信じられない事実
「はぁ、はぁ…うっ!」
――何だったんだ、あれっ!
エレベーターが開いて数秒後、ハッとなった水城は慌てて男の体を力の限り押し返して、その場を逃げるように――まぁ、実際逃げたのだが――去った。
エレベーター内に一人寂しくぽつんと残された男は、扉が開いた途端勢いよく飛び出して行った水城の先程の出来事に混乱がにじみ出ている後姿が完全に見えなくなるまで何か言いたげに目を細め見ていたが、やがて薄く微笑しながらエレベーターを降りた。
後ろを振り返りもせず、無我夢中で水城は走る。
誰もいない駐輪所で一息つくために立ち止まれば、走ったせいもあるだろうが心臓が今までにないくらい激しくバクバクして、このまま自分は壊れてしまうのかもしれないなと、同性に唇を奪われたことを思い出しながら少し現実逃避的なことを思った。
信じられない…。
まさか、自分が男から『抱かれたい』と、言われるなんて。
有り得ないと、そんなことが有ってはたまらないと、男とキスより先の行為を考えただけで背筋がゾッとして水城は細い我が身を両腕で抱きしめた。
だが、でも…と、水城は先程奪われた唇に指を持っていって頬を朱色に染めた。
男に唇を奪われたのはもちろん一応健全な男子としてはショック極まりないことだったけれど、水城にはソレよりも更に衝撃的なことがあった。
――…嘘、だろ…俺。
いくら綺麗だったとはいえ、男にキスされて気持ち悪いと思わなかったなんて。
俺が今まで女の子と付き合うことに関心がなかったのって、もしかして俺にそっちの気があったから?!
…マジかよ。
そんなの有り得て言いわけないだろうぅっ!!
水城が男にキスされたことより更にショックだったのは、そのキスに不快感を全く感じられなかったということだった。
――なんで…どうしてっ、俺っ?!
つーか、どうしちゃったんだよ、俺?!!
キーンコーンカーンコーン…――。
「はぁ…」
「ん?…なんかあったのか?お前がため息を吐くなんて…明日は槍が降ってくるかもしれないからやめろ」
全ての授業が終わって放課後、水城がげっそりといった風にため息をつけば一年のときから同じクラスでよく気が合う渋谷君尋が肩をすくめ、真顔でそんなことを言ってきた。
真面目そうな顔立ちの親友の揶揄に水城は、ため息の理由を説明する気にもなれなくて鬱陶しいと、しっしと手を振る仕草をする。
だが、それでも君尋という男は引いてはくれなかった。
さすがは我が親友とでも言うべきか…なかなかに図太い神経の持ち主だった。
「どうしたんだ?珍しい…お前が沈鬱な顔をしてため息だなんて」
「…………憂いに満ちた顔と言え、馬鹿君尋」
「お前より俺のほうが頭いいからそれは言ってはいけないぞ、馬鹿水城」
「関係ねーよ」
「…――?おーい。本当にどうした?いつもうるさいお前がおとなしいと俺マジで怖いんだけど。学校来た時から、ずっとこの調子だよな。ん…もしかして、とうとう貞操でも奪われたか?」
「?!」
水城が黙っているのを好いことに君尋は言いたい放題好き勝手言ってくれて、最後のとどめといわんばかりに今の水城にとって禁句の言葉を投入した。
恐らく君尋にしてみれば、意図して意味を十分に含めたさした言葉ではなかったのだろう。
その証拠に水城が君尋のからかいを受けて、ぽけっと絶句して目をこれ以上ないほど見開き、まん前にある親友の顔を凝視すれば、
「へ……――?」
予想外すぎる水城の反応に咄嗟にどう反応を返せばいいのかわからずに、水城同様目を見開いて間抜けな声を漏らした。
そして…――。
「ちょ…マジでッ?!冗談だろ、水城ッ!!」
人差し指をびしっと突き立てられて、嘘だといってくれと縋るような叫声を君尋は轟かせた。




