勇者パーティを追放されたおっちゃんは天寿を全うしたい
「クリード・アステライド! お前を勇者パーティより追放する!」
魔王討伐を果たし帰還した栄えある勇者パーティの期間を祝して、王城にて開かれた豪華な晩餐会。
その最中に突如として放たれた言葉。酒の肴にしても、その冗談は質が悪すぎる。
ただそこに招かれた貴族連中の一人、程度であるのならばその声はかき消され、今も歓談に耽っていただろう。
だが発言した本人が悪かった。このパーティの真の主役とでもいうべき、立役者。
――勇者アストライア・ドレイク。今や勇者パーティの中核を担う彼女が、魔剣士クリード・アステライドを糾弾したのだ。
「そうかい。まあ、それは仕方がないやね。せっかくの宴席を血で汚すのもよろしくない。俺は勝手に出ていくから、あとは如何様にもしてくんなまし」
俺は後ろ手に手を振って、城を後にした。
※※※
古い夢を見た。
「くぅ~すぴ~」
何で今さらこんな夢を見ちゃうかね、なんてね。きっと一生忘れられないまま夢に見るんだろう。
ああ、きっとあの子は、一生許してはくれないんだろうね。それだけのことをした自覚はある。
「ぐがぁ~~」
「またこの子は人のお腹の上に乗ってからに……」
毎度毎度言っても聞きやしない。
俺はお腹の上に乗った女の子、もとい幼女をどかす。
「んにゅんにゅ」
白金を溶かしたような最上の美しさと艶をもった髪をその身の丈以上に伸ばしたそれは、あり得ないほどの美しさを体現しているようではあるが、涎まみれで夢うつつ。色々台無しになりそうではあるがそうはならず、この世界に確かに芽吹いている生命だと主張している。
まあ、躾けがまだなってないのは仕方ない。これからだこれから。
「あら、おはようございます。旦那様」
そして目が覚めて朝食の準備を始めようとしたらもうすでに出来上がっていた。
黒髪ロングの美女が裸エプロンで出迎えてくれた。
既にトーストにベーコンエッグ、に……ミルク。それに……サラ、ダ? までもがキレイにテーブルに並んでいる。
「おうおはよう」
「見てください。今日の瑞々しいトマトを。あまりにも見事で鉢植えに植えて持ってきてみました。至高のサラダ、と言ったところでしょうか?」
「ほう」
「あ、今まるでわたくしのお尻みたいだなとか思いましたね。それともおっぱいですか。このトマトみたいに赤く、ぐしゃぐしゃになるまでひっぱたいて、そのうえで貪ってやりたいとか思っていますね? ええ。ええ。いいのですよわたくしは旦那様の愛はすべて受け入れる女! どれだけ鬼畜であろうともわたくしは決して旦那様を見捨てはしませ……」
「…………で、いつのまにこの家に入り込んだんだてめー」
朝目覚めたばかりで頭が働かなかったがようやっとツッコミが追いついてきた。
「いやですわ。旦那様」
「そしてその旦那様止めろ」
「何故ですか? 旦那様。わたくしは別に何か悪意が言っているわけではないのですよ旦那様。あなた様への愛をこめて呼んでいるだけですのよ旦那様。何か不手際あるのなら手を上げて制してくださいな旦那様」
「ふわぁ~~あ、おあよ、アンリ」
「あらご機嫌麗しゅう。アーシェちゃん」
「うるわしゅーないおもてをあげー!」
アーシェ、そんなのどこで覚えたの?
