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帰還直後編(4)~エル、食堂にて~

 肉体のまま『仮想空間エリス』に入り、直で帰還したのだという実感が込み上げたのは、食事を取って一息つけた後だ。


 思い返せば、見た事もない戦闘兵器と戦い、現実世界としか思えない『エリスの世界』の中を必死に走り、マルクを助けるために足掻いて、死ぬ覚悟で長い螺旋階段をホテルマンと共に登って……。


 あれから、まだ数時間も経っていないのだ。


 無茶をした筋組織の疲労の軋みが、時間が経つごとに込み上げてきて、ようやく実感らしいものが込み上げる。酷い筋肉痛にはならないだろうけれど、かなり久しぶりの重い疲労感だった。


 エルは今、スウェンを待ちながら、ログ達と食事をとっていた。


 現在置かれている状況には不満があるし、不服しかないし、疑問も尽きないうえ鬱陶しい。こちらに気を遣って、セイジやクロシマも日本語を使ってくれるのは有り難いが、ログを叱ってくれる様子がないせいだ。


 先程からずっと、エルはログの上が指定席のようになっていた。


 向かいに腰かける二人は、完全に慣れたように普通に会話をしているが、周りの外国人達は唖然としたようにチラチラと視線を向けてきている。文句のつけどころがないといえば、アメリカンサイズの肉料理だろうか。


 仮想空間内の食事が現実味薄かったせいか、余計に温かくて美味しく感じる――のかもしれない。かなり残してしまった残りの料理をどうしようか訊いてみたら、ログが平気な顔で「食ってやるよ」と言ってきた。


「…………食べてくれるのは有り難いけど、やっぱりめちゃくちゃ納得いかないのに、アイスクリームがすごく美味しいのが悔しい」


 いつの間に注文していたのか、ログへ料理をバトンタッチしてすぐ、カップに入ったアイスクリームが運ばれてきて、エルは降ろせというタイミングを完全に逃した。基地の中にもあるんだなと、馴染みのアイスクリーム店の大きめカップをつついている。


 バニラアイスを食べるエルを、クロシマがきょとんとした顔で見ていた。セイジも、どこか興味津々といった様子で眺めている。


『セイジさん、エル君って結構単純な子なんすかね? あれ、時間稼ぎ用にスウェン隊長さんが指示していったやつっすよね?』

『うーん、その辺はうちの子供達と同じだなぁ……』

『葛藤に負けて、角が丸くなってますよねぇ。ははは、やっぱり二十歳には見えなし、超ウケる』


 何やら英語で会話がされたような気がして、エルは顔を上げた。パチリと目があった途端、クロシマが愛想笑いを浮かべ、セイジがぎこちない苦笑を返してくる。


 なんだろう、と思って首を傾けた。しかし、腹に回っていた腕が二つに増えて「む?」と意識を戻した。


 食事を平らげたログが、こちらをぎゅっとして頭の上に頬を乗せていた。彼の身体の形が分かるほど抱きしめられて、エルはなんだか落ち着かなくなる。


「……ちょっと何してんの、重いんだけど?」

「手頃な位置に頭があったからな。――ちょっと低過ぎるが」

「一言多いッ、バッチリ聞こえてるからな!?」


 ログがぼそりと言うのを聞いた瞬間、エルはすかさず反論していた。彼が気だるげに欠伸を噛み締めるのを見て、眉を寄せる。


 そうか、こいつも疲れているんだもんな……。


 思えばスウェンやセイジやログは、肉体ごとではないが、同じようにして仮想空間で走り回っていたのだ。ログに関しては、左腕に宿った『破壊の力』を使用しており、そちらの疲労に関してはスウェンが心配していたはずだ。


「スウェンの方が時間かかるんなら、どっかで仮眠でも取っていれば?」


 エルはそうログに言ってすぐ、クロシマへ視線を投げて「仮眠出来るところはないの?」と尋ねた。


「ありますよ。うちのラボの近くにもありますし、三番通路の休憩スペースであれば、ログさんぐらいの大男でも横になれるベンチもあります」

「デカいってのも不便だよね。俺だったら、この椅子三つ並べたら寝られるよ」


 食堂のテーブル席に目を向ける様子を、セイジがなんとも言えない表情で見ていた。


 クロシマが「俺もサボリでよく寝ますねぇ」「分かる分かる」とエルに相槌を打った。それから、仏頂面で小動物を確保するような、実に面白い構図になっているログへと目を向けた。


