使命とすることに(4)
多数の町の人を呼び寄せたイベントは終わった。だが、会場設備の撤去作業やゴミ拾いなどはまだ済んでおらず、僕は再び、宿から遠く離れた場所に来ていた。
宿を出る前、警備のオッチャンの様子を見に行ったが、どこにも姿はなかった。探しているとセルビアから、オッチャンは朝から元気よく、宿を出ていったと同様に、セルビア妹も眼鏡男のマネージャーと仕事に向かったらしい。そこからセルビアの提案で後片付けの話になり、ついでにベラたちも同行することとなった。
昨日、十二分な睡眠がとれたことで、本来の活力が戻った。まではいいが、少し遠出をして、わずかな数時間、散歩のような仕事量で、へたばる自分もどうかと思う。精神的な問題が原因の一つでもあるだろうが、運動不足という点も含まれている気がする。元より体力が有る無い以前に、天使たちと出会う前の暮らしに覚えがないのだから、何を考えても無意味だ。しかし、自分という存在を意識できたのが、最初にベラと出会った時……にはもう突発的に何かを失っていて、忘れているのは確かだった。
一瞬、今までそれほど感じていなかった不安がよぎる。
僕は人の形をしただけの違う生物なのではないだろうか。今までの体験上、人間であるという確信は既に薄れ始めている。人ではない物、故に何者かの陰謀による画策された世界に立った。その可能性があるのではないかと――――――いやないな! いけないいけないまた考えすぎだよ、病院行ってこよ! たぶん、認知的な何かが欠落してて治療すれば治るし忘れたことを思い出せるしハイ簡単。
と周囲に落ちたプラスチック容器を拾いつつ、頭の中で一人、会議をしていた。この作業自体の報酬は、残念ながら発生しないが、助けるという名目でこれも使命遂行には繋がるはずだ。でも、それはあくまでも彼女らの使命であって、僕がそれなりに協力、尽力する理由にはならない。ただ、彼女らの手助けをすることで自分の失ったものを知る手立てにはなると、勝手に心の中で期待しているのだと思う。
「――――――クロアチア」
名前を呼ばれ、振り返ると左右にゴミ袋と専用のトングを持ったシリアがいた。
「昨日の夜から冷静になって考えてみたんだけど……」
神妙な面持ちのシリアに、少し妙な感覚を覚えつつ、次の言葉を待つ。
「聖典で読んだ天使の王子様の話をクロアチアにしたよね」
ウーン、その王子と僕が似てるみたいな話をしてましたね。
「私はもっと、紳士的というか、ダークでもカッコいいみたいなのをイメージしてたって言えばいいのかな。でも、クロアチアは、その、ス……ケベなこと、ばっかりだし……」
ギクー!? グサー!?
「え……っちだし」
俯き、なんだか両耳が赤いのは怒っている証拠デスか。
「……私を助けてくれたクロアチアは、カ、カッコいいとは、思ったけど……それはそれだし。とにかく! これからは大事な仲間の一人として、ちゃんと君を見るよ……!」
うん? つまりは……?
