう天使なお姉さん。あとで名前を訊こう。
それはいい。さっき聞いた話を理解して、整理することに夢中になりすぎた。
スルーしていたことが一つある。二人の格好だ。
「はいはーい! その調子その調子! どんどん磨いちゃってー!」
ベラの『綿あめ』にはいつの間にかブラシが刺さっていた。それを素早くラジコンのように操り、タイルを見事にブラッシングしていく。
おい! あれいいのか!? 本人つっ立ってるだけだぞ! 滅茶苦茶ずるいだろゆるせん操りたい羨ましい楽しそう!
「それにしても、これは落ち着かないよ。この場所には最適だけど」
シリアは着ている白いシャツを下に引っ張る。下半身はやたらと脚が露出し、穿いている黒いものはピッチリと密着している。
形からしても、あれはスパッツというやつで、完全に二人の格好は、体操服と呼ばれるものではないのだろうか! 我ながらなぜ詳しく、この町の文明にも存在しているのか定かではないが。
これは実に良い、すごい良い。
「ふぅぅぅ!? 何かしら……! なんだか悪寒がするわ、これは変質者特有の視線……?」
「堕天使クロアチア……見すぎ、気持ち悪いよ」
「嫌ぁぁぁっ! 本性を現したわね!? わ、私達に何する気っ、言わなくても伝わってくるあの目は、か弱き雌動物に容赦なく食いにかかる雄動物だわ! 雄そのものよぉ!」
ヒドォォォォォォォォォォイ!