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淵源とすることに(2)

 “黒翼飛ばし”と命名された突風をデーニャの助力により、発動するイメージは、激しい衝撃と対象を無数の羽根で飛翔させること。だが、危うくセルビアに危害を及ぼすところで、指示するデーニャに逡巡とする様子はなかった。

 その際、脳裏に禍々しく浮かんだ単語の羅列、苦痛の最中さなかに掌握しようとしてきた悪魔。あのまま、我が身を委ね、悪魔の手を取っていたら、自我を保てていたかは定かではない。


旦那様だんなさまには、“すけべ神”が宿っているわ」


 セルビアがボロボロのウェアから着替え直すのを、反省の念も込めて手伝っているとデーニャが一声を上げる。

 先ほどのこともあるし、謝罪の言葉でなかったことに問いただしたいところだが、先にセルビアがそのもどかしさを感じ取ったらしく、


「それは何かの呪いの類ですか……?」


 と非難するように返す。

 デーニャの反応は変わらず、話し続ける。


「分かったことは、それのせいで貴方やシリアル達には単なる突風にしかならない。物や脅威に威力こそあれど、対象が限定されててこれじゃあ……ね」


 苦虫を噛み潰したように、デーニャはそのまま黙る。

 要は相手が女性だったら、衣服だけを撒き散らす風ってことか。素晴らしい――――――もとい、謎な意識が効力と相殺し合っているんだろう……。

 ある意味、セルビアが大事に至らずに済んだから良かったと思いたい。


「でも、こんな感じになるなんて……全然、着ないですからいいですけど」


 ウェアの弁償はする。デーニャが。


「本当は水着みたいなのを着てもらえば、興奮度と相まって、もっと威力が増したと思う。今、わたしの力でそのボロ服を構成できるから、着てみる?」

「そんなことも出来るんですね、遠慮しておきます……」


 勝手に失望したアピールを僕に雰囲気で伝えてくるセルビア……。

 『トレーニングウェア』だと僕の手助けにならない、そうデーニャが言った意味が興奮度に関わっていたとは。


「うん。万が一、セルビアが旦那様だんなさまに食べられちゃったら、きっと妬けちゃうからしないわ」

「イヤですっ食べないでください……!」


 違うって、何か違うよ非難の矛先!


「知りたいことは知れたし……トレーニングはおしまいにして、後は旦那様だんなさまとデートの時間にてることにしよ!」

「え……もうですか? ってデート……?」


 デートはしないが、力の発現も制御も正確に出来ていないままだ。いいのだろうか。


旦那様だんなさまとはずっと一緒にいるつもりだし、今後は大丈夫だから。シリアルを助けるのはしゃくだけど、貸しは作っておくものよね!」


 近くにデーニャがいれば、今回の難関は確かにクリア……。思うところは多々ある。他力本願な自分も感じつつ、セルビアが着替え直したようなので、目を開ける。


「クロさん、一つ提案があるのですが――――――」











 一応、目的を終え、宿“ビアアーナ”の前まで帰ってきた。僕が想定していた時間より早まったのは言うまでもない。セルビアは宿には入らず、そのまま別の用事で出掛けて行ったため、デーニャと中へ入る。それが想定外であることはベラやシリアも同じだったようだが、顔を見るなりベラが駆け寄ってくる。


「早っいわねクロ! 聞いて! さっきね、“ある熾天使様の護衛部隊”ってことで二人の天使がここに来たのよ! でね、一人はジアラ、もう一人はサウっていう子供で、まだ一人いるとは言ってたけど、目的がシリアのことを守りに来たんですって。だから、アンタが特段、頑張る必要がなくなったかもしれないわね」


 ブルガー、黒羽根鎧の奴、その次はまた天使か。熾天使というのがどれほどの天使かは分からないが、信用は出来るかもしれない。なぜシリアだけとは思うものの、こちらが無理に頑張る必要がないのなら願ったり叶ったりだ。それよりもまず、かなりの情報量をべらべらとベラが話すことに驚きたい。こういう役柄はシリアでは……?


