天使とすることに
ビシャビシャビシャッ!
ふとした瞬間、頭や肩に水しぶきを浴びた。
見上げれば二つの雲。よく見れば、宙を浮く『綿あめ』から解き放たれたようで、水が滴り落ちている。
そして人のような影が目の前を舞う。太陽の光は遮り、はっきりと見えない。ヒラヒラと横波に揺れる一部の影が目立つ。スカートのようにも見える。
「あら? ごめんなさい?」
放水を行っているモノと思われる声は穏やかで、聞き取りやすく透き通っていた。水をかけられたことすら忘れるほどに。
やがてそれは地面に足をつけ、姿形が識別出来るようになる。
ロングな黒髪、立ち振る舞いこそモデルのようにすらりと華奢で、腰に手を回し、大人の女性らしい姿。膝まで伸びる白い生地のワンピース。ブレスレットのような物を手首に付け、彼女は優しく微笑む。瞬きのわかる大きな黒い瞳。その顔はまだどこか幼さを感じさせる。
彼女はこちらが黙っているのを見て、何かを察した。軽く腕を組み、彼女の左右に浮く二つの『綿あめ』が動く。
「ん? 私? そうね、今はこの世界が救済されるに相応しいかどうか確かめてたのよ」
その世界の救済というのは、いきなり人に水掛けを行うことと関連したことなのだろうか。
ついでに言えば、先ほどから浮くこの『綿あめ』は、どんな物理法則を無視しているんですかね。
「……ああ、これ気になるわよね。人間には未知なる世界だもの。うんうん」
彼女は話を続ける。
「私は使いとして舞い降りた天使! えっと、悩める人々を導く存在よ」
突如として僕は天使と巡り会った。
天使なら彼女が宙を浮いてても、説明はつくのかもしれない。しかし、実物を目にしたことはない。
「し、信じてないわね……これが証拠よ!」
いかなる証拠と言われるものを出されたとして、そもそも天使とは何を持って、そう呼ばれているのかを知らない。信じたくても知らないから信じないというのは可哀想だろうか。
ここは彼女の言う証拠を見ることにした。
「これは私たちが人々を導くための必須アイテム。相手の心を見透かすことができるとされているの!」
それは先ほど彼女が手首にしていたブレスレット。
茶色の玉がいくつか繋がって一つの輪になっている。玉の中でもひと回り大きい玉が中心下にあり、玉から糸が通され、結び目と無数の糸が垂れた房がつけられていた。
「どう!? これで私が本物の天使だと認めるんじゃない? ほらほら!」
彼女は胸を張り、自慢気に輝くブレスレットを見せつける。
僕は思った。
ただの数珠だと。