ああ、ちなみにアーシェと言うのはさっき俺の腹に寝っ転がってた幼女ね。今は俺の膝の上で大人しく……はしていないけれど、どったんばったんおおさわぎの最中だけれど、まあまだまだ子供なんだからこれから覚えていけばいい。アーシェ・アステライド。俺の娘である。義理だけどね。
そしてアンリというのはさっきからこの家に勝手に上がり込んでいるド変態だ。これで通じるわよね。アンリ。アンリ・リマスティーである。
ただのお隣さんである。お隣さんと言っても、ド田舎だからまともに歩いたら四半日程度は掛かるがね。
二人の仲は良好な何より……何て言うと思ったか! アーシェに余計なことを吹き込ませないように俺はアーシェの耳を塞ぐ。アーシェはパクパクと朝食を平らげている。ナイフとフォークの扱いはそろそろマスターしたかな。今度は口元を汚さないように気をつけようね。
「ツれませんね。まあ、今日のところはこのあたりで失礼いたします」
パチン、と指を弾いて。どうやったのか、一瞬にして田舎の農村に似つかわしくない真っ黒なドレス姿に身を包む。
「それでは、ごきげんよう」
バタン、と扉を閉める音が遠く聞こえて、ようやっと娘との穏やかな日々が帰ってくる。
しかし、料理の腕は悪くないから困る。アーシェも何だかんだで懐いているしこれで変なことは考えずに家事に従事してくれれば……いや、何も言うまい。
チリーン。
「うん?」
呼び鈴が鳴り響く。
アンリか? それくらいしか心当たりのなかった俺は――
当然無視することにした。
『すみません。下着を忘れてしまいまして……ベッドの中に。ポッ』
こういう時は出ないに限る。経験則だ。
ドンドンドン! チリーンチリーンチリーン!
「うるしゃい」
アーシェが近づく。誰だおい。こんな朝っぱらから……おっと、平常心平常心。落ち着け。はい深呼吸、と。
仕方ないので俺はアーシェを置いて応対に出ることにした。
「遅いですわ! どれだけ待たせますの!」
「誰だおめえ」
目の前にいたのは見たことのないちっこい少女だった。
はいバタン、と扉を閉める。
ドンドンドン!
「開けなさい! クリード。クリード・アステライド!」
うるせえな。しばらく放置してみようか。
「開けなさい! 開けなさいと言っていますのよ!」
ドンドンドン!! とにわかに勢いが増すが、徐々に静まり返ってくる。
「開けて……開けなさいって言っていますのぉ……いるんでしょぉ……? さっきちゃんとみたもん……いるくせにぃ……」
目の前で堂々と居留守使われるというのはさすがにメンタルに来たのかちょっと涙声だった。
まあこの辺で手打ちと言ったところかね、とりあえず開けて様子を見てみるか。
「ふん、ようやく出てきましたわね」
うっすらと涙の後をにじませて、堂々と立ち上がって髪をかき上げる。
背は俺の胸当たりもくらいの小柄な少女。少し癖のついたふわふわなブロンドの髪を後ろに結って、白銀の鎧を纏う……騎士、いや聖騎士か。
「あなたがクリード・アステライドですわね!」
「いんや人違いでさぁ」
おっとちょっと涙目になった。ここらへんにしとくか。俺もたいがい甘さが抜けんね。
「で、お嬢ちゃんは何もんかね」
「ワタクシは、アーリア・フェルモンド。この名前に聞き覚えは」
「無いねぇ」
「そうですの……」
しゅん、と案外ショックを受けるアーリア嬢である。
ここは嘘でも知ってるって言っとくべきだったか……て、うん? 待てよ。フェルモンド? 確か子煩悩なのが玉に瑕の……
「クリード・アステライド! ワタクシがここに来たのは他でもありませんわ!」
気を取り直していきなり人様に指を差してくるアーリアお嬢さん。
「魔王を討伐した後とはいえ、魔物、魔族たちの脅威は消え去ってはおりません」
それはそうだ。魔王軍でひゃっはーしてたような連中が明日からは仕事ありませんって言ったところで素直に従うわきゃあないのだ。
