使命とすることに
レンガ造りの家が並ぶ街。小さな街灯の下に僕たちは座っていた。
「……お腹がすいた」
そうつぶやくのは金髪ショートの天使シリア。
「堕天使クロアチア、何か食べるものは?」
天使も空腹になると、食物を必要とするらしい。食べ物はおろか、手持ちはない。着ている服は吸収された水の重み以外軽い。何もないことは確認した。
「天使ベラルーシ、君は?」
「おっ困りのようね! 待って! こっちに来るときに渡された物が確か『綿雲』の中に!」
黒髪ロングの天使ベラはそう言うと『綿あめ』に手を突っ込み、ゴソゴソと探り始める。
この短期間で二人の天使に出会ってしまった。そしてなぜか、視界から消えようとしない。
「……あったわ!」
ベラが取り出したのは手の平サイズの小さな袋。とても食べ物が入っているようには見えない。
中身を全部出し、出てきたのは、四つ折りにされた正方形の茶色い紙に10枚のコイン。
「この世界の通貨コインのようね。あと紙には何か書いてあるようだけど……」
シリアはベラに視線を送り、読むように頷き示唆する。
「えと、しばらくは天界に戻ることを禁ずる、直ちに……使命を、全う、し……」
読み上げていく途中、ベラはまるで喋らず動かずで、思考停止に陥っていた。
「ふーん、とりあえず、そのコインだけで今日泊まる宿探しをしないとね。食べ物はその後にして……」
シリアは現時点ですべきことを冷静に整理している。空を見ればオレンジ色が広がっていた。日没も近い。
一つ言えることは、いつまでもベラやシリアと一緒にいる必要はない。ともかく僕は家に帰るか。
でも、待てよ。家ってなんだ。我が家があるのか。帰り道すら記憶がない。今までどこでどう暮らしてきたのか……忘れている。
不思議な感覚に頭を悩ませていると、ベラが息を最大限に吸っている音が聞こえてくる。
「イヤァァァ!? ど、どどういうことなの! き、禁ずるぅぅぅぅぅ!?」
そして一気に吐き出した。
「天使ベラルーシ、落ち着いてよ」
「~~~! 聞いてないわ! こんなこと聞いてない!」
ベラは動揺を隠しきれず、涙声で叫ぶ。今にも泣きそうだ。
面倒事に巻き込まれるのは望んでない。この場を離れた方が賢明だ。
「あ! 堕天使クロアチア! 待って! 二人には話さないといけないことがあるんだ」
そうもいかないらしい。
――――――それから、ベラが気を落ち着かせるまで待った。
空はもう暗い。街灯が明るくなる。そんな中、シリアが深刻な顔つきで口を開く。
「いいかな、恐らくだけど、天使ベラルーシも堕天使クロアチアも偶然の巡り会いで一緒にいるんじゃない。たまたま私がここにいたのも、これは意図されたものだと思うんだ。同時に一夜を明かせる居場所が私達にはない」
天使たちに限らず、僕の家もないということはどうなんだろう。思い出せない。
ん、シリアも帰れないのか。
ベラは俯きながら、シリアの話を聞いているようだが、一言も発さない。
「そして、帰るために当初の使命を大きく果たす必要があるのさ」
世界は救済を求めている。悩める人を導くことを言っているのだろう。
「二人とも、まずは宿に行くよ。ここは協力しないと!」
「う……私は天使。そうよね……ここでしょぼくれている暇はないわ」
早くもベラは少し元気を取り戻し、立ち上がる。
宿探しをすると言っても、周囲に何があるのかも把握できていないのだが。
シリアは僕の不安を感じ取ったのか、話を続ける。
「実はもう、最初にここに来たとき、なかなかの宿を見つけていてね」
「さ、流石はシリアね! なんとかなりそうじゃない! さっそく行きましょ!」
シリアを先頭にその宿の場所まで案内される。街並みは非常に明るい。家の窓からは光が溢れ、様々なお店が立ち並び、人通りも多くなってきた。
しばらく歩き、一際大きくそびえ立つ家の前に、シリアは足を止める。
「さて! 宿に着いたよ、でもその前に天使ベラルーシ」
クルッと踵を返し、シリアはベラに手のひらを見せる。その顔は妙に笑顔だ。
「な、何かしら? シリア、この手……」
「コインだよ、さっきの袋に入ってた10枚を渡してくれないかな」
ベラは持っていた袋を『綿あめ』に入れ、渡そうとしない。
「どうして! シリア、コイン持ってるんじゃないの!?」
「持ってないよ、だから言ったんだ、協力しようと」
「そ、そういう!? イヤよ!? これは私のコインだわ!」
シリアは最初からベラのコインで宿に泊まるつもりだったらしい。
「ふ~ん。天使ベラルーシ、君は天使のくせに、ここに困っている人がいても見捨てるんだね!」
「人じゃないじゃない!」
シリアは『綿あめ』の中を探ろうとするが、ベラはシリアを必死に抱きしめてそれを阻止する。
「堕天使クロアチアっ! 君も見てないで天使ベラルーシを動けないよう捕まえて!」
ベラを捕まえるのは紳士的にどうなんだ。ここは見守って、最悪、外で一夜を明かしたって別に――――――。
「いいのかい、この辺の深夜を迎えた外は、『去勢』が趣味の魔女がうろつくと聞いたんだ」
――――――――――――確保シマース!