逃亡
一つ飛ばして投稿していることに気が付きました。読んでいただいた方に混乱を与えて申し訳ないです。
駅に向かわず、どこに向かうでもなく、ひた走る。石畳に躓き、顔から勢い良くこけようと、必死で走る。
とにかく遠くに、桜から一ミリでも離れたい。
どうして自分の事を好きだと勘違いしてしまったのか、自分はあんな事を言ってしまったのか、何故告白までしてしまったのか。
紀夫は自分の事が好き。本当にそうなのか。
人の外見を評価する。それは何故か。自分に自信がないからだ。
自分と人をすぐに比べようとする。自分が嫌いだからだ。
紀夫の心に自責の念がのしかかる。
あんな暴言を桜に吐いてしまった。泣かせてしまった。そんな自分に嫌気が指す。
体力が無くなろうと、口の中がカラカラになろうとも紀夫は駆けた。
人に暴言を吐くようになったのはいつからだ。友達が居ないのは人の所為だと言い聞かせた時からだ。
何キロも走った紀夫は、その場に座り込み涙を流した。
自分を悲観し、自分に絶望する。
どうして、どうして、どうして。
紀夫が道端で座り込み涙を流そうと気にする者は一人もいない。
世界中で一人きりだという錯覚に襲われる。
一通り涙を流し終わると、これからどうすれば良いのか考え始める。変態扱いされ、好きな人に嫌われた状態で学校など行きたく無い。
幸い、明日は学校が休みだ。二日間休めば桜も忘れてくれるかもしれない。自分の事を変態扱いした女子の誤解は解けるかもしれない。なにより、今は誰とも話したくない。
いや、それは嘘だ。
出来ることなら誰かの胸に飛び込みたい。懺悔する相手が欲しい。しかし、世界中で一人きりなら誰に頼れと言うのか。
一人になりたくて、一人になりたく無い。矛盾した心は後者を選んでいた。
紀夫は首を振って弱気な自分に喝を入れた。
(ネガティブ思考は俺らしくないな。さっさと帰ってネバーランドでもしよう。それよりここどこだ?)
今現在、見知らぬ土地に来てしまったことにやっと気付いた。
スマートフォンのGPS機能を使い、自宅に着いたのはそれから2時間後の事だ。
家に着くなりただいまも言わず、自室へ向かう。学校指定のバックを壁際に放り投げ、自作パソコンの電源を入れる。
ほぼ毎日パソコンを開いているが、今日ほど早く起動して欲しいと思ったことはない。ガガガガという機械音の後、パソコンのログイン画面が表示された。ログイン用のパスワードを入力しデスクトップ画面を表示させる。
紀夫のパソコンは用途ごとに整理され、デスクトップに並ぶアイコンの数は驚くほど少ない。その中の一つ、MMORPGであるネバーランドのアイコンをダブルクリック。
数秒のロスタイムの後、此方もログイン画面が表示された。
ネバーランド。
数あるオンラインゲームの中でこのゲームの特徴は協力性にある。ソロプレイも出来ないことは無いが、非常に効率が悪い。
紀夫はこの手のゲームが大好物だ。ネットの中であれば会話で吃ることも無いし、友達だって簡単に作れる。まさに紀夫の為のゲームである。
協力プレイこそゲームの醍醐味だと紀夫は考える。
パソコンでネバーランドのログイン作業をしている間に、スマートフォンでは攻略サイトを開く。
頭では把握しきれない敵の情報や、クエストの攻略方法を調べながらプレイしている。
そうこうしているうちに、紀夫のアバターである「黒王」がネバーランドの世界に降り立った。
最初にやる事は、決まって友達がログインしているかの確認だ。現在の時刻は午後六時。ログインしている友達はいないようだ。社会人ならまだ帰宅すらしていないだろうし、同じ学生でも食事の時間帯である。
いないものは仕方ない。いち早く、今日の出来事を誰かに相談したかった紀夫は、一人で出来る簡単な作業をしながら待った。
協力プレイが前提であるこのゲームにも一人で出来る事は幾つかある。
回復薬の合成や、レベルが低い雑魚モンスターから素材を集めてマーケットに出す、などだ。
それも紀夫の様に毎日ゲームをしているものには、やらなくてもいい作業だ。
(そういえばローズさんが龍の鱗を欲しがっていたな。俺が取ってきたら喜ぶかな?ってかあいつはソロで倒せたっけ?)