「どうします? スウェンさんの方が、どれぐらい時間がかかるか分かりませんし、案内しましょうか?」

「って言ってるけど、眠いなら行ってこれば?」

「却下だ」


 顔を上げたログが、やけに凛々しい眼差しで間髪入れず拒否した。


 アイスクリームが溶ける方が問題だったので、エルはそちらにスプーンを向けた。口に放り込みつつも、納得いかんとばかりに顔を顰める。


「俺の頭を枕代わりにされるのが困るんだけど」

「美味いか?」

「お前、俺の話聞いてる?」


 覗きこむように尋ねられ、エルは思わず肩越しに上を振り返った。こちらをじぃっと見つめてくる顰め面を睨みつけていると、何故か、前触れもなくガシリと顎を掴まれた。


 その直後、向かい側から椅子を蹴り倒す音が上がった。


 エルが痛いと主張する間もなく、クロシマが珍しく焦ったような笑顔で「ストップっす!」と言い、セイジと共にログを取り押さえた。


「やめて下さいよッ、スウェンさんからは、十分気を付けるようにと言われていましたけど、――ログさんのきゅんポイントが分からなくてマジ焦った~。顔にも出ないんだもんなぁ」


 ログを背後から羽交い締めにしながら、クロシマは、ふと今更のように首を捻った。

「というか、スウェンさんと『約束していた』のは聞いていましたけど、あんた、こんなんで大丈夫なんすか? そっちで引き取るんすよね?」


 そうクロシマが尋ねる。するとログの屈強な腕を掴んでいたセイジが、真っ青な顔でこう言った。


「ロ、ログ、頼むから心臓に悪い事をしないでくれッ。『ゆっくり信頼関係を作る』んだろう!?」

「すまん。つい、うっかり」

「うっかりのレベルが野獣っすね。初心者相手に人目も気にしないとか、アウトじゃないっすか」


 ははは、とクロシマは乾いた笑みを浮かべた。


 エルはよく分からなくて、そう話す彼らの様子を訝って眺めていた。聞こえてきた言葉が引っ掛かり、顰め面を深めると「ねぇ、ちょっと」と質問の声を上げた。


「引き取る、って聞こえたんだけど」


 そう尋ねると、男達の視線が揃ってこちらを向いた。彼らは、今更気付いた様子で顔を見合わせる。


 エルは先程、ラボでスウェンが『話す時間はたっぷりある』というような事を言っていたのを思い出した。


「もしかして、――俺も、ログ達が『帰るところ』に帰るの?」


 クロエの事でいっぱいで、思えばその辺を全く考えていなかった。葬式で顔を合わせたオジサンの遠い親戚の方に世話になるつもりはない。転々とする生活の今後についてはまだ未定でいたから、これからどうするのかと問い返されても困るのだけれど……。


 その時、力が抜けたクロシマとセイジから、ログが腕をとり返してこう言った。


「言ったろ、お前を一人にしねぇって」


 当然のような顔で、彼は当たり前みたいに言葉を続ける。


「これからは『お前の家』でもあるんだ、一緒に帰るぞ」

「俺も……? 今はセイジさんが抜けて、ログとスウェンが二人で暮らしているっていう、その家に?」

「なんだ、問題でもあるのか?」


 急にそんな事を訊かれても、考えていなかったんだから反論も浮かぶはずがない。大きな腕で囲い込むようにされたエルは、気付かないまま首を捻る。


「うーん……、多分、ないとは思うんだけど。一時的とはいえさ、いきなり俺を引き取ったりして大丈夫なの?」

「一時的じゃねぇぞ。ずっとだ」

「は?」

「今、色々と書類上の手続きも含めて、スウェンが進めている。大佐やあの科学者と一緒に『今日中で仕上げる』んだと」


 エルは、上手く頭が回らないまま考えた。仮想空間で迎えを約束してもらってはいたものの、そこまで世話を焼いてもらおうとは思っていなかった。


「俺、いきなり迷惑じゃないのかなぁ……」

「むしろ、手の届かない場所にいられる方が、気になって心配で仕方なくなるよ」


 聞き慣れた声が耳に入ってきて、エルはログ達とそちらへ目を向けた。


 少し静かになっている食堂内を、こちらに向かってスウェンが歩いて来ていた。彼はにこやかな表情をしていて、「先に説明しちゃったんだね」とログ達を見やり、それからテーブルの横で足を止めた。


「待たせたね。さて、帰ろうか」


 そう言って、スウェンがにっこりと笑った。

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