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大文字相談事務所  作者: 主
3/21

告白

クラス替えも大詰め。紀夫を含めた7人は机周りの掃除を終わらせて2-Dの教室へ向かう。クラスは2階から3階へ。些細な違いではあるが、紀夫の体型では登る階層が増えただけで堪えるものがある。


いつもなら「なんで俺がこんな階段を上らなければならないのか」と息を荒げてぶつくさ呟いていただろう。


しかし紀夫の心は穏やかなものだ。理由は至極簡単。桜と同じクラスになれたからだ。


貴重な男手として机の移動を手伝う最中も、チラチラと桜の方を見てしまう。


そのうち相手も視線に気づいてしまうだろうか。気持ち悪るがられるだろうか。そう考えられる程紀夫の頭は正常には動かない。


恋の病という事だ。どうしても彼女の後を目で追ってしまう。


そうこうしているうちに、他のクラスからもぞろぞろと人が流れ込み、2-Dはあっという間に満席になった。


女子の総数23名。男子の数はたったの二名。

もう一人の男子も、紀夫と同じように萎縮しており、もじもじとした素振りは借りて来た仔猫のようだ。


ただ一つ紀夫と決定的に違う点は、子犬のようなルックスだ。子供と見紛う程華奢な体躯、ウルッとした瞳は正に小動物のそれ。


(名前は薫だったか?こいつには勝ったな)


紀夫は小さな体の少年を自分より下の立場に据え置く。相手が自分より下の人物なら接しやすい。遠慮する事なく話せるのだから。


紀夫は、話しかける<予定>リストに薫を入れた。

続いて担任の先生が教室へ入ってきた。


男勝りな雰囲気で、歳は20代後半の女性の先生だ。


「今日から一年間よろしくな!自己紹介……は今更しなくてもいいか。同じクラスだったり同じ部活だったりだろ。仲良くやれよ」


クラスの元気な生徒達は元気よく「はーい」と応えた。


続いて今年度の予定が配られる。


紀夫は自分の分のプリントを取り、後ろの席へ残りを廻し終えると予定表を凝視する。


[4月始業式、入学式、5月体育祭、6月中間テスト、7月期末テスト、9月文化祭]


半年分の予定を読み終えた頃、先生が口を開く。


「来月末にはちょっと早いが体育祭がある。来週から練習が始まるから着替えは持ってくるように。後は文化祭なんだが……これの実行委員は7月に決める。ちょっと早いがアイデアがある奴は考えといてくれ。それと10月からーー」


淡々と話し続ける先生の言葉は、紀夫の耳には子守歌にしか聞こえない。目を擦って何とか起きようと必死に耐えるも、10月からの説明を聞いた所で力尽きた。


「高橋!初日から寝るんじゃないぞ。遅くまでAVでも見てたのか?」


先生が優しく紀夫の肩を叩いて起こした。行動とは裏腹に、言葉の方は残酷極まりない。


一瞬の内に目を覚ます事が出来たが、クラスの笑い者にされてしまった。


「すいません……勉強してたので……」


適当に嘘をついてみても無意味だ。紀夫の声は声が小さ過ぎるのだ。


顔を真っ赤に染め、必死に体を小さく見せようと抵抗する。


しかし、紀夫の身体を隠せる場所など何処にもない。クラスメイト達は紀夫を横目にクスクスと笑った。


反射的に桜の方に目をやると、彼女も苦笑いを浮かべている。恐らく好感度が下がってしまったのだろう。


紀夫は顔を机に打ち付けて半べそをかいた。

しかし、何処からか女の子達によるヒソヒソ話が聞こえてくる。


紀夫はその声に耳を澄まし、聞く耳を立てた。

「あの男子可愛くない?」


「可愛いよね。チワワみたいで抱き締めたくなる。なんか、構ってあげたくなるっていうか」


「だよね。おっちょこちょいなところとか、小動物じみてるところとか。弟みたいな感じだよねーー」


(チワワよりドーベルマンと呼んでほしいな。でも……何だろう。とうとう俺にもモテ期が到来したな!)