(理由はそれだけじゃないんだが……まあ聞いてなくても無理はないわね)
「だというのに、元勇者パーティの一人、魔剣士クリード。あなたはなぜこんな田舎で燻っているというのですか。それが許される立場だと思っているのですか」
ともかくとして魔王なき今でも魔王軍は健在で、勇者パーティは今も戦場を駆けずり回っている。
しかし俺は……
「悪いが、おっちゃんは勇者パーティを追放された身分でね。知らないかい?」
「……知っていますわ」
知ってたのか。
「ですが、そうだとしてもあなたには義務があるはずでしょう?」
「おいおい。だから言ったじゃないの。おっちゃんは勇者パーティから『追放』を受けた身分なわけだよ」
「それがどうかいたしましたの?」
「そんなおっちゃんがだね。目立つようなことは出来ないわけだよ。冒険者だってギルドに登録していない状態で魔物討伐なんかしようとしても報奨金なんて出ないし、むしろギルドに目をつけられる。それと同じさ。お墨付きがないんだ」
仮に今の俺が張り切って魔王軍と対峙したとしよう。で、戦況を多かれ少なかれ変えたとしよう。
その結果何が起こるか。まあ、実際起こってみてからの話になるけれど、例えばそうだね。勇者パーティに代わる新たな代替勢力として担ぎ上げられるとか。
そうでなくっても、元勇者パーティって肩書として、しでかした行いは功罪含めて降りかかってくる。俺のせいでなにがしかの人類に対する損害をもたらせば、その責任もおっ被せることになるのだ。
責任ってのはつまり、そういうことだ。
「そんなことは関係ないのですわ」
お嬢ちゃんに社会の仕組みってもんを説いたつもりではあったのだけれど正直予想外だった。
「勇者パーティであるのならば、人々の希望とならんと一度志したのなら足掻くべきではないですか。その姿にこそ、人々は希望を持つものではないですか。それなのに……何で、何であなたはこんなところで燻っているのですか」
なるほど。認めざるを得ないだろう。俺はお嬢さんを舐めてかかっていた。正論だ。実に正論だ。それができれば苦労はねえんだよってくらいには。
「ぱぱー」
そんな時、アーシェがしびれを切らしたのかどたどたと足音鳴らしてやってきた。
「ひぃ!?」
そしてお嬢さん、もといアーリアが悲鳴を上げる。失敬だね女の子とっ捕まえて。
「ちゃんとご飯は食べたのかなー、てうん。食べたのね。分かるよーただトマトはもうちょっときれいに食べようね。血みどろみたいになってるからね」
アーシェの口元を拭いてやる。着替えはもうちょっと落ち着いてからでいいか。
「あー、ところでお嬢さん。朝ご飯は食べた?」
「まだ話は……」
そこでぐぅっと音が鳴る。
俺じゃない。もちろんアーシェでもない。
「まだみたいね。よし、それじゃあ上がんなさい」
※※※
「ほい出来たよ。簡単なもんだが」
そういって俺がアーリアに差し出したのはオムレツの乗った皿。それに表面を焦げ目が少しつく程度に焼いたバゲットだ。
「あむ……ん!?」
不服そうにフォークでオムレツにがっついたアーリアだったがやがてまた一口二口とその動きを早める。
「それをバゲットの上に乗せて食うとまた美味いんだなこれが」
「そ……そんな行儀の悪いことなどできませんわ!」
そんなこと言って、体は正直だぞ。さっきから目がちらちらっと泳いでるし。
「新鮮なトマトもある。さらに口に同時に入れてみるとだな。トマトの瑞々しさが半熟のオムレツのとろとろと交わって……」
「ぁああああ!!!」
おやおや行儀が悪いぜお嬢さん。
「はぐ、あむ……んぐ」
恥ずかしそうに一気にオムレツとトマトをバゲットに乗せてリスみたいに頬張る。
「美味いだろ? 採れたて新鮮だからこそだ。どうだ? これが贅沢ってもんだ」
今の生活が不幸なわけじゃない。
まあ、そういう意味でこのお嬢さんは問いただしに来たわけではないのはわかるが今の俺の生活を教えるというのはそう悪いことではあるまい。