「ねぇ。何でシリアルはあそこでむくれてるの?」


 デーニャの言う通り、シリアは一テーブル分離れたレストランの席に着きながら、頬を膨らませていた。


「あれはー……ちょっと私が意地悪? しちゃって」


 あははと乾いた笑いをこぼすベラ。


「……何さ、守る守るって。私はお荷物扱いなのかな!」


 プク顔シリアは守られることも不満だから怒っているのだろうか。しかし、危険が及ぶ際の他人を守る手段が乏しい現状を見るに、他からの支援は助かる。


「でも、実際のところ、お荷物じゃない? わたしと旦那様だんなさまは組んで一つの力になるし、貴方もその浮いてるモノがあれば戦えるし」

「……待って、もしかして『綿雲』のこと言ってる? 武器とかと勘違いしてないかしら? 違うからね?」

「ん~、そう?」


 『綿あめ』がポンッと優しく叩かれた。


「でも、ちゃんとシリアルは助ける――――――代わりに、シリアルも旦那様だんなさまに色目を使わないことと近付かないことを条件に契約成立ってことでいいわよね」

「……私は同意してないよ。べ、別に条件の内容に抗議したいわけじゃなくて、勝手に決められたことが気に入らない……」


 シリアの頬は小さくはなったが、まだ膨らんでいたままだった。

 声が聞こえてなかったのか、今度はこちらの方に話すデーニャ。


「デヘヘ、それよりも旦那様だんなさま。トレーニング、頑張ったからご褒美……欲しいでしょ? お部屋行かない? デートは行けなかったけど、いーっぱい、癒してあげよっか……?」


 勿論、それらしき頑張りはほぼ無かった。よって疲れてはいないのだが、ちょっとドキッとするような誘い文句とその妖艶さが垣間見え、思わず考えてしまう。


「残念だね、ケモノみたいにクロアチアに迫ってもその外見じゃ鬱陶しいだけさ」


 シリアの声にハッとする。


「むぐぐ、だったらシリアルも来ればいいじゃん! 旦那様だんなさまはわたしに甘々のメロメロにされて、シリアルは隅で放置されちゃうのがオチなんだから!」

「い、行くよ……! どっちの立場になるかは明白だけどね……!」


 もうこの二人だけで部屋に行かせた方が良い気がしてきた。そもそも、僕は行かないし、争い終わって出てくる頃には、より仲良くなって出てくるだろうと思う。


「サルデーニャはともかく、シリアってば本当にクロのこと、す――――――」


 ベラのその一文を言い終える寸前に、ものすごい速さで彼女の元に辿り着き、両方の頬を抑えるシリア。


「ッ、何を言っているのか、分からないよ……!? そうだ、天使ベラも勝負するかい……?」

「は、はほひそーはら?(た、楽しそーなら?) っへ、ほれやへてぇぇぇ(って、これやめてぇぇぇ)」

「ベラルーシも加わったら大変なことになるイメージが根付いてて……あ、わたしはいいけどお」

「大変な事……。……ぁっ! やっぱり厄介だから来なくていいよ天使ベラ!」

「ほうほふひふへは!?(唐突に捨てた!?)」


 その後も、無意味な言い争いは続いた。やがて、セルビアが帰ってきて、それを止め、まだ別にある宿の仕事を三人に割り振っていた。

 僕にも業務的な内容の書類を複数に渡されたため、一人、レストランのテーブルで黙々と指示された作業と確認をするのだった。






 ――――――宿屋に帰る前にしたセルビアとの約束。護る手段は多いに越したことはない。一番はブルガーに会わないことを祈るばかり。


「ベラさんの話の通り、ブルガーさんがこの町に戻っているのなら、クロさんも護身の技術は身に付けておいた方が良いです」


 これ以上の訓練をデーニャが放棄した以上、どうすることもできない。


「私からの提案としては、身近に護身術のプロがいまして――――――」


 なるほど、セルビアにそんな人物がいたのか。

 何にせよ、ありがたい話でデーニャがいなくても、もしもの事態にその技術を身に付けておいて損はない。怖いけど。


「ただこの後、その人に連絡を取りますが、あちらも忙しいこともあって、この町に来るのに数日は掛かるかもしれないんです……」


 わざわざ遠方から……。それだけで拍が付くような、期待値が高いような。


「それと……私からのお願いも、聞いていただけますか?」


 セルビアが両手の指と指を合わせ、上目でそう言ってくるため、僕がどんな反応をするのか不安なのだろうか。

 とりあえず、首を軽く何回も上下に振る。でもお願いって……?


「本当に? 本当ですか! あ、ありがとうございます!」


 いえいえこちらこそ。それでお願いとは?


「クロさんになら任せても大丈夫だと信じてます……! すけべなところはありますが、きっと良い方向に繋がりますよね」


 うん、褒め言葉? ありがとう。 良い方向にって何の話だい?


「……?」


 いや、「私の顔に何か付いてます?」ってことではなくて。


旦那様だんなさま、もう帰ろう?」


 後ろからのデーニャの声にビクつく。


「そうですね、帰りましょうクロさん。……良かった」


 なぜ言わないんだ……。それほど無理なお願いになることを意味している?




 ただひたすらに……コワイ。

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