桜に続き、他の女子までも自分の話をしている。自分にも春が訪れたのだと、沈んでいた紀夫の気持ちは一気に晴れやかなものに変わった。


「お前らちゃんと話を聞けよ。週末は入学式の準備を二年生全員にやってもらうから、体操服を忘れない様に。特に男子二人!男手は少ないんだからしっかり働いてもらうぞ」


獲物を狙う肉食獣の様な眼光で先生は二人を見た。特に断る理由がなかった紀夫は潔く承諾。それどころか、男らしく頼りになる所を皆に見せつけるチャンスだと考えた。


今でも女子達の人気は自分に集まりつつある。週末の入学式が終わったら自分の人気は天まで登ることだろう。


紀夫は上機嫌のまま授業を終えた。


気持ちが高揚し、有頂天になった紀夫は休憩時間を利用して、初めて他の生徒に話しかける事にした。相手はこのクラス唯一の同性である薫だ。


「良かったら友達にならないか?」


薫は突然話し掛けられた所為か体をピクリと跳ねさせた。


「僕も君と話してみたかったんだ。ほら、同じクラスの子は皆女の子だから、話づらくって。これからもよろしくね」


無邪気な笑顔を見せる薫は<男の娘>という言葉がよく似合う。少し前の紀夫であれば、背徳感を忘れ惚れていたかも知れない。


けれども、モテ期が到来した今の紀夫に、そのスマイルは効かない。


まるで漫画やドラマの様に右手を差し出して握手を求めた。薫もそれに応じ、高校になって初めての友達が呆気なく出来てしまった。


しかし、問題はこの後だ。何を話せば良いのだろう。


ネバーランドの話であれば「装備のスロットは多いに越した事はないが、どちらかといえば強化された武器の方がコスパも優れていると思う」とか「効率を求めるなら平原でPTを組むけど、楽しむなら港だよね」とかペラペラと話せる自身はある。


しかし、普通の高校生はそんな会話をするのだろうか。


そもそも普通の高校生とは何か。紀夫は頭をフルに活用し、当たり障りのない会話を模索した。


「紀夫君はどうしてこの学校を選んだの?」


握手を求めるだけで、だんまりを決め込んだ紀夫を見かね、薫から話題を切り出した。


「えっと……」


ここは正直に「ハーレムを夢見て」と言うべきか。それとも嘘を吐くべきか。


紀夫は答えに詰まり「薫君は?」と質問で返した。


「僕は男らしくなりたかったからだよ。周りが女の子しかいないから、守れる様になれるかなって。見ての通り体が小さいからね」


薫は制服の裾を捲り自らの腕を露出させた。飛び出したのは見事なまでに隆起した上腕二頭筋。可愛らしい顔とは相反し、細マッチョという言葉が似合いそうだ。どうやら着痩せするタイプらしい。


どう反応して良いか分からなかった紀夫は、取り敢えず笑顔で返した。


学校も終わり、帰路に着いた紀夫は、電車に乗って物思いに耽る。


(よくよく考えてみたら家族以外で会話したのも久しぶりかも……これからは薫と仲良くしてみようかな。クラスの女子の人気は俺一人の物だしな!)