そういうことにしておこう。
「そういえばさっきから気になっていたのですが、そこの女の子は一体?」
「ああ、アーシェ。俺の娘だよ。ほら、アーシェ、挨拶」
「あーしぇ・あすてらいど! よろしくね」
元気に挨拶できたようで何より。アーリアときたらぽかんと口を開けている。
「あ、ええっと? 既婚者だったのですか?」
この子のことも知らないのか。
「いいや違うが。故あって預かってるんだわ」
まあ適当に誤魔化しとくか。
「どうも、ワタクシはアーリア・フェルモンド。よろしくお願いいたしますわ」
「うん!」
※※※
それから、まあいつもの日課通りに畑いじりに出る。
まだまだ試行錯誤ってところだが……
「今日も精が出ますわね旦那様」
頼れる隣人もいるしな。
ただなーこの時に来ないでほしかったかなー。
「だ、旦那様?」
「あら、誰ですか旦那様。この泥棒猫は」
泥棒猫とか初めてリアルに聞いたよ。
「ふふ、どちらかと言うとキャンキャン吠える小犬のようですわね」
「こい……!」
あ、それ俺も思ってたけど言わないでおいたやつ。
「だいじょぶだよあーりあ」
「アーシェちゃん……」
あらアーシェが懐いてる。ふむ、まあ聖騎士みたいだからね、相性がいいんだろう。アンリなんかよりもその相手としてはずっといい。
「どういうおつもりなのですか? 旦那様」
アーリアには聞こえないようにしてささやく。
「まさか、再び戦場に立つ気なのですか? わたくしとしては、それは喜ぶべきところなのですが」
思う壺、ってとこだろ。
「いやいや、むしろあっちを説得してやるつもりさね」
「あらそうですのね。そう、あのいたいけな少女の純潔を華々しく散らし、黒く染め上げて……」
「はいそういうこと言わない」
「ふふ、分かりましたわ」
ここで大人しく引きやがって……。いやらしいことこの上ない。
※※※
それから数日、アーシェとアーリアと一緒に寝泊まり……ああ、アーリアはちゃんと客間を使ってな。
それで何日か過ごして、畑仕事なんかも教えてみた。慣れない筋肉使ったのかすぐにへとへとになったけどな。ここに来たばかりの俺みたいにな。
そんなある日のこと。
「アーシェちゃん、今日は二人で寝ませんか?」
「ん?」
アーシェと一緒に今日も寝室に入ろうとしたら、アーリアがそんなことを提案してきた。
「アーシェはどうだ? アーリアと一緒でいいか?」
「んー……」
少し寂しいけどな。けど、もうそろそろ一人……てより俺から離れて眠ることも覚えていかないとって思うし。まあアーシェ次第だ。
「うん! いっしょにねるー」
そっか。少し寂しい……なんてね。
「おねしょとかはもう大丈夫だとは思うが、気を付けてやってくれな」
俺に対してはともかくアーシェに対して無体なことはしないだろう。そう。信頼していた。
「……はい」
この時、少しだけ目を逸らしていたアーリアに、俺はもう少し気を配るべきだったのだろう。
「……アーシェ? アーリア?」
朝、目が覚めて朝食の準備を始めたが、それを終えてもアーリアとアーシェの二人が姿をいつまでたっても見せなかった。
「あーしぇ…………」
血の気が引く。二人が寝ていたであろう客間のベッドはきれいにたたまれて、その上に手紙。
――アーシェ、お前の愛娘を返してほしければ一人で村はずれの洞窟まで来い。
「行くのですか?」
家を出て、待っていたのはアンリだ。
「そうだね。そりゃ仕方がない。あの子がいなきゃあ、色々と破綻しちまうわさ。けど、お前の思う通りにはならんよ。残念ながらね」
※※※
「来たな」
そこで待っていたのは、アーリアではなく無駄に目がチカチカするだけで動きにくそうな鎧に身を包んだ小太りの男だった。
その奥にはアーシェを抱え込んだアーリアの姿。
「アーリアをたぶらかしたのはお前ってことでいいのか?」