言い回しからして、よくあるような、やっとの勢いで好きな人に告白して「ふふ、ありがとう。でも友達でいましょ?」と自分と投げ続けてきたボールごと打ち返してきて粉々にさせる衝撃を感じたのは気のせいかな。
い、いや、自分を買い被ってたわけではないし、ご迷惑かけてるし、仕方ないといえば、そうなのだけれど。
「クロさん、シリアさん!」
シリアと話している途中、遠くから、こちらに近づいてきていたセルビアを把握はしていたが……まさか、あなたも僕を宇宙のチリにしようという魂胆ではないでしょうね……。
「この辺の“ゴミ”を片付けるのは、たぶん、ベラさんがいればすぐに終わると思います」
ビックリした自分のことかと思った。
見回し、ベラを視界に捉えると、『綿あめ』を自在に操っている最中だった。ゴミ袋とトングを『綿あめ』に持たせて、本人は陽気そうにしている。当然、その『綿あめ』のスピーディーな動きが、周りで働く人の注目を集めていたわけで。
「オォーすごい姉ちゃんだァ!」「原理がよく分からんがその感じで頼むぞォー!」「そうだァ次のイベントの余興にあの娘を呼ぶのは良いんじゃないか?」
「ふへへへ、どう!? 最高でしょ! 良い感じでしょ! 私可愛いでしょ! 大人しく、天界にでも導き食らいなさい! あーはははっはっはっはー!」
オゾマシイ。
「ですから、働いている皆さんのためにも、あそこにいる町の方々が、美味しい料理を作って提供するそうなので。そちらの方に回っていただけないかと思いまして……駄目ですか?」
「そのほうが良さそうだね」
今の効率を考えれば、シリアも同意しているわけだし、妥当か。
会場を囲う木々の境界線上に沿って設営されたテントがあり、その中でエプロン姿の奥様方が何人か見受けられたため、そこで作るのだろう。
シリアが先にテントの方へ向かって歩き、その後に続く。
「あ、クロさんはこっちです」
え、どっち?
「……クロアチアも一緒じゃないんだ」
足を止め、か細い声でシリアはそう言う。
「え、ええ。クロさんも行かれると皆さんの邪魔をしちゃうかなと思いまして……あ、でも大丈夫です! サルデーニャさんがいらっしゃいますから」
どこに行ったんだと気にはしていたが、丁度、鍋の様子を見ているご婦人の傍で興味津々に食い入っているデーニャを確認する。
「そうなんだ。だ、大丈夫の意味が分からないけど、クロアチアは来ないほうがいいね……」
シリアが行っても、喧嘩になる未来が見える……。
「じゃあ、クロさん。私についてきてください」
とセルビアは足早に歩き始めた。急いでそれに合わせて歩く。
先ほどのテントと真反対の方向を歩いていくと、目の前に直径数メートルで、高さある噴水を発見した。中心には上半身が人、下半身が動物の彫刻像が立ち、天へと両腕を上げながら、まるで何かを崇めているかのようだった。その両腕からケーブルが地面へと四方に伸び、等間隔に電飾が付けられていた。
噴水の縁近くでセルビアは立ち止まり、こちらに顔を向ける。
「えっと、実は、このイルミネーションを取り外すのを手伝っていただきたくて、お呼びしたんです……届くんですけど、ちょっとツラくて……あはは」
ケーブルは別段、固定されている感じでもなく、簡易に彫像の腕へと巻き付けてあるだけだったが、人の手で取り外せるものなのだろうか。とても届くような距離には見えない。
「上手くこの棒を使えば取れるはずです。あ、私、ちゃんと下で脚立支えておきますね」
そう言われ、長めの重量ある棒を渡される。彫像の高さと同じラインに到達する脚立が縁の方に置いてあり、とりあえず、棒を持ちながら上ると結構怖い。体制を少しでも崩して落ちようものなら、地面か水面に直撃してしまう。
注意しつつ、一本目を取り外しにかかる。棒の先を伸ばし、ケーブルのたわみを持ち上げるが、自分の腕が震え始める。
「大丈夫ですか? 気を付けてくださいね?」
それほど重くはないはずだが、この高さで緊張はしている。しかも、一本目にしてケーブルが思うように取れず苦戦している。もしや順番でもあるのか……?