ーー


その日を境に紀夫の暮らしは一気に明るくなった。目に映る全てが輝いている。


母の嫌ごとも何のその。それは愛情故だと考えられる様になった。


昨年中ぼっち飯で過ごした苦い経験も、今は薫と食事をする事が出来る。


授業中、耳を澄ましてみると誰かしら自分の事を話をしている。内容は可愛いとか、守ってあげたいとかではあるが、それも入学式までだ。

紀夫は密かにサインの練習を始めた。


ーー


そして入学式前日。二年生全員が体育館に集められた。女子は飾り付け担当。男子は椅子の運び入れ担当だ。


「じゃあやり方はお前らに任せるから。各自話し合って決めろよ」


生徒の自主性を鍛えるという名目で、先生は指示を出す事を放棄した。ようは丸投げだ。


「紀夫君、どうした方が良いかな?」


「どうするってーー」


始業式以来、何故か紀夫に懐いた薫から期待を向けられる。悪い気はしないが突然言われても正直困る。


「どうでも良いじゃん。適当にやろうぜ〜」


話し合いに参加する気の無い生徒が勝手な行動を始めた。


「ちょっと待ってよ!ちゃんと決めた方が速いと思うよ」


その言葉で紀夫の中に天啓が舞い降りた。


少ない中でも効率を求め、運ぶ係りと組み立てる係りに分かれることこそが最適であると。


その事を薫に伝え、言伝で周りに伝えてもらう。他に良さそうな案も出ず、一同は紀夫の案に従った。


勿論紀夫は運ぶ係。より男らしさを見せられると考えたからだ。


(寡黙な仕事人みたいで俺かっこいいな)


自分の格好良さに惚れ惚れしながらも、顔がにやけない様に必死で抑える。


鉄パイプで組まれた椅子を次々に運び、等間隔に置いていく。紀夫はここぞとばかりに奮起して椅子を運んだ。


時に両手に4個づつ、時に両手で10個。

運び係りの中で一番の功労者は紀夫と言える。


「紀夫君は凄いね。紀夫君が運んで来た所だけ、いくら組み立てても止まらずに作業ができるよ」


「男ならこれ位は出来て当然だね。っていうかそっちも速いじゃん」


薫を含めた組み立て係も、紀夫に負けじと順々に組み立て、並べていく。少数ながら快進の速度で終わらせる事が出来た。


それもこれも紀夫の案が高じた結果だという事は、本人すらも気付きえぬことだ。


ハイペースで椅子を運んだ者達は一時の休憩に入る。紀夫以外の面子も女子に良いところを見せようと必死で運んでいた証拠だ。手が空いた組み立て班は女子チームの手伝いに向かう。


紀夫は、持参したお茶を飲みながらその様子を観察していた。


(あっちの細かいのは手伝いたくないな。地味だしな。見せ場が無いのをやっても……な)


その後、疲労が回復した後も紀夫が立ち上がる事はしない。女子の会話に耳を立てるのに必死だったのだ。


「普段可愛い子がこういう時に見せるギャップって良いよね。私惚れちゃうかも」


「分かる〜でもあの子は見守っている方がよくない?」


「なになに?それなら私が貰っちゃおうかな」


(俺を取り合う女子の図が出来上がっている!)


黄色い声を聞くたびに、紀夫の鼻の下は伸び続けた。いや、伸びていたのは鼻そのものだった。次の言葉を聞いてしまい、紀夫の顔は一気に青ざめていく。


「あそこでサボってる奴らとは大違いよね。やっぱり薫君はかわいいしかっこいいな」


何処からか聞こえたその言葉は紀夫の心にヒビを入れた。紀夫はそんな訳ないと首を振り、気を取り直して違う場所の声を拾う。


「あそこの豚なんでサボってんの?意味わかんないんですけど。やる気ないなら帰れば良いのに」


「ほんとそれ。豚の触った椅子なんか触りたくないんだけど」


休んでいる者の中で、豚という単語が一番似合うのは紀夫だ。伸び切っていた鼻が地に向かって勢いよく落ちていった。


「皆そんなこと言ったらかわいそうだよ。紀夫君だって頑張ってたよ」


「えー、桜あんなのが良いの?止めときなって」

下を向いていた顔が不意に起き上がった。桜さんが自分の事を好いてくれているのは勘違いなどではない。彼女だけは自分の事を分かってくれている。それだけで十分ではないか。


そうと分かれば話は速い。告白しよう。


ーー


疲れを忘れ紀夫は立ち上がる。しかし大人数の前で告白する勇気はない。となれば放課後一人で来てもらうのが一番良い。


紀夫は一人だけ体育館を抜け出して、下駄箱へ一直線に向かう。


(紙なんて持ってないや。一旦教室に戻ろう)


