地味眼鏡はイケメン王子に狙われています。
どうしてこうなった…?!
5分前
乗り込む電車のドアが開く直前、マスクで眼鏡が曇るので拭いていると制服を着た男子高校生と窓越しに目があう。ニコッと笑って見てきた。
知ってる人じゃあないので自分にではないだろうとスルーしてみれば
二人乗りシートに座ると二人もついてくる。えっ。
二人がけのシートの壁際にさりげなく押されて一人が前で立って屈むように覗いてきて包囲されてしまった。
バッグをぎゅっと抱っこして無視すべく俯いた。
何で私? どうしてこうなった…。
「ねえ、どこ高?」
「携帯教えてよ。Fineのアカ交換しよ。」
眼鏡をヒョイっと奪い取って一人が自分のカチューシャにした後、おさげを持ちあげて毛先を弄ってくる頭上の高校生。
横からは肩を触られて話しかけてくるし。
眼鏡無いと見え辛くて逃げれないのに。
受験勉強ですっかり視力が落ちてしまって急いで買った可愛い眼鏡。
「ねえ、聞いてる? 」
「固まってるよ可愛いねー。」
揺すられながら大混乱である。
何でこうなっちゃったのだ。
もうこれは、降りる駅に着いたらホームに降りて走って逃げるか?いや足だと負けるか。
逃げれないじゃん!あ、積んだわ私。
そう思っていたら良く通る声が自分の名前を呼んだ。
「あのさぁ、ひょっとして双葉 葵?」
車内に響くバリトンヴオイスでフルネームを呼ばれて声のする方向に顔を向ける。
ぼんやりした輪郭がどんどん近づいてくる。ずんずん歩いてきて二人がけの座っている男子の前までくると、空気を読まずに斜め前の私へとグイッと顔を近づけてきた。
あ、藤時くんだ。同級生の高身長のイケメン様だ。
藤時くんは2年の途中から留学してたから、随分久しぶりに顔を見たけど…わお。
髪が伸びてチンピラ風味になってる。
「やっぱり双葉だし。この人たち双葉の知り合い?」
「えっと…」
「っていうか、何で双葉は泣きそうな顔になってんの?」
高校生たちに向かって底冷えする声を出す藤時くん。
彼らはギョっとして眼鏡を私に返すとものすごい勢いで撤退していった。
素早く眼鏡を拭いて装着するとほっと息を吐いた。
凍てついた空気も霧散して、眼鏡の向こうの景色にはニコニコしたイケメンが。
「お、ラッキー」
そう言ってドカッと座ってスラリと長い脚を雑に組んでからまた話かけてくる。
伸び散らかった髪の毛を鬱陶しそうに適当にかきあげていたので花は自分のヘアゴムを一つ手渡す。
「良かったら使う?」
「サンキュー、忙しくって切ってなくてさ。」
耳の後ろの髪と前髪を無造作にまとめてハーフアップにすると睫毛の長い切れ長の瞳が出てイケメンが露呈する。ティーシャツにパーカーを羽織り、ダメージデニムにただのスニーカーなのにモデルみたいだから非常にお洒落に見えて見惚れてしまいそうになる。いけない、いけない。
「元気してた?」
イケメンスマイルの破壊力!
長い睫毛に彫りの深い二重の大きな瞳。スッと高い鼻に形のいいぷっくりした唇。
唇を指で触れたらマシュマロみたいに柔らかそう。指で押してみたくなる…。
「聞いてる?」
うっかり見惚れていた顔が覗き込むように近付いてきたので慌てて意識を引き戻した。
「っはぅ、うん。藤時くんは?」
「俺は女が怖くなった位かな。」
「えっ。」
「留学先の彼女に別れ話したらナイフ持って暴れるんだぜ。あと向こうの学校クラブや同好会に所属しなきゃいけなかったんだけど、入った先の部長の彼女が俺の部屋に突撃してくる肉食獣でさ…逃げたけどもうぐっちゃくちゃ。やー、肉食系怖いわ。」
「それは・・・中々ヘヴィーだね。でも刺されるの何か想像できる。」
「うわ、はっきり言っちゃう?酷え〜。」
カラカラと何でもないように笑って話す藤時君は見た目こそ王子様だけど結構チャラい中学時代をおくっていたのを知っているので刺されても文句言えないと思ったりしていた。
藤時くんは音楽家のお孫さんであり社長令息でもあって、お母さんはモデル。
もう全部良いもの引き継いだ感じなのだ。だけど、何故か彼の趣味はデスメタル。
デスメタルバンドのヴォーカルをして、女の子食い散らしていたのを隠しもしてなかった。ゲスい。
藤時君は告白したり言い寄ってくる女子をバッサリ一刀両断する様な暴言を吐くので魔王とか言われてた。
ブスは無理とか、もう色々酷かった。でも藤時くんと隣の席になったとき、同級生や友達には優しいんだなと感じた事が沢山あって嫌いにはなれなかった。悪態をつく時も理由なくしてた訳ではない。笑った顔があどけなくってドキっとしてしまう。
ほんと、綺麗過ぎってズルい。
暫く藤時君は一方的に自分の話をしてきて、ひたすら相槌をうって聞いていた。
目的の駅に着いたので藤時くんにペコリと頭を下げてホームに降りた途端、後ろから呼ばれて振り返る。
「なあ双葉、俺またこっちに引っ越してきたからよろしくな。俺、メアドもアカも変えてないから!」
プシュー。
電車の中でこちらを見て、手をヒラヒラして柔らかく笑う藤時くん。
自分のような地味な女子にリア充のイケメンがメアド云々って幻聴だろうか。
おっと今は地味眼鏡にクラスチェンジしていた。
学生時代にクラスの集まりの連絡網で交換しただけの自分に?
そしてその晩、藤時君からメッセージが入っていたのだった。
読んでいただいてありがとうございます。