淵源とすることに挿絵とすることで
宿や街から少しばかり離れた場所。緑草の平野とその近くに河川があることが見て取れ、遠くの山々を見れば、一か所だけ壮大に聳え立つ城のような建造物も確認できる。いくつもの円形の塔が外装であることに、街中にも特徴の似ている協会や礼拝堂があった気がする。この町は本当に魅せられるものが多い。
「す、すみません。ベラさんかシリアさんは、本当に来ないのですか?」
やや後ろの距離で、セルビアが声を出す。
昨日の一件で、僕への良くない疑念を拭い切れないでいるらしい。
既に、セルビアにはベラ本人が、堕天使化で暴走してたことを説明したと聞いていたが。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。ねっ、旦那様?」
そう思うなら、もう少し右腕から離れてもらわないと晴れる疑いも晴れない……。
デーニャは、そんな僕の心の内も見ず知らず、話を続ける。
「他の天使たちは知らないけど、わたしなら旦那様が求めてきても、熱望のままに受け入れてあげられるし!」
「クロさん……そこは節度を守らないとダメです……」
ジト―っとした視線のセルビアに叱責を受ける。
あの、僕はマッサージをね……いや、ゴメンナサイ……。
「これからすることは、シリアル達に悪影響だから、人であるセルビアにしか頼れないわ。わたしだって、出来ることなら二人きりでシようって――――――」
「……分かり、ました。襲われないようにしなきゃ……!」
……。
「この辺りでいいよね! 人気も無さそう!」
デーニャがそう言うと少々ぬかるむ、河のほとりまで誘導される。
僕の内に秘めるとされている堕天使の力、それを自分のコントロール下に置くための訓練……。
こんな場所で何をするつもりなんだろう。
「セルビア! ちゃんと持ってきた?」
「あ、はいここに。水に濡れても良い、代わりの服でサルデーニャさんでも着れるサイズだと思います」
背負っていたリュックから、トレーニングウェアらしき服を取り出すセルビア。
「あの、河の中には流石に入らないでしょうし、掛かる程度ですよね?」
デーニャはそれが気に入らないのか、声を唸らせる。
「……それだと旦那様の手助けにならないかも。……ま、後でわたしが、調整すればいいよね。着替えちゃっていいよ!」
「えっ! これ着るの、サルデーニャさんじゃ……」
「ううん」
「……私ですか!?」
ウェアを両手で握るセルビア。その頬は段々と色味を帯びつつ、
「まだ……着れる……かな」
と、何かを躊躇っているようだった。
「わたしも準備しなきゃ!」
デーニャが通常より、多めに空気を吸って吐いた後、“コダマシテール”と呟いた。周りは、青みがかったような緑の光と羽根が舞う。
「クロさん、手伝ってもらっていいですか……!」
え、手伝うって着替えを!? 他に人がいないからってそんな大胆な……。
「終わるまでリュックとこれ、持っててください。汚すわけにはいかないので。勿論、目……閉じててもらいます、けど」
……厳密に守らさせていただきます。
まずは、リュックを受け取り、ショルダーストラップを自分の右肩に引っ掻ける。
次に、ウェアを片腕に干すように持つ。
彼女が背を向けたと同時にモゾモゾと両手を前に動かす。順番的に、薄いピンクのシャツから着替えるようで、そのボタンを徐々に外していくようなかすれ音が聞こえる。
張っていたシャツがたわんで、白い肩とすっと綺麗な背中から丁寧に剥がされていく。ふわっと流れた髪の隙間から、上半身に残された赤の――――――。
「っっっ全然、閉じてないじゃないですか!?」
軽く振り向いたセルビアと目が合い、瞬時にチャックする。
「今更、閉じても遅いです……!」
違うんです、うっかりしてたけど、それだけ魅力的で秀逸ってことだと僕は思うんです。
あれ……セルビアの気配がさっきより近付いてきてる? あぁ……そうか、叩かれる。
「もう見て……ないですね。ハイ、これ着てたブラウスです。もう片方の腕に預けますね。あと、これはリュックの中に……」
両腕がハンガー状態で、さらにリュックからもゴソゴソと何かを漁ってらっしゃる。それにしても、デーニャがやけに大人しい気がする。少なくともこの状況を見てるはず。怒るなり邪魔してくるなりしてきてもおかしくないのになぜだ。
セルビアではなく、ベラやシリアだったらまた違うんだろうか。てか、準備まだかな……。準備が終わったのなら、この役をデーニャがするという選択肢はないんですかね。
「んん……っと。うぅ……やっぱり。若干キツい……」
か細く話すセルビアの声に片目を開けそうになるが、何とかこらえる。
「えと、また脱ぎますけど、もし目を開けたり、リュックの中を見たりしたら、す、スケベ罪で責任問題ですからね……! いいですねクロさん!」
念押しされるが、それはそれでい……後が怖いからやめておこう。でも、上が終わったなら下か……。
「肩、借ります。……見ちゃダメですよ」
僕の左肩にセルビアの手が置かれるが、きっと、片足上げの動作によるバランスを崩さないようにしているんだろう。くっ、生き地獄。
そうこうして、時間は掛かったが、無事に着替え終わったセルビア。普段から、仕事着が多いだけに肌が目立つ。アウターはパーカーを羽織りながらも、鎖骨やヘソを覗かせ、惹きつけられるようなスポーツ用のブラにショートパンツ、スパッツという組み合わせだった。
「あぁ……もう引き返せないようなこの気持ちは何ですか……うぅ」
似合ってはいるのだが、違和感というか、少しサイズが合ってないような……?
