幼妻天使とすることに挿絵とすることで
空が薄暗くなり始めた頃。街灯は人々の行き交う道を照らし、住宅や店内の光が地上を明るくさせる。赤や青、紫色などの店のネオンサインも目立つようになった。
そんな活気的な世界とはかけ離れ、華やかさの欠片もない屈強そうな二人の男に、僕は声を掛けられた。
「ちょっと、訊きたいんだけども……君、今、急いでたりするか?」
「時間は取らないよ、五分で終わる。大丈夫大丈夫」
その男たちは紺色系の帽子に制服、ズボン、腰に太めのベルトを巻き、色々な物をぶら下げている。
帽子のデザインにはエンブレムのようなものが中心に縫い付けられていた。肩や胸ポケットに“POLICE”という文字も小さく刺繍されている。
「お名前は? 身分を証明できる物とか持ってる?」
「君さ、これからどこ行こうとしてたの? そんな年端もいかない女の子を連れて……」
つまりはポリスメン。女の子というのは、隣にいるデーニャのことを言っているのだろう。
今に至るまでの経緯を説明しよう。ベラに踏まれた鼻の痛みを癒すべく、宿の借りた自室で休養をとっていた。そんな時、デーニャが侵入してきた。『夜の逃避行』という口実で無理やり引っ張り出され、街を散策しているというわけである。
もちろんベラたちは知る由もない。
「お仕事は今何してるの?」
「その子の派手な服装は君がさせたのか?」
警官たちは詰め寄り気味に訪ねてくる。
天使だの使命だの妻だのと下手に答えて誤解が生まれるのは目に見えている。さてどう説明すべきかと口籠っていると隣にいたデーニャが警官たちに向かって口を開く。
「お巡りさん、わたしの旦那様に疑いの目を向けないでくれる? これから二人の愛を深めるために、邪魔なシリアル達から距離を置かないと行けないんだから。大事な夜の儀式を質問に答えてる時間に割いている暇はないの!」
もはや、デーニャから放たれた言葉は、弁解やら収拾をつけるやらといったレベルではなかった。
警官たちもさらに怪訝な表情になり、腰の武器に手を置き、身構えていた。
「君、まさかその男に強要されてそう言うように指示されたのか! 危ないから今すぐ離れなさい!」
「貴様! 今応援を呼ぶから、そこをじっとしてろ! 動くなよ!」
一般人から一気に容疑者並みの扱いなんだが。ここはテンプレに沿って、「やめろ! 私は何もやっていない!」とでも叫んで逃げればいいんだろうか。うん、死が待ってる。
武器をこちらに向けてきたので、一応、両腕を上げておく。警官の一人が近寄ってきて、肩を掴まれる。そのまま振り向かせ、腰に手を組ませられる。
「ちょっと!? 旦那様に何するのよ!」
デーニャはもう一人の警官に腕で保護される形で動きを止められる。
「くっ、仕方ないわ!『コダマシテール』!」
するとデーニャが何かを叫んだ。彼女の身体から宝石のような輝きが放たれ、同時に羽が両肩から伸びた。その羽は緑がかった青色で、神秘的だった。
「――――――お巡りさん、今すぐ、立ち去りなさい」
デーニャの声が耳元や心の奥に直接、話し掛けられるような感覚に襲われる。
彼女の能力により、堕天使の力を発現させられた時、シリアが堕天使化した時に、聞いたあの救いの声。
「……俺たちは、何をするつもりだったんだ」
「分からない……とりあえず、職務に戻ろう……」
僕を拘束していた警官は、手を離し、目的を失ったようにこの場から離れていく。もう一人の警官も連なって賑やかな街の外れへと姿を消した。
デーニャの声と警官たちの行動には関係性がある。でなければ、わざわざ天使としての能力を発現する意味はない。
「――――――まったくもう、いい迷惑」
ゆっくりとデーニャが首を触りながら近づいてくる。プツッと何かが切れた音がした。
「まぁいいわ。さぁ旦那様! 気を取り直して行こ!」
今、起きた出来事を詳しく説明をしてほしいところだが、デーニャは別にいいじゃないという雰囲気で何も話そうとしない。異彩を放ったあの羽は、彼女の本来の姿であり、彼女の持つ能力であることは確かだ。精霊が関係しているような話を以前にしていた。仮にそれが、人に催眠、暗示のようなものをかけ、都合良く騙し操ることができるとすれば、ある意味、要注意な天使だ。
「なーに?」
彼女は、目を真ん丸にして首をかしげる素振りをする。
「……あっ、わかったかも! 旦那様のその視線、わたしと“キス”……したいんでしょ?」
要注意といえども、彼女の能力なくしてシリアを救うことができなかったのも事実だ。ブルガーという人並み外れた力を持つ者もいることが知れたわけで、この先も彼女の協力は必要になるかもしれない。
まずは彼女を知ることから始めてみよう。少なからず僕自身のことを唯一知っているような口ぶりだし、仲良くなっておいて損はない。え、“キス”って言った? 何でまた急に?