最初に取ろうとしたケーブルはひとまず諦め、もう一方に棒を伸ばす。すると、今度は少しずつ緩み、彫像の頭部にまで持ち上げることが出来た。棒を綱引きのように引き寄せ、自分側に近づける。上手く離したところで、棒を地面に突き、滑らせるようにケーブルを落とす。
あと三本か……これは確かに辛い。
そのまま二本目に取り掛かろうとした時だった。
「今ここで……クロさんに話すのもおかしいかもしれませんが――――――」
声がして、一旦下を向くとセルビアが遠くのベラたちを見ながら、もの悲しげに言う。
「私と妹のメノとは……本当の姉妹ではないんです」
そこから、昨日の仲の良さそうな姉妹からは想像できない事実を聞いた。セルビアの両親はセルビア妹、メノルカと血が繋がっておらず、メノルカの実親の友人にあたる立場だった。本当の両親は早くに亡くなっていること。その頃には物心ついており、親戚や祖父母もなぜかおらず、よく一緒に遊んでいたセルビアの家に引き取られたとのことだった。
「ある日、メノが今の仕事に興味を持って、してみたいと言ってきたんです。私や母たちも心配はしたけど賛成でした。そしたら見事に成功して、私たちも嬉しかった。でも、学校に行く時間が、仕事で徐々に減ってきて……だから、親しいお友達、あまりできなかったみたいで」
両立ほど苦労なことはないと思う。
「メノのこと、できれば皆さんで、仲良くしてくれると嬉しいです。突然、こんな図々しいことを言って、ごめんなさい……」
頼まれたことを着実にこなしつつも、心境は複雑だった。例え、セルビア妹と関わることが僕を含め、ベラやシリア、デーニャと今後あったとしても、仲良くできるかは本人たち次第だ。期待された返答をすることができなかったが、気には留めておくことにした。
その後、電飾ケーブル取り外しの他にも一つ、二つと雑用をしてから、鋼管や機材等を会場外に運び出す人たちを遠目に、木陰で僕は休憩をしていた。そして、テントの方からお皿を片手に、弾けた笑顔のデーニャがやって来た。
「旦那様! これ、さっきわたしが作ってきたの!」
差し出してきたのは、ふんわりとした見た目で、綺麗なキツネ色に焼かれたパンケーキだった。粉砂糖に生クリーム、カラフルな果実が散りばめられていて、出来栄えは意外に良かった。
「あーんして!」
パンケーキを丸ごとフォークで刺し、デーニャは口に入れてこようとする。
気持ちはありがたいが、女の子を目の前に大口を開けるというのは、少し恥ずガグゴゴゴ!?
「でへへー、どう?」
……美味いです。
「皆さんお疲れ様ですー! 少しお休みの時間にしてくださーい! あとスープやお肉料理、スイーツとたくさん作りましたから、こちらにぜひぜひ!」
響く声はセルビアのもので、それを聞いた人たちが次々とテントの方へ向かい始める。
旦那様! とデーニャに引きつられ、僕もテント近くまでは向かう。テーブルに並べられた数々の料理を各々が小皿に取り、好きに食べる形式で、奥ではまだ料理を作り続けている主婦たちがいた。
「んぐ……うん、これも美味しい! このサラダに煮物なんかも! こうなったら一通り食べないといけないわね! 忙しいったら~」
先に来ていたベラの持つ皿には、今出ている料理のほとんどが盛り付けられていた。
見栄えとか関係なく乗せていったっぽいな。いやいや、食い意地張りすぎだろ。パクパクパク……ってもう食べきってるし、え、何、ハム〇ター?
「ちょっと天使ベラルーシ。そのチキンはこれからまだ調理に使うんだよ」
「いいじゃない、シリアが食べる分を私が食べてあげたってことにしましょ?」
「じゃあ、それ食べたらこれ以上、出てる料理一切食べないでね」
「えぇー!? いきなり厳しくないかしら!? っはぐ」
「あ、だから食べないでよ! はい、もう食事禁止だよ!」
「美じぎ天使バリアァもぐもぐ! ごれっはどんな処罰も妨っんぐ!? んんー!?」
「……あぁもう何やってるのさ、水持ってくるよ」
「んっ(は)、んっ(や)、んん(くぅ)ー!?」
そしてシリアと揉めて、詰まらせていた。
「――――――楽しそう」
デーニャが二人を見て小さくつぶやいた。
「それも今のうち……。さぁ、旦那様! どの料理、あーんして欲しい? うそ、わたし!? でへへ、いいよー!」
何も言ってないです。