「そうだ。クリード・アステライド! お前には……オレが勇者パーティを超えたことを証明する足掛かりになってもらう」
「ふーん」
「へ、ヘンリー卿!? 約束がちが……」
約束……? ふーん、まあいいさ。
アーリアが抱えているアーシェを見る。何も怖がってなんかいないし怪我一つない。アーリアが守ってくれていたんだろう。それでいい。
「で、何が望みさね」
「勇者パーティを追放されたお前は、無謀にも国への反逆を企て、オレはそれを未然に阻止する。お前を抱えていた勇者の小娘どもは失脚し、代わりにオレが救国の英雄として台頭する」
「なるほど。そういう筋書きね」
「抵抗はするなよ。お前の娘がどうなっても知らんぞ」
「くくく……アハハハハハハ!」
「何がおかしい!?」
逆上して、剣を振りかざす。何だ、存外いい剣じゃないか。俺の肩口に血が流れる。
「死ね! 死ね!」
なおも笑みを崩さない俺に、追い込まれたように切りつける。が、それも無意味だ。
あぁ、もうダメだわ。
「フハハハハハハハ!!」
高笑いとともに、黒い靄が周囲を覆う。
皮膚が焼け、髪が伸び、爪と牙も生えそろう。
筋肉は極限まで膨張して欠陥が浮き出て、右腕にはさっきまで握られていなかった黒い魔剣が握られている。
「き、きさま、何だその姿は……まるで、ま……」
「魔王、だろう。ああその通りだよ」
こんな小物相手に出してしまった、と言う後悔は多少あるが、まあいい。
そうだ。この姿は正真正銘、魔王と称される力。何故、俺がそんな力を持つことになったかと言うと……うん。色々と面倒なんだが
簡単に言うと、魔王討伐を成し遂げた時に俺は魔王の血を浴びて魔剣に魅入られてしまったのだ。
怒り、憎しみ……そういった闘志をひとたび燃やしてしまうとこうして魔剣が顕現して俺の中に潜り込んでしまった魔王の力が覚醒してしまう。
だから俺は……勇者パーティから追放されなければならなかった。
「まさかこんなことすら知らなかったとはねぇ」
混乱を避けるために公にはなってないし、知っているのもごく一部の王族と……俺の仲間たちくらいのものだが。
「ハ、ハハハハ! こ、こんな……こんなことが知られれば! お前も! 勇者どももおしまいだ! ハハハ! ハハハ!」
「うるせえ」
キィン! 小太りの男……ええっと名前何だっけ。どうでもいいか。の剣を切り飛ばして、魔剣を突き付ける。それだけで、さっきまでの高笑いも消える。
「分かるよなぁ? 知られちまったからにはお前を殺すしかないんだわ。ああ、残念だな。余計な欲をかかなけりゃ殺さずに済んだのに」
「ひぃ、た、たす……け……!」
ザシュ!
地にひれ伏した男の顔面……の真横に剣を突き立てる。それだけで男は泡拭いて倒れた。
「……大丈夫か、二人とも」
「うん」
よし、いい子だねアーシェ……アーリアは俺を怯えるように見てる。そりゃあそうか、しかたない。
「ご……」
「うん?」
「ごめんなさい……ワタクシ……何も、何も知らずに……あなたを……」
驚いた。この子は、俺を確かに怖がっていたけれど、それは俺の魔王の力に恐れてではなくて。
俺を傷つけたことに対する謝罪だった。
「気にすんなよ。まあ、おっちゃんもね。正直世界を救うとかめんどくさかったからね。だから、いいんだ」
魔王の力もすんなり収まって、手をポン、とアーリアの頭に乗せて撫でる。
「そいじゃあ帰ろっか」
「あ、の……」
「ん? どったの?」
「……腰が抜けてしまって」
※※※
こうなるとは思わなかったが、俺はアーリアを背負ってアーシェとともに歩いて帰路についていた。
「あら、また魔王様になってくれませんでしたか、旦那様」
途中、アンリとすれ違う。アーリアはすっかり寝息を立てていて、聞いて内容で助かったが。
「そう思い通りにはならんよ」
アンリ。アンリ・リマスティー。何を隠そうこの女は……元・魔王の側近だ。