「んー」
デーニャは顔を上げ、僕の服を掴み、前のめりになる。ふと彼女の艶やかなピンクの唇に軽く意識を飲まれそうになった。
阻止しなければ、今度こそ犯罪者になり得る。とはいえ、阻止しようにも突き放すのは良くない。今の状況を打破するには恥ずかしいが、これしかない。
「へにゃ!?」
僕は彼女を抱きしめた。その身体は小鳥のようで胸に顔を埋めるような感じになってしまう。そう、これは親子の抱擁なのだ。決して如何わしい気持ちでしているわけではない。
それにもし嫌なら、自分から突き放すだろうし、そのほうがまだ楽だ。
「あ、えと~これじゃなくて……ん。でも……何か落ち着くかもー……デヘ、旦那しゃまは温かい」
文句を言われたと思ったが、腰に手を回され、振りほどかれるどころか抱き返される。デーニャを上から覗けば、風呂に浸かるように悦楽に、頬が緩みきっていたように見えた。
その状態がしばらく続き、デーニャは俯きながら手を離し、後方に下がる。
「あの時……シリアルが旦那様に抱き締められていたのが羨ましかったのもあるけど、こうやって誰かに恋人や家族みたいに優しく触れられるって……良いよね」
切なげな声音で彼女はそう言った。
「……わたしは、天使としていろんな人を助けてきたつもり。でもそれは、いつも善い方向ばかりの結末じゃなかった。ある時は男の人の純粋な気持ちを無下にして、後押ししたばかりに破局に導いたり。ある時は家族間の問題に踏み入って、皆を素直にさせたばかりに身勝手な行動だけが目立って、崩壊に追いやったり……。人間は複雑。その複雑さが分からない私が一人で導くなんて無理な話。かといって頼れるような仲間なんていない。みーんな、なぜか離れて行っちゃった。……もう疲れちゃった」
人間という生命体が完璧ではないのと同じように、天使とて完璧ではないのかもしれない。現にベラやシリアがそうだろう。人ならざるもの故に、単純ではない人間の善行、悪行への思慮深い意味までは理解が及ばない。
「でも、そんな時、旦那様に出会えた。旦那様はわたしの価値を教えてくれて、居場所となってくれた。嬉しかったし、認めてくれる存在がいた。だから、あなたの傍でわたしのすべてを注ぐと決めたの」
その旦那様と僕は果たして同じものなんだろうか。残念ながら、彼女との会話や関わりは思い出せない。
僕とは何なんだろう。でもそれは、今考えることではない気がする。後でいい。
デーニャの手をとり、引っ張り歩く。
「え……!? 旦那様、急にどうしたの」
向かう先はベラたちの居る宿屋だ。歩き始めは心配した様子でデーニャは声を掛けてきた。
しかし、行き先が分かると、軽い抵抗を見せたが、観念したようにすぐ大人しくなった。
数分を掛け、宿屋に帰り、中に入ると、シリアが奥から駆けてきた。ベラとセルビアも見えた。
「クロアチア! 部屋にいないから、どこ行ったのかと……なぜ天使おサルデーニャも一緒なんだい……?」
シリアは静かなデーニャに敵意をむき出しにしていた。
「はぁ……そうよね。シリアルは旦那様だけを心配してたわけだし、わたしの扱いなんてそんなものよね」
「……? 当然じゃないか。天使おサルデーニャはただの厄介者のガイドとしか思ってないよ」
「ひど!? ただのサポーターにすらなれない役立たず天使!」
「聞き捨てならないよ! 私だって、クロアチアのお、お世話くらいできるさ!」
例のごとく、二人はお互いの悪口から掴み合いに発展していった。
前方に目を向けるとベラから声を掛けられる。
「あら、スケベクロさんお帰りなさい? サルデーニャとどこほっつき歩いてたのかしら」
そんな斬新な名前はやめていただきたい。
「あの、堕天クロさん。サルデーニャさん。ベラさんたちはこれからお二人を探しに行こうとしてたくらい心配なさってたんです。何か一声掛けてからの方が良かったと思いますが……」
そうセルビアに遠くから正論を告げられる。
「私の時は一声も何も、誰もいないし、伝えてくれないしで、か弱き清純美少女天使を一人にさせるのは良くないと思うの。そういうことでしょ、セルビア?」
「え? え、ええ、まぁそうですね。で、でも、お言葉ですけど、単純にベラさんが例外で心配するまでに値しない性格だからなのではないでしょうか、立場も一人ですし……」
「それはどういう意味かしら。不憫だって言ってないわよね……?」
「い、いえいえ! そのようなことを言ったつもりは、あ、あはは~」
ベラがセルビアに別の疑問を問いただしていたが、デーニャが驚いた様子で、言葉を返す。
「……わたしも探そうとしてくれたの? ねぇそうなのシリアル?」
「さ、さぁね……でも、数少ない天使の仲間でもあるし、皆で協力しないといけないのは最初に決めたことだからね……。クロアチアだけというわけには、いかない、さ」
「まぁそういうことよ。天使のくせに私より先に美味しいものを食べに行こうだなんて抜け駆けは許さないわ。行くなら私も行くから」
「……ベラさんそこは論点ではない気がします」
そうして今日という日を終えた。デーニャがあの時、話してくれた過去の出来事。生じた不安は簡単に拭えないだろう。これからそれを払拭とまではいかずとも、少しでもベラやシリア、セルビアと居場所として一緒になれたらいいと僕は思った。
「旦那様ぁ……デへへ……抱きしめ、られたぁ……」
ただ……寝付いてから途中で目を覚ますと、デーニャがちゃっかり一緒に寝ているのは勘弁してほしい気がするのだった。