進路を2-Dの教室へ変える。


残念な事に教室の扉は施錠されていた。女子が脱ぎ捨てた制服があるのだ、それも当然だろう。

仕方無しに体育館に戻ると、全ての準備も終わり、片付けに取り掛かっていた。


「高橋、トイレに行くならちゃんと話してから行けよ。遅かったけど大きい方か?」


こっそりと抜け出た事が先生にばれていた様で問い詰められた。


「いえ……その……」


(あんたの目力が強くてまともに顔が見れないんだよ!人の顔をじっと見るな!)


「先生!私窓から見てましたけど、そいつ教室に行ってましたよ」


体育館の通路際には窓が設置してある。告げ口をした生徒はそこから見ていたのだ。


「何だって?高橋、何をしに行ってたんだ?」


「それは……その……サボろうかと……」


ラブレターを書く為に紙を取りに行ったなんて言える訳がない。どうせ怒られるなら傷口は浅い方がいい。


先生は呆れたようにため息を吐いた。


「椅子運びを頑張ってたから座って休むのは何も言わなかったが、教室で休むのはいただけないな。次からはこんな事するなよ」


「分かりました、ごめんなさい」


紀夫は頭を下げた。


この話はここで終わりではない。準備中に教室に行ったという事は、言伝に悪化した内容で皆に知れ渡った。


「あいつ、女子の制服を嗅いでたって本当?」


「そうみたい。友達が教室に行くのを見たんだって。最低よね」


教室に戻る際に聞こえた陰口が耳から離れなかった。これでは紀夫のメンタルは完全に崩壊してしまう。


紀夫は意を決して手紙を書いた。放課後、桜を校舎裏に呼び出して告白するためだ。


彼女なら信じてくれる、心の拠り所になってくれると信じて。


噂が広まろうとも、無邪気に接してくれた薫に別れを告げて校舎裏へむかう。


少し遅れて桜も校舎裏に来た。


「紀夫君、急にどうしたの?」


急な呼び出しにも関わらず、桜は嫌な顔をしていない。不思議そうに首を傾げるだけだ。


紀夫は自他共に認める口下手だ。お世辞も言えないし、飾った言葉も言えない。自覚しているからこそ言葉は一つだけだ。


「す、好きです!付き合ってください!」


声は上ずり、あまりにも不恰好で、それでいて我ながら酷い。しかし想いは伝わった筈だ。自分の心臓が煩い。自分に好意があると分かっていても待っているのが辛かった。


紀夫の予定では、伸ばした手を彼女が握ってくれるはず。だった。


「ごめんね紀夫君。私、他に好きな人がいるの」


「…………え?」


予想とは真逆の答えに、思考が追いつかない。


「あなたとは付き合えないわ」


「そ、そんな訳ないだろ!あんなに優しく接してくれたのに、あれは嘘だったのか!?」


混乱した紀夫は冗談だと言って欲しかった。


「なにを言ってるのか分からないけど、私はあなたが好きじゃないの」


紀夫の迫力に押されながらも桜は真剣に答えた。こうまでハッキリと言われてしまうと、返事がひっくり返る事は最早ありえない。


しかし、紀夫は諦めきれない。


「桜さんだけが俺の事を分かってくれると信じてたのに……そうか、君は誰にでも優しくして、誰にでもいい顔が出来るビッチなんだね」


その途端、目尻に涙を溜めた彼女の瞳が見えた。続いて追い打ちを掛けようと口を開いた時、紀夫の頬に桜の張り手炸裂した。


「最低!私は……八方美人なんかじゃないもん!」


桜の瞳から涙が零れ落ちた。


その涙とビンタは紀夫の心を冷静にさせ、自分がなにを言ってしまったのかを理解させる。

謝りたいのに言葉が出てこない。

紀夫は奥歯をぎゅっと噛み締めて、その場から一目散に逃げた。

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