俺を魔王にしようとあの手この手で勧誘してくる。まあ、今回の騒動みたいな手を回すようなことはしないから実際のとこどうなのかはわからんが。
「うふふ、別に構いませんから。わたくしとしましてはどう転ぼうと。新たなる魔王様の御心のままに」
「そうかい」
相変わらず真意が掴めない。
そうして家の前に着くと、また驚いた。
「……何で、ここに」
そこにいたのは、勇者アストライア・ドレイクその人だった。
「何故と言われましても……そこであなたに背負われている聖騎士を回収しに来たのです」
眼を鋭く細める。割と不機嫌だな。
「回収? 知り合いだったの?」
気にしないふりをしてすっとぼけることにする。
「ええ。新たな勇者パーティのメンバーです。他でもないあなたの穴を埋めるための」
「そうだったの。まあ、立ち話もなんだ。このお嬢さんにも真実を話しても構わんよね」
「……ええ」
※※※
「あ……ストライア、さま……」
「黙って聞いて」
不機嫌そうに言い放ったら恐縮しまくりのアーリア。おっちゃんの時と随分と態度が違うじゃないの。まあいいけどね。
「まあ、何だ。魔王の返り血を浴びちまってね。全く、右腕がうずくだの魂の奥底に秘められた闇の力だの、魔剣士なんぞ志す人間なら十四の年の瀬で患う病気でもないんだからって話だよ」
そのせいで色々と迷惑をかけた。
「この子、アーシェにもね」
「アーシェ……ちゃんが?」
「そうだね、何を隠そうこの子、実の正体はドラゴンだったりするのよ」
「はぁ!?」
それもこの世界のもしもの時の為に厳重に封印されていたエンシェントドラゴンの卵の一つを孵化させたものだ。
「ほら、この子髪の毛とか引きずって歩いてたりするけど全然汚れてないじゃない?」
付け加えるならさっきの騒動もこの子にとっちゃ何の危機でもなかったりする。
「それでは、ワタクシは差し出がましいことをしたのですわね」
「いいや。必要とか必要じゃないとかそんなんじゃないさねそういうのはさ。守られたからこそ、この子は今度はだれかを守りたいって思うもんさね。だから、この子のためにありがとう」
アーシェの頭を撫でる。まだ何もわかってないみたいだけど。
「ですが、何故エンシェントドラゴンが」
「そりゃおっちゃんにもしものことがあったら瞬時に始末してもらうためさね」
アーリアは絶句する。
魔王ってのが、おっちゃんが手にしてしまった力ってのが一体何なのか分からんがおっちゃんがこうしてのうのうと生きるために、色々と迷惑をかけてしまっているのだ。
それは、勇者パーティの仲間たちも例外じゃない。
「……まさか、追放というのは」
「そうだね、全部仕組んでたのさ。おっちゃんが前線から退かなくちゃいけないから」
アーリアが勇者アストライア……ライアの顔を見て、驚いたように固まる。
どうしたことかと俺も見遣ると、泣いていた。もうぼろぼろと。そのくせじっと俺を恨めしげに見つめてる。
「……そう、イヤだった。何で、何で師匠だけのけ者にして、離れ離れになって……」
「……師匠?」
アーリアが怪訝につぶやく。
ライアは勇者パーティとしては一番新参なのだ。戦場で、家族も何も失ったこの子を見つけて、知り合いに預けようとしたらついてくって言いだしたりして。
語りだしたらキリがないけど、おっちゃんが巻き込んだようなもんなのに。
今のおっちゃんみたいな、平穏な隠居生活を送ってほしかったところなのに。迷惑ばかりかけて、情けないったらない。
「……ずっと、ずっと会いに行きたかった」
「ゴメンね」
勇者として追放したおっちゃんに会いに行くわけにもいかなかっただろうし、こんな機会でもなければ二度と会うこともなかったんだろう。
「もうヤダ……疲れた。どうだっていい。世界とかどうでもいい。本当は師匠とずっと一緒にいられればそれでよかったのに」