ここで、今まで黙っていたデーニャが口を開く。
「――――――え、何なの。この敗北感。セルビア、旦那様を誘惑するつもりじゃないよね?」
「私がスケベみたいな言い方じゃないですか!? だって、これ、まだ学生の頃に着てたもので、サルデーニャさんが着るならまだしも、成長した私には色々と合わないんです!」
「――――――喧嘩、売ってる?」
「売ってないです売ってないですぅ!」
軽く涙目で不服を申し立てるセルビア。
しかし、あれだ……本人は気付いているのかは定かではないが、着痩せするんだろう。それこそ、血の繋がらないと言っていた、妹の方のメノルカ……あの胸部装甲の魅惑にも負けない輝かしさがセルビアにもあると言える。やっぱり、姉妹じゃないのかとすら疑ってしまう。
「――――――っ……手間が省けたってことにしておいといてあげるわ」
「え? それってどういう……」
デーニャの言葉に、セルビアと同じように疑問を抱いたその時、自分の体が浮いた気がした。
訓練開始か……。
「――――――まずは、お手本として、わたしの言う通りにしてみて、旦那様」
体中から止め処なく、溢れて、漏れて、とても落ち着いてはいられない状態に陥る。舞っている黒色の羽根から堕天使状態なのは確かだ。
ただ、以前よりも、体は震え、負荷が掛かっているようで……辛い。
「……クロさん?」
「――――――その感覚のまま、解き放つように、セルビアの方を見て」
見てどうするんだ……。待てよ、ブルガーの時も似た指示はしてたが、何考えて……!
「――――――これが“黒翼飛ばし”」
「あの、二人とも、すごく眩しくて、ここにいて、大丈夫なんですか私!?」
僕たちがセルビアからどう見えてるのかは分からないが、絶対、解き放つって考えたらいけない気がする……っ。
「――――――さぁ、早くしなさい、旦那様」
「クロさん、具合、大丈夫ですか? さっきから様子が……!」
いつものデーニャじゃ……ない?
「で、出来るわけ……」
際涯なく続く海を見るように……古来、聖書より伝えられている悪魔と呼ばれた者たちの感情が、その深淵が、目に焼きつき、浮かんで、絶えなく映る。
『“Superbia”,“Invidia”,“Ira”,“Acedia”,“Avaritia”,“Gula”,“Luxuria”……』
「ルシ……フェ……ル」
その単語は、予期せず、口から漏れ、同時に吐き気が襲う。
ただ、目の前のセルビアを傷つけまいと膝をつき、下を向いた。
まぶたを閉じると、フッとその闇から差し伸べられた光の手が、瞬時に映り込む。
「クロ……さっ!?」
――――――耐えられそうに、ない。
自分の中の苦痛を押し付けるように。感情そのものが物質となって、現れ出たような“黒羽根”を無量に解き放つ。
聞こえる悲鳴。
悪い予感がしつつも、まぶたの裏の暗闇から明かりを取り込み、視覚に入ってきた情報。
「――――――っ……そうなる、よね」
失望したような声音のデーニャ。
くっ……やはりセルビアを……。
「……えと、何が起きて?」
目の前に……いない……わけじゃない?
あれ、どういうことだ……。何ともない……? いや、どちらかと言えばか?
彼女の服装として、役割を果たしていたトレーニングウェアが上下とも破れていたことは確認した。一部は消え去っており、人体に影響はなかったものの、放たれた威力の凄さが窺える。
何かに気付いたセルビア。
「クロさんっっっ!? これは、あの……!」
ゴメン、状況は僕も理解できない、とりあえず、ないすばでー!
「き、キャアァァァァァァァァァァ――――――ッッッッッ!」
当然のように食らった平手打ち――――――ではなく、殴打され、受けた衝撃。それはもう断然に、ステータスは跳ね上がり、僕の堕天使状態が弾け飛んだ瞬間である。