手の空いた紀夫は、毎日遊んでいる友達の為に一肌脱ぐ事にした。
相手は強敵のドラゴン。しかし今日の出来事を忘れて没頭するには理想の相手である。
回復薬や強化薬をショップで購入し、いざ出陣。と、意気込んだ時、居間の方から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「紀夫、帰ってきたならただいま位言わないと気づかないわよ。今日はお惣菜を買って来てるから早く食べなさい」
今いいところなのにと言いたいところではあるが、自分のお腹が栄養を欲している。パソコンは起動したまま、仕方なしに食卓へ向かった。
食卓に座るのは母と二人だけ。父は現在も仕事中である。
「最近どう?学校は楽しい?」
黙々と箸を進めていると、母から唐突な質問が飛んだ。どうかと言われて出てくる言葉は最悪以外に無い。紀夫は返事をせずに箸を進めた。
その様子から何かを感じ取ったのか、母の表情が深刻なものへと変わっていく。
「学校でいじめられたりしてない?お母さん心配で心配でーー」
「そんなんじゃ無い!もうご飯はいらないから!」
心配する母を他所に、紀夫は自室へと逃げた。事実いじめられてはいない。
ただ陰口を言われただけだ。自分が人気者だと勘違いをしていただけだ。クラスメイトが話していた可愛いという言葉は、自分に向けられたものでは無い。薫に向けられたものだっただけだ。そして、初めての告白がビンタを喰らう形で終わっただけだ。
それだけの筈なのに、胸の辺りが苦しい。心臓を握られた様な痛みが走る。
紀夫は深呼吸を繰り返し、椅子に腰掛ける。
チャット欄を見てみると、ゲーム友達がログインしていたようで「こんにちは」というログが書かれていた。このチャットの相手こそローズという女性キャラだ。その文字に少しだけ心が落ち着いた。
本当に女性なのか、それはどうでもよいことだ。彼女は自分の話しを楽しんで聞いてくれるし、一緒に遊んでくれる。親友と呼ぶに相応しい相手だ。
離席していた旨を話し、続いて一緒に遊ぼうとお誘いを送る。
「ローズさん、どこか行きたい場所ありますか?」
「行きたい場所ですか?私は素材集めがしたいです」
「それなら僕も手伝いますよ」
「本当ですか!?いつもありがとうございます。ではパーティ申請送りますね」
ローズからの申請を承諾し、二人はドラゴン討伐を行った。
やはりゲームは楽しいものだ。お互いに助け合いながら強敵に向かうという過程こそが面白い。
必要な素材を集めた終わった二人は手持ち無沙汰になり、チャットを始めた。
「ローズさんって学生でしたよね?」
「そうですよ。華のJKです笑」
笑顔のエモーションがローズの頭上に浮かぶ。
「それなら質問なんですが、告白した事はありますか?」
「ありませんよ!そんな勇気が無いですから」
「そうですか……」
紀夫はアバターを動かして倒れこむ仕草を表示させた。
「何かあったんですか?」
「それがーー」
紀夫は今日会ったことを正直に話した。自分が今まで勘違いしていたことも、今日学校で変態扱いされた事も、告白して振られた挙句、暴言を吐いてしまいビンタを貰ったことまで正確に、だ。
ドン引きされてもおかしくない話だが、なんとなく彼女なら相談に乗ってくれる気がしたのだ。
「その女達は酷いですね!というより女は噂好きだから困ります。私はリアルの紀夫さんを見た事がありませんが、性格は良い人だと思ってますよ。制服を嗅ぐ様な変態とは思えません!」
ローズのエモーションが怒りに変わった。
「勘違い野郎ですけどそれでも良いいい性格ですかね?」
「男子の8割は勘違い野郎です。髪型をビシッと決めたりオシャレしたりする人は、自分がカッコ良いと思ってるからあんな事が出来るんです」
(つまり俺みたいに髪型をセットしない奴はまだまともってことかな?)
真摯に答えてくれるローズのお陰で自信を取り戻していく。勘違いしていたのは反省すべき点だが、仕方のない事だと。
「制服の方は誤解を解くとしても、ビンタを喰らったのは明らかに僕が悪いですよ。Sさんを悪くは言えません」
「私が振られたとしたら同じ事を言うと思います。気がない人に優しく接するから悪いんです」
そんな考えもあるのか、と他人ながら感心した。確かに言われてみたらそうなのかもしれない。桜は他に好きな人がいると言っていた。ならばそいつだけに優しく接していれば良かったのだ。
「ありがとうございます。なんだが気持ちが楽になりました」
黒王のアバターに笑顔を表示させた。
「いえいえ。それとアドバイスなのですが……。アルバイトをしてみてはいかがですか?紀夫さんも私と同じでコミュ症みたいなので、アルバイトをして改善出来ればいいのかなって」
「なるほど。知らない人で試してみるって事ですね?」
「その通りです!私も高校になって知り合いの事務所で働いているのですが、多少人と話せる様になりました!」
クリック詐欺の広告みたいだね、とチャットの入力欄にいれて、エンターキーは押さずに消した。
「何から何までありがとうございます。探してみますね」
ローズにお礼を告げ、バイト情報を探る為一度ネバーランドをログアウト。
大手検索エンジンサイト、ヨフーのページを開いた。
最初に目に付くのはゲームの広告だ。当初の目的を忘れ、新しいゲームの情報を眺めてしまう。
続いて選挙に関するページを見つけた。政治には興味は無いが、[脱税]という言葉にはどうしても反応してしまう。
今回の記事の内容を要約するとこうだ。
『新しく始まった政策は大泉洋一による個人情報横流しの為の政策である』
なんの事かよく分からないが、卑怯な手を使って金を掠め取る政治家はこの世からいなくなればいいと感じた。
記事を読み終わった紀夫は、脱線してしまった事を悔いてバイトの広告を探る。
と言っても初めてのバイトだ。どれを選んで良いのか皆目見当もつかない。
コンビニ、飲食店、工場、運送など。様々なジャンルの中で紀夫の目に留まったのはパソコンの打ち込みだ。時給も他に比べて高く、昇給ありと書かれているのも魅力的だ。
募集している会社は大文字相談事務所。一昨年の事だ。街中で社長自ら大声で宣伝し、一躍有名となった。
相談事務所という名目の通り、その事業内容は相談受付だ。夫婦の問題について、仕事の悩みについて、借金について、なんでもござれ。
ネットでの評判も良く、ブラック企業という情報は一切ない。
その会社がバイトの募集をかけている。
紀夫が応募に踏み切るには十分な材料である。