「あんまそういうこと言ってやるもんじゃないさね。憎しみの連鎖を断ち切らなっきゃならんように、人助けの輪も繋げて行かにゃあならないんだよ。自分が助けてもらえなかったなら、別の誰かを助けて。そうして、途切れた繋がりをまた繋いでいかなきゃ世の中うまく回っていかんのだよ」
何回も言ったけどね。
この子は、俺たちが助け出すまであんまり幸福な人生を送っていなかったようで助けてくれなかった周囲を恨んでいた時期もあったりしたのだ。
だから口をついて出てしまうんだろうこの手の愚痴は。
とはいえそれも本気じゃないってことくらいは分かってる。こうして吐き出せる数少ない相手だってのは、まあ光栄なことなんだろう。
「つうわけでまあ、おっちゃんの中の魔王の因子? っていうのかな。そういうのをきちんと始末つけるためにこのまま隠居して、植物のように生きてゆっくりと俺の魂と一緒に昇華させるってのが、まあ最後の仕事なわけだよ」
「……私は諦めない。必ず、師匠が生きてる間にその呪縛から解き放つ方法を見つけてみせる」
ライアは力を持った呟きを残す。
正直、平穏無事に日々を送ってたとしても突然に異変が起きても何らおかしくない身の上だ。
「……ワタクシは、本当に何も知らなかったのですわね」
アーリアは溜息をもらす。
「まーそりゃしゃーないさ。これから知ってけばいい」
ぽんぽん、とほとんど反射的に頭を軽くたたいてしまっていた。
「あー……すまんね。いつもの癖みたいなもんだ。ちっこい娘を持つとどうにもこう……」
アーリアは呆然としていたが、やがてくすくすと笑った。
こうして新生勇者パーティにも認められ、俺の緩やかな日常が再開される……と思っていたのだが
※※※
数日後の朝。
「おはようございますわ」
「何でいるのよお嬢さん……ついでに言うとそのダークマター何?」
「ぅ……これは、その……お料理を焦がしてしまって……」
「ふーん」
朝食の準備をいつもより一人分多く作り始める。
「で、何。ホントに。何の用」
「実を言うとあなたの方から思い出してほしかったのですが……まあ仕方がありませんわね」
おっと、何だろう。アーリアがこっちをじっと拗ねるように見ている。責めているのとは違う。そこには甘えが混じってる。
え? 何その反応。ちょっと嫌な予感する。
「ワタクシは……あなたの婚約者です!」
「えーうっそだぁ!」
おっと、大声出したからアーシェが何事かと目を見開いた。
大丈夫だからねーちょっとややこしくなりそうだから聞かないでねー。
「本当ですわ! 幼いころ、あなたに結婚を申し込んだのですもの。ちょうどあなた様が出立する前の王城で、迷子になったワタクシを助けてくださって……」
「……んー、んー?」
あれ? そういわれればそんな出来事もあったような……あー思い出した思い出した! あれか! その後、この子の親バ……子煩悩な父親に鬼の形相で追い掛け回されながら脱出したやつだ。
「ですから、お父様にも認められるよう武功を立てていただきたかったのに、勇者パーティを辞するなどと」
いやーどうかなー。実際どうあっても認めないなじゃいかなー。そういうもんだよ娘持った身だからわかるけどさ。
「アーリア」
ガチャ、とまた新たに現れたのはライアだった。いや、お前さん勇者の仕事どうしたんよ。
「アーリアがいなくなったから追いかけに来た」
「いなくなる前に防止しようか」
「……」
ちょっと目を逸らしたな。さてはわざと見逃したな。ガチで困った事態にはならんよう手は回してるとは思うが。
「あらあらうふふ、何ともにぎやかですわね」
そしてアンリもいつの間に。なんてね、もう驚かないよおっちゃん。
さて、どうなるのかねぇ。無事に天寿を全うできればいいのだけれど、と。
はいというわけで恥も外聞もなくおっさん主人公ものです
何だかんだ書いてみようかなーと悩み悩んでここまででも割とかかった…ようやっとすっきりした
とはいっても色々と雑ですねいつか書き直してやりたいような